フリースタイル・ストーリーズ

有機的dog

スラム・デイズ

 人はなんのために生きて、なんのために死ぬのか。

 莫大な資産を得るために生きる者もいる。強大な権力を求める者もいる。誰にも負けない武力を持とうとする者もいる。これらはあくまでも手段に過ぎない。これが終着点という輩はそうはいない。たたの過程でしかないのだから。人の一番求める欲は、安心だ。人は安心を得るために、いくつもの過程を乗り越えていくのだ。たったひとつの願いである安心感を得るために、人は働いたり、戦ったりしているのだ。

「おいガレウ、仕事だ。起きろ」

 自分よりも数年くらい長生きをしている人生の先輩の男に、ハンモックで寝ていたところを叩き落とされる。ガレウ・サラピアのいつもの日常だ。清潔さで言えば、使い込んだ雑巾のほうが上のつなぎ服を着用する。

 ゴミだめのような街の一角にある、大きな屋敷の小さい倉庫で寝泊りしているのだ。そこしか部屋がないのだ。

「ったく、さっさと準備してブツを届けてこい、うすらボケが」

「……はい」

 まだ意識が夢の中にあるような、頭がふわふわとして思考がまとまらない。赤色の髪をポリポリと掻いて、目を覚まさせようとする。だが、男のセリフも途中までしか理解できなかった。ブツがどうとか言っていたのは聞こえた。

「おいガレウ、いい加減にしろよ。さっさとブツを取りに行け。今すぐ配達いってこい馬鹿が」

「……あー、ういっす」

「気の抜けた返事をするんじゃねえ!」

 男の怒鳴り声がいい目覚ましになった。久しぶりに怒鳴られた気がしたが、今まで何度も怒鳴られてきて、久しぶりだろうと慣れてしまっている。迫力を感じられない。

「まさか……ブツに手を付けてねーだろうな?」

「ははは、そんなことしませんよ」

 ガレウはおどけたように笑う。しかし男は真剣そのものだった。ガレウの態度が気に食わないらしい。

「もしも手を付けてみろよ……」

 男はガレウの胸ぐらをつかみ、脅迫じみたことをする。

「スラムのクソガキなんざ、変わりはいくらでもいるんだ。使い物にならないと判断したら、速攻でゴミ捨て場に廃棄してやるからな?」

「……わかってますよ」

 顔が近い、さっさと離せ、俺に触れるな。そういうことしか思わなかった。男の話など、適当に返事しただけだ。男はそれで満足したようで、ガレウの胸ぐらから手を離す。

「ちゃんとやっとけよ。今日の当番は俺なんだからな!」

「へーい」

 ガレウの仕事は、簡単に言えばスラム街を走り回って宅配をすること。それだけだ。ただし中身は違法のクスリやら、内臓やら武器やら。きな臭い物ばかり。犯罪を犯すのが仕事のような感じだ。ガレウの行為は、『帝国』では厳しく罰せられる。ガレウが今まで積み重ねてきた罪を考えれば、捕まれば終身刑は確実だろう。そのくらい危険なモノを毎日運んでいる。休みなど存在しない。あくまでも『組織』にとっては、自分たちは消耗品で、伝書バト以下の存在だからだ。変えはいくらでもいる。使い潰すのに何のためらいもない。

 ただスラム街ということで、『帝国』が誇る警察部隊である『テリトリーポリス』はほぼいない。スラム街は監視の目が緩いのだ。『帝国』としても、近寄りたくないほどの場所なのだろう。

 監視の目が緩いせいで、ガレウのような子供たちが犯罪に手を染めているのだ。ガレウはまだ17歳。これでも他の子どもに比べれば上の方だ。『組織』によっては10歳未満の子供に実験と称して、違法薬物を使用させたりしているそうだ。

 ガレウは荷物の置いてある部屋に向かう。その部屋には大小様々な種類の荷物が置かれており、中身のチェックを行っている大人が複数名いた。その中の一人の男が、ガレウに気が付く。

「おい、ガレウ。遅いぞ。とっくに配達に出かける時間だろうが、ええ?」

「……すんません、ちょっと寝坊で」

「ふざけてんじゃねぇぞ!」

 手に持っていた荷物で、ガレウの頭を殴る。中身はクスリのようで、軽かった。もしも銃火器だとしたら、ガレウの頭がい骨は割れていたであろう威力だった。

「さっさとこれ持って、広場に向かえ。『ドールグス』の名前に傷つけんじゃないぞ!」

 ガレウは頷いて、手渡された手提げバッグを片手に玄関に向かう。扉を乱暴に開けると殴られるかもしれないので、そっと開けて出ていった。

「はぁ……」

 やってられない。毎日毎日、こんなパシリをやらされて、おちおち眠ることもできやしない。全く心が落ち着く場所がないのだ。『ドールグス』以外の、他の『組織』に雇ってもらおうとも考えた。だが、このスラムには同じようなところしかない。スラムにある『組織』には、昇進する方法などないのだ。パシリは一生パシリのまま。使い捨てられるのを待つのみなのだ。どの『組織』も変わらないことだ。

「……ちっ」

 目の前を横切るネズミに舌打ちをする。こんなことは日常茶飯事。こんなことで怒りを覚えるという事は、ストレスが溜まっているのだ。ここのところ、扱いがさらに悪化している。寝床も、前までは普通のハンモックだったのだが、人が増えたせいで没収。現在は荒縄で適当にこさえた、寝心地悪いハンモックで眠っている。

 睡眠が満足にとれないだけで、人間はストレスがたまる。いつか爆発してしまいそうだ。どこかで発散しなければ、気がおさまらない。

「……クソがッ!」

 思い切り地面を踏んだ。すべての怒りを大地にぶつけるように、足に力を込めて。土の地面には足跡がくっきりと残った。それだけでは収まらず、何日も洗えていない赤色の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。かゆくてたまらない。

「……あぁ腹立つ」

 昇進の兆しもなく、いつまでも続くパシリ。日常的に振るわれる理由のない暴力。抗えばさらに鉄拳が飛んでくる。

 詰んでいる。人生に王手をかけられている。

「ふぅ……」

 ガレウは一回だけ息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。地面を蹴ったおかげで、少し気が楽になっていた。

 指定の広場にたどり着く。広場には腐臭が漂っていた。ゴミ捨て場が近いのだ。ガレウはいつまでたっても慣れない。他の市民は平気な顔をしてゴミ拾いをしている。

 このスラムで生きる術は二つ。『組織』に加入するか、『ウエストピッカー』と呼ばれる廃品回収者となってゴミを売るかのどちらかだ。

 『ウエストピッカー』の収入は非常に低く、安定せず、住居も吹きさらしのようなものだ。『組織』に加入すれば、少なくとも最低限の衣食住は確保される。ただし暴力に耐え抜かねばならないという欠点がある。

 どちらの道も茨道であり、この広場にいる市民は『ウエストピッカー』なのだろう。ちらほらと子供も混じっている。ゴミ捨て場は事故も多い場所で、大人でも危険だが、生きるために必死なのだろう。

「そこのガキ。その手の荷物、『ドールグス』のもんだな?」

 ガレウは背後から声をかけられる。少し驚いてしまったことが悔しい。振り向くと、黒いスーツを着たサングラスの中年だった。この広場の雰囲気にそぐわない恰好だ。

「……はい。中身は聴かされてませんが」

「知る必要はない、お前のようなガキにはまだ早い。ほら、さっさと渡せ」

 ガキという言葉にむっとくるものがあるが、反論したところで訂正されるはずはない。殴られるだけだということはわかっているため、大人しくバッグを渡す。

 男は中身を確認するために、バッグの中身を覗いた。

「確かに、受け取った。ほら、代金だ。パクるなよ」

 男は金の入った黒い手提げバッグをガレウに渡す。ガレウは中身を確認することはしない。このバッグはセキュリティーシールが開け口に貼られており、開けたらわかる仕組みになっている。もし開けでもすれば、中身を盗ったと言われかねない。

 ガレウは黒服の男に頭を下げて、その場を立ち去る。受け取ったらすぐに戻らないと殴られるのだ。

 ガレウは急いで走っている最中に、線路上に何人かの子供のグループを見かけた。ボロボロの、もう服とは到底呼ぶことができないような布を身に纏い、ゴミを漁っている。『帝国』のおひざ元である『オレイア地区』のゴミだけでなく、たまに他の地区のゴミを捨てにくる列車がある。『ウエストピッカー』からすれば、狙い目は他の区のゴミなのだ。オレイア地区以外のゴミの中には、極稀に高く売れる物が入っていることがある。オレイア地区のゴミはしっかりと分別されて捨てられるため、金目のものは皆無なのだ。

 線路は国中に通っており、列車の数もそれなりにある。様々な地区へのアクセスも簡単なのだ。しかし、このスラムに来る列車は一種類、ゴミ廃棄車のみだ。

 『ウエストピッカー』の子供たちは、何が何でもゴミを拾い、少しでも金にしなければ生きられないのだ。だから、命をかけて線路上に突っ立っている。もし列車にはねられでもしたら、即死は間違いなし。危険を承知で線路上なんて場所にいるのだ。

 ガレウは心の中で、がんばれ。そう言った。自分もあまり人の事が言えたことではないため、それ以上何か思うことはやめておいた。恵まれないのは、こちらも同じなのだ。

 ガレウは一度、ゴミ廃棄車に乗って別の地区に向かおうとした大人を見たことがある。あまりいい記憶ではないが、あの子供たちをみて思い出したのだ。

 廃棄車に乗って、別に地区に行こうとした大人は、その場で列車の乗組員に射殺されてしまった。あの事件により、ガレウは、このスラムからは逃げられないということを思い知らされたのだ。

 ガレウは急いで戻ることにした。嫌なことを思い出した上に、ぶん殴られてはたまったものではない。ガレウは首をぶんぶんと横に振って、思考をリセットする。嫌なことを頭の片隅に追いやろうとする。

 ガレウが寝泊りしている場所――『ドールグス』のアジトに戻ったのは、十分くらい経ってからだった。

 結局、頬をビンタされた。殴られないだけマシだと考える。

 一仕事が終わったという事で、構成員の大人からほんのわずかな食事を与えられた。仕事が遅いという事で、渡されたのはパサパサの食パン一切れ。そして瓶に入った、ほんのわずかな、ぬるいミルクだ。

 寝床にしている倉庫の片隅に座って、侘しい食事を始める。この生活において、一番心が安らぐ時が、この食事の時間だ。食事は朝と夕方。大人たちは昼にも食事をするが、ガレウのような子供には与えられない。

 心が安らぐ理由、それは一人になれるからだ。大嫌いな大人たちは食事処で集まって食べているため、今の時間はこの倉庫に誰も来ない。誰にも怒鳴られることなく、ゆっくりと食事ができる。

 そして好物のミルク。味のしない、砂っぽい食パンとは全く違う。鮮度は落ちているだろうが、味がするのだ。疲れた体を癒してくれる薬みたいなものだ。

 このミルクこそ、ガレウの唯一の心の支えだ。これがあるから、生きていけるのだ。

 安らぎの時間とはいえ、すぐに済ませなければ大人たちが呼び出しに来る。ほんのわずかでも大人たちの声は聴きたくないガレウは、すぐに食べ終えるようにしていた。食べ終えたらすぐに、別の倉庫に向かう。運ぶ荷物を受け取るためだ。

 荷物を受け取る倉庫には、さっきとは違う、別の大人が荷物整理をしていた。

「おぅ、ガレウ。ほら、これを『ビカシア』の構成員に渡しに行け。『ビカシア』からも荷物が渡されるから、忘れるなよ。交換なんだ。場所は廃棄車の止まる広場だ」

「わかりました」

 さっきと同じ場所だ。ただ渡す人物が違うだけだ。

 ガレウはアジトを出て、また広場へと向かう。火種でも調達してきてアジトを燃やしてやろうかとも考えたが、すぐに考えを放棄する。『ドールグス』は大嫌いだが、無くなっては困る。衣食住が保障されなくなるからだ。

 広場に到着し、『ビカシア』の構成員を探す。『ビカシア』の構成員は全員、ドクロのマークのあるローブを着こんでいる。見ればすぐにわかるのだ。

 見つけた。だが、ガレウと同じくらいの年齢の男だ。『ビカシア』の構成員も、ガレウに気が付く。手に持っている荷物で判断して、近寄ってきたのだろう。

「お前、『ドールグス』か?」

「あぁ……そうだ。お前は『ビカシア』のだな?」

「そうだ。名前はエンリっていう。……まさか、俺と同じくらいの奴が加入してるだなんて……驚いたよ」

 エンリと名乗った『ビカシア』の構成員はガレウから手に持つを受け取る。

 後はこの男から荷物を受け取るだけだ。もし、忘れでもしたら『ドールグス』の大人に怒られる。

 ガレウは手を伸ばし、エンリの持っている荷物を取ろうとする。しかしエンリは、ガレウの手をはたき落とした。

「痛ッ……なにしやがんだ?」

「……これは俺のだ……触るな!」

「おい、何言ってる。これはどっちも『組織』のもんだろ。変なこと言ってないで、さっさと渡せ。そういう約束のはずだ」

 『組織』の間での連絡はかなり密になっているはずだ。どの『組織』も、詳細までは教えないまでも、下っ端にもちゃんと仕事内容は教えているはずだ。そうでなければお互いに利益がなくなるからだ。

「いや、俺のだ……。この薬は……俺のだ!」

 ガレウは渡されるはずの荷物をよく見る。すでにセキュリティーシールが破られている。このエンリという男は、この荷物の中身を見ていると判断した。

「交換に来るのが、お前みたいな奴でよかったよ。おかげで、持ち逃げも楽勝だ」

 エンリはローブを素早く脱いで、ガレウに投げつける。一瞬の目くらましとなる。ガレウが怯んでいる隙に、エンリは逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る