第2話  どう見ても使えない石ころを拾う

 小雨が降り続くある日の夕暮れ時。ヨシとワクァは、今日も道を歩き続けている。グジャグジャになった泥だらけの道に、ズブリ、ズブリ、と足を取られながら歩いている。

 鞄や衣服はしっとりと濡れ、ヨシの赤茶色いコートと朱色のスカーフは濃さを、ワクァの黒い羽織は暗さを増している。

「あ~あ……傘が欲しいな~……。それに、長靴も……」

 ヨシが、愚痴るように言った。

 傘も無い状態で長時間歩き、相当の水を吸ったのだろう。ヨシのライオンの鬣色をしたみつあみは、見ただけでもわかるほどずっしりとした重みを持っていた。

見ているだけでも首が凝りそうだ。

 しかし、その程度の重みはやはり何ともないのか……ヨシは普段と全く変わらない口調で言葉を続ける。

「傘を買うならどんなのかな~。玉虫色も捨てがたいけど、やっぱりここはピンクかな~。あ、でも鳶色ってのも良いな~……。ねぇワクァ! 長靴を買うなら、やっぱり白よね!? 白だったら泥の色が目立つから、後から見て「あぁ、こんなに泥が付くほど酷い道を歩いたのか~。さっすが私! 良い根性してるわ!」って思えるものね!」

「普通はそんな基準で長靴を買ったりしないだろう」

 雨でテンションが下がっているのか……滴り落ちる水滴の所為で額にへばり付いた漆黒の短い髪を鬱陶しそうに掻き揚げながら、特に叫ぶ事もなくワクァがツッこんだ。ミッドナイト・ブルーの瞳にはヨシほどの生気は無く、それだけで彼がこの雨にげんなりとしている事が見て取れた。そんな彼は靴が元々長靴に似たような形だ。ゴムではないにしろ、長さがあるので靴の中に泥が入ってくる事は無い。少なくとも、ヨシよりはマシな状態である事は確かだ。

 だが、テンションは確実にヨシが勝っている。彼女は、元の色が何色だったかもわからないほどに靴を泥だらけにしながらも、楽しそうに言う。

「白って良いわよ~! 確かに汚れは目立ちやすいけど、服でも靴でも洗い上がった物を見た時「綺麗になった~!」って実感できるじゃない」

 そりゃあ、シミができちゃった時は悲しいけどさ……と言うヨシに、ワクァは気を紛らわせるかのように問う。

「……だったら、お前は何で普段から白い服を着ないんだ? いつもいつも転ぶわ藪に分け入るわゴミを漁るわ……洗ってもすぐに汚れるんだから、何度でも綺麗になったと実感できるだろう?」

「だって……ただでさえこんなに可愛くて、こんなに健康的に焼けているのよ? 白いワンピースなんか着たら何処かの活発なお嬢様が屋敷を抜け出して旅に出ようとしてる……なんて思われちゃうわ! そうなったら、ワクァだって困るわよ! お嬢様を誘拐した極悪人と勘違いされちゃうかも……!」

「安心しろ。お前はどう見てもお嬢様なんてガラじゃないから。……って言うか、ワンピースなんて一言も言ってないだろうが……」

 呆れるワクァ。しかし、ヨシは聞いていない。

「けど……今の服装はコレだもんね……これじゃあお嬢様どころか、男装の麗人を護衛するお付の少女Aよ……」

「誰が男装の麗人だ!!」

 ワクァがすかさずツッこんだ。この話題の時だけは常にテンションが一定レベルなのよね~とか考えながら、ヨシはふと道の脇を見た。

「?」

つられて、ワクァもヨシの視線の先を見る。

「…………」

 何も、無い。少なくとも、彼にはそう見える。

 だが、彼に見えなくても、相方である彼女には何かが見えている事がしばしばある。そして、いつもいつも何かしら奇妙な物を探し当ててしまう。

 共に旅を始めてから幾月……何度その奇行と奇妙な物体に度肝を抜かれたかは既に定かではない。

 そう考えると、かなり嫌な予感がする。

「……ヨシ?」

 ワクァが、恐る恐る声をかけた時だ。

 まるでその声がスタートの合図だったとでも言わんばかりに、ヨシが脱兎の如く駆け出した。

「ヨシっ!?」

 わけがわからず、ワクァはヨシの名を呼ぶ。しかし、ヨシは聞いていない。

 駆けて行ったかと思うと、道の脇にしゃがみ込み、そのまま地面の泥をかき分け始めた。

「おい……何をしているんだ、ヨシ……!?」

 ワクァが声をかけても、ヨシは全く答えない。ただひたすら、泥をかき分け地面を掘り続けている。見ているワクァは、気が気ではない。

 こんな雨だ。時間はもう夕暮れで、暗くなってきた。早いところ街に辿り着いて、宿を取りたい。なのに、連れがこの状態では行くに行けない。

 気温もどんどん下がっている。このままでは、誇張抜きで風邪をひきかねない。

「おい、ヨシ……いい加減に……」

 ワクァが、そう言い掛けた時だ。


 ベチャッ


 雨の日特有の、嫌な音がした。

「うぉっ!?」

 続いて、女の子らしからぬ女の子の声が聞こえてくる。

「……ヨシ……?」

 嫌な予感がしたのか、ワクァはついつい恐る恐る声をかけた。

 すると、さっきまでどう声をかけようが反応しなかったヨシが、くるぅりとこちらを向いてみせる。その顔には、まるで新しい玩具を手に入れた幼い子供のような満面の笑みが広がっている。

 ワクァの嫌な予感は、どんどん現実味を帯びていく。

「ねぇ、ワクァ……これ見てよ! すっごく良い感じじゃない!?」

 そう言って彼女が差し出した両手には……握り拳大の石ころが二つ、ゴロンと乗っかっていた。

「……!」

 瞬時に、ワクァの顔が引き攣った。しかし、物が物なだけに、もはや声すら出てこない。呆れて口をパクパクさせていると、ヨシは満足そうに言う。

「この石、将来何かに使えそうよね~。って言うか、絶対使えるわ! こんな泥に埋もれてたお宝を発見するなんて、さっすが私!! やっぱり素質あるわ~」

「何の素質だ!!?」

 ここで、やっとワクァは声を絞り出した。しかし、ヨシは答えない。拾った石を握りしめ、嬉しそうに小躍りしている。

 そして、石を水溜りで軽く洗い、泥を落とす。そのまま二つとも以前拾った鞄にすべり込ませると、何事も無かったかのように歩き出した。

「ほらワクァ! 早く行きましょ! 何ボケッとしてんの? 日が暮れちゃうわよ~!」

 ここまで自己中心的になられると、いっそ清々しい。この天上天下唯我独尊女には何を言っても無駄だ……。

 そう思ったのか、ワクァはハァ~と深く溜息をつき、ヨシと共に再び歩き始めた。

 雨はまだ、やみそうにない。

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