第83話 投身! 少女の往く未来は終末? (Bパート)
翌日、昨日と同じように授業が終わって、校門のところで来葉が待っていて車に乗せられた。
向かった先は学校から少々遠い駅だった。
そこのホームに明恵はいた。思いつめた表情をしていたからすぐに飛び降りる気だとわかった。
「待ちなさい」
来葉はすぐに声をかけて止める。
「――!」
来葉の声に気が付いた明恵はビクッと震え、恐る恐る振り返る。
来葉とかなみの姿を認めると、あからさまに怯えた顔をする。
「……どうして? どうして、ここがわかったの?」
来葉の得体の知れなさに、明恵は恐怖で震える声で訊く。
「昨日、私はあなたの未来を視たのよ」
それに対して、来葉は冷静な声で諭すように答える。
「昨日、私達があなたの飛び降り自殺を止めた後、今度はこの駅で電車にひかれて自殺する未来が視えたのよ」
「……そんな、そんなわけないわ! だって、未来なんて視えるはずがないわ……!」
そう言われて来葉は眉をひそめる。
どうしたら、自分には未来が視えることをわかってもらうか。
どうしたら、それで自殺を止めてくれるのか。
「いいえ、視えるのよ。それであなたの自殺を止めるためにやってきたのよ」
「何のために? 私が自殺したところで、あなたには何の関係もないじゃない!?」
「それは私の都合よ。たまたま未来で自殺するあなたの姿が視えた。私はその自殺を止めたいと思ったのよ」
「……そんな、そんなことで……!」
明恵は憤慨する。
未来が視えるといって自分の自殺する時と場所を突き止めてきた得体の知れなさから、何か大層な理由があるのかと思ってしまった。それはほんの少しの期待でもあった。
わけのわからない理屈で自分の自殺をするところを突き止められるのなら、それだけの大義があるのではないか、と。
だが、来葉の口から語られてたのは、あまりにも単純で理解しがたいものだった。
「そんなことで、止めないでよ!」
明恵は走り出す。
電車がやってくるホームではなく、駅の出口である改札口へ。
「……ダメね、私」
来葉は自嘲して言う。
「そ、そんなことないですよ。来葉さんが止めなかったら大変なことになっていましたから!」
「本当だったら、ここで説得して自殺を止められたらよかったのに怒らせちゃったわ。多分、また自殺しようとするわ」
「そういう未来が視えたんですか?」
「いいえ、まだ未来は視ていないわ。でも、そんな気がするわ」
「なんだか、来葉さんがそう言うと当たるような気がします」
「悪い予感は当たらない方がいいなけどね」
再び来葉は自嘲する。
なんだかここ数日はそんな顔ばかり見ているような気がする。
悪い予感が当たって欲しくないと思う気持ちはかなみも同じなんだけど、でもそういう時に当たってしまうのが悪い予感なのだろうと思わずにはいられなかった。
翌日、授業が終わるとかなみは校舎を出て、校門の様子を伺う。
ため息をついてしまった。
来葉の黒い車が停めてあったからだ。
「乗って」と来葉に言われるまでもなく、かなみは乗り込む。
「ごめんなさいね」
第一声で来葉はそう言う。
来葉が学校に来ているということは昨日言っていた悪い予感が当たっていたことを意味するからだ。
「いえいえ、来葉さんが謝ることないですよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。悪い予感なんて当たらない方がいいって言っておきながらこれだものね」
「でしたら、これから外してやればいいんですよ」
「………………」
来葉は意外そうな顔をしてかなみを見る。
「どうかしましたか?」
「ちょっと驚いたのよ。あるみだったらそう言うと思っていたら、かなみちゃんが言うんだから」
「え、そ、そうですか……?」
確かに言われてみれば、あるみだったらそんなことを言う気がする。意識したわけじゃないのに。
「社員は社長に似るってね」
「私、社長に似てますか?」
かなみは不安げに訊く。
その不安には、あるみに似てきても実力が伴ってきていない気後れが感じられる。
それに対して、あるみのこともかなみのこともよく知っている来葉はクスリと笑う。
「そっくりよ。母娘みたいよ」
「全然似てませんよ」
かなみは苦笑するけど、不快感は見受けられない。
「それより知ってますか? 学校で来葉さんのこと、評判になってるんですよ」
「評判?」
来葉は意外そうな顔をする。
「帰りの時間になると校門前で黒い車が停まってるって」
「でも、私が停めたのはたった三日よ。それぐらいで評判になるかしら?」
「それは……来葉さんが美人だからですよ」
「美人……?」
来葉は首を傾げる。
そんなこと言われ慣れていないのか、言葉の意味を理解できていないように見えた。
「声をかけてみたい、話をしてみたいってクラスの人達が言ってましたよ」
「そう……目立っちゃってたのね」
「来葉さん、目立ちますよ。モデルみたいに綺麗だから」
「そうかしらね」
来葉は照れつつ、笑顔を浮かべる。
「かなみちゃんは迷惑じゃない?」
「え?」
「ほら、私がそんな風に目立つと嫌なじゃないかって……」
「うーん」
そう言われると、以前あるみや涼美が学校に参観で来た時は異様に目立っていた。あの時は恥ずかしかったりこそばゆい想いをして落ち着かなかった。
しかし、今回は不思議とそういったことが無い。
「あまりそういうのがありませんね」
「そう。なら、よかった」
来葉は落ち着いた感じで答える。
多分、この落ち着きが何か関係あるかもしれないと思った。
「それで、今はどこに向かってるんですか?」
「彼女の住まいよ」
「そんなことまでわかるんですか?」
「未来の情報だと、ニュースで自宅で首吊り自殺したとしか情報がなくてね。後は仔魔に調べてもらったのよ」
「部長、探偵みたいですね……あ、そういえば、社長や来葉さんは部長のことを下の名前で呼ぶんですね」
「ああ、そうね。長い付き合いだから」
「どのくらいなんですか?」
「うーん、十五年くらいかしらね」
「私が生まれる前から……」
そんなに古い付き合いとは知らなかった。
「これでもかなみちゃんの倍以上は生きてるからね。色々あるのよ」
「色々、ですか……」
「話す時がいたら、その時のことも話すかもね」
「教えて欲しいような、教えて欲しくないような感じです」
かなみは正直に言う。
「フフ、だったら、かなみちゃんが生まれた時の話でもしましょうか?」
「ええ!? 来葉さん、知ってるんですか!?」
「出産には立ち会ってたのよ。もちろん、あるみもね」
「そ、そうだったんですか……」
何とも言えない気持ちになる。
そういえば、アルバムの中にも生まれた瞬間の写真があった。あれは来葉が撮った写真なのだから、生まれた時に立ち会っているのも合点がいく話だった。
「なんだか、不思議な感じですね……」
「そう?」
「だって、私が赤ちゃんだった頃を知ってるんですから。なんていうか、私の知らない時を知っているような感じで……」
「そうね、かなみちゃんは赤ちゃんだから憶えてないでしょうから、私はかなみちゃんの知らないかなみちゃんを知っていることになるのね」
「そうですね。なんだかそう言われると……」
「そう言われると?」
「……母さんみたい、なんて思ってしまいます」
「…………………」
来葉は沈黙する。
かなみの発言に対して、何を言っていいのかわからず戸惑ってしまった。
「そう……そうかもしれないわね……」
優しい声でそう言う。
「そう言ってくれると嬉しいわね。でも、そういうことはあまり言わない方がいいわよ」
「どうしてですか?」
「涼美さんがすねるから」
「あ~」
かなみは納得する。
あの母、すねると面倒くさい。
「さて、着いたわよ」
そんな会話をしていたら、住まいのアパートに着いたようだ。
かなみが住んでいるアパートよりも新しい造りをしていた。もっとも、かなみのアパートが古すぎるだけの話かもしれない。
(新しい分、家賃が高いのかしら?)
そんなことを考えてしまう。
明恵の部屋は二階なので、階段を上がってみる。
足が踏み抜いてしまわないか、と不安にならないしっかりした造りだ。そっちの方が当たり前だと思うけど。
明恵の部屋の前に立つ。
来葉はとりあえず呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン
一回鳴らしてすぐに返事が無かった。
(留守?)
かなみはそう思ったところで、来葉はもう一回鳴らす。
「………………」
やっぱり返事が無かった。
来葉がどうしたものか、と、顎に手を当てて考えた。
カチャン
すると、扉が開く。
「――!」
明恵は来葉の姿を確認するなり、すぐに扉を閉じる。
「待って、明恵さん!」
来葉は呼びかける。
「帰ってください! どうして、何度も何度も!!」
明恵は訴えかけるように叫ぶ。
「どうしてもあなたの自殺を止めたいから。あなたの生命を落ちるところを見てしまったから」
「そんなの、あなたには関係ないじゃない! 私が死のうが生きようが!!」
「そうね――だから、これは私の勝手よ」
来葉はそう言って、手から銀色に光るクギのようなものを魔法で作りだす。それを扉の鍵穴に差し込む。
ガチャ
扉が開く。
(ピッキング!?)
恐ろしく速い手並みに、かなみは驚愕する。しかし、来葉はお構いなしに部屋に入っていく。まあ、今は人の生命がかかってるので仕方が無い。
「な!?」
カギがかけたはずなのに、いきなり入ってこられて明恵は困惑する。それでも、来葉は奥へ押し入っていく。
その強引さは少しあるみに似ているとかなみは思ってしまった。
「やっぱりね」
来葉は部屋の奥にあったあるものを指して言う。
天井から垂れ下がっているロープのわっかだ。あれに頭を通せば首を思いっきり絞められるだろう。
「だって、こうするしかなかったから……!」
明恵は弁解するように言って、へたり込む。
「あなたがこうしなくてもいいように止めに来たのよ」
「どうして、赤の他人のあなたがこんなことを?」
「言ったでしょ、私はあなたの自殺を止めたいと思ったから」
「だから、それがどうして」
「私の都合よ。私は誰かが死ぬ未来を視たら、必ず止めるようにしているのよ。だって、人が死ぬところを見たくないのよ」
「……でも、私は死ぬしか」
「大丈夫よ、あなたは死ななくていいわ」
来葉は明恵の肩に手をかけて優しく言う。
「あの~」
かなみが遅れてやったかのように恐縮しながら声を上げる。
「こんなこと聞くのもなんですが、そもそもどうして自殺しようとしたんですか?」
来葉は未来からの情報で知っているだろうし、自殺を都合三度止めているのに今さらという気もした。しかし、そもそもかなみは彼女が自殺しようとした原因をまったく知らないのであった。
聞き出すなら今しかないそう思ったから尋ねたのだ。
「――借金よ」
明恵はややためらいを見せた後に、意を決して答えてくれた。
「え?」
かなみはキョトンとする。
「昔からの友達の連帯保証人になっていて、友達が逃げてしまって……」
「そ、それは大変ですね……」
かなみも親から借金に押し付けられたことがあるので、少し他人事とは思えない。
「最初は百万だったのに、金利で借金が膨れ上がっていつの間にか三千万になってて、とても返せる金額じゃないのよ。だから、私が死んで保険金で返すしかないのよ」
明恵は涙ぐみながら語る。
相当追い詰められているようだ。
「それは誰かの入れ知恵?」
来葉は訊く。
「はい、借金の取り立てにやっていた人達がそう言ってきまして……」
「人達ということは、複数で来てるのね?」
「はい。二人組です。なんだか怖い人と……変わった人でした」
「変わった人?」
「なんか原住民みたいな仮面を被っていて、怖い人に何か耳打ちしていてそれで迫ってきて」
「それは怖いですね」
かなみはその場面を想像してみて同情する。
「そのうち、私にもその変わった人は耳打ちするようになって……お前が自殺すれば保険金を降りる。そうするしか借金を返すことはできないって……」
「それはひどいです! 保険金が無くても借金を返す方法はあります!!」
「怒るところはそっちなのね」
来葉は苦笑する。
「ひどいことを吹き込む人もいたんですね!」
「原住民みたいな仮面をつけているのも気になるわね。自殺を促すのも妙だし、ひょっとしたらネガサイドの怪人かもしれないわね」
「きっと、そうに違いありません!」
来葉の推測にかなみは同意する。
「ネガサイド? かいじん?」
何を言っているのかわからず、首を傾げる。
「明恵さん、その二人から何かもらっていない?」
来葉が訊く。
「そう言われれば……こんなものをもらいました……」
明恵はポケットから名刺を取り出す。
「来葉さん、これ!」
かなみはこの名刺に見覚えがあった。
以前、似たような物をスーシーから渡されたことがあった。
「ええ、ネガサイドの名刺ね」
「名刺って何も書いてなくて……あ!?」
明恵が持っていたネガサイドの名刺と呼んだそれは、白紙から文字が浮かび上がってくる。
『ネガサイド怪人・借金取り立て専門家マスクローン』
そんな文字であった。
「な、なんなの、これ?」
目の前で起きた魔法は、明恵には理解しがたいものなので戸惑う。
「これは特殊なインクで、あなたの負の感情に反応して浮かび上がるようになってるのよ」
「そ、そんなの、あるわけが……」
魔法の存在を知らない明恵にとって、来葉の説明を受けてもこの名刺で起きたことについては信じられない様子だった。
「現実にあるのよ。問題はその送り主が何を思ってあなたに渡したか、よ」
「………………」
「決して良い意味じゃないでしょうね」
来葉がそう言うと、明恵は青ざめる。
「この人、私に何をさせるつもりなんでしょう?」
明恵は不安げに訊く。
「――愉快犯ね」
「え?」
来葉の返答に、明恵は唖然とする。
「借金で戸惑うあなたを見て愉しむ。追い詰められて自殺するもよし、この名刺の書いてあるところへ行くもよし、とにかくあなたが悩み苦しむ様を見て愉しんでいたんだと思うわこの男は」
「そ、そんな……そんなことのために……」
明恵は、怒っていいのか悲しんでいいのか、わけがわからなくなって涙をポタポタと流し始める。
「ひどい、ひどいです……! なんで、そんなことを……!?」
「それが奴等のやり方だからよ」
来葉はそう言って、明恵から名刺を取り上げる。
「あ……!」
「あとは私達に任せて。話をつけてくるから」
そう言って、来葉を部屋を出て行き、かなみはついていく。
名刺には住所も書かれていて、来葉とかなみはそこに向かった。
そこは築五十年かと思うぐらいのオンボロビルだった。名刺に書かれているのは三階の端っこの部屋だった。
「どうするんですか?」
かなみは訊く。
この部屋の奥に借金取りが二人いると思うと緊張で身体が強張る。来葉ならそんな緊張を和らげてくれる返事をくれると思った。
「こうするのよ」
来葉は返事をするやいなや、いきなり部屋に押し入る。
「え!?」
かなみは面を食らった。けど、慌てて追った。
「わあ、な、なんだお前!?」
中にいたのは、二人の男。
明恵が言っていた怖い人は想像通り、見た目がごつくて強面でいかにも怖い。もう一人も確かに変わった人だった。
原住民のような仮面をつけててなんだか話の通じない雰囲気で怖い人とは別の意味で怖い。
来葉が入ってきて声を上げたのは怖い人の方だった。
「あなた達が取り立てている借金について話があってきました」
それに対して、来葉は臆するどころかグイグイと攻め立てるように話を切り出す。
「借金? あんたから借金を取り立てた憶えはねえが?」
怖い人は顎の髭をさすりながら答える。
「ええ、私じゃなくて中原明恵さんという人よ」
「中原明恵? はて、誰だったか……」
「――自殺寸前の女だ」
変わった人が答える。くぐもった不気味な感じがする声色だ。
「そうよ、あなた達が無茶な利息をつけて自殺するところまでいった女性のことよ」
来葉は怒気のこもった口調で言い迫る。
普段は優しげで落ち着き払った来葉なだけに、怒ると怖い、とかなみは思った。
「だったら、どうした!? お前が払ってくれるのか!?」
そうじゃないわ、と言いたげに眼鏡を立てなおして答える。
「私が要求するのは法外な利息の解除よ。それとそこの仮面の人に用があるのよ」
「俺様か」
「マスクローン様に用だと? フン、身の程知らずだな」
怖い人は鼻で笑う。
その物言いから、怖い人より変わった人の方が立場が上のようだ。
「俺に何の用だ?」
変わった人は来葉へ問いかける。
その仮面と正面から相対すると、夢に出てくるかもしれない不気味さがある。こんなのが耳打ちしてきたら寒気が走って、ついつい言うことを聞いてしまいそうになる。仮面はそういう心理効果を狙っての物かもしれない。
「わかっているはずよ。あなた、ネガサイドの怪人でしょ」
「な!? なぜ、わかったんだ!?」
変わった人は大いに狼狽する。
「むしろ、なんでわからないと思ったのよ?」
かなみは疑問を口にする。
仮面をつけた怪しげな風貌に、名刺にまで「ネガサイドの怪人」と書いてある。これなら一般人でも、彼がネガサイドの怪人だとわかってしまう。それで本人としては隠せているつもりだったのだろうか。それはそれで変わった人だといえる。
「アニキ、ネガサイドの怪人ってなんのことスか?」
怖い人が訊く。
ごまかした感じは無い。本当に何も知らないようだ。
「……あなたは何も知らないのね」
来葉は言う。
「なに!?」
「そうだ」
くってかかる怖い人に対して変わった人は肯定する。
「この男は単純で与しやすかった。仕事をする上で都合がいい部下だった」
「仕事って借金の取り立て?」
かなみは睨みつける。
「いいや、負の感情の回収だ」
「アニキ、なんですかそれは!?」
怖い人は変わった人に訊く。
「お前は黙ってろ」
「は、はい!」
怖い人は委縮する。
(全然、怖くない……)
その様子を見て、かなみはそう思った。
「借金で追い詰められた人の感情ね。文字通りそれを食い物にする怪人があなたね」
「ああ、そうだ。俺はあれを食べるために生きているようなものだ。借金取りはおあつらえ向きの仕事なんだ」
変わった人の身体は徐々に大きくなっていき、天井に届きそうなほどの大きさになる。
「ひ、ひいいいい、ば、化け物!?」
怖い人は腰を抜かして、その場にへたれ込む。
「借金をした人間から漏れ出る負の感情を食っているうちにこれだけの力を蓄えることが出来た!」
変わった人ことマスクローンは自慢げに語る。
「魔法少女が来たところで、返り討ちにしてやるわ!!」
「果たして、それはどうかしらね」
来葉は全く動じなかった。
「かなみちゃん、いくわよ」
「はい!」
かなみは威勢よく応じる。
「「マジカルワークス!!」」
瞬く間に、黒と黄色の魔法少女が姿を現わす。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「未来へ導く光の御使い魔法少女クルハ招来!」
カナミとクルハが揃って名乗り口上を上げる。
「貴様ら、魔法少女だったのか!?」
マスクローンは驚愕する。
「魔法少女だからその名刺でここまで辿り着くことができたのよ」
「なるほど、そういうことだったのか。だったら、この場で魔法少女を倒してやる!!」
マスクローンはそう意気込んで突撃してくる。
ザシュ! ザシュ!
しかし、クルハが生成した銀のクギ二本がマスクローンの両手に突き刺さる。
「あぎゃああああああ!?」
マスクローンは悲鳴を上げ、手に刺さったクギによって宙に固定される。
「く、う、動けねえ!!」
マスクローンは動いてクギを外そうとする。しかし、いかに剛腕を振るってもクギは外れない。
「見掛け倒しみたいね」
クルハは眼鏡をクイッと立てて言う。
「仕込みステッキ『ピンゾロの半』!!」
カナミがステッキから刃を引き抜いて、一太刀を入れる。
「があああああああッ!?」
身体を斬られたマスクローンは悲鳴を上げる。
「クルハさんの言う通り、本当に見掛け倒しね」
「ま、魔法少女がこれほどの力を持っていたなんて! 負の感情が食い足りなかったか、あいつらをもっと絶望の淵に追い込んでおけば!」
マスクローンは歯を食い縛って負け惜しみを叫ぶ。
「――なんですって?」
それがカナミの神経を逆撫でした。
「借金で絶望の淵に落とすことが、どれだけ非道の事かわかって言ってるの!?」
「な、なんでお前が怒っている!? 怒りの感情は負であり正でもある。というか、お前の怒りは食いきれねえええええッ!!」
「そりゃそうよ! 不当な借金を取り立てられた理不尽の怒りはあんたなんかに食べきれる量じゃないわ!!」
「ひいいいいいい!?」
カナミの剣幕にマスクローンは怯えて逃げ出そうとする。
しかし、クルハのクギで両手が固定されているせいで、一歩も動くことができない。
「神殺砲!」
カナミはステッキを大砲へ変化させる。クルハのクギで逃げることはおろか動くこともできないのでゆっくり魔力を充填させることができた。
「ボーナスキャノン!!」
そして、発射する。
そこに一切の情け容赦はない。
バァァァァァァン!!
的が動いていないから、当然とはいえ見事命中した。
「ぎゃああああああああッ!!」
マスクローンは断末魔を上げて、砲弾に飲まれて爆散した。
「借金に取り立てられた人の気持ち、思い知ったか!」
「あ、でももう一人思い知らせないといけない人がいるわね」
クルハはそう言って、そのもう一人がいる方を向く。
「ひ、ひいいいい!?」
すっかり、隅っこでうずくまっている怖い人であった。というか、今の戦いを見てすっかり怯えきっていて全然怖くない。むしろ、カナミやクルハを怖がっている。
「あなたに話したいことがあるのだけど」
「は、はいぃぃぃ、な、なんでしょぉう!?」
怖い人の声が裏返っている。
「あなた、あの怪人と組んで色んな人の借金の取り立てをしていたでしょ?」
「は、はいはいはい! あのアニキ、いえ怪人と一緒に、借金を取り立ててました!!」
「でも、まともに取り立てられたことはないでしょ?」
「は、はい!! 金額が大きすぎて、誰も払えませんでした!!」
「――大きいのは、金額じゃなくて利息でしょ」
クルハはジト目で追い詰めるような物言いで怖い人を問い詰める。
「は、はい?」
「不当な利息で追い詰めていた自覚あるわよね。――無いとは言わせないわ」
「は、はひひひ!? ありません、ありません!!」
怖い人は気圧されて震える声で答える。
「だったら、私が言いたいこともわかるわよね?」
「え、ええ、そ、その、なんでしょう?」
怖い人は恐る恐る問い直す。
ザス!!
怖い人の顔の真横に銀のクギが突き刺さる。
「ひい!?」
怖い人は小さく悲鳴を上げる。
もはや恐怖で気が動転しきっていて失神寸前であった。
もう怖い人ではなく可哀想な人といった方がいいかもしれないと、後ろで見ていたカナミは思った。というか、クルハが怖すぎる。
「次にとぼけたら、どうなるかわかるでしょ?」
クルハは再度問いかける。まるで最後通告のように。
「は、はい! 借金はゼロにします! ですからお命だけは!?」
怖い人は必死に懇願する。
「ゼロにして欲しいのは利息よ。借りたお金を返すぐらいの責任は返済者にだってあるわ」
「お、おお、仰せのままに!!」
怖い人は女王にかしずく罪人のように畏敬の念を払って答える。
「……クルハさん、怖いです」
クルハと怖い人のやり取りの一部始終を見ていたカナミは思わずそう口にした。
借金の取り立て人に対する怒りも冷え切ってしまうほどだった。
今回の一件で、クルハが優しく落ち着き払った大人の女性ではなく、冷徹な怖さを持った人だと改めて思い知った。
「本当に、本当なんですか!?」
利息がゼロになったと知らされた明恵は、驚きのあまりもう一度確認する。
「取り立て人と話をつけて、利息をゼロにしてもらったわ」
来葉はもう一度言う。
「………………」
明恵はその場でへたれ込む。
「百万ならなんとか返せますよ!」
かなみは力強く言う。
「え、ええ……そうね……」
明恵は力無く答える。
「子供だからそんなこと言えるのよ、ってそういう顔してるわね」
納得がいっていないような明恵に来葉が言う。
「この子は八億円以上の借金があるのよ」
「は、八億!?」
明恵は驚愕する。
確かに急に聞かされて信じられないのも無理はない。
こんなにも華奢でか弱くて幼いように見える女の子が、社会人の自分の何十倍どころか何百倍もの借金を背負っているなんて。
「う、嘘でしょ……! そんな、借金を、こんな子が……・!?」
「本当です」
かなみは毅然として言う。
「今は母と一緒にその借金を返しています」
「お母さんと……でも、それでも多すぎるわ……」
「はい。でも必ず返すつもりです!」
「………………」
かなみの言葉に嘘や冗談を感じない。
本気だと明恵は感じ取っていた。
「……私も、頑張ります。百万ぐらい返します」
そう言ってくれた。
「これで一件落着ですね!」
帰りの車中でかなみは陽気に言う。
「ええ、今回はありがとうね。助かったわ」
「いえいえ、来葉さんが未来を視たから防げたんですよ。私にはそういう魔法はできませんから」
「そうね、この魔法はちょっと特別なのよ」
来葉は自分の目を指差して言う。
「この目は色々な未来を視てしまうのよ。望もうと望むまいと」
「来葉さん、辛そうですけど……」
かなみには来葉が視る未来について想像がつかない。
嫌な未来だって数えきれないだって見たとは思うけど、きっと想像を絶するものに違いない。
「ありがとう、かなみちゃん」
「いえ、私こそ。ありがとうございます」
今回の件も。他に、未来を視て自分のために苦労してくれたことも。
かなみには「ありがとう」とお礼を言うことしかできなかった。
「何かお礼をしたいわね」
「え、お礼ですか? そんなのいいですよ」
「そういうわけにもいかないわよ。何がいいか言ってみて」
「何かって……」
かなみは考えてみる。
来葉に何かお願いするのはどうにも遠慮が入ってしまって何がいいかすぐに思いつかなかった。
「うーん、うーん」
悩んだかなみは今回の出来事を振り返って見る。
「あ、そうだ!」
「何か思いついた?」
「来葉さん、今度一緒に写真を撮りませんか?」
「え……?」
「だって私、来葉さんと一緒に写真をとった覚えがありませんから」
「言われてみれば確かにそうね」
何しろ来葉はいつも撮る側だから写真を撮られたことがないのは当たり前だった。
「でも、そんなことでいいの?」
来葉からしてみればこっちからお願いしてもいいかなみからのお願いだった。
「はい!」
「……それじゃ、そうしましょう。いつかと言わず今からね」
「え、いいんですか?」
「ええ、いいわよ」
来葉は笑顔で答える。
そこには暗い未来を視てしまったことによる陰りは一切無かった。
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