第84話 出演! 三人の怪人の標的は少女と怪人 (Bパート)
「――!」
かなみは驚きの声を漏らす。みあもキョトンとしている。
「え、ええ、一応……」
かなみは適当に答える。
「そうなの。知ってる人に会えてそれだけで嬉しいわ」
「……そ、そうなの?」
知っているも何も本人であるけど、それは言えない。
かなみの方も魔法少女カナミに憧れている女の子とは初めて会った。しかも、それは自分が好きなアニメの好きなキャラを演じている声優さんなのだから、戸惑いは大きすぎる。
「魔法少女カナミは素敵ですよね」
羨望の眼差しを明後日の方向に向けて、希奈は言う。
「そ、そうですか……」
かなみは自分のことのように……実際、自分のことなんだけど、希奈はきっとそういう印象を抱いただろう。
「とても一生懸命で、必死さを感じられて好きなのよ」
「ひ、必死さ……?」
「なんていうか、生活がかかってるって感じがしてね。切実さがあるところが胸を打つのよ」
「そ、そそ、そうなんだ……」
かなみは喜んでいいのかわからず微妙な表情で答える。みあはなんだか笑いをこらえているみたいで顔をそらしている。
「フェアリーソイルの役をもらったときも、何か運命かなって思って、あ、フェアリーソイルっていうのは今やっているアニメの女の子で、」
「フェアリーガールズなら毎週観てるわ」
「本当! ありがとう!!」
かなみがそう言うと、黄奈はパッと目を輝かせて礼を言う。
「私、フェアリーソイル好きです」
「嬉しい!! 私、一生懸命演じてるからそう言ってもらえると嬉しい!!」
「そ、そう……喜んでもらえてよかった」
「………………」
希奈はじっと、かなみを見つめる。
「……なんだか、かなみさんって、やっぱり魔法少女カナミに似てるわね」
「えぇ!?」
かなみはビクッと震える。
「顔や外見もそうだけど、話し方とか雰囲気とかもそっくりだし」
「そ、それは……」
かなみは冷や汗が出る。
魔法少女の正体は秘密厳守。一応、かなみと魔法少女カナミが同一人物だとわからないよう秘匿の魔法がかかっている。そのおかげで魔法少女カナミの動画を見ている同級生と学校で顔を合わせても特に気づかない。
稀に強い魔力を持った人には気づくことがある、とマニィは言っていたけど、希奈はそうなのかもしれない。
(なんとかして、ごまかさないと!!)
正体がバレたら、あるみ曰く「きついペナルティ」が下るらしい。あるみが、きつい、といったら絶対にきついものなので、なんとしてでも避けなければならない。
かなみは必死に頭を働かせる。
「わ、わわわ、私も、――魔法少女カナミのファンだから!!」
あまりにも苦しい言い訳だった。
みあと彼方は驚いて声を出しそうになったのを必死に抑える。
「えー、そうなんだ!!」
希奈の目の輝きが一段と増してくる。
「ま、魔法少女カナミみたいになりたいから、真似してるのよ!!」
「そんな言い訳で通るわけないじゃない!」とみあからツッコミが飛んできそうなんだけど、そのみあは隣で腹を抱えて笑い声を出さないように必死にこらえてる。
かくいうかなみもこんな言い訳でごまかせるのか、物凄い不安なんだけど。
「なるほど! だから、魔法少女カナミに似てるわけね!!」
希奈は疑いの無い眼差しで見つめてくる。
純粋な子なんだな、と、かなみは好感を持つ。それだけに、嘘をついて騙している罪悪感もあるけど。
(こうなったら、ごまかしきるしかない!!)
「こんなところで、同じ魔法少女カナミ好きに会えて感激よ!」
「わ、私も……う、嬉しい……」
これは本音だった。
「私、演じてるときは魔法少女カナミを意識してるの! ほら、フェアリーソイルと似てるでしょ!?」
「そ、そうね……」
かなみは、フェアリーソイルに対して、何故か他人とは思えない気がしていた。
(そっか、あれ私を意識して演技してたんだ……)
謎が一つ解けた気分だった。
「希奈、そろそろ時間よ」
母親の方が時間を確認して言う。
「え、もう!?」
「楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものだよ」
彼方は言う。
「この後何かあるの?」
「取材がもう一件あるの。三人で受けるやつ……」
希奈はしぼんだ風船のように元気なく言う。
「ふうん……三人っていうと、フェアリーフラワー役の#川和__かわ__#あいとフェアリーアクア役の#折島美々__おりしまみみ__#ね」
みあは言う。
「そうそう。詳しいのね」
「一応、親父の会社がスポンサーだから」
「しっかりしてるのね」
希奈はみあに感心する。
「ええ、しっかりした娘だよ」
彼方は誇らしげに言う。
それを聞いて、みあはしかめ面になる。
この親子、もっと仲良くできないのかしら、と、かなみは思う。
「それじゃ、私そろそろ行かなくちゃ。今度ゆっくり話そう!」
「え、ええ……」
そう言って、希奈と母は席を立って、店を出て行く。
「よかったじゃない、あんたのファンで」
「みあちゃん、それを言わないで……」
みあは楽し気に言ってくる。
しかし、かなみにとっては正体がバレるかどうかの瀬戸際で、全然楽しくない。それでも希奈が自分のファンだと言ってくれたのは嬉しいことではある。
「いやあ、無理をして会わせた甲斐があったよ」
と彼方は言う。
「親父は知ってたの?」
「うん、一度打ち合わせした時に、彼女がそんなことを言っててね。会わせてみたら面白いかもと思って、今日のこの場をセッティングしてみたんだよ」
「そんな理由でスポンサーの特権を使わないでください……」
かなみはため息混じりに言う。
「いやあ、企画会議のときに借金持ちの女の子がいたら面白いって提案したのがこんな形になるとは思わなかったよ」
「何言ってるんですか!?」
間違いなくかなみがモデルだろう。
「さすがに女児向けアニメで借金は重苦しすぎるということで却下されたんだよ」
「当たり前です!」
「親父に重苦しすぎるって意見出せるやつがいてよかったわ……」
「本当にそうよ!」
かなみとみあの意見が一致する。
「まあ、それでフェアリーソイルの設定が貧乏で固まったんだから、提案しておいてよかったよ」
「それって、よかったって言っていいんですか?」
危うくモデルにされかけたかなみとしては笑えない話だった。
真夜中で人気がまったく無くなったグラウンドの中心に圧倒的な存在感を放つ怪人が一人立っていた。
六本の腕を持つ悪魔ともいうべき禍々しい容姿をした怪人。彼こそが最高役員十二席の一人・ヘヴルであった。
「私を呼ぶ気配がしたと思ったが」
そう呟いて周囲を見回すが、人も怪人も一切見当たらない。
「気のせいだったか……」
その場を去ろうとした時だった。
バシャン!!
突然、地中から出てきた手がヘヴルの足を掴む。
「ぬう!?」
驚きの声を上げた次の瞬間、目の前に剣のような鋼が飛びこんでくる。
ヘヴルは咄嗟に一本の右腕で受ける。
バシュゥゥゥ!!
腕を負傷した。
強大な魔力で鋼のように強固な腕を易々と切り裂いた。間違いなくAランク以上に相当する手練れの仕業だ。
「何者だ?」
ヘヴルは問いかける。
「貴様を打ち倒す者!」
その問いかけに答える者が空からやってくる。
ブォォォォォォン!!
その者がもつ翼の羽ばたきによって巻き起こった風が刃としてヘヴルに襲い掛かる。
ヘヴルはこれを二本の腕で受け止める。
ザシュ! ザシュ!
その二本の腕も斬られる。
ヘヴルはダメージを確認する。
先程の剣のような鋼から受けた一撃、翼から放たれた刃の如き二つの斬撃。どちらも出血しているもののヘヴルからしてみれば軽傷でしかなかった。人間で言うならカッターで少し手を切った程度の感覚だ。しかし、傷を負った事には変わりない。
「大したダメージではないが、私に手傷を負わせるとは! 余程の怪人だな!」
いつの間にか、足を掴んでいた手は消えていた。
「やはり、我等のことなど憶えていないか!」
憤りの声を上げて、地中から豹の顔をした怪人が姿を現わす。
「地を統べる#地豹__ちひょう__#!!」
咆哮の如き名乗りを上げる。
「ふむ……あちらの世界でもお前のような怪人はいなかった。こちらの世界のみで誕生した怪人か」
ヘヴルは感心した風に言う。
「何をわけのわからないことを言っているのですか?」
空から七色の羽根を持つ怪人は舞い降りてくる。
「我が名は空を統べる#空孔__くうこう__#」
「空孔か。先程の攻撃は見事だった」
「お褒めにあずかり光栄です」
空孔は羽を折りたたむ。彼なりの礼の所作だ。
「それと、お前も」
「はい? あ、ああ、私のことか!」
剣にとがりつつも洗練された鋼のような角を持つ怪人は困惑しつつも立ち上がり、ヘヴルを見据える。
「水を統べる#水剣__すいけん__#」
「地豹、水剣、空孔……三位一体の怪人ともいうべきか。なるほどお前達か、私を呼び出したのは」
「然り!」
地豹が肯定する。
「今のが用件ということだな?」
「伝わりましたか。これは話が早いですね」
空孔は感心する。
「狙いは私の首と十二席の座か?」
「その通りだとも」
水剣の目から困惑が消え、ギラついた目つきをして答える。
「私としてはこの座は仮初のものでしかないが」
ヘヴルは、三人の怪人にも聞き取れる声の大きさでごちる。
ヘヴルは魔法少女カナミとの戦いで次元の裂け目に飲まれてこの世界にやってきた異邦人である。このことはこの世界にやってきた当初のヘヴルは知らず、自然の成り行きでネガサイド本部に行き、判真や視百からその事情を聞かされた。
視百はえらく困惑していたけど、判真はすぐに「あちらの世界と同じ待遇で客人として迎え入れる」という裁定を下した。同じ待遇、つまり最高役員十二席の#位__くらい__#であった。
ヘヴルにとって別世界とはいえ、同じ最高役員十二席の座につけることに異存は無かった。
しかし、この裁定に反発する者がいるだろうことは、この座が空席であると聞かされてから想像はついていた。
自分を亡き者にして、十二席の座を奪い取ろうとする怪人がおそらくいるだろう。それが今現れて襲い掛かってきただけのことだ。
「この世界の十二席の座に未練は無い。が、この生命を簡単にくれてやるわけにはいかない」
「やはりそうか!」
「つまり、どういうことですか?」
「奴を倒せばいいか!」
「その通り!」
ヘヴルの返事に、三人は揃って答える。
「「「ならば倒すまで!!」」」
まずは地豹が地を蹴って、けたたましい土煙を上げて衝撃波が走る。
「ふん!!」
ヘヴルは掌底を突き出して、その衝撃波をかき消す。
次に水剣が水圧カッターを手で生成して放つ。
パシィィィン!!
ヘヴルは二つの腕を合掌し、水圧カッターを白刃取りのように受け止める。
次に空孔の翼が光り輝き、燃え上がる。
そこから飛び散った羽根が火球となって、ヘヴルは降り注ぐ。
「ぬん!!」
ヘヴルは羽根の火球を拳打で打ち返す。
「それで終わりか?」
ヘヴルは拍子抜けしたように言う。
「まだまだこれからだぁぁぁッ!!」
地豹は威勢良く答え、大地を蹴って拳を突き出す。
ヘヴルはそれに応じて、拳を返す。
ドゴォォォォォォォン!!
爆音のような激突がし、衝撃波が迸る。
「覚悟ぉぉぉぉぉぉッ!!」
水剣が頭を大きく振りかぶって斬りかかってくる。
ヘヴルはこれを交わすと、斬撃がフェンスにまで伝わって斬れてしまう。
「吹き飛べぇぇぇぇぇぇッ!!」
空孔は翼を振るって、竜巻を巻き起こす。
ブォォォォォォン!!
グラウンドは普通の人間は立っていることすらできない暴風が吹き荒れる。
そこからさらにヘヴルと三匹の怪人の激しい戦いが繰り広げられていった。
「花の妖精フェアリーフラワー!」
花びらが舞い、桃色のフェアリーガールが降り立つ。
「水の妖精フェアリーアクア!」
水飛沫が上がり、水色のフェアリーガールが降り立つ。
「土の妖精フェアリーソイル!」
土から芽吹き、黄色のフェアリーガールが降り立つ。
「「「魔法妖精フェアリー☆ガールズ!!!」」」
三人揃ってフェアリー☆ガールズは名乗りを上げる。
「おお、これが魔法少女のアニメとやらか」
煌黄は興味深げにオフィスのテレビを見つめる。
「みんな、可愛いわね」
千歳も一緒になってコメントする。
「仙人と幽霊が、魔法少女のアニメをみてる……」
それを後ろで見ていたかなみには、異様に見えた。
「二人が観たいっていうから」
みあは呆れるように言う。
「このアニメというのは興味深いものじゃな! 久方ぶりの現世にはこのようなものが流行っておるとはな」
「絵が動くなんて面白いもの。この娘達もかなみちゃん達と同じくらい可愛いし」
「ま、まあ楽しんでいるのならいいんだけど……っていうか、煌ちゃんと千歳さんっていつの間に仲良くなったの?」
かなみが知っている限り、二人に接点はなかったはずだ。
「ホッホホホホ、仙人は好奇心旺盛じゃからな」
「仙人と話してみたら、気が合っちゃってね。ひょっとしたら私、仙人寄りかもしれないわね」
千歳の笑い声に、かなみとみあは「それもそうね」と顔を合わせて同意する。
「確かに、黄色い娘はかなみちゃんに似てるわね」
フェアリーソイルを指して千歳は言う。
「え、そうですか?」
「うーん、よくわからないんだけど、見た目というより雰囲気がね、なんとなく似ているというか」
「そりゃ、かなみを意識して演技してるんだから当然よね」
みあは嫌味のように言う。
「私に憧れてくれるのは嬉しいんだけどね……なんていうか、動画の魔法少女カナミって私じゃないような気がするから複雑……」
未だに戦いの動画を見ても、そう感じてしまう。
変身して戦っているときの姿を見ると、まるで別の人が自分そっくりに演じているようにしか見えない。
今観ているアニメのフェアリーソイルみたいに。
(フェアリーソイル……希奈さんか……)
昨日会った希奈のことを思い出す。
魔法少女カナミに憧れている。それはとても光栄なことなんだけど、なんだか違和感の方が勝ってしまう。それにもし、自分が魔法少女カナミだと知ったら彼女はどんな反応するだろうか。
そう考えるともう一度会ってみたいような、会いたくないような奇妙な想いにかられる。
ドン!!
あるみが思いっきり扉を開けて入ってくる。
「かなみちゃん、いる?」
「はい! また仕事ですか?」
「それはまだ決まってないわ。それより耳に入れないといけないことがあってね」
「耳に入れておきたいこと? 何ですか?」
「ほら来て」
あるみはかなみの手を掴んで引く。
「耳じゃないんですか!?」
「耳に入れるのも手を入れるのも同じでしょ」
「全然違いますよ!!」
なんて大雑把なんだろうと思ったけど、こういうときは拒否権がないので、かなみは素直に従う。
「ホホホホ、面白そうじゃのう。儂らも行くか?」
「え、あたしも?」
そんなわけで煌黄とみあもついていく。
「って、なんで病院なんですか?」
あるみに引っ張られて、やってきたのは病院だった。
「誰か怪我したの?」
普通に考えたら、知り合いの誰かが怪我をしたか、病気になったかで入院したから見舞いにきた、ところだろう。問題はその知り合いが誰なのか、だ。
「もしかして、来葉さん?」
主だった人はオフィスにいたから、消去法でそうなった。
「あの子は病院のお世話にならないわよ」
「じゃあ、誰ですか?」
かなみが訊くと、あるみは答える。
「希奈ちゃんよ」
「ええ!?」
かなみが驚いていると、あるみはどんどん病院の奥へ進んでいく。
受付にも聞かず、彼女がどこの病室にいるのかわかっているようだった。
奥へ進んでいくと病室の前に彼方が立っていたので、そこが希奈の病室だとわかった。
「やあ、来てくれるとは思わなかったよ」
「大事な話だからね。それにこの娘の友達でもあるんだから」
「いえ、ちょっとお話をしただけですから。友達だなんて……」
「なあに、今からまた話をすればいいさ。さ、入って」
彼方の誘い、あるみとかなみは病室に入る。まるで保護者みたいだ、と、かなみは思った。
「あ、かなみさん!」
病室のベッドで座っている希奈は、かなみの姿を見つけると顔が明るくなる。しかし、その額には痛々しい包帯が巻かれていた。
「希奈さん、大丈夫なの?」
かなみは第一声で心配の声が出た。
「あ、これ?」
希奈は包帯をさすって言う。
「大丈夫大丈夫、ちょっと頭が打って血が出ただけだから」
「それちょっとって言わないわよ!?」
かなみは思いっきりツッコミを入れる。
「かなみさん、お母さんと同じこと言うね」
「誰だって言うと思うけど」
「大丈夫よ。一応検査はするんだけど、それでなんともなかったら退院だから」
「それじゃ、なんともあったら……」
「かなみさんって、案外ネガティブだね」
「心配になってるだけよ」
「あ~心配してくれるのは嬉しいんだけどね……」
「でも、何があってそんな怪我をしたの?」
「あ~、それがね、私もよくわからないんだけど……」
そう言いながら、希奈は額に手を当てて思い出す。
「昨日の夜のことなんだけど、なんだか昨日の取材で帰りが遅くなっちゃって、十一時くらいのことなんだけど」
かなみは心中で、私はまだ勤務中だった、とぼやく。
「近くのグラウンドでなんだか凄い音がしてて、爆発か何かと思って行ってみたの」
「爆発?」
かなみはあるみの方を見る。
あるみは真剣な面持ちで応じる。
「行ってみたら、何かわからないけどそれで頭を打っちゃって……よく憶えていないの」
「……結局、なんで頭打ったのかわからないのね」
「うん……でも、ニュースで言ってたけど、その爆発があったみたいなんだけどね」
「……ニュースは見てなかったわ」
テレビは朝からずっと煌黄と千歳がフェアリー☆ガールズを見ていたせいでもある。
「爆発って何かあったんですか?」
かなみは小声であるみへ訊く。
「ネガサイドの方で何かあったみたいなのよ」
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