第3話 何となく勿体無い紐を拾う
「……拾うんだったら、何に使えるのか具体的な提案をしろよ?」
薄曇の空の下、相変わらず端正な顔を引き攣らせながら、ワクァが言った。胸の前で組んだ両腕は、心なしかピクピクと震えている。相当怒りのボルテージが上がっている証拠だ。
彼の眼前には、健康的過ぎるんじゃないかと言いたくなるほど健康的な顔色をした、ライオンの鬣色をした髪を首の後ろでみつあみにした少女。その手には、一本の紐が握られていた。
太さは縄跳びの縄程度。何か特殊な物質でも織り込んであるのか、薄汚い灰色で、かなり頑丈そうだった。
頑丈な紐だったら、旅に使えるだろう。荷物をまとめたり、命綱に使ったりできる。
しかし、ワクァはその紐を持っていく事を駄目だと言う。
だが、その言葉にはちゃんと理由があった。
如何せんこの紐、長さが八十㎝程度しか無い。荷物をまとめるにも命綱に使うにも、長さが足りない。帯に短し襷に短しで、短過ぎるのだ。
かと言って、衣服を修繕したり髪をまとめたりするのには太過ぎる。
おまけに頑丈過ぎてはさみで切れない。切れないのでは修繕には不向きだ。とにかく、この紐は使えない。使えなさ過ぎる。使えない物は旅で邪魔になるだけだ。
だからワクァはこの紐を拾っていこうとしているヨシに対して釘を刺そうとしている。
本人とて、悲しい限りだ。何で十八になったかならないかの若い男が、こんなお母さんみたいな事を何度も何度も説教しなければならないのか。しかも自分よりもヨシの方が背が高いと思うと、尚一層悲しくなる。
「もぉ~……そうやってワクァはすぐにまだ使える物を見捨てようとする~。悪い癖よ? そんなに何でもかんでも「これは要らない、あれは要らない」って見捨ててたら、そのうち後悔しちゃうんだから!」
「それは俺の台詞だ! 何でもかんでも「これも使えそう、あれも使えそう」と拾ってばかりなのは、ヨシの悪い癖だ! そのうち荷物が増え過ぎて後悔するぞ!?」
「だって実際使えるじゃないの!」
「だったら答えてみろ! その紐! 前に拾った石! 一体何に使えると言うんだ!」
「漬物漬けたり! ハムを作ったり!!」
「何処の馬鹿が旅の途中で漬物やハムを作ると言うんだ!? 常識で物を考えろ!!」
ヨシもワクァも、一歩たりとも譲ろうとはしない。
たった一本の紐をめぐって、大論争を繰り広げようとしている。言っている内容は非常に馬鹿馬鹿しいが。
ギャースカギャースカ! ピーチクパーチク!!
そんな擬音がピッタリと合いそうな二人のやり取りは終わる気配を見せず、道行く別の旅人達の良い見世物になっている。おまけに渦中の人物は絶世の美少年と、そこそこの美少女――ただし、性格と服装の所為でパッと見美少女には見えない……――……いや、傍目から見れば絶世の美少女とそこそこの美少女――ただし、性格と服装の所為でパッと見美少女には見えない……――という組み合わせだ。
旅人達から見れば、この上なく興味をそそられる状況ではあるだろう。嫌でも見物人は増えていく。
「何だ、痴話喧嘩か?」
「違うって、この場にはいねぇけど、きっと男の取り合いだよ」
「いやいやいや、あれはきっと、箱入りお嬢様とお付の侍女で意見がわかれたんだよ。ほら、旅のなんたるかも知らないくせに仕切りたがる奴っているだろ?」
「! ひょっとしたら、身分を隠して城を脱出した姫を連れ戻しに来た王族直属部隊の女隊長!?」
「……なるほど! 城に戻れば好きでもない相手と政略結婚させられてしまいそうで必死に……それでいて気丈に抗う姫と、王の為……延いては国の為に姫を連れ戻そうとする王族直属部隊の隊長……女性を向かわせたのは、姫を気遣うせめてもの王の優しさというわけか……!」
中々想像力豊かな旅人達である。これがただ、一本の紐を拾うか拾わないかで言い争っているのだと聞いたら、彼らは一体どんな顔をするのだろうか……?
「だとしたら、姫は絶対あの黒髪の美人さんだよな」
「あぁ、他に考えられねぇな」
「本当、あんな美人見た事ないぜ。あんな美人がこんな田舎道を旅してるなんて勿体無ぇ……俺がああなら、絶対城から出たりしねぇぜ?」
「五月蝿いぞ! 散れっ!! それと、誰が姫だっ!! 俺は男だ!!」
実は全て聞こえていたらしい。堪忍袋の緒が切れたらしいワクァが、青筋を米神に立てながら鞄を振り回した。
ある者は鞄を恐れて後に退き、ある者は今までの会話に関係無い振りをしてそそくさと旅路を急ぐ。そしてまたある者は、その女にしては低いテノールと「俺は男だ」発言に唖然とした。
そんな彼らを横目で睨み付けながら、ワクァはヨシに言う。
「良いか、ヨシ! お前がどうしてもその小汚い紐を拾う、これからも使えそうだと思ったら何でも拾う……そう言うなら、好きにすると良い!」
突然の言葉に、ヨシは一瞬ぽかんとした。だが、その後すぐに顔を嬉しそうに綻ばせる。やっとワクァに自分の想いが通じたと思ったからだ。
だが……
「ただし、俺は別行動を取らせてもらうからな! 元をたどれば、俺とお前が絶対に一緒に旅をしなきゃならない理由なんて無いんだ! 旅の目的もバラバラだしな! 王への献上物を探してるんだか何だか知らないが、行きたければ勝手に一人で行けば良い! 使えると思った物を好きなだけ拾い集めながらな!!」
そう言って彼は踵を返すと、まっすぐに歩き始めた。
この先は、三叉路だ。一度違う道を選んでしまえば、二度と同じ道を歩く事は無いかもしれない。
そうわかっていながらも、ワクァは迷わず進んだ。
彼の突然の行動に、呆気に取られているヨシを振り返る事もせずに。
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