第84話 出演! 三人の怪人の標的は少女と怪人 (Cパート)

 その後、かなみと希奈は少し会話をして病室を退室した。

「お見舞いに来てくれてありがとう」

 最後に希奈は笑顔でそう言ってくれた。

 それだけにいたたまれない気持ちになってくる。

「どうして、希奈さんがあんな目にあったんでしょうか?」

「多分、事故でしょうね」

 あるみは答える。

「事故?」

「昨日の夜に、ネガサイドの怪人同士が争い合ったみたいなんだけどね」

「怪人同士が? 爆発ってそれが原因なんですか?」

「そうだね。爆発が起きるくらい凄い戦いだったみたいだよ」

 彼方が待合所にあるテレビを指す。

 ちょうど、その話題になっている爆発について報道しているところだった。

 グラウンドに大穴が空いていて、見るからに爆撃があったような光景が映されている。

『この爆撃のような跡はどうしてできたのか、何が起きたのかまったくわからず、原因は調査しているところです』

 ニュースキャスターはそんなことを言っていた。

「これが戦いの跡よ」

「希奈さんはこれに巻き込まれたんですね!?」

「ええ、他にも巻き込まれた人がこの病院にやってきてるはずよ」

「軽傷者ばかりなのが幸いだよ」

「なんで、彼方さんがそんなこと知ってるんですか?」

 今の彼方は大企業の社長というより、刑事といわれた方がしっくりくるような気がする。

「社長というものはそういった調査を欠かさないものさ」

「そうなんですか、あるみ社長?」

 かなみのことをあえて名前で呼ぶ。

 二人も社長がいてややこしいなと感じたからだ。

「まあね」

 あるみはあっさり肯定する。

 このあたり、社長同士で何か通じるものでもあるのだろうか。

「それより、この一件でネガサイドの中で何かが起きていることはわかったわ」

「ホホホホ、そのようじゃな」

 今まで黙っていた煌黄が口を挟む。

「煌ちゃん、仙人のあなたからしてどう思う?」

 あるみは訊く。

「どう思うも何もネガサイドのことはよくわかっておらんからのう。内部紛争のことなど知る由もない。――じゃが」

 煌黄はニュースの方に視線を移す。

「あれは、ここから異なる世界の住人の仕業であることはわかるぞ」

「異なる世界の住人の仕業!?」

 かなみには嫌なことを思い出させる単語とその響きだった。

「あなたの目には一体何が見えてるのかしらね」

「一応魔力の流れと次元の揺らぎぐらいは見えるぞ」

 煌黄は得意げに答える。

「私、どっちも見えないんだけど」

「ホホホホ、なに、かなみも仙人の修行をすればすぐ見えるようになる! わしが保証するぞ!」

「いや、仙人の修行って……」

「かなみちゃん、興味はあるの?」

 あるみが訊く。

「い、いえいえ、そんなことありませんよ!」

 かなみは首を思いっきり横に振る。

 仙人のことで深入りするとますます厄介なことになると直感が警告を発してきたからだ。

「そうか。まあ、気が変わったらいつでも良いぞ。仙人は長生きで気長じゃからな」

「あははは、気が変わったらね」

 かなみは苦笑してごまかす。仙人が言う気長というのはどのくらいの年月なのか、考えるだに恐ろしい。

「かなみが仙人にね……」

 みあはそんなことを言う。

「なんか想像つかないわ」

 みあの一言にかなみは少しだけホッとした。何故だかわからないけど。

「――!」

 不意に空気が一変して重くなる。まるで空気が石になって全身にのしかかってきたみたいだ。

「社長、これは!?」

「ええ、きっちゃったわけね」

 あるみは普段通りの調子で答える。

「この騒動の元凶ともいうべき存在が、じゃな」

 煌黄は付け加える。二人ともこの病院に何が起きているのかわかっているようだ。

「これは、私の警戒アラームが全力で逃げろって言っているみたいだよ」

 と彼方は額から汗を流して言う。

「その判断は正しいわね」

 あるみは余裕の笑みさえ浮かべて言う。

「一体誰が来てるのよ?」

 みあの問いかけにあるみは答える。

「二人ともわからない? この重圧、以前にも感じたことあるでしょ?」

「あ~言われてみれば……」

 察しのいいみあはそれで気づいた。

「私はこれで何度目になるのかしらね」

 かなみはイヤになると言いたげにぼやく。

「できればこれで最後にしたいわね」

「――最後にできるのならな」

 あるみの発言に、その元凶は不敵な台詞で応じる。

「魔法少女に仙人まで来ているとはな」

「ヘヴル……」

 病院の入り口から六本の腕を持つ怪人ヘヴルがやってきた。

「この世界のヘヴルとは何度か会ったことあるけど、異世界のヘヴルとは初めてね」

「そのようだな。そこの仙人と魔法少女カナミとやら以外には初見だが、どうやら私のことをよくしっているようだ」

「一度はやられかけたわけだしね」

 みあは悪態をつく。ヘヴルの方も自分を前にしてそのような態度をとれる人間がいるのかと興味を示す。

「なるほど、面白い人間達が集まっているようだ。特に――」

 ヘヴルはあるみを指差して言う。

「貴様が魔法少女アルミだな?」

「ええ」

 あるみは臆面も無く答える。

「この世界の十二席から事情は聞いたが、どうやらこの世界の私は貴様に敗れ去ったようだな?」

「ええ、間違っていないわ」

「――とても、そうは見えないが」

 ヘヴルは挑発するように言う。

「確かにお前達魔法少女とやらは人間にしては素晴らしい戦闘力を持ち、ネガサイドを脅かしかねない可能性を秘めている。だが、この世界の私がこの私と同等の力を持っているのならお前達程度に後れをとることなど考えられない」

「この世界のヘヴルをそう思っていたんじゃないかしら?」

「何?」

 ヘヴルは声色に怒気がこもる。

「私がこの世界の私と同じ轍を踏むと?」

「そう思うのなら試してみる?」

 あるみとヘヴルが睨み合う。

 この二人がそれをするだけで周りが地震が起きたように空気自体が震える。

「お主ら、よさんか」

 煌黄は杖をコンコンと叩いて止めに入る。

「ここで暴れたらどうなるかわからぬお主達でもあるまい」

「わかっているがどうでもいいことではないか」

 ヘヴルは言い放つ。

 その様相はまさに悪の怪人といっていいどす黒い魔力の流れが見えた。

「目の前にどれほどの人間がいて、どれほど巻き込まれようがどうでもいい」

 その物言いは身勝手極まりないものであった。

 かなみはそれに対して怒りを覚えた。

「それで希奈さんが巻き込まれたのよ!」

「ほう、仲間か?」

「友達よ!」

 かなみは強く言い返す。ヘヴルはやれやれといった面持ちで答える。

「ならば、その友達とやらは選んだ方がいい」

「……なんですって?」

 ヘヴルは忠告するように言う。

「その希奈という友達は、昨晩の戦いに巻き込まれてこの病院に運ばれたのだろう。その程度で運ばれている到底貴様の友達に相応しくないのではないか?」

 そう言われて、かなみは更なる怒りで身体を震わせる。

 貴様の友達に相応しくない? 許しがたい侮辱にしか聞こえない。そもそもヘヴルのせいで希奈は怪我をしたというのに。

「ここで私と戦うか? 友達の仇をとってみるか?」

 ヘヴルはかなみの怒りを察して挑発する。

 かなみはそれにのって、コインを取り出す。

「――!」

 その時、あるみがかなみの前へ手を出して制する。

「社長?」

「安い挑発にはのらないこと。ここで戦ったらどうなると思ってるの?」

 あるみにそう言われて、ここが病院だということを思い出す。

 ここで戦ったら……病院には、病院や怪我人がたくさんいて、ここでまともにヘヴルと戦ったら昨晩以上の被害が出るのは火を見るより明らかだ。

「儂の結界でもこの場をおさめるのは難しいのう」

 煌黄は言う。

「結界? ああ、これのことか?」

 ヘヴルはそう言って、何も無い空間へ拳を振るう。


パリーン


 ガラスが割れたように空間に裂け目ができる。

「ぬう、儂の結界が!?」

 煌黄は苦悶の表情を浮かべる。

「こんなもので私を封じ込められると思っていたとは。人の世から離れすぎてボケたか、御老体?」

「言ってくれるな、若造め……! 儂が本気を出せば!」

 煌黄はムキになって、杖を振りかざす。

 すると、周囲の景色の色が消える。まるで電車の窓のように周囲の景色が移り変わり、やがて雲の中に入ったような白い渦が渦巻く場所になった。

「今、儂らは周囲の空間から断絶された。儂の許しなくここから出ることは叶わぬぞ」

 とても幼女から発せられたとは思えない威厳に満ちた声であった。かなみ達は、煌黄は仙人なのだと改めて思い知らされた。

「ふむ」

 ヘヴルは周囲を見回し、力を込める。

「――誰の許しが無ければ、ここから出られない、と?」

 空間がパキパキとひび割れていく。

「くうぅぅぅッ!」

 煌黄は膝を突く。

「もういいわ、無理をしなくていいから」

 あるみは煌黄へ言う。

「フフ、よもや人間に心配されるとはのう」

 煌黄は苦笑する。

 すると、周囲に沸いていた渦は消え、何も無い原っぱに変わる。

「ほう……一瞬で私達を病院から転移させたか」

 ヘヴルは感心する。

「面目躍如というやつだ」

「ここならば思う存分戦っても構わない、と、そういうことだな」

 ヘヴルの六本の腕が握り拳を固める。

 それだけで空気が震え、地面から土煙が上がる。

(勝てる気が、しない……!)

 かあみの直感が告げる。

 怒り任せになった先に比べて、直感は素直になっていた。

 以前、一度戦ったものの終始劣勢で萌実の援護が無ければどうなっていたかわからない。

(でも、社長なら!)

 あるみと一緒にいることが何よりも心強い。自分では足手まといになるかもしれないけど。

「かなみちゃん、みあちゃん!」

 あるみが呼びかける。

「私が合図するまで手を出さないで!」

「その方がいいわね」

 みあが言う。

「あいつとあるみの一騎打ちになったら、あたしとかなみは足手まといにしかならないから」

「そうね。本当ならあなた達にも戦ってもらいたいんだけどそうも言ってられない状況だしね。でも、多分あなた達の力が必要になる場面がくるはずよ」

「そ、そんな私達の力なんて!」

「自信を持って。あなたのチカラは自分が思っているよりもずっとずっと強いから」

「そう、ですか……」

 あるみにそう言われると自信を持てる。

 それと同時に不安も増大する。

――君にはチカラがある。

 あるみの物言いがカリウスに似ているせいなのかもしれない。

「さあ、いくわよ!」

「はい!」

「ええ!」

「「「マジカルワークス!!」」」

 あるみ、かなみ、みあの三人は一斉に変身する。

「白銀の女神、魔法少女アルミ降臨!」

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

 白、黄、赤、三色の魔法少女が口上を上げて、姿を現わす。

「これは壮観じゃな」

 煌黄は感心する。

「ええ、眼福ですね」

 彼方は三人を、特に娘のミアの魔法少女姿を見て、満足そうに言う。それを聞いていたミアは「あとでぶっとばす」と心に誓う。

「マニィ、イシィ、いよいよになったら本気を出すから、心の準備はしといてね」

 アルミがそう言うと、カナミからマニィ、ミアからイシィが出てきて返事をする。

「うん、わかってるよ」

「ハァハァ……ラジャー」

 アルミの本気。普段十二匹のマスコットを活動させるために、アルミは常に魔力を与え続けている。その量は膨大で、アルミは本来の三分の一以下の魔力しか普段は出し切れていない。その魔力供給を打ち切って、全て戦闘力に変えるのが本気の奥の手だ。

 カナミはこの奥の手を何度か目のあたりにしたことはあまりないけど、ただでさえ普段から自分より強いアルミがケタ外れとしか言いようほど強大になっていた。

 多分、ヘヴルを遥かに凌ぐ強さのはずだ。

「一騎打ちか。フフ、望むところだ」

 ヘヴルは楽し気に笑う。

「この世界の私の仇討ちか。いや、雪辱戦といった方がいいか」

「お好きなように」

「――では!」

 ヘヴルは言うやいなや、大地を蹴る。蹴り上げた背後に砂の柱が立つ。それほどの勢いだ。


ドゴォォォォォォォン!!


 アルミのドライバーとヘヴルの拳が激突する。

 まさしく爆撃だ。

 二人の一撃一撃が衝突する度に爆風が吹き荒れる。

「これは見物するだけでも命懸けだね」

 彼方は吹き飛ばされまいとかがんで言う。

「じゃが、二人ともまだ肩慣らしといったところか」

 煌黄は二人の戦いぶりを見て、そうコメントする。

 彼方に比べて、煌黄は爆風で髪をなびかせるだけで文字通り涼しい顔をしている。


ドゴォン!! ドゴォン!!


 アルミの戦いを何度も見ているはずなのに。いつも圧倒される。

「社長、勝てるかしら?」

 カナミはミアへ不安を口にする。

「負けるとは思えないけどね」

 ミアははっきりと答えない。

 それは二人の戦いをじっくりよく見ていると、アルミが圧されているような気がする。

 アルミがドライバー一本なのに対して、ヘヴルは六本の腕から拳打を繰り出してくる。

 文字通り手数が違うのだ。一本、二本の拳を撃ち合ったあと、すぐに別の腕が飛んでくる。

「ぬうん!」

 ヘヴルは剛腕を振るう。あるみはそれをドライバーで受け止めるけど、衝撃を殺しきれず身体が浮く。

「――!」

 それをなんとか宙に一回転させて体勢を立て直す。

(社長があんなに追い詰められるなんて……)

 いくらまだ本気を出していないとはいえ、いくら相手が最高役員十二席の一人だからとはいえ……と、カナミやミアには信じられない光景だった。

「やはりな……」

 ヘヴルはそう言って拳を止める。

「この世界の私は私よりも弱かったようだな」

「それは当たっているわね。その分、あなたは自信過剰のようだけど」

「この期に及んでまだその口がきけるか。実力差ははっきりしている、それがわからない愚か者には見えんが……あるいは、まだ奥の手をもっているのか?」

 アルミはニヤリと笑う。

「それじゃあ、もう一つ試してみようかしら!」

 アルミはドライバーを構える。

「ハァハァ……俺達の出番か!?」

「いや、まだみたいだよ」

 はやるイシィをマニィが抑える。

「とう!」

 アルミは一足飛びで、ヘヴルは急接近する。

「ディストーションドライバー!」

 突き出したドライバーの矢が渦を巻く。空間そのものが歪んでいるせいなのだ。

「がああああああッ!!」

 ヘヴルは防御に出した二本の腕を捻じ曲げられて悲鳴を上げる。

「これが貴様の魔法! ならば!」

 ヘヴルは二本の腕を文字通り切り捨てて、残る四本の腕で取り抑える。

「く!」

「捻り潰してくれる!」

 ヘヴルは腕に力を込める。

 四本の腕でアルミの右腕、左腕、右わき腹、左わき腹をそれぞれ抑え、力任せに潰しにかかる。

「ぐううううううッ!!」

 アルミは潰されまいと歯を食いしばり、ふんばる。

「社長!」

 カナミはいてもたってもいられず、ステッキを構える。

「――!」

 そんなカナミへアルミは鋭く視線を投げかける。


――手を出したら殺されるわよ!


 そう警告を発しているようだった。

「やめなさい」

 ミアが止めに入って、カナミはステッキを下ろす。

 もし、カナミがここでヘヴルを攻撃したら、彼はカナミ達を敵と認識して反撃するだろう。そうするとカナミとミアはもちろんのこと、煌黄や彼方にまで危険が及ぶ。普通の人間の彼方は間違いなく生命が無いだろう。カナミ達もヘヴルが相手ではまったく守れる自信が無い。アルミの警告はそれを考慮したものだと察しがついた。

 だから、カナミはステッキを下ろして見守ることにした。

(社長なら……どんな相手にだって、どんな状況にだって負けない……!)

 そう信じ抜くことにした。

「ぐううううううッ!!」

「がああああああッ!!」

 二人は雄叫びを上げて、力を込め続ける。

 ヘヴルはアルミを潰そうと。アルミはヘヴルに潰されまいと。

 さながら魔力による力比べ。がっぷり四つに組み合った相撲の押し合いを見ているかのようだ。

 二人から湧き出る魔力が沸騰した蒸気のごとく勢いよく出て柱が立つ。

 そうなると、辺りは嵐の真っ只中に入ったかのように暴風が吹き荒れる。

「彼方といったか。ミアの親父殿、しっかりつかまっておれよ」

「大の大人が幼児の腰ににしがみつくなんて、あまりいい絵面じゃないけどね!」

 彼方は軽口を叩く。

「それだけの口がきけるなら大丈夫かのう」

 煌黄はミアへ話を振る。

「――通報してやるべきね」

 ミアは心底さげすんだ視線を彼方へ投げつける。

「まあまあ、ミアちゃん、お父さんも必死なんだから」

 一方のカナミは同情してしまう。

 普通の人間なのに、こんな嵐のような戦いの近くに立たされて命懸けで辛いだろうと思えてしまう。

「まあまあ、ミアちゃん。お父さんも必死なんだから」

「あんた、必死なんだからって幼女にしがみつく父親を見たいと思う?」

「うーん……」

 痛恨の反撃をくらって、カナミは考える。

「見たくないわね」

 結局、同意してしまう。

「お主、娘に嫌われておるのか?」

「いやはや、お恥ずかしいお話で」

 彼方は苦笑して言う。

「家族のおらん儂が言うのもなんじゃが、そういうことはなるべくちゃんと向き合うべきじゃ」

「仙人の忠告、心に染み入ります」

 煌黄と彼方、二人でそんな真面目なやり取りをしている間に、暴風は一層強く吹き荒れる。

「ぐううううううッ!!」

「がああああああッ!!」

 二人の力が頂点に高まり、新星爆発のごとく眩い光で辺り一面が真っ白に染まる。


ドゴォォォォォォォン!!


 そこから爆音が遅れてやってくる。

 次にカナミ達の目に映ったのは、爆心地の中央に悠然と立つヘヴルの姿があった。

「社長は!?」

「あそこじゃ!」

 煌黄は空を指差す。そこでアルミは空に舞い上がり、落下していた。

 アルミはそのまま地面に落下し、大穴ができる。それを見て、カナミ達はヘヴルに力負けして、吹っ飛ばされたのだと理解した。

「社長……」

 カナミは心配を口にする。

「あんたもほとほと心配性ね」

 ミアはため息をついて言う。

「アルミ社長があの程度でやられるわけがないよ」

 マニィがカナミを安心させるために言う。

「ハァハァ、でも、そろそろじゃねえか?」

 イシィがそう言って身構える。

 そろそろ……ここまでアルミは魔力を全開にする素振りが無い。それは、マスコット達がまだ動いていることからも明らかだ。

 何故、アルミは本気を出さないのか。一気に決着をつけないわけでもあるのか。

「今のが奥の手が?」

 倒れたままのアルミを見下ろしたヘヴルは問いかける。

「ディストーションドライバー、といったな。空間そのものを歪ませ、捻じ曲げる。確かに恐ろしい魔法だ。私でなかったら、この二本の腕だけではすまなかっただろう」

 私でなかったら。その言葉には最高役員十二席の自負と自分の実力による自信があった。

「……だが!」

 ヘヴルがそう言うと、ねじきられてちぎれた二本の腕が生えて、元通りの二本の腕になる。

「この通り、私には通じない。

――さあ立て、魔法少女アルミよ。それとも、戦意喪失したか。無理もない話だが」

 ヘヴルは嘲笑する。

 それを見ていたカナミは、いてもたってもいられない衝動を抑え込むのに必死だった。

 アルミがヘヴルにあんな風に侮辱されているのを見ていられない。例え勝てなくてもあの嘲笑を止めたい。

 でも、アルミは何かわけがあって、本気を出していない。そのわけを知るまでは、と我慢する。

「そろそろね……」

 アルミはそう言って、平然と立ち上がる。

「なに?」

 ヘヴルは眉をひそめる。アルミの方は派手に吹っ飛び相当の深手を負わされたように見えたけど、実際アルミはコスチュームこそ汚れているもののそれほどのダメージを負っているようには見えない。

 それがヘヴルにとっては、苛立ち以外の何者でもなかった。

「何がそろそろだ?」

「昨晩、あなたは誰かと戦っていた」

 ヘヴルの問いかけにアルミは不敵に答える。

「そいつらは、多分ネガサイドの怪人ね。多分あなたを倒せば十二席の座につけると考えた輩が仕掛けてきたのでしょう。周囲の被害が出ていることから相当な手練れだったんでしょ」

「その根拠は?」

「あなたほどの実力なら大抵の怪人は周囲に被害が出る前に瞬殺される」

「――その通りだ」

 ヘヴルは自慢げに答える。アルミに間接的にとはいえ評価されて機嫌を良くしたのだろう。

「そして、その怪人は手練れの上、まだ仕留めきれていない」

 アルミの指摘にヘヴルは笑みを消し、閉口する。

「もし、倒していたのなら怪人だから死体は残らないにせよ、魔力の残滓があそこにはあるはずだけど、それがなかった」

「うむ、そうじゃな」

 煌黄が同意する。

「あんたにわかるの?」

 ミアが訊く。

「仙人の目をバカにするでない。テレビ越しじゃったが、確かにアルミの言う通り妖精や怪人の死体ともいうべき魔力の残滓は無かった」

「ということは、ヘヴルと戦った怪人はまだ生きているってことなのね」

 カナミはそう言いながら、怒りがこみ上げる。

 希奈にケガをさせた原因でもあるのだから当たり前だ。

「あ、そっか。アルミが言う通り、そいつらが十二席の座が狙いだとしたら」

「だとしたら?」

「そんな奴がこの戦いを見逃すはずがないわ」

「うむ、そのとおり!」

 ミアの推測に、煌黄は的中していると発言する。

「そして、その目算通り奴等はやってきた!」

 煌黄は杖が向け、その方をカナミは見る。

 すると三匹の怪人がそこに立っていた。

 それぞれが異様な魔力を発していて、只者ではないことが感じられる。

「奴等がきたか」

 ヘヴルも三匹の怪人に気づいて、忌々しそうに言う。

「フフ、私達の戦いに引き寄せられてきたわね」

「貴様……それが狙いだったのか」

 ヘヴルは怒りの形相を浮かべてアルミへ言う。

「あの三匹は私の首と地位を狙っている。私が戦っているとわかれば、戦いに乗じて倒せないかと足を向ける」

「ええ、周囲の人間のことも考えず、好き勝手に戦い出す怪人は危険だから早目に退治するべきよ」

「その為に戦いを長引かせたのか!?」

「それなりに本気でやってはいたんだけどね」

 アルミは涼しい顔で肯定する。反対にヘヴルは怒りで爆発寸前の状態になる。

 自分を格下であるはずの三匹の怪人をおびき出すエサのように利用したのだから当たり前だ。

 この場にいる魔法少女。それに怪人を含めて誰一人生かしては帰さない。そういう気迫を感じる。

「ヘヴル様、怒ってますよ」

 空孔は、七色の羽をブルブルと震わせる。

「バカか。これから殺す奴に様をつける奴がいるか」

 水剣は、自慢の剣のような角を光らせる。

「おうとも! 我等は必ずヘヴルを倒す!!」

 地豹はヘヴルの怒気を押し返す気概で伝える。

「「「我等が最高役員十二席の座につくために!!!」」」

 三人は声を揃えて高々に野望を宣言する。

「いやはや、わかりやすい連中じゃのう」

 その宣言は、カナミ達にも聞こえており煌黄は感心したように言う。

「本当にヘヴルを倒すと十二席の座につけるのかしら?」

「ヘヴルを倒したら十二席の座が空いて、その空いた十二席の座にヘヴルを倒した実力者の自分達がつける。そう考えてるんじゃないの?」

「それって、仲間割れだしそんなことで十二席につけていいの!?」

「あたしが知らないわよ! ただあいつらが考えてそうなことを推理しただけなんだから!」

「じゃが、その推理は正しいと儂も思うぞ」

 煌黄が言うと説得力が増す。

「そういう暴力が渦巻くのが、悪の秘密結社なんじゃろ」

「まあ確かに」

 そう言われると、カナミもなんだか納得してしまいそうになる。

「魔法少女もいますよ」

 空孔は魔法少女の存在に気づく。

「あれはカナミじゃないかな」

 水剣はカナミがいることに気づく。

「ふむ、ちょうどいい! ついでに始末すればいい!」

 地豹は威勢よく言う。

「そうすれば、十二席の座は当確だ!!」

「そうか。そうですね」

「それならばやってやるしかないな」

 三匹は戦闘態勢に入る。

「カナミちゃん! ミアちゃん!」

 アルミは合図を出す。

 私が合図するまで手を出さないで、と言っていたその合図だ。

「あいつらを倒すのよ! 私はこいつを倒すから!」

「「はい!!」」

 カナミとミアは飛び出す。

 待ちかねていた合図だからだ。

「こいつを、倒す……?」

 ヘヴルの寸前だった怒りが爆発する。

「大言壮語を口にするじゃないか! 圧されているのはどっちか、倒されるのはどっちか、理解できない愚か者か貴様は!?」

 怒気が暴風となって吹き荒れる。

 アルミはそれをフッと笑って、受け流す。

「圧されるのはあなた、倒されるのはあなたよ。そして、それを理解できない愚か者はあなたよ!」

 そう言うとアルミの身体から魔力が沸き上がってくる。

「イシィ!」

「息を長くして待ちかねたよ!」

 マニィとイシィは魔力の塊となって、アルミへ飛ぶ。

 方々に散る他のマスコット達も同じだ。

 彼らとは魔力で繋がっている。アルミの目となり耳となり活動するマスコット達が一ヶ所に集う。

「な……ば、バカな!?」

 ヘヴルは驚愕し、絶句する。

「ふむ」

 煌黄はアルミの変貌ぶりに感心する。

「魔法ができないボクにもわかる。変わったね」

「うむ」

 彼方の発言に、煌黄は同意する。

「もしやとは思っていたが、この目でみるでは信じられんかった。

カナミと会った時、仙人の領域に足を踏み入れていると思っておったが、あやつは――アルミは、仙人の領域を踏み越えておる」

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