第12話 相棒を拾う 3

 その日の午後、タチジャコウ領領主で四大貴族の一つ、タチジャコウ家の屋敷にて、一つの大きな雷が落ちた。

 雷を落としたのはタチジャコウ家の主である、アジル=タチジャコウ。落とされたのは、タチジャコウ家に仕える少年、ワクァ。

 ワクァは直立不動のまま、顔を真っ青にしてアジルの眼前にいる。アジルは冷徹な目でワクァを見詰めながら言った。

「ワクァ……私はお前に「ニナンを探して来い」と命じた筈だ。そしてお前は、命令通りニナンを見付けた……が、問題はその後だ。何故ニナンを散歩などに連れて行った? 私達が心配しているのはわかりきっている事なのだから、すぐに連れ帰ってくるのが当たり前だろう!?」

「……申し訳ございません……!」

 ワクァは反論する事なく、ただ謝った。すると、アジルの後で母親の影に隠れていたニナン――先ほどワクァが探しに行き、散歩に連れて行った少年――がワクァを庇うように言った。

「違うんだよ、お父様! 僕がワクァに頼んだんだ! 「散歩に連れてって」って……。ワクァは「早く帰りましょう」って僕に言ったんだよ! 僕がワクァにわがままを言ったんだ!」

 すると、アジルは厳しくニナンに言う。

「それでも、ワクァはお前を連れて帰ってくるべきだったんだよ、ニナン。確かにワクァは強いが、それでも、もし大勢の人間に一度に襲われたらどうする? お前を守りきれなかったかもしれないだろう? 傭兵奴隷である以上、最も優先すべきは主家の人間の安全と、主である私の命令だ。ワクァ……私の言っている意味がわかるな?」

「……はい……」

 俯いたまま、ワクァは言う。その拳は固く握りしめられ、震えている。その様子を見ながら、アジルは言う。

「わかったなら、もう良い。自分の部屋にさがれ。今後一切、お前の勝手な判断で命令に反するような事をするんじゃないぞ」

「…………はい……」

 消え入りそうな声で答え、ワクァは部屋を出た。部屋を出る時、「全く……これだから奴隷は……」と言うアジルの声が聞こえた。

 聞こえなかった、フリをした。

 屋敷の隅に用意された自らの部屋に帰る為、廊下を歩く。すると、途中で声が聞こえた。

「おい、ワクァ」

 名を呼ばれて、ワクァはすぐさま声がした方を見る。するとそこには、十四~五歳の少年が立っていた。

 赤地に金糸で刺繍が施されたジャケットに、首元で括られた品の良い色をした金髪。碧眼で、意地の悪そうな顔をしたこの少年に、ワクァは慌てて返事をした。

「……何か、御用でしょうか、イチオ様……」

 すると、イチオと呼ばれたこの少年――タチジャコウ家の長男であるイチオ=タチジャコウ――は表情を崩して言った。

「いや? 用って程でも無いんだけどな……その様子だと、お前はもう自分の部屋に帰るんだろ? だったら、ちょっと僕の部屋に寄っていかないか?」

 言われて、ワクァは慌てふためいて言う。

「そっ……そんな恐れ多い事……! イチオ様はタチジャコウ家のご長男です! それに引き換え、俺は運良くこのお屋敷で育てられる事になった傭兵奴隷……そんな俺がイチオ様の部屋に入るなどと……!」

 そんなワクァの困る顔を面白そうに見ながら、イチオは言う。

「僕が良いって言ってるんだから、良いじゃないか。何なら、そこらのメイド達に「僕がワクァを誘った」んだと証言するよう言い含めておくぜ?」

 そう言いながらも、すぐさまメイド達にその旨を伝えるイチオ。言われたメイド達が皆揃いも揃って自分の顔を見て笑った気がしたのが気になるが、ここまでされると断る事は難しい。

「……そこまで仰るのでしたら、少しだけ……」

 おずおずとワクァが言うと、イチオはニヤリと笑って言った。

「そうか、そうか! それは良かった! 実は是非ともワクァで試した……いや、ワクァに見て欲しい物があったんだ!」

 言い方が非常に引っ掛かるが、自分がこの家に仕える傭兵奴隷である以上、逆らう事はできない。覚悟を決めたワクァは、イチオに言われるがままにイチオの部屋に踏み込んだ。

 すると、その数秒後の事だ。


 カチリ。


 扉に、鍵をかける音がした。

「!?」

 ワクァが咄嗟に振り向くと、イチオが人当たりの良い笑みを浮かべてドアの鍵に手をやっている。

「……イチオ様……?」

 ワクァが名を呼ぶと、イチオは苦笑しながら言う。

「あぁ、ゴメンゴメン。部屋に入ったら鍵をかけるのが最近の癖なんだ。一応僕も、思春期って奴だからね」

「……はぁ……」

 何となく腑に落ちないが、これ以上問う事はできない。傭兵奴隷とは、そういうものだ。

「……それで、俺に見せたい物とは……?」

 こうなった以上、早く用事を終わらせて帰りたい。そう思ったのか、ワクァは周りを確認する事もせずにイチオに問うた。すると、イチオはニヤリと笑って言う。

「あぁ、それなんだけどな……おい皆! やっちまえ!」

 そう、イチオが言った瞬間に、イチオの部屋のあちらこちらから何人かの少年が飛び出してきた。

 どの少年も、ワクァは見た事がある。イチオが友人と呼んでいる、同じ貴族の子供達だ。

 その少年達が、姿を現したかと思いきや、あっという間にワクァに掴みかかり、その身体を羽交い絞めにする。相手が相手だけに、ワクァは手を出せない。できるのは、この状況を問う事だけだ。

「イチオ様!? 一体如何いう事ですか!? これは……」

 すると、イチオは楽しそうに言う。

「いや、今までに何度か彼らと話していたんだけどね……ほら、ワクァってもの凄い美人じゃないか? だから、君が女性の格好をしたらどう見えるのか……一度試してみたいと思っていたんだよ」

 そう言って、イチオは部屋の衣装ダンスの中から一着のドレスを取り出した。飾りの少ないシンプルなデザインで、白に近い薄ピンク色をした割と上品なイメージのドレスだ。新品のようなので、恐らくはこの悪さをする為だけにわざわざ買ったのだろう。こういう所に無駄金を使える辺り、流石は貴族と言った所か……。

 そのドレスを見て、流石にワクァは蒼ざめた。女装をしろと言うのか。いくら女顔だからと言って、男であるこの自分に。

 そんな不満が顔に表れたのか、イチオはニヤニヤと笑って言った。

「抵抗なんて勿論しないよな? 何せお前は、僕の家の奴隷なんだ。奴隷が主家の人間に従うのは当然だよな……?」

「……!」

 この言葉に、奴隷と言う立場に置かれた人間は弱い。諦めて、蒼ざめた顔で俯いていると、耳元でイチオが言った。

「安心しなよ。メイド達には本当に僕がワクァを連れ込んだと言ってある。「ワクァに女物のドレスを着せてみたいから、僕の部屋に連れ込む」ってね。お父様にバレても、お前が叱られる事は無いからさ……奴隷への処遇としては、充分過ぎるくらいだろう?」

 そうか、だからさっきのメイド達は自分を見て笑っていたのか……。自分がこれからどうなるか予想して、笑っていたわけだ……。

 そう思う間にも、着付けとメイクはどんどん進んでいく。二十分もすると、そこにはワクァではなくワクァのような女性がそこに一人立っているような形になった。

 そこで初めて、少年達はワクァを掴んでいた手を離す。あまりの事に体中の力が抜けたのか、ワクァはそのままヘナヘナとその場に座り込んだ。その姿がまた、女性のイメージを彷彿とさせる。

 それを見て、少年達は口笛を吹き、満足そうな顔をした。

「驚いたな。美人だ美人だとは思っていたけど、まさか化粧と服だけでここまでとはな……」

「あぁ……本当、こいつ何で男に生まれちまったんだよ!? 女だったら、絶対放っておかねーのに……あぁ! 勿体ねぇ~!!」

 その言葉に、少年達はドッと笑う。その笑い声を遠くに聞きながら、ワクァはギュッと拳を握り締める。

 ……怒ったら、駄目だ。

 自分は傭兵奴隷……タチジャコウ家に買われ、育てられてきた……タチジャコウ家に仕える人間だ。奴隷は主人の玩具とも道具とも同じ。要らなくなった道具は、捨てられるのが常識だ。もしここで、要らない事をして主人の反感を買ったらどうなる? 自分はそれこそ要らなくなった道具のように、一文無しで放り出されるかもしれない……。

 そうなれば、自分に生きていく道は無い。そうならない為にも、今ここで、この少年達に反抗してはならない。心の声が、必死にそう言い聞かせてくる。

 ワクァがそんな状態であるとは露知らず、イチオはワクァの腕を掴むと言った。

「さて……折角だから、ワクァには今日一日この格好で過ごしてもらおうか?」

「……!?」

 その言葉に、ワクァの目が見開かれる。「勘弁して欲しい」と訴える、せめてもの反抗の証だ。

 だが、イチオはそんな目は軽く無視して言葉を続ける。

「そう言えば、ワクァは自分の部屋に戻る途中だったな? よし、僕が部屋までエスコートしてやろう。ドレスと言うのは、着慣れないうちは歩き辛いものらしいからね……僕が手を引いてやるから、ゆっくりと歩くと良いよ、ワクァ」

 ゆっくり歩け、と? 服を着替える事も許されないのであれば、せめて走って……できる限り人に目撃されないよう帰るつもりだったと言うのに。邸内引き回しの刑か、これは。人に女装させるだけでは飽き足らず、邸内で晒し者にしようと言うのか。

 しかし前述した通りワクァは主家に逆らう事ができない傭兵奴隷だ。結局、腹に据えかねながらもイチオにされるがまま、自室へと戻る事になった。

 メイド達が言いふらしたのか……いつもより人の数が多い廊下を、エスコートされながらゆっくりと……。

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