彼と彼と彼女と私
古宮まこと
第1話 アナタの事を
階段に集まってきた学生達の視線は、彼女に釘づけになった。
だが彼女は出来る事ならこのような事で注目など浴びたくなかったのだ。それだけは誰にも勘違いされたくなかった。
出来る事なら、ひっそりと誰の目にも映らずに、またその視線を阻害せずに生きていたかったのである。
二年生の教室が集まる二階から、一階へと続く階段。
今まさに階段を降りようとしていた者や、上がろうとしていた者。そしてその周辺に偶然にも居合わせた多くの学生達。
その視線の先、人より大分ふくよかな体は冷たい階段の踊り場で蹲っている。
周囲の人間はしん、と静まり返っており、校庭から響く元気そうな声と相まって唯々奇妙な時が流れていた。
「い…… 」
ふいに誰かの声が空間に響いた。
「あ、 ち……、 血が…… 」
次の声が静寂を殺してくれた。その声に彼女は内心安堵した。
これで周囲は元通り騒がしくなる。そして自分の存在をその騒音でかき消してくれるのだ、と。
その内悲鳴のような声は次々と大きくなってゆき、周囲は一気に騒がしくなった。
誰かが声をかけてくる。「大丈夫ですか?」とその声は言うが、それすらも鬱陶しく、返事をしなかった。
どうか無視して欲しかった。
必要のない人間などいないとどこかの聖職者のような奴らは言うし、学校教育の中でも小学校の頃からそんな話をする。けれどそうは思わなかった。
明らかに、必要でない人間はいるのだ。
例えば人を殺めたとしよう。故意にそうしたのであれば、そんな人間は死ぬべきなのだ。
例えば不用意に誰かを傷つけたのだとしよう。そうであれば自らも傷つくべきなのだ。
だから私は恨みはしない。私はこうして罰を受けるだけの醜い人間なのだから。
背中に感じた手の感触と、そしてその手を持っている人間の匂いがした時、私の償いは、これでは足りないかもしれない、けれどそれで少しでも彼女の気持ちが晴れるのならと思ったのだ。
それだけの事を私はしてしまったのだ。こんな見た目で、こんな性格で、思い上がっていた私に対して彼女は罰を与えてくれたのだ。
血管の中から血が流れ出ているのが分かる。自分の鼓動と一緒に蠢いている全身の血管が、熱くなっている。
頭がずきりと痛んだが、階段の踊り場の床はとても冷たかったので気持ち良かった。ずっとこのままここに居たいとさえ思った。
人知れず、コンクリートの冷たい床の上で息絶える。なんて素敵なのだろう。
心残りは母の事と、そしてまだ筆箱の中に入れたままだった彼のシャープペンシル。
返さなければいけなかったのに、それができなかった。
だって彼が好きだったのだ。
彼が私を愛さない事は分かっていたのに、到底不可能だったのに、思い上がったのだ。
ごめんなさい、鈴原さん。
こうして血を流し、命を脅かす事でしか、私は貴女に償う術を持たないのです。
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