第6話 オレは姫じゃない
ドクン
ディノが、クラウドに手の甲にキスされた瞬間、ときめきとは違う種類の大きな胸の鼓動を感じた。
ドックン
ディノが7歳まで生きてきた、ピンク色の世界の崩壊。
ドックンドックンドックン
記憶と血液の逆流
目の前にひざまずいて自分を見る「よく知っている男」
「うわあああああ!!!」
ディノは大声をあげて後ずさった。
「どうしたんだい?ディノ姫?」
長兄、カイン王子の言葉が他人事のように耳に届く。
(オレ、どうしたんだ?なにがあったんだ?なんなんだ?)
「ほほほ、ディノ姫は王や王子以外の殿方に人見知りしてしまったのでしょう?ほんとうに可愛い姫。」
月曜日のお母さまが何か言っているが、まず自分のこととは思えない。
自分は自分のことを知っているが、自分ではない。
本で見た世界に入っているかのような絵空事の感覚。
ディノは辺りを見回した。
王も王子も王妃も、いつも世話をしてくれているアナイスのことも、分かる。
ここがどこだかも分かる。
でも・・・
(オレじゃない!!)
とてつもない違和感に襲われた。
姫の異変にまっさきに気付いたのはアナイスだった。
「カイン王子様、ディノ姫様は緊張されてご気分がすぐれないようですので、一度お部屋にお連れしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんたのむよ。」
小さいディノは茫然としつつアナイスに手を引かれ、パーティー会場を後にする。
その時、クラウドが背中越しに囁いた。
「ピンクのドレスがとてもお似合いですよ、小さなお姫様。」
ディノは吐き気がするほどの嫌悪感を感じた。
「少し、ベッドに横になる・・・。」
この感情を整理するために、ディノはなるべく一人になりたかった。
新しい情報が頭の中に波のように流れ込んできて、整理しきれず、ごちゃごちゃして頭が痛い。
アナイスは心配しつつ、「なにかあったらお呼びくださいね」と小さなベルを渡してくれて、横の部屋に控えた。
美しい天井を眺めながら考えるディノ。
(まず・・・オレはディノじゃない・・・。女でもない・・・。
本当は・・・男で・・・)
じっと手を見る。白く小さな手の向こうに、血の染まったもう一つの手が見える。
(オレは・・・、剣を握っていた・・・。)
たれかに向かって振り下ろす。バサバサと体を覆うマントの音と感触が蘇る。
背中に背負っている大剣の鞘、腰にかかるナイフ、鉄の胸当ての血のような匂い・・・。
冷たい風、湿った土の上を踏みしめる足の感触。
グルグルめぐる記憶の渦の中で、輝くような少女が一人浮かび上がってきた。
小さな黒い髪の愛らしい少女は、こちらに向かって嬉しそうに
「ダグラス!」
と呼びかけてきた。
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