家出と機械と妹分

天空優牙(あまぞらゆうが)

一話「家出しよ……」

 科学が発展し続けた結果、現在は簡単なことなら機械に任せることが可能となった。良いことなのだが、問題もある。現に今、仕事の機会をどんどん機械に奪われている。すでにバイトなどの募集はほぼ行われていない。簡単な仕事なら機械に任せた方が確実な上に、安上がりなのだ。

 ならば、この時代の人間は何をして生きていけばいいのか。それは簡単なことである。今の機械にできないことをやればいい。つまり、高度な技術を得て技術者となるか、スポーツマン、作家など、感動を与える仕事をすればいい。地味で面白くもない作業を機械がやってくれている今、夢のある仕事がしたかった者達にとっては願ってもない時代になったのかもしれない。

 しかし、今の親世代は昔の夢を追うことの辛さ、大変さ、可能性を基準に考えてしまう。もちろん答えはノーだ。技術者になれ、現実味のある仕事を選択しろ、どの親も口々にこう語る。私、小野優乃おのゆうのの親がまさに現在の親世代のお手本のような現実主義で、先程自分の考えている進路を両親に語ったが、見事に全否定され一時撤退を余儀なくされたところだ。

 私の夢はプロゲーマー。というか、技術者以外なら何でもいい。やりたいことをやって生きていきたい。機械が発達しゲームがより奥深く、そして一般に馴染んだことと、簡単な仕事をしなくて良くなったことにより現在eスポーツはスポーツに匹敵するほど認知度も注目度も高まっている。リアルマネーを扱うゲームだって山のようにある。昔のようにゲームは娯楽、やれば馬鹿になるなんて言う人はほとんどいなくなった。しかし、仕事としては未だに受け入れてくれない人がまだまだいる。

 確かに楽な道ではない。相変わらず不安定な世界だし、注目度が上がったということはそれだけ競争率も上がったといえる。しかし、それがどうしたと言うのだ。ライバルが多かったら、競争率が上がったら私が落ちるという公式は存在しない。ライバルが百人だろうと千人だろうと一万人だろうと、一番努力すれば良いだけだ。時間は全員一日二十四時間、平等だ。私の一日だけが二十三時間だったりはしない。

 条件が違うとしたらセンスと環境だけ。でも、センスも私が一番下どころか、全体より下の方だという証拠も何も無い。それに多少の才能の差なんてあったとしても努力の仕方ですぐにひっくり返る。才能で勝敗が決まるなら試合なんてする意味がない。そもそもそんな世の中なら、才能が無いとわかった瞬間生きる意味がなくなる。

 私は周りと比べて自分が突出して上だと感じるようなことは何一つなかった。むしろ、遅れを取るようなことが少なからずあり、劣等感を抱くことの方が多かった。とても技術者になんかなれない。そんな気持ちがあった。いや、今もある。だから、ゲーマーになるというのは逃げの選択なんじゃないかと自分でも思う時がある。でもそれを強く否定する私も存在した。本当にゲームが好きで一日中できる。現実では不可能なことを体験させてくれたり、色々な世界に連れていってくれるゲームがもはや、私のオアシスだ。これを仕事にしない手はない。きっと人生が変わる。どんな努力だってする。周りが半日努力するなら、私は一日努力する。それくらいの覚悟がある。そっくりそのままこの意志を親にぶつけてきた。しかし、プロになる人は皆努力している、お前の考えているほど甘い世界じゃない、理想と妄想だけで物事を考えるなと一方的に押さえつけられた。だから私はそのプロより努力すると言ってるんだ、わからずや。



 私は不貞腐れながら心が折れた時に見るために自分でまとめた元気が出る名言集を開いた。「挑戦しない者は失敗しない。しかし、絶対に成功もしない。」「夢を追う者は、生きている。追わない者は、生かされている」「他人を信じる百倍自分を信じろ」というこの三つの言葉を心に刻んだ私は折れかけていた心に再び熱い炎を注ぎ込んだ。

 そもそも無計画ではない。最近できたゲーマーとスポーツマンのための高校、そこへ入学し、確実にステップアップしていこうと考えている。志のある者は、すでに合格しているという校長の言葉通り、願書を出すだけで必ず合格になるという話だ。別に入試がなくて楽だからとかいう気持ちは一切ない。楽に越したことはないが。

 すでに中学校の卒業式は終え、合格通知をもらった普通科の高校に入学金と書類を送れば何の問題も状況だ。周りと何も変わらない。親もその方向を望んでいる。しかしその方向に本当に意味はあるのか。価値はあるのか。やりたいと思うことがあって、それを諦めて進むほどの価値があるのか。あるわけがない。まさに、それこそ生かされているというに相応しい状況になってしまうだろう。行動しろ……恐れるな……変わるんだ……人生一度きり……自分を信じろ……! 進め! 自分の思い描いた道へ!!

 鞄に個人情報とマネーデータの入ったカード、着替え、その他諸々詰め込めるだけ詰め込んだ。そして机の上に

今伝えられるだけの気持ち、そして謝罪文を書いた置き手紙を残し、そっと部屋を出た。短い廊下をすり足で移動している時、両親の会話が耳に入ってきた。

「……成功するって決まってるなら喜んでいかせるわよね……」

「当たり前だ。俺達の一人娘だぞ。喜んで応援するさ。あいつのしたいことをしてほしいしそのためなら金だって惜しまない。……でもな、危険な道だってわかってておういいぞ、頑張れなんて……親として、簡単に許可できるわけねえんだよ……」

「わかってるわ。かわいい私達の大事な娘……だからこそ、つい冷静でいられなくなるのよね……。本当はあの娘のお願いなら何でも叶えてあげたい。それでも心を鬼にして、あの娘に嫌われてでも辛いことを言わなくちゃいけない……。それが、親の務め……う、うう……」

 母親の泣きじゃくる声に私ももう我慢出来なかった。大粒の涙が頬を辿って床へこぼれ落ちる。

 わかっていた、私のことを思って言ってくれているのは。私自身不安定な世界に踏み出すのが怖い。でも、決断が鈍っていたのはそれだけのせいじゃない。親に反抗するのが嫌だった。私を誰よりも愛し、かわいがってくれる両親。私はこの二人を裏切りたくない。でも……。今だって、この足を止め、二人の言う通りの道を目指した方が良いと思う気持ちはある。どうせなら、敵でいてくれた方が楽だった。その方が見とけよこの野郎、くらいの気持ちで家を出ていけた。苦しい。世界で一番の味方を私は今、裏切ろうとしている。それとも、この苦しみを背負ってこそプロなのか……そうに違いない。そういう家系ならともかく、普通ならプロゲーマーやプロ野球選手になりたいなんて子供の発言に誰が簡単に許可を出すだろうか。誰もが反対されたはず。それを跳ね返して、跳ね返すどころかそれをバネにプロになったはずだ。ここで足を止めるような者にプロになる資格はない。私は再び動き出した。

 元々部屋から数歩で玄関なのだが、長い時間をかけようやく着いた。私は両親を、裏切る。でも、絶対に後悔はしない。そして絶対に二人を喜ばせる結果を残す。心配だろうけど、それを信じて見守っていてほしい。

 靴を履き終え、ゆっくりと腰をあげた。耳をすませば、母親の泣き声と、父親の慰める声が聞こえる。最後にちゃんと顔を見ておけばよかったな。

 


お父さん、お母さん。本当にごめんなさい。私は世界一の親不孝者です。自分の夢のために、家を出ます。私が部屋にいない。そして、この手紙を見つけた時点で、二人ならもう察していたかもしれませんが。二人の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうです。もしかしたら怒ってるかもしれないけど、次に会う時は、できたら笑顔で出迎えてほしいな。その時は、いっぱい甘えたいよ。だから、帰ってくるまで、元気でいてね。お父さん、お母さん、大好き。



 外は私の心境を表しているかのごとく、強い突風が吹き、大粒の雨が降っている。雨粒は次々と私に襲いかかってくる。でも、私は前に進み続ける。夢のために。

「あ! 仕送りお願いしますって書くの忘れてたああああ!!」

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