ばってけ

狐夏

第1話 たしかにうちは食えねぇさ。食えねぇけどないと物足りないもんなんだとよ

 時は鎖国時代。世界はエネルギー問題と食糧問題を抱えたまま、解決までの処置として『OSUSOWAKE』をスローガンにエネルギーと食糧の自給自足を国ごとに行うことになった。技術を除いた一切の輸出入がなくなり、事実上の鎖国となった。

 日本はというと、道州制を押しすすめるも輸送コストの削減のためにと町村レベルにまで分裂。電気や食品はほぼ町村内で分業、売買され、そういった制度の中で知識、技術の効率化の意味もあってか、しだいと家ごとに専門職をもつようになっていった。昔でいうところの職人業である。

 葉一よういちの家もそういった社会の枠から漏れることない家であった。

「へーい! こんの役立たずぅ」

「うっせーこのうんこ野郎!」

 ラン太郎の罵声にあかんべを返しながら輝喜(こうき)たち電気屋の子らは長屋通りを駆けていった。

 悔しさを込めた目でその先を睨んでいたラン太郎は後ろに立つ葉一に振り返る。

「大丈夫だったか?」

「ああ」

 葉一は怒りも悔しさもないような顔でけろっと立っていた。

「おん前なぁ、人が心配してんのに何で張本人が一番平気な顔してんだよ」

「だって仕方ないじゃん。向こうは電気屋だぜ? うちはバラン屋だしランん家だってつま屋じゃなぁ……」

「お前つまバカにすんなよ、つまだって大根なんだから食えんだぞ!」

 ラン太郎ん家は、食品系の家業でも何がどうしてか、刺身の下に盛られるあのつまを作る専業だった。それをラン太郎自身も気にしているらしく、幼馴染の葉一が言ってすら気を損ねるくらいなのだ。だからだろう、輝喜ら電気屋や他の食品家業の子らに冷やかされるのが心底悔しくて、葉一に代わって言いやったに違いなかった。

「たしかにうちは食えねぇさ。食えねぇけどないと物足りないもんなんだとよ」

 葉一の父の受け売りだ。葉一すらそう自分に言い聞かせてはいるものの納得しているわけではなかった。どうにもならないからそう思って飲み込むしかないのだと思っていた。

「さて、日も暮れそうだし帰ろうぜ」

 ラン太郎にそう言われ、葉一も輝喜たちの去った方角に背を向けた。通りの先には山があり、その端に沈む陽に、目がしらを熱くされそうになるのを手でひさしをつくり家へと向かった。


「ただいまぁ」

「おう、おかえり。夕飯の支度これからじゃから先に勉強済ましちまえ」

「へーい」

 部屋の隅に置かれた物書き机で勉強をはじめる。

「なぁ父ちゃーん」

 勉強をしながら作業場の父に話しかける。

「なんで、うちバラン屋なん?」

「じいちゃんがバラン屋だったからじゃ」

「なんでじいちゃんバラン屋だったん?」

「曾爺ちゃんがバラン屋だったからじゃ」

「じゃあなんで――」

「いいからさっさと勉強終わらせ」

 言いかけで父にピシャンと返される。

「だってバラン屋だったら勉強いらないじゃんか?」

「そのうちバラン屋じゃなくなくなるかもしれんじゃろうて、そのときのためじゃ。いいからはよ終え」

 そのうちなぁと、いつなのだろうと、葉一は漠然と思いながら、だらだらドリルを埋めていった。

 外の虫が騒がしくなった頃、晩飯の仕度も終わりやっと空腹を満たせるという時刻。

 突然戸が開けられお菊が飛び込んできた。

「葉ちゃん大変! ランの家に輝喜ん家の父さんが来てて、とにかく早く来て!」

 嵐が飛び込んできたようにわっと言葉を投げ込むと、お菊はすでに走りはじめていた。

「なんじゃ、知らんが葉一はよ行っとけ」

 父に言われてやっと状況に意識が追いついた葉一は通りへ飛び出した。

「また電気屋ん家か」と戸を開けっぱなしのまま、父は食事に箸をつけ始めた。


 通りに出るとワンピースの少女はすでに一〇〇メートル先を走っていた。なんでパンプスであんな早く走れるんだよあいつは。そんなツッコミを心の内でしつつ葉一も走った。

 通りはすでに暗く、長屋の明かりとりから漏れる光だけが道を照らしている。

 十字路を左に曲がった先には巨大ソーラーパネルと風車、そして煙突がそびえる。月明かりがぼおっとそれらを浮かび上がらせており巨人が立っているように見えた。

 その電気屋の三軒手前がラン太郎の家で、家の前にはラン太郎の父と輝喜の父、二人を囲むようにその様子を窺いに来た近所の人たちがいた。

「電気屋がつま屋に何の用だよ?」

「しーっ。夕方、あんたたちまた輝喜にケンカ売ったでしょ?」

「ちげぇよ、あれは輝喜から仕掛けてきたんだよ」

 どうやら夕方にラン太郎が輝喜に言い返したことをわざわざ父親にチクったらしく、それに腹を立てて家まで文句をつけに来たらしい。

「どっちが先にしろ原因はそれみたい」

「ラン太郎は?」

 電気屋の怒鳴り声がこちらまで響いてくる。ラン太郎を出して謝れ。ラン太郎は家にいない。そのやり取りが続いていた。

「ランは秘密基地。裏口から逃げだしたみたい」

「それならよかった」

 ふいに足を踏まれる。しかも小指ピンポイント。

「いってぇよ足!」

「全っ然よくないわよ! またあんたらのせいでランのお父さんに迷惑かけてるじゃない。先週も先々週も。先月なんか取っ組み合いになったじゃないのよ」

 まったく男ってけだものだわと、一番手が出るのが、もとい足が出るのが早いお菊が言う。

「だっておかしいだろ。バラン屋だろうがつま屋だろうが。たまたま輝喜ん家が電気屋だったってだけじゃないかよ」

「そんなこと言ってても仕方ないでしょ。とりあえずランのところへ行くわよ」

 お菊は走り出す。

「だから早いって」

 すでにお菊は五〇メートル先にいた。パンプスで。

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