第5話 武装


 三千騎のロンバルディア騎士達は、ケルナー総長の命令に従い、二百騎の騎兵中隊ごとにやじり隊形を整えつつある。それは騎兵部隊の隊形で最も攻撃力が高く、攻撃にも迎撃にも対応できる隊形だった。


 やじり隊形は、その名のごとく、矢の先端の形をした二等辺三角形の隊形で、鋭角を敵陣に向ける。この隊形で突撃をすれば、一点集中された攻撃で大抵の隊形を突き崩すことができる。複数の中隊が並走へいそうし、このやじりが敵陣にいくつも同時に突き刺されば、より大きな損害と恐慌をもたらす。

 


「第十四中隊、突撃準備はできているか。」

 かぶとをかぶり、縦格子たてごうしの入った可動面頬バイザーを下ろしたレオンハルトは、配下の副隊長に声をかけた。


「はっ!第十四重装騎兵中隊、総員二百名、武装を整え、待機中です!」

 第十四重装騎兵中隊の副隊長クルト・ヒンメルは素早く応えた。黒髪と大きな鷲鼻わしばなが特徴の下士官で、実直な人柄と長い軍歴でつちかわれた能力に、レオンハルトは信頼を置いている。

 平民階級出身で騎士身分ではないが、年齢と軍歴は、共にレオンハルトを二十年上回る。


「ご苦労。」

アルベルトと話している間に、レオンハルトに代わって、中隊に指示を飛ばしておいてくれたようだ。さっきまで隣で話していたそのアルベルトは、第十五中隊の指揮をるため、本来いるべき配置にすでに戻って行った。

「中隊指示を代行してくれたようで、すまないな。」

中隊を放ったままで会話に没頭していたことが後ろめたく、クルトに詫びた。


「なんの、これぐらいは。隊長殿は、アルベルト殿と作戦の話をされていたのでしょう。」


「いいや、大体がどうでもいい世間話だった。」


「そのような事、部下に正直に話されなくても良いのに。」

 クルトは笑い出した。貴族階級でありながら、平民である自分に、身分を笠に着ないで接するレオンハルトを、好ましく思う。これまでに仕えてきた横暴な貴族軍人達と比べれば、なんと心持ちの良い上官である事か。


 もちろん理由はあった。レオンハルトは、幼少期には貧窮ひんきゅうする貴族の子供として、質素な生活を経験した。そしてその後に、貧しさにおびやかされはしなかったが、開明的と言っていい養父の領地内で、平民の子供達と交わって遊び、育った。

 貴族としては特異な育ち方をしたため、過保護な養育を受ける貴族にありがちな、特権階級意識に毒されなかったのだった。


 そこへ顔立ちと声に幼さの残る少年兵が、長大な槍を抱えて駆け寄ってきた。

「中隊長殿、槍をお持ちしました。」

 盾持ちと呼ばれる見習い騎士である。馬の世話や武具の手入れなど、先輩騎士達の身の回りの世話をしながら、武術や作法を学ぶ修行中の若者で、従騎士じゅうきしとも呼ばれる。


「ありがとう。」

 年少者や老人に対して、いつも丁寧な態度のレオンハルトは礼を言い、彼から騎兵槍ランスを受け取り、垂直に立てた。

 

 長さ1ルーテ(約3メートル)の騎兵槍ランスは、細長い円錐えんすい状の槍だ。槍先へいくほど急激に細くなる。円錐の底辺付近は護拳ごけんと呼ばれる金属製のかさおおわれ、を握る手を保護する。の部分も長く作られていて、脇で挟んで構えの姿勢を安定させられるようになっている。

 

 突撃戦闘用に特化して作られた騎兵槍ランスは、トネリコ材を削って作られていて丈夫だ。優れた弾性だんせいを持ち、かたい物を突いても折れにくい。

 

 先端部には貫通力を持たせるため、鋭く尖った金属の穂先ほさきめこまれている。穂先の根元には、所属を表す中隊旗が取り付けられていた。

 

 この軍旗と一緒に、家紋の入った三角旗を取り付けることもあるが、それは領地を持ち、郎党を自分で養う、身分の高い旗騎士はたきしにしか許されないことだ。

 

 レオンハルトは、王国から定期的に給金を受け取って仕える、領地を持たない平騎士ひらきしなのだった。とはいっても、レオンハルトは旗騎士になりたいと思っているわけではない。領地を持てば、その経営をしなければならない。しかし、自分に統治者の能力は無いし、また、そのがらでも無いと思っている。専業戦士の騎士として、立身りっしんできていれば満足なのだった。 


鹿毛かげ(茶褐色)の軍馬には、馬面チャンフロンという金属の仮面がかぶせられ、頭部を保護されている。体には、全体を覆うように馬鎧バーディングと呼ばれる鎖帷子くさりかたびらが着せられ、その上から青い毛布の馬飾りキャパリソンが重ねられて、ひざ近くまで垂れ下がっている。毛布は染料で色を付けて馬の見栄みばえを良くするだけでは無く、鋭い武器の刃先をらすための防具でもある。

  

レオンハルトの武装が完了したところで、クルトが声をかけてきた。

「敵軍には、ガリシアの姫将軍が参陣しているそうですね。」


「噂に聞く、ディアナ・ベルダライン姫か。十七歳になったばかりだと聞くが。」


「兵をひきい、強大な帝国軍の正面に自ら立ちはだかるとは、軍の総帥そうすいとしての度胸は大したものですな。用兵はどうなのでしょうね。」


「本人の指揮がすぐれている必要はない。彼女を補佐する軍師なり将軍なりがしっかりしていて、その意見を汲み取る度量があればいい。

 まあ、兵の士気を鼓舞こぶするために出陣してきたというだけでも、戦場にいる意味はあるんじゃないかな。」


 ラウバッハ副総長が攻撃の詳細を伝達し始めた。

 「突撃第一波は第十一から第十五中隊!第二波は第六から第十中隊!・・・」

 三千の騎兵を千騎ずつ三つの大隊に分け、波状攻撃をしかけると伝えられた。 各大隊は、やじり隊形をとった二百騎編成の、五つの中隊で構成されている。

 第一波の千騎の攻撃をすり抜けた討ち漏らしの敵は、続く第二波が、それも逃れた敵は、第三波が討ち取る。

 大隊ごとの波状攻撃で、時間差をおいて攻撃するのは、討ち漏らしを可能な限り減らす事の他に、攻撃正面が狭いところに大勢が密集して、味方同士が衝突してしまうのを防ぐためでもあった。


 レオンハルトは、その攻撃のやじりの一つ、第十四重装騎兵中隊、二百騎の指揮を任されている。今はやじり隊形の鋭角の先頭に位置していた。

 戦争の起こった経緯けいいや今の立場に納得は行かなくても、戦闘で手を抜くわけにはいかない。対する敵は本気で攻撃をしかけてくるし、自分だけでなく部下の命も守らねばならない。目の前の敵を倒すしかないのだ。

 戦場の喧噪けんそうの中でも遠くまで響く金属喇叭ビューグルが、甲高かんだかく三度吹き鳴らされ、レオンハルト指揮下の第十四中隊を含む突撃第一波に、突撃命令が下された。

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