∠Cを片想いとする直角三角形におけるθの悲劇
久保田弥代
序章に至るプロムナード 翔也――tangent
――八月十九日、金曜日。
「高校最初の夏休みだぜ、もっと弾けろよ
溶けかけのアイスキャンディをくわえた悪友が、俺の背中にバッグをぶち当てながら駅の駐輪場の方へ去っていく。
「ってーなオイ!」
声だけで追いかけるけど、暑さに
駅前広場のベンチ。ここには日除け? 雨避け? の屋根みたいなものが一応あって、そこから、水のミストが噴霧されていている。タンクトップは汗でもとから濡れているしスマホだって防水だから、いっそバシャバシャとシャワーが出ていてもいいくらいだ。日差しはあまり避けられないが、とにかくここの空気は涼しい。風でも吹けばなおいいんだけど。
魔力のような涼しさは、俺の魂を
「あー」それが口癖みたいになってしまったセリフを、俺はまた口にした。「どうしよっかな、これから」
目的なんかない。ただここにいる。さっき悪友にそう言ったら、半分がた馬鹿にした目で見られたっけな。あいつ自身は、これから通学して部活だとか言ってた。大した荷物じゃないし時刻も昼近くだしで、運動部じゃないんだろうけど、でも、楽しそうではあったな。中学時代と変わらずに。
うらやましい、と多少は思うけど、じゃあ俺がそういう部活とかで楽しめそうかというと、それは違う気がする。
「もっと弾けろよ、か……」
そんなこと言うくらいなんだから、アイツはきっと弾けてるんだろうな、高校生活。別の高校になっちまったから、もう普段のアイツのことはわからなくなってしまった。
暇で、スマホゲームも飽きてきたし、家にいてもやることはなくて、いや宿題という名の逃れ得ぬ
弾けろ、か。
中学の頃は、こんなじゃなかったんだけどな。ただ、遊んでただけだったけど、でも、時間はむしろ足りなかったような気がする。ほんの数カ月前のことがもうおぼろげだ。こんな風に時間をもてあましてどうしようもない、ってことはなかった。と思う。
「あーあ」そして再び。「どうしよっかな」
思い悩んでここに居続けても、どうにもならない。それに、太陽の光は時間が経つにつれてどんどん強くなってる。ミストの恩恵がいつまで続くのかわからない。ここはやはり、北口のゲーセンでクーラーに当たるべきだ。遊ぶような金は、持ってないんだけど。
立ち上がって一歩踏み出してみると、数秒前の決意がすぐに鈍るほど、暑かった。
と、とりあえず緊急避難で、駅入り口のコンビニへ……アイスキャンディーくらいなら、俺の財力でもなんとかなる。
アイスを買うついでにしばらく涼んで、店から出るとなおさら暑い。タンクトップにハーフパンツ、むき出しの肌が多い分、温度の落差がストレートに実感されてしまう。
北口に回り込むの、面倒くせえなぁ。こっちの南口にもゲーセンできないかな。
「あーあ」とまた口を突いて出かけたセリフを、ぐっと飲み込んだ。
さっきまで俺が座っていたベンチのあたりに、女の子が二人。一人はベリーショートっていうのか、スポーツでもやってるみたいに短い髪型。女の子にしては長身だ。もう一人は、セミロングのまっすぐな黒髪。こちらは少し背が低いけど、女の子としては普通な身長。
あんまり見かけない制服だ。ここらへんの学校じゃない。少なくとも中学じゃないはず。
いや制服なんか、どうでもいい。あれは……すごく……可愛い。制服じゃなくて、その、なんというか、思うことすら気恥ずかしいけど、……女の子が。
その二人は、少しの間ミストで涼んでいたようで、駅の入り口の方へ向かって歩き始めた。楽しそうに話をしている。仲が良さそうだ。俺は入り口横のコンビニ前にいるわけで、つまり二人は、徐々に俺のいる方へ近づいていることになる。
俺は身動きも出来ずに、その子が最接近してくるまで立ち尽くしていた。視線だけは、ずっと彼女たちの方を追っていて、胸の中にはドキドキする物体が埋まっていた。そのカウントダウンごとに、焦りみたいな胸苦しさが高まっていく。
徐々に彼女たちの表情がはっきり見えてきて、楽しげな――弾けた笑顔が最接近した時、胸の中で爆弾が爆発した。
こんなこと、今まで経験なかったけど、わかる。ともかくわかる。この気持ち。これは――
ヤバい。
惚れたぞコレ。
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