終焉のキロク
AWZZA
第一章 大いなる野望の幕開け
静かなる炎
どうしても眠い。起きなければいけないのに眠い。眠りとは元来、人間の根底を成すもののはずだ。だが、それがまるでゴミのように扱われるのは如何なものだろうか。
いや、案外眠りとはもう人間に必要のない行為なのかも知れない。原始、人間生活の主軸は狩猟採集であった。そしてそれは人間であれば当然行なわなければならない、人間全てが関与するものであった。だから、人は眠りという行動で狩猟採集への体力を蓄えた。しかし時代は流れ農耕が生活の主軸になった。すると直ぐに奴らは現れた。権益を持つ者、強者だ。彼らは王や貴族とも呼ばれる。その時人類の眠りへの闘いは火ぶたを切って落とされた。働く人間と働かないデブに分かれたのだ、人類が。
時代は進んでゆく。権益保持者が増え、それ以上に働き人間は増える。まるでミルフィーユのように何層にも分かれていく、人類が。
その過程で人は眠りを捨てた。働き人間への眠りは永遠に失われた。働き人間の代わりはいるもの。
だが私は、いや、我等は今、失われし幸福を取り戻すべきではないのか。もう限界である、人間が創り出した階層社会は。眠りの必要性を軽視してきた罪がくだされるのだ。
今こそ、人類に新次元の幸福を。
「あの、シフト次先輩なんで。早く代われ。」
「あー眠すぎ!もーわかったよお。あと五h…」
「起きろください。」
バシャッ 俺は先輩に容赦なく水をぶちまけた。ああ、きっと寒いだろうな。今は冬。さらに今日の朝は特に冷え込んでいる。ここは暖かいとは言ってもせいぜい20度前後だ。きっと全身を震わせているに違いない。
「zzz」
「寝てんじゃあ…ないですよ!」
バシャッ バシャッ
二回だ。さすがに目を覚ましたか。
「スー」
俺は暖炉の火を消して、窓を全開にした。寒い。身を刺すような北風が窓から差し込む。これは俺もやばいやつだ。普通に寒い。
「ぎぇええええええええええユルジでええええええええ」
「ふっ。これが人類に与えられた睡眠を愚弄したものに与えられる罰ですよ。仕事あってこその睡眠。睡眠だけを得ようなどという下賤な思想には懲罰が必要なのですよ。ははははは!」
先輩は先程の弛みは露ほども感じさせない明るさで出て行った。
俺はとりあえず窓を閉め、暖炉に火を灯す。ふう。これで一眠りできる。次のシフトが来るまではしばらくあるので市場で何か食べようかな。そう思って俺は支度を始めた。
支度は4、5分で完了した。まあ、俺なんかの持ち物は非常に少ないから当然だ。
「よっと」
俺は軽量ラージバックを持って肩にかけ、外に出た。
街はいつも通りのどかであった。簡素な街並みだ。白い壁に灰色の木の柱が通ったシンプルな2階建ての家が連なっている。ここからのびた広い大通りが向こうまで続いていて、その先には大きな木とそれを囲むベンチのある広場がある。ここは人を2,3人見かけるほどの人通りだが、広場は今日も賑わっているはずだ。というか賑わっていなければ俺たちは存在意義を失ってしまうようなものだろう。
市場は大通りを広場に向かって少し進んだ先にある第五幹を曲がった所だ。露天や八百屋、萬屋、泡屋など様々な店が立ち並んでいてまるで本棚か何かをひっくり返したかのようだ。
「安い!」「期間限定!」「ポイントセールやってます」「当店のNo.1の女の子は…」
たくさんの店のそれはもう様々な売り子が喚いている。
「お客さーん?ウヘッどうですか?空いてますよウヘッ」
男が女も判別するのが困難なゴリラ的なのが話しかけてきたが無視する。俺の目的は別なのだ。しかし、雑然とした所である。何度きても落ち着かない。この雑然とした感じがまたいいのかもしれないが。建物も古い木造から最先端のコンクリート製までなんでもかんでもだ。ある所を見ると古い住宅街のようにも見えるが、またある所を見ると若者で賑わう繁華街のようでもある。そういうバラバラなのをこれまた様相の滅茶苦茶な迷路のような小路が繋いでいる。おそらく、新参者が案内を連れずに入ったのならば10年間は出てこられないと言われている。そんな所だ。
俺は別れ道を迷わずに選択し、工房街、食堂街、商店街、工房街、商店街、薬屋がたくさんある所を抜けてやっと目的地にたどり着いた。
暗い路地裏にひっそりとそれはある。上は別の建物に覆われておりそこだけ真夜中のようだ。初めて見るものはきっと建物とは認識しないような簡易的なビニール造りのそれに近づく。俺は問う。
「すみません!やってます?」
「ああ、今からやるとこだ。入りな」
中からヒゲモジャの男が顔を出して言った。
俺は男の指示に従ってそれに入る。入るとすぐに炭火の匂いが俺を包む。
「あぁ」思わずため息が出てしまう。そうだ、俺の目的地とはこの焼き鳥専門店「鳥毛」だ。
人類の新次元の幸福とはここにあるのだと俺は再認識する。
パチパチと火花が爆ぜる音。炭火が肉をいじめている。肉は辛い運動をしているかのように大量の汗を滴らせる。滴り落ちた汗は炭火によってジュウという音とともに浮かび上がり、俺の前を香りとなって通り過ぎる。
ぼんじりとモモだ。
「ネギマ、モモ、砂肝、月見つくね、手羽先、皮お願いします。」
俺は呼びかける。
男は頷き、俺に問う。
「塩かタレか。」
俺は間髪入れずに答える。
「塩で!」
やっとここで一息つく。去るのが名残惜しいかのように香り達は俺の前でたむろしている。俺は彼らの様子を嗅ぎながら、店の中を見回す。
謎の絵や、いつも掛かっている上着。天井から吊るされたランプ。薄汚れた木のカウンターと数個の椅子。男はカウンターの中にいる。
だがそれだけではなかった。もう一人いた。薄暗い為きちんと確認する事は出来ないが、女だ。地味な色の地味な模様の服を着ている。剣は持っていないようだ。ならば警備兵ではないのか。これは珍しい事である。普段俺だけしかいない店内に戦闘を生業としない普通の女が居るのだから。
俺はどちらかと言えば内向的な人間だ。積極的に他人に関わろうとはしないし、ましてや女性と会話しようなんて考えもしない。しかし、何故か俺は女に話しかけなければならない気がする。これは好奇心から来るものではない。感じるのだ。独特の雰囲気を…
そう思った時、視界が暗転した。
ん?なんだ?ランプが消えたのか?俺は少し考える。いや、消えたはランプだけではない。あの香りも店の男も全てが消えた。意識しか存在しない暗黒の空間に、ただ一人取り残されたような感じだ。
どこからか声が聞こえる。どこだ?
どこでもない、此処だ。
おい。元気にやっているか。久しいな。色々と言いたいことはあるが今は緊急だ。挨拶はほどほどにして本題に入ろう。
俺よ。
俺はずっと自分を欺いてきた。別に欺いてきたことを悔いるつもりはない。人間誰しも嘘はつく。だが、一つだけ。一つだけ、腐りきった俺の心に弱く小さな灯火が絶えぬよう薪を焚べ続けてきた思いがある。そいつが俺に猛烈に今だと訴えている。戸を叩いている。炎が大きさを増している。なぜ今なのか。この日常がなぜ今更。そう思うことさえ許されなかった。突然、突如、唐突にそれはやってきた。
歴史の変わり目を、その当時を生きていた人々は感じることができたか?
これは否だ。歴史はそれを生きる大部分の人間にとって過去のものでしかない。今は歴史になりえない。なぜならそれが日常であるからだ。しかし、多くの人間には変化もある。結婚、出産、誕生、成長、入学、成人、そして結婚。これらの変化の中から選ばれたものだけが歴史になるのだ。ならば俺はこの今を歴史にしなければならない。思いに従わなければならない。それは過去の俺が今の俺に残した唯一の願いである限り。
俺には過去の記憶がない。気づいたらここにいた。なぜここにいるのか。そんなことにきっと何の意味もないと、俺はこの歴史の端くれに過ぎないとそう思っていた。だがそれは違う。俺には為さねばならないことがある。俺には出世も栄光も名誉も必要ない。ただこの思いを満たす為、為さねばならんのだ。それが使命だ、この時代の俺の生きる意味だ。そうだろう?
おっと、もう時間切れだ。だが最後にここからのヒントを少しでだけ俺に伝えよう。理解出来なくても構わない。とにかくよく聞けよ。
まず、円形概念は抽象世界への鍵だ。ダグラスの輪を除けば、思念の崖下を覗ける。もちろん崖下へ至る道程にはギルモンの弟子がいるはずだ。もしくは遺体か。いずれにせよ、木村・近藤予想の通り、不定形のゲオルグ波の存在は確認出来るだろう。対死海繊維の開発を進め、サージの窓から侵入しろ。高次元思念と中途理性の信管の合間から…クソ、限界…か…
これだけ…は…えろ。
今…第三世界…扉…開け…れば…次のヒュー…二億…時間…が…
闇。声が去り、俺は再び取り残された。
ゴンッ。
今度は鈍器で頭を思い切り殴られたような音がした。
ゴンッ。ゴンッ。
痛々しい音だ。ん?痛々しい?
ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。
突然頭痛が襲う。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…
光。薄暗いが光がある。目を開けて周囲を見ると先程と何も変わらない店内にいた。気を失っていたのか。なんにしろ、戻ってこれたようだ。
意識が完全に復活すると胸が激しく鳴っているのを感じる。しかし何だったんだ今のは。何をやっているんだ俺は。焼き鳥屋で。思春期の少年じゃあるまいし。気持ち悪い。さっきと同じ店だ。何も変わってはいない。
「ほら。兄ちゃん。焼けたぜ。」
鳥毛特製焼き鳥が登場した。香ばしい。ランプに照らされたそれは淫靡に光る。ああ、早く歯で噛み締め、柔らかな弾力と溢れ出る旨味を味わいたい。食欲が俺の頰を思い切り打つ。やはり幻想か。俺も疲れているのだ。先輩に習い休息を取るかな…
あ。ふと目があった。そして問われる。
「ねえ、あんたも
聞かれてしまった。意識から締め出していた現実にまたしても俺の頰が打たれる。どうやら運命は俺の沈黙が不服らしい。こうなっては仕方がない。聞かれた以上認めるしかない。数秒の間をおき俺は答える。
「ああ、その通り。俺も
長い間止まっていた俺の時間がその時、動き出した。
できればそのままにしていたかった俺の日常が再び崩れていく音が聞こえる気がする。
事実、それはもう崩壊していたのだろう。
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