第97話 相談! 少女の父親は少女と画策する (Aパート)

「かなみちゃんに相談があるんだ」

「私に? 相談が?」

 喫茶店でかなみは彼方にそんな話を持ちかけられた。

 阿方彼方。みあの父親でおもちゃ会社アガルタ玩具の社長。天と地ほど住んでいる世界に差がある。そんな人がなんで、かなみに相談をもちかけてくるなんて。……ちょっと見当はつくけど。

「みあちゃんのことで」

「……やっぱり」

 的中した。

「僕、みあちゃんに嫌われてるんじゃないか?」

「いまさらですか」

 かなみはつい反射的に正直に答えた。

「や、やや、やっぱり、そう思うかい?」

 彼方はガタガタと震えながら問いかける。

「あ、ごめんなさい。つい正直に……」

「いや、いいんだ。君が素直な娘だということはわかっている。だからこんな相談を持ちかけたんだ」

「こんなって……」

 自覚はあったんだと、かなみは意外に思った。

「実は、昨日珍しく日付が変わる前に帰れたんだ」

「相当激務なんですね」

 ちなみに、かなみは昨晩日付が変わる前に帰れなかった。

「それで、みあちゃんもまだ起きていて」

「みあちゃんも結構夜ふかししますからね」

「これからご飯を食べるっていうんだ。だから一緒に食べようかって提案したら断られたんだ」

「みあちゃん、よく一緒に食べてくれるんだけど……」

 かなみの場合、断られたことはあまり記憶に無い。

「それで仕方ないから一緒にお風呂に入ろうって提案したんだ」

「はい?」

「それも断られてしまったんだ」

「当たり前です!」

 みあも九歳の女の子。父親とお風呂を入るには厳しい年頃だと思う。

 かなみも父親と一緒にお風呂入るなんて考えられない。

「それも仕方ないと妥協して、」

「妥協しないで諦めてください」

「たまに一緒に寝ないかと提案したんだ」

「絶対に断られますよ、それ」

「うん、断られたよ」

 彼方はため息をついた。

「そもそも、みあちゃんに部屋の立ち入りを許可されてませんよね?」

 以前、それで凄まじい怒りを買ったことをこの人は忘れてしまったのだろうか。

「それで仕方ないからこっそりいつものように寝顔を拝見してから寝ようとしたら」

「いつものように?」

「みあちゃん、まだ起きてて必殺のアッパーカットでやられたんだよ」

「よくそれで嫌われてるんじゃないか? って疑問を抱けますね」

 かなみは呆れた。

「しかし、あんなアッパーカットどこで覚えたんだろう?」

「疑問に思うところそこですか?」

「あれは人の意識を刈り取るものだったよ」

「何分析してるんですか? っていうかそれで気絶したんですか?」

「いや、すんでのところでかわしたからクリーンヒットは避けたよ」

「さりげなく凄いことしてますね……」

「とはいえ、威力はあったせいで今はかなりフラフラだよ」

「もう帰って休んだ方がいいじゃないですか?」

「いや、休むわけにもいかない。これから海外支部と企画会議があるからね」

「グローバルですね、あとブラックです」

「まあ目が回る忙しさだよ」

「こんなところでコーヒーを飲んでて大丈夫なんですか?」

「なんとか時間をとったから大丈夫だよ」

 彼方はさわやかに言う。

「私の時間も強引にとられたんですが……」

 かなみはぼやく。

 少し前に、彼方はいきなりオフィスにやってきて鯖戸に「かなみちゃんを借りていくよ」と許可をとってから、近くの喫茶店に連れてこられた。かなみの許可はもらっていないが。

 彼方曰く「所謂スポンサーの強み」らしい。

「それで、僕はどうしたらいいと思う?」

「知りません」

「いや、恥を忍んで聞いているんだけど」

「だって、そこまで決定的に嫌われていたらどうしようもないじゃないですか!」

「いや、そんなことはない! ないはずだ!」

「その自信はどこからくるんですか!?」

「僕はみあちゃんの父親だ!!」

「………………」

 かなみは絶句する。

 しかし、何か言わねばと思い、直感で出た言葉をそのまま言う。

「……父親が娘に好かれるとは限りませんよ」

 彼方は目を丸くする。

「……マジで?」

「マジです」

 彼方は目を伏せる。

 そして、持ってこられたコーヒーを口にして一旦落ち着く。

「まあ、そうだよな。僕は好かれるようなことをしてこなかったからね」

 急に真面目になったので、かなみは口をはさみづらくなった。

「どうにも接し方がよくわからなくて……おかげで、傷つけるようなことをしてしまったこともある」

「傷つけるようなこと?」

「今は、あるみ君や君のおかげで大分明るくなってくれたよ。本当に感謝している」

「そんな、私もみあちゃんに助けられていますから」

「そんなわけで僕もそろそろみあちゃんに好かれたいと思ってね」

「はあ?」

 真面目な雰囲気が台無しになった。

「とはいえ、僕も社長だから家には中々帰れない。娘への接し方がよくわからないんだ」

「あの……本当に真面目な相談なんですよね?」

「真面目なじゃなかったら、わざわざ時間をとらないよ」

「そ、そりゃそうですね」

 かなみは引きつった顔で言う。

「お待ちどおさまです。チョコパウンドケーキです」

 そこへウェイトレスが、彼方が注文したケーキを持ってくる。

「お、おいしそう……」

 かなみは目を輝かせる。

「とりあえず、相談料ということで」

「いいんですか!?」

「まあ時間をとらせてしまってるからね。これぐらいは」

「いただきます!」

 かなみは即座にフォークをとって、一口食べる。

「おいしい!」

 チョコが優しく溶けて口中に広がっていく甘味で幸福感に酔いしれる。

「それで相談なんだけど」

「え、なんですか?」

「いや、みあちゃんのことで」

「ああ、そうでしたね」

「……忘れてたね。まあ、思い出してくれたからいいけど」

「そういえば、なんですけど」

 甘味で頭が冴えたのか、かなみは一つ思い出す。

「みあちゃんって嫌いなものは嫌いってはっきりいいますよね。みあちゃんからお父さんのこと、「嫌い」って話は聞きませんよ」

「そうなのかい?」

 彼方は意外そうな顔をする。

「話題に出さないだけかもしれないですけど」

「好きの反対は無関心っていうものね、ハハ……」

 彼方は苦笑する。

「それ言ってて辛くないですか?」

「うん、実を言うとね、ハハ……」

 それでも苦笑は止められないようだ。

「う~ん、そうだ! このケーキ、みあちゃんにお持ち帰りするっていうのはどうですか?」

「なるほど……!」

 彼方の顔がパッと明るくなる。

「まずは胃袋から掴むという作戦だね!」

「あ、いや、そういうわけじゃなくて……みあちゃん、甘い物が好きだから喜ぶと思って!」

「確かにね、以前プリンを食べたとき、ものすごく怒っていたしね」

「あ、あれは大変だったんですよ……」

 苦いものだった。

 おかげでプリンを買いに走り回らされた記憶が蘇る。

「しかし、その案は採用しよう。このケーキお持ち帰りするか」

「みあちゃん、喜びますよ」

「そうなるといいんだけど……僕からだと喜んで受け取ってもらないかもしれないな……」

 「確かに……」と喉まで出かかったのをやめるかなみであった。

「あ、そうだ。かなみちゃんから渡せば喜んでもらってくれるだろう」

「え、私が……?」

 少々躊躇ったが、ケーキをもう一つ頼んでいいと言われてあっさりオッケーした。

「……ちょろい」




「ただいま」

 かなみがオフィスに戻ってからしばらくすると、みあも外回りから戻ってきた。

「おかえり、みあちゃん」

「なんか親父がきたって聞いたんだけど」

「え、誰から聞いたの?」

「紫織からメールで」

 みあは紫織を指して言う。

「あぁ……」

 かなみは納得する。それと同時に紫織の存在を忘れていたことにも気づく。

(私が連れ去らされたときもいたんだっけ……)

「かなみさんが連れていかれました、とも書いてあったわ」

「紫織ちゃん、そんなことまでみあちゃんに報告したんだ……」

 紫織は何だか申し訳無さそうな顔をかなみに向ける。

「――んで、親父に何を吹き込まれたわけ?」

 みあがジト目で睨んで訊いてくる。

「ふ、吹き込まれたって、そんな人聞きの悪い……」

「あいつがあんたを連れ去るっていえば、どうせあたし絡みのことでしょ?」

「う、鋭い!」

 さすがの洞察力だ。

「どうせパフェか何かおごられて、あたしのあることないこと吐き出してきたんでしょ」

「そ、そんなことないわよ!」

 おごられたのは当たっている。

「あ、そうだ。お父さんからみあちゃんにケーキの差し入れがあるんだよ、ほら!」

 かなみはお持ち帰りで持ち込んできたケーキを出す。

「へえ、あたしにケーキをあげたら喜ぶって吹き込んだのね」

「え!?」

「胃袋を掴めってわけね。いかにもあんたらしい発想じゃない」

「バレてる!? っていうか、言い方がお父さんそっくり!?」

「親父と……?」

 みあは心底嫌そうな顔をする。

「あ、でも、お父さんがみあちゃん喜ぶだろうって思って買ってきたのは本当よ」

「ふうん……まあ貰うだけ貰っておくわ」

 みあはケーキをとってみる。

「お父さんに「おいしかったよ」って言ってあげてね」

「まだ食べてもいないのに言えるわけないじゃない」

 食べる気満々に見えるけど。

「あ、おいしかったよ」

「今言ったら意味ないよおおおお!!」

 かなみはすかさずツッコミを入れる。

 しかし、本当に味わって食べていることから「おいしかったよ」というのは本音のようだ。




カタ


 彼方は部屋に帰ってきて照明のスイッチを入れる。

「ただいま」

 部屋の奥へ呼びかけてみる。

 しかし、返事がこない。

 もう眠ったかと思って、奥の方へ入っていく。

「遅かったじゃない」

「みあちゃん!? 起きてたの!?」

「眠れないから晩酌してた」

「こらこら!」

 お酒は二十歳(はたち)から。

「コーラよ」

「それじゃ、僕はソーダを飲もうかな」

「ふりょーちゅーねんか」

「僕はまだ中年って歳じゃないよ」

「三十なんて立派な中年じゃない」

「みあちゃん、それは僕以外の人に言っちゃダメだよ、絶対傷つく人いるから……僕は傷ついた……」

 彼方は胸を抱いてうずくまる。

「勝手に傷ついてなさいよ」

「手厳しいな、みあちゃんは?」

「あんたに似たんじゃないの」

「あ……」

 そう言ったみあの顔は伏せていて彼方の目からよく見えなかった。

「確かに、そうかもね」

 彼方は肯定する。

「それじゃ、あたしは寝るわよ」

「あれ、僕に言いたいことがあるんじゃ?」

「どうしても一言言ってやりたかっただけよ」

 みあは自分の部屋へ向かう。

「ケーキ、どうだった?」

 彼方が問いかけて、みあはピクリと止まる。

「まあ、ちゃんと食べたわよ」

 みあはそれだけ答えて、彼方はそれに満足する。




「かなみ~、今日はシチューよぉ」

「え、本当!?」

 涼美は野菜を切って下ごしらえをしていた。

「……母さん」

 その後姿を見て、思わすかなみは呼びかけてしまった。

「ん、なぁに~?」

「父さんのことだけど」

 かなみがそう言った途端、カタカタと包丁を切っていた手を止める。

「……かなみ?」

 寒気が走るほどの冷たい声色に、かなみは震え上がる。

「その話はしないで、言っているでしょ?」

 涼美は振り向かずに言う。

 多分、顔は鬼よりも怖い形相になっていることだろう。

 以前にもこんなことがあった。

 父親のことが気になって、涼美に問いかけたときだ。

 あのときも今と同じようなリアクションをして、「殺されるんじゃないか」と本気で思った。

 以来、父親のことが気になっても涼美に聞かないようにしてきた。

 なのに、今日は涼美に訊いた。

 彼方と話をして、娘を想う父親を目の当たりにして、うちはどうだったろうかと思ってしまったのかもしれない。

「それとも、どうしても聞きたかったの?」

 今、母が心底怖いと思う。

 背中から迸るほどの殺気が漏れ出ている。

 ただし、これは自分に向けられたものじゃない。そう思うことでかろうじて恐怖を抑え込むことが出来た。

「ええ、どうしても」

「そう」

 フッと殺気が和らいだような気がする。

「父さんは今どこにいるかわからないのよ。探しているし探してもらってもいるんだけどね」

「父さんがどこに行ったのか心当たり無いの?」

「あったらもう行ってるんだけどね。ほら、父さんってすごい風来坊だから」

 言われてみればそんな気がする。

 顔を合わせたことすらここ数年で数えるほどしか無いけど、記憶の中の父の印象はそんなものだった。

 それに海外を出回っていてほとんど家に帰らなかったから、風来坊って言葉がしっくりくる。

「それに私に見つかったら殺されると思ってるから余計必死に逃げ回ってるでしょうね」

 殺される。

 それは前、父に会ったときにも言っていた。

 一体全体何がどうなってそうなるか、かなみにはわけがわからない。

 父は狙われているのか、母は何を知っているのか。

 気になりだしたら止まらなくなってきた。

「殺されるって、どうして?」

「――あの人が私達を裏切ったからよ」

 射抜くような視線とともに返答が投げ返されてきた。

 本当に胸を射たれたかと思って腰が抜けた。

「うら、ぎった?」

「さあぁ、この話はここまでにしましょう~」

 涼美は元の口調に戻る。

「シチューがぁ、焦げちゃいそうだしねぇ」

 涼美は大きな鍋をテーブルへ置く。

 一体何人分あるのだろうか。普段だったら、大喜びでシチューにくいつくところなんだけど、今はとてもそんな気になれない。

「おかわり何回してもいいのよぉ」

 涼美はそう言ってくれたけど、おかわりはしなかった。

「一日寝かせるとぉ、またぁおいしくなるからねぇ」

「それはカレーでしょ」




「かなみちゃん、ありがとう!」

 喫茶店に座るなり、彼方は深々と頭を下げて礼を言う。

「な、なんですか、いきなり!?」

「昨晩、みあちゃんと話をしたんだ!」

「あ~」

 ケーキ絡みのことだろうか。

 みあが父とまともに会話したのならそれは、かなみにとっても嬉しい。

「よかったじゃないですか」

「うん、大きな進歩だよ。それでどうしてもお礼を言いたくてね」

「それでまた、ですか?」

「うん、まただよ」

 彼方は悪びれもせず答える。

 そういうところはなんだか、みあに似ているような気がする。

 今日も彼方はオフィスにいきなりやってきて、かなみを連れ出してきた。まったくもってヒマじゃないというのに。

「お父さん、もしかして時間結構あったりするんですか?」

「まさか」

「じゃあ、どうして私に会いに来るんですか?」

「大事なことだからだよ」

「私と話すことより、みあちゃんと話すことの方が大事なんじゃないですか?」

「う……!」

 図星を突かれて口ごもる。

「ごもっともで言い返す言葉もない」

「だったら、みあちゃんと」

「そこで、かなみちゃんの出番なんだよ!」

 「話すべきですよ」と言いかけて、返された。

「なんで!?」

「恥ずかしながら、みあちゃんと話題がなくて」

「あ~そうですね……」

 彼方のその言い訳で、かなみは納得する。

「そこでかなみちゃんから、みあちゃんにどんな話題」

「なんで、私なんですか!?」

「昨日、君の言うとおりにしたら上手くいったから」

「二匹目のどじょうはありませんよ」

「一度あることは二度あるっていうからね」

「都合いいですね」

「大人っていうのはそういうものだよ。物は言いようってさ」

「そ、そうですか……」

「それで、今日はどうしたらいいかな? 師匠にご教授願いたいよ」

「師匠ってなんですか!?」

「ライバルから師匠に昇進したんだ!」

「何の話ですか!?」

「こっちの話だよ!」

「わけがわかりません……」

 かなみは呆れる。

「まあまあ、今日もケーキごちそうするから」

「ケーキ?」

「何がいい?」

「えっと、ですね……このフルーツタルトがおいしそうなんですけど、モンブランも捨てがたくて……」

「それじゃ、両方で」

「マジですか!?」

「マジで」

「師匠と呼ばせてもらっていいですか?」

「何の師匠かな? 何でもいいけど」

「それじゃ、フルーツタルトとモンブランで!」

 かなみは張り切って注文する。

「みあちゃんにもフルールタルトで喜ぶかな?」

「喜ぶと思いますよ」

「それじゃまた昨日と同じように……」

「同じ手が二度通用するかっつーの」

「「みあちゃん!?」」

 みあがやってくる。

「ど、どうして、ここが!?」

「鯖戸に訊いたらあっさり教えてくれたわ」

「機密にしておいたほうがよかったな、失策失策」

「機密にしたところで吐かせていたけどね。それにあいつは口が軽いし」

 「部長は口が軽いところはたしかにある」とかなみも認める。

「さすが、みあちゃんだね!」

「褒めたって何も出ないわよ!」

 みあはそう言って、かなみの隣に座る。

「んで、フルーツタルトだっけ? 一緒のをよこしなさい」

「ああ、それがいいね。フルールタルトとモンブランを二つずつ頼むか」

 彼方は店の人に注文する。

「んで、あんたはこんなところで油売ってていいわけ?」

「休憩時間の範疇だよ」

「サボりの間違いじゃない」

「手厳しいね……」

 彼方は苦笑する。

「本当のことでしょう」

「そんなこと言っちゃダメだよ、みあちゃん。お父さんだって忙しいんだから」

「かなみちゃん、ありがとう……お礼にケーキをもう一個頼んでいいよ」

「え、やったー!!」

「ゲンキンね、ケーキ一つで寝返るなんて」

 みあは頬杖をついてぼやく。

「寝返るってそんな私はみあちゃんの味方よ」

「どの口が言うか」

「私はみあちゃんとお父さんが仲良くしてくれたらいいなあって」

「ああ、おせっかいね」

 みあは半目になって、かなみへ言う。

「僕は、みあちゃんとかなみちゃんが仲良くしてくれればいいかな」

 彼方は言う。

「私とみあちゃんは仲良しですよ」

「わ、こら! 抱きつくな!!」

「……羨ましい」

 彼方は二人のじゃれ合いをみてつぶやく。

「あんたが同じようなことしたら即通報してやる」

 みあは彼方へ言う。

「うぅ、不祥事になったらまずいんだよ」

「おもちゃ会社の社長、幼女へ節操。ってニュースの見出しになるわね」

 みあはニヤリと笑って言う。

「実の娘でしょ!」

「世間にそれが通じるか……」

「いや、世間はそれほど理不尽じゃ、理不尽じゃ……」

 ない、と言い切れないあたりに理不尽を味わってきた大人の片鱗が見える。

「フルータルト二つ、モンブラン二つお持ちしました」

 ウエイトレスがテーブルに並べる。

「「おお!」」

 かなみとみあは揃って感嘆の声を上げる。

「ま、まあ、中々のものじゃない」

「見るからに美味しそうだよ、いただきます!」

 かなみはフォークを取る。

「うーん、フルーツとクリームのコンビネーション!」

「あ、このモンブラン甘いわね」

 二人は美味しそうに食べる。

「うんうん、喜んでもらえてよかったよ」

 彼方は微笑ましくその様子を眺める。

(あ、なんとなくお父さんっぽい……)

 かなみは父親というものをあまり知らないけど、そういうものを今の彼方から感じ取った。

「こんなもので懐柔できると思ったら大間違いよ」

 みあは彼方へ釘を刺す。

「みあちゃん、口いっぱいにモンブラン入れてそんなこと言っても説得力無いよ」

「け、ケーキは美味しかったから! そこだけは認めるわよ!」

「それを頼んだ僕の功績は?」

「さすがにちょっとそれは高望みですよ」

 かなみはツッコミを入れる。

 確かに注文をとったのは彼方だけど、それだけで好感度を上げようというのはさすがに都合が良すぎる。

「そうだね、かなみちゃんの言うとおりだよ。いやあさすが師匠だね」

「誰が師匠ですか!」

「あんた弟子とったの?」

「とってない!」

「ああ、借金弟子か」

「いやいやいや、社長が借金はシャレにならないから」

 かなみはツッコミを入れる。

「それもそうね。それだったら、かなみみたいに笑い事にならないから」

「私の借金も笑い事じゃないんだけど!」

「んで、親父はなんで黙ってるの?」

「え、あ、いや……」

 彼方はごまかすようにコーヒーをすする。

「おい、何かくしてんだ!?」

 みあは問い詰める。

「いや、何もないよ! 本当に!!」

「本当にか!?」

「本当だよ!!」

 みあは数秒ジィっと睨む。

「……まあ、そこまで言うんならそうなんでしょうね」

 一息つく。

「ごちそうさまです」

 フルーツタルトとモンブランを完食して、かなみは合掌する。

「みあちゃん、おいしかった?」

「まあね」

 満足したようだ。

「あ、そうそう、みあちゃんが来てくれたのならちょうどよかった」

「ちょうどよかった?」

「実はね、」

「新しい母さんの紹介だったら願い下げよ」

「いやいや、そんなんじゃないから!」

 彼方は胸元からチケット二枚取り出す。

「なにそれ?」

「遊園地の優待券」

「一緒に行かないかって話?」

「早い話、そうなんだ」

「何が早い話よ」

 みあはスイーツを食べてから上機嫌だったところを一転して不機嫌になる。

 そんなにお父さんと一緒が嫌なのか、かなみには不思議だった。

「嫌に決まってるでしょ」

「い、いや……」

 この流れで断られると思ってなかったようで、彼方は落ち込む。

「みあちゃん、せっかくお父さんが誘ってくれてるんだから」

「そんなに言うんだったら、あんたが行けばいいじゃない」

「え、私?」

「あ、そうだ! だったら、かなみちゃんも一緒に行けばいいんだ!」

 彼方は提案する。

「なんで私も? せっかくのみあちゃんとの親子水入らずなのに」

「いや、別に親子二人じゃなきゃいけないわけじゃないしね。……それに、二人だけだときまずいし」

 彼方は後半ボソリと呟く。

「そうね、かなみが一緒なら行ってやってもいいわ」

「み、みあちゃん……」

「かなみはあたしと行きたくないの?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

 かなみはみあと彼方を交互に見る。


――せっかくのみあちゃんとの親子水入らずなのに


 本当を言うと一緒に行きたいけど、家族じゃない自分が一緒に行ってもいいのだろうか。

 行きたい、行ってはいけない。

 二つの想いがせめぎ合う。

「じゃあ、この話は無しね」

 みあが立ち上がる。

「あ、ちょっと待って! かなみちゃん、僕からもお願いするよ! 一緒に行こう!」

 彼方が懇願する。

「え、えぇ……そ、そこまで言うんでしたら……」




 そんなわけで翌日、みあと彼方の親子、かなみの三人で遊園地にやってきた。

「私、一緒に来てよかったんでしょうか?」

 かなみは彼方に訊く。

「そうじゃなかったら、みあちゃんが来てくれなかったよ」

「そう言っていただけると助かります」

「そのかわり、なんでも乗りたいものとか食べたいものとかあったら遠慮なく言っていいよ」

「本当ですか!?」

「うん、一応優待券だから列に並ばなくてもいいように取り計らいもできるし」

「そういう嫌われること、やめなさいってば」

 みあがツッコミ入れる。

「ちゃんと列に並んで待つ! それがマナーでしょ!」

「みあちゃん、素晴らしい考えだよ。一体誰に似たんだろうね?」

 彼方はかなみに問いかける。

「お、お父さん、じゃないでしょうか……」

 かなみはテキトーに答える。

「やっぱりそうかな! いやあ、わかる人にはわかるんだね!!」

 彼方は年甲斐もなく大喜びする。

「はいはい、とっとと入場するわよ」

 みあは他人のフリがしたくて、先に行ってしまう。

「あ、ちょっと、みあちゃん!! 券が無いと入れないよ!!」

 彼方は慌てて追いかける。

「先が追いやられるわね……」

 かなみは不安を口にする。

 そして、三人は遊園地へ入場する。

「かなみ、何に乗る?」

「え、私? みあちゃんは乗りたいもの無いの?」

「それじゃ、ジェットコースターで」

「いきなり!?」

「今の時間ならそんなに並ばずにすぐ乗れるから」

「リサーチ済みなの!?」

「それぐらい常識でしょ」

「みあちゃんが昨晩すごい下調べしてくれたんだよ。いやあ、よく気が利く子だよ」

 彼方が自慢げに言う。

「余計なこと言うな!」

「みあちゃん、凄く楽しみにしてたんだね」

「早く行くわよ!」

 そう言って急かすみあは必死に照れ隠ししているみたいで微笑ましかった。

「ところでかなみちゃん?」

「なんですか?」

「こんなこと、かなみちゃんにしか言えないんだけど」

「意味深ですね……ひょっとしてジェットコースターが苦手とか?」

「うん、絶叫系ダメなんだ」

 彼方は顔色を悪くして答える。

「それじゃジェットコースターやめます?」

「いやいやいや、それはダメだ! あんなに楽しそうにしているみあちゃんの前で『僕、絶叫系ダメなんだ』なんて言ったらどんな顔するか!?」

「こんな顔してるんだけど、」

 みあはジト目で言う。

「み、みみみ、みあちゃん!? 全部聞いてた!?」

「ええ、あんたが『絶叫系ダメなんだ』から『絶叫系ダメなんだ』までバッチリ」

「うおおおおおお、一生の不覚だああああ!?」

 彼方は頭を抱えてうなだれる。

「ほら、さっさといくわよ」

 みあはそんな彼方を文字通り首根っこ掴んで引っ張っていく。

「なんだか親子らしい」

 かなみはそれを見てちょっとうらやましいと思った。

「【ドラゴンツイスト】。急降下からの大回転が特徴のこの遊園地の目玉のジェットコースターよ」

 みあは楽しそうに語る。

 何故ならそれはジェットコースターが苦手な彼方にとっては知りたくない情報だからだ。

「うわあ、そんなにー回転したら目がまわりそーだねー」

 彼方は冷や汗をダラダラ流しながら言う。

「無理ならやめたほうがいいですよ」

 かなみが進言する。

 ちなみに、かなみはジェットコースターは好きだからむしろ楽しみだ。

「いや、娘とジェットコースターに乗るなんて千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないんだ」

 父親としての意地を感じる。

「ひ、必死ですね……」

「その強がりがどんなにもつかしらね」

 みあの物言いが小悪党じみてるけど、妙に楽しそうだ。

 ジェットコースターはみあの言ったとおりまだ行列ができる前の時間帯だったから、さほど並ばずに乗ることができた。

「思いの外、早かったね……」

 彼方は青ざめて、機械のようにカクついた歩き方で乗り込む。

「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないから楽しいのよ」

 かなみの問いに、みあが答える。

「そ、そそ、そうだね」

 彼方もガタガタと震える口で言う。

 見ている方が心配になってくる。

 コースターは上がっていく。

 高鳴る心臓とともに高度は上昇していく。

「さあ、いってみよーかー!」

 かなみは思った。

 今みあはこの上なく楽しんでいる。


ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン……

ドゴォォォォォォォォォォォォン!!


 ジェットコースターは急降下する。

 歓喜と恐怖がないまぜになった客の悲鳴が木霊する。

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