第81話 狩猟! 野山を駆ける獣は少女と遭遇する (Aパート)

 基本的にかなみはお金をそんなに持っていない。

 株式会社魔法少女は給料の払いはいい。怪人退治のボーナスとは別に、通常業務による(保険や福利厚生を覗いた)基本給ももらえる。普通の女子中学生とは比べ物にならないぐらいの収入がある。

 にも関わらずお金をそんなに持てないのは、莫大な借金がある。

 給料の八割がそちらの返済にあてられて、残りの二割でアパートの家賃と生活費に消える。

 今日はその月給の受け取り日になる。

「ご苦労様」

 鯖戸から手渡しであった。

「……ありがとう」

 一応礼を言って、かなみは受け取って即座に中身を確認する。

 一万円札が一枚、千円札がちょろちょろ……

 家賃はもう支払い済み。貯金は当然のことながら出来ていない。

 つまり、これだけで一ヵ月なんとかしなければならない。

 母と二人で……

(母さんに渡したら、無駄遣いするに決まってるから私がなんとかしないと……!)

 断固たる決意で握りしめる。

 とはいっても、給料日前のオケラ状態から一転して大金を手にした状態になってしまった。

「あ、かなみさん、お給料日だったの」

 翠華の方は何故か銀行振り込みになっている。

 この違いは何なのだろうか、と、鯖戸に問い詰めたら「雰囲気」だそうだ。

「はい。これでなんとか一ヵ月生き抜けます」

「そ、そう……私も給料日だから何かおごろうかしら」

「お、おごり……」

 それはとてつもない誘惑であった。

「だ、だだだ、大丈夫です! 翠華さんに悪いですから!」

「そう……」

 翠華は残念そうに言う。

 なんていうかすごく遠慮されている。と、翠華は思う。

「みあちゃんも給料日?」

「安月給だけど」

「金額、同じはずなんだけど……」

 翠華は苦笑する。

「あんたにはおごらないから」

「私、まだ何も言ってないんだけど」

「あんたがいうことなんてワンパターンでしょ」

「そんなことないわよ、今日は」

「みあちゃんの部屋で晩ごはん、食べさせてよ」

 かなみの声色を真似して先読みする。

「そう、そのとおり!」

「だからワンパターンなのよ」

 みあは呆れる。

「さすが、みあちゃん! 私のこと、わかってる! それで、今夜は!」

「今夜はダメよ、コックが休みだから」

「え~!」

 そんな二人のやり取りを、翠華は羨まし気に見つめていた。

(私もあんな風にかなみさんと会話できたらなぁ……みあちゃんみたいに遠慮ない話し方を見習ったらいいのかしらね?)

 頭の中でシミュレーションしてみてはダメだと首を振る。




 かなみは基本的にお金をそんなに持っていない。

 しかし、給料日という今日この日は別だ。帰り道は大金を手にした高揚感と無事にこれを家に持ち帰ろうとする使命感があってやや小走り気味になっていた。

「……今日は、お金がある」

 給料袋をしっかり入れたカバンを見つめる。

「誘惑が多いから気を付けてね」

 マニィが忠告する。

「誘惑なんてそんなの……」

 かなみは周囲を見回す。

 仕事が終わって、夜中の十二時過ぎ。飲み屋ですら店仕舞いをしているところもチラホラ。第一、かなみは未成年なので飲めない。下手をすると入店拒否されてしまう。

 従って、一般のサラリーマンのように勤務後に飲みに行くなんてことはできない。

 かといって、一般の女子中学生のようにカフェでお茶をしたり、アクセを買ったりしようにも時間的には店仕舞いする。

「ごめん、なかった」

 マニィまで訂正する始末だった。

「……とはいっても」

 帰り道にあるコンビニ、ここは二十四時間営業でいつでも空いている。

 ここばかりは誘惑が確かに存在する。

 晩御飯である冷凍食品やカップ麺、お惣菜、おやつであるお菓子まで完備してある。

 できれば目一杯買ってお腹を満たしたい。そんな誘惑が多い。

(でも、そんなことしたら、このお給料が一瞬で消し飛んじゃう!? だから、我慢! 我慢なのよおおおおッ!!)

 心の中で精一杯叫んで、自制する。

「二百円です」

 今の晩御飯であるカップ麺とお茶を買ってコンビニを出る。

「それは最近のお気に入り?」

「まあね」

「隣にもう十円安いのがあったのに」

「おいしい方がいいのよ。それに今日は給料日だし」

「まあ、そうだね」

「あれ、小言は言わないの? そういう積み重ねで給料前に苦しむことになるんだ、とか」

「わかってるなら言わないよ」

「肝には命じてるから」

 かなみはそう言いながら、アパートの階段を上がる。

 明日まで涼美は帰ってこないというのだから、カップ麺を食べてシャワーを浴びて寝る。そのつもりだった。

「あ、かなみ様、おかえりですか!?」

 沙鳴が出てきた。

「沙鳴……ただいま。どうかしたの?」

「いえ、それがお預かりしている物がありまして」

「お預かり?」

「ささ、こっちに」

 沙鳴に誘われるまま、部屋に入る。

 沙鳴の部屋は、かなみの隣なので構造はまったく同じだ。その割にはごみで散らかっているように感じる。ちゃんとゴミ出ししていないのだろうか。

「こ、これは……!」

 それは、少々大きいダンボールだった。

「これって通販? 私、何も注文していないんだけど!?」

「ええ、そうなんですか? でも、かなみ様宛てだって」

「ん~、私宛て?」

 あて先を確認してみる。

 『結城涼美様』と書いてある。

「これ、母さんよ!」

「ええ!? かなみ様のお母様の持ち物!?」

「そんなに大げさに驚かなくても」

「何言ってるんですか!? お母様のブツにもしものことがあったら、海に沈められるかもしれないんですよ!!」

「そ、それはないと思うんだけど……」

 以前、沙鳴はかなみの仕事に巻き込まれて黒服の男達と一悶着したことがあって、その時に涼美と沙鳴は会った。そのせいで沙鳴は涼美が黒服の男と一緒に仕事している、といった誤解をしてしまったのだ。

「かなみ様がそうならないように口添えしてくれるんですね!?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「かなみ様、どうか私を見捨てないでください!」

「見捨てないわよ!」

「うぅ、ありがとうございます!」

 なんで、こんなことになったのか。

 自分としては大した事はしていないはずなのに。なんだか沙鳴に恩を売っているような形になっている。

「それで、これは一体なんなのかしら……?」

 かなみは包装を解いてみる。

『グリル、フライ、BBQなんでも調理できる万能ホットプレート』

 そんなキャッチフレーズが書かれたホットプレートの箱だった。

「ホット、プレート……?」

「便利そうですね!」

 かなみもたまにテレビのコマーシャルで見かけるような代物だった。

 正直ちょっと欲しいと思っていた。

 しかし、それはホットプレートで調理された料理の数々がおいしそうだったからであった。かなみにはこれを扱うだけの食材を買いそろえることができないから、と購入を諦めていた。

「べ、便利そうだけど……これ、高いのよ」

 何より高い。配送料とかも考えたくない。

「何考えてんのよ、母さん……」

 ぼやきの一つでも言いたかった。

「あ、で、で、でも、これでおいしい食べ物とか食べましょうよ! ほら、焼肉とかバーベキューとか!!」

「その焼肉やバーベキュー買うお金がこのホットプレートに消えたのよ」

「あ……」

 火に油を注いでしまったと沙鳴は思った。

「ま、まあ、とりあえず夜食にしましょう! お湯は沸かしてありますよ」

「え、そうなの!?」

 かなみの顔はパッと明るくなる。

「かなみ様、カップ麺を出してください」

「うん!」

 かなみはカップ麺を沙鳴に渡す。

「それでは!」

 沙鳴はコンロで沸かしていたやかんをとる。

「ふたをとって、お湯を淹れて、三分待ちましょう!」

 そして、あっという間に三分経つ。

「「いただきます!」」

 二人揃って行儀よく合掌してから食べる。

 なんだかんだで二人で食べる食事は一人の時よりも楽しい。

「かなみ様、私の方も一口どうですか?」

「いただきます!」

 遠慮なく沙鳴から一口食べる。

「沙鳴も私のを一口食べる?」

「ありがたく頂戴します!」

 沙鳴は丁寧に一礼して、一口食べる。

 こうして年上の沙鳴に恭しく接してもらうのはなんだかこそばゆい想いがあるけど、不思議なものでだんだん慣れてしまった。正直、悪い気もしない。

 でも、母に対しては調子に乗って悪ノリするからやめてほしいな、と思うかなみであった。

 それから、カップ麺を食べて「ごちそうさま」をして、かなみは自分の部屋に戻った。

 シャワーを浴びて、寝間着に着替えてテーブルに給料袋を置く。

 これをどうするか。

「ふわああああああ」

 あくびが出た。もう時間は深夜一時。

 昼間は学校、夕方から夜は魔法少女の仕事。疲れとシャワーで一気に眠気が押し寄せてくる。

「考えるのは明日……」

 電気を消して、朝起きてからそのままの形を保っている布団にダイビングする。

 ノータイムで爆睡する。




ピーピピピピ!!


 目覚ましのアラームが鳴り出す。

「も、もう五分……」

 定番の言い訳などアラームは聞く耳を持たない。

「早く起きないと遅刻するよ」

「ち、こく……? 遅刻!」

 その言葉に反応して、布団から飛び起きる。こうして布団は昨晩かなみがダイビングする前と同じ状態になった。

「なんでいつもギリギリなの!?」

「ギリギリまで寝てるからでしょ」

「思いっきり寝ていたい!!」

「その願望はお休みまでお預けだね」

 ここでいうお休みというのは、学校も仕事もない日のことを指す。

 そういえば、次のお休みはいつだったか。起きたばかりで頭が働いていない。

 習慣で、顔を洗って制服に袖を通す。

 本能で、冷蔵庫から余っていた食パンを取り出す。

「あ~ジャムがほしい~」

 母が買っておいたのだけど、ちょうどきらしていた。

 一度ジャムパンの味を知ってしまうと、どうしてもただの食パンは味気ない。

「贅沢は敵だよ」

「わ、わかってるわよ」

 帰りに買っておこうかと思ったところを、マニィが釘をさす。

 今はまだ五対満足に給料が残っているから買える。しかし、今からこんな使っていたらまた給料前が苦しくなる。

「ちゃんと、計画的に、使わないと」

 そう言いながら、給料袋を制服のポケットに入れる。

 テーブルに置いたままだと、母に何に使われるかわかったものじゃないから。

「行ってきます」

 パンを食べ終えて、準備が整うと部屋を出る。

「行ってきます」

 いつもの習慣で言った後に、部屋にはもう誰もいないことに気づく。




 その日の授業は不思議と眠気がやってこなかった。

 給料袋という大金を手にしている緊張感のせいかもしれない。

 とりあえず昼食を食べる。

 今月の分は先月に支払い済みなので、ここでの出費は無い。

 来月の分のことを考えると、お腹が苦しくなるから考えないようにする。


キーンコーンカーンコーン


 あっという間に授業が終わる。

 学校では誘惑がないものだから、心穏やかに過ごせた。

 いつも通りならここで学校を出て、オフィスに向かう。そのまま十二時まで仕事することになっている。

 お金を使ってしまうようなことはない。だから、大丈夫。

「かなみ、もう帰っちゃうの?」

 そんな中で理英が声をかけてくる。

「ええ、このあと用事があって」

「用事ね。貴子と部活じゃないのね」

「なんで、私が貴子と?」

 貴子はよく部活の助っ人をしている。運動能力が抜群に高く、何の球技をやっていてもそつなくこなせてしまう。

「私と貴子が、なんで?」

「ほら、前にソフト部の助っ人してたじゃない」

「あれはあの時だけの特別よ」

 以前、貴子にせがまれてソフトボール部に助っ人として入って試合に出場したことがあった。あの時は何故かエースで四番に抜擢されたのだけど。

「でも、ソフトやってみるのもいいかも……」

 借金がなければ、と心の中で付け加える。

「かなみがソフトやるって!」

 貴子が飛びついてくる。

「わ!? どこで聞き耳たててたのよ!?」

「いや、かなみがソフトをやるって言うから」

「理由になってないんだけど……」

 しかし、貴子らしいと、かなみは納得する。

「んで、かなみ、ソフトやるならグローブとバットとボールと、あとグローブが必要だな」

「グローブが二回でてるんだけど!」

「右と左で必要だろ」

「私、右利きなんだけど!」

「かなみだったら、大丈夫だ!」

「だから、理由になってないから……」

 かなみは呆れる。

「でも、グローブとかバットとかどれくらいするの?」

「うーん、一万ぐらいかな」

「……え?」

 かなみは凍りつく。

「そ、そそそ、そんなに高いの!?」

「かなみ、貴子のことだからテキトーに言ってるんじゃないの?」

 理英が言う。

「いえ、貴子はわりとこういうときはテキトーに言わないわよ」

「かなみ、私はテキトーなこといわないぞ」

 本人は本気のつもりのようだ。それだけに質が悪いかもしれない。

「でも、ソフトの道具ってお金がかかるのね……」

 道具を揃えて本格的にやろうとなると、給料袋が吹き飛んでしまうだろう。

「や、やっぱり……ソフトはやめておくわ」

「道具だったら、ソフト部から借りればいいじゃないか」

 貴子は言う。確かにもっともな提案に思えた。

「でも……」

 借り物でやるのも気が引ける。というのも、かなみの意見だった。

 何しろ、お金を借りる借金持ちの身の上で道具を借りるのは、借金の上塗りをしているような気がしてならない。

「じゃあ、私は用があるから」

 かなみはさっさと学校を出る。




 結局、いつものようにオフィスに出社する。

 しかし、ここまでくるのに人知れず苦労はあった。何しろ、オフィスに辿り着くまでにコンビニがあるのだ。そこで、おかしを買うぐらいだったらいいだろうという悪魔の囁きがあった。

(節約! でも、おかしぐらい!)

 などとという二つの激しいせめぎあいが人知れず行われていた。人に知られたら困る。

 結局、節約の方が勝って、何も買わずオフィスへやってきた。

「みあちゃんがおかしくれないかしら?」

 都合の良い期待をしている。

「そう言うと思ったわ」

 みあには当然のごとく見透かされていた。

 ポンと何かをデスクに箱を置かれる。

「なにこれ?」

「いつものやつ」

 この魔法少女という会社、表向きはみあの父親が経営する会社、おもちゃの大会社アガルタ玩具の下請けをしている。そのため、サンプルがたまに送られてくる。

 それをみあが見て、所感を書く。ということになっているのだけど、詳しいことはかなみも知らない。

 そんなわけで送られてきたのがこの箱なんだけど。


『デラックス・ミニチュア駄菓子屋さんごっこセット』


 かなみはもう一度箱を見る。


『三十種類のおかしを並べて、自分だけの駄菓子屋さんを作ろう!』


「これでおかし並べたら、食べた気になるんじゃない?」

「そんなわけないでしょ!」

 そう言いつつも、ミニチュアで手でつまむサイズになったおかしのパッケージをたなに陳列する。並べるだけでそれっぽい雰囲気になってくる。

 かなみはとりあえず、おかしを並べ、店を組み立ててみた。

「かなみ、これ売れると思う?」

 完成した駄菓子屋を見て、みあは訊く。

「おかしが? おもちゃが?」

「……両方」

 みあは不機嫌顔で、しかしはっきりと言う。

「よくできてると思うんだけど……」

「おかしが? おもちゃが?」

 かなみのぼやきに対して、みあのかなみの疑問をそっくりそのまま返す。

「……りょーほう」

 かなみは微妙な顔をして答える。

「それじゃ、かなみの所感も書いておくわね」

 意地の悪い笑顔で言ってくる。

「さ、査定にひびかない感じでお願い」

「かなみ君、魔法少女の仕事だよ」

 鯖戸から呼び出される。

「はいはい、高いボーナスの案件?」

「五万が高いかどうかは君次第だと思うけど」

「……安い」

 かなみはあっさりと返す。

「それだったら、これは紫織君に任せようか」

「紫織ちゃんが?」

 鯖戸は紫織を呼び出す。

「私一人でやれることでしたら」

「ただちょっと遠いかな」

「……遠い」

 紫織は不安げに言う。

「誰か一人ついてきてもらった方がいいんじゃないかな?」

「あたしは忙しいから無理よ」

 みあが呼ばれる前に答える。

「かなみ、あんたが行ったら」

「私、この案件断ったんだけど」

「まあ、二人でやっても問題ないよ」

 鯖戸の発言でジト目になるかなみ。

「報酬の五万は二人で分配してくれ」

「え、私は受けると決めたわけじゃ!」

「かなみさん、よろしくお願いします。かなみさんと一緒なら安心です」

 紫織はすがるようにかなみへ言う。

「あ、あうう……」

 そう言われると弱い。

「ボーナスは全部かなみさんに差し上げるので」

「そ、そういうわけにはいかないわよ! 仕事なんだから、せめて半分こで!」

「それでは、一緒に来てくれるんですね!」

「あ……」

 そこまで言われては、断るわけにはいかない。

「わかったわ、一緒に行きましょう紫織ちゃん」




 というわけで、電車とバスを乗り継いで山奥の田舎の村に向かっていた。

 前回もこんな感じだったのでは、という話は無しの方向で、とマニィは言っていたけど何のことかわからなかったし、訊いたらアリィに説明を頼もうかと言い出して長くなるので遠慮してもらった。

「バットって高いのよね……」

 ふと、かなみはぼやいた。

「私、お給料で買いました」

「え、そうなの……?」

「魔法でイメージしやすいように普段扱い慣れていた方がいいって、みあさんが言ってまして」

「あはは、みあちゃんらしい……そういえば、みあちゃんの部屋にもヨーヨーとかあったわね」

「みあちゃんらしい」

 実際にみあがヨーヨーを使うところは見たことが無い。

 見てみたい。今度お願いして見せてもらおうかと考えた。

「それで、バットはいくらくらいした?」

「よくわからなかったので、みあさんに選んでもらいました。三万しました」

「……さ、ささ、三万!?」

「どうせならいいものを、みあさんが。なんでもプロモデルというもので」

「い、いいもの……」

 それはかなみには到底縁のない話に思えた。

「私じゃ、三万も出せないわね」

「かなみさんもバットを?」

「私はソフトボールなんだけどね」

「この前のソフトボール部の試合ですか?」

 紫織はかなみの試合を観戦していた。そのことを訊く。

「そうなの。それでソフトやってみようかと思って」

「それはいいですね。かなみさん、ソフトボールをやってるのがとてもよく似合ってます」

「そ、そうかしら……」

「最終回の逆転サヨナラ満塁ホームランは感動しました」

 かなみははっきりと言われて照れる。

「あれは、ランニングホームランなんだけど」

「ホームランであることにかわりありません」

「あ、ありがとう、紫織ちゃん……

でも、ソフトボール部には入れないわね、魔法少女やっていかなくちゃならないから」

「そうですか。残念です、かなみさんのソフト、見本にしたかったんですが……」

 紫織の残念そうな顔を見て、かなみも気の毒なことを言ってしまったと思うようになる。

「ごめんね……」

「あ、いえ、かなみさんが謝ることじゃなくて、私が勝手に期待していただけですから」

「ううん、期待に応えられなくてごめんね」

「………………」

 バスは目的地に着く。




 そこはものの見事に山々に囲まれ、畑と田んぼと木造の家しかない。典型的な日本の田舎の村と差し支えない場所だった。

「依頼人はこっちの畑の所有者だよ」

 マニィが案内してくれる。

 とはいっても、かなみ達の目にはどこからが誰々の土地の境目なのかどころか、畑と田んぼかどうかさえも区別がつかない。

「この土地っていくらするのかしらね?」

「私は全然知りません」

「私も」

 かなみは微笑んで答える。

 目的の畑に向かう途中で、駄菓子屋が見える。

 かなみはさっき自分で組み立てた駄菓子屋のミニチュアを思い出す。

 年季の入った木造の家屋。何故か懐かしさと親しみやすさを感じる駄菓子の数々。奥に何があるのか確かめてみたい好奇心をそそられる薄暗さ。それぞれが絶妙の雰囲気を放っている。

 完全とまではいかないまでも、あのミニチュアはよく再現されているように思える。開発者のこだわりだろうか。

「うーん……」

 かなみはその無規則に並べられた駄菓子を眺める。

 今度、こんな感じにミニチュアを並べてみようかな。そんなことを考えていた。

 それに、この駄菓子達が買って欲しそうにこちらを見ているような気がしてならない。

「やすい、おいしそう……」

 十円、二十円を始め、五十や百円のお手頃価格の駄菓子達。これだったら財布に優しい。

「かなみさん、おさえてください」

「紫織ちゃん?」

「私達は駄菓子を買いに来たんじゃないですよ」

 紫織は遠慮がちに、しかし優しくたしなめるように言う。

「そうね」

 かなみは未練を断ち切って先を行く。

「……あの、ところでかなみさん?」

「どうかしたの?」

「さっきの店、本当にやっていたんでしょうか?」

「……え」

 そういえば、誰もいなかったような。

「たまたま留守なんじゃないの? ここじゃ盗るような人がいないから」

「い、いいえ、なんだか奥に人の気配があったような」

「そ、そうだったかしら……?」

 かなみはそこまで店の奥を見ていなかった。

 人の気配なんてあっただろうか。

「も、もしかして……お」

「紫織ちゃん! それ以上言わないで!! ささ、いきましょいきましょ!」

 かなみは紫織の手を引っ張る。

 そんなはずはないと思うのだけど、確かめる勇気は無かった。




 そして目的地の畑についた。

 見た感じ、キャベツやニンジン、芋、大根といろいろある。しかし、荒れていた。

「すっごい散らかっている。」

 キャベツなんかぐちゃぐちゃになっているし、芋は掘り出されている。

 畑荒らしでも現れたのだろうか。

「これはパターンね」

「パターン?」

 紫織は首を傾げる。

「畑を荒らす怪人がいて、その怪人を倒す。そのパターンよ」

「そういうパターンなんですね」

「かなみも大分察しよくなってるね」

 マニィが言う。

「マニィ、あんた急に出て!」

「構やしないよ」

「ひゃ!?」

 突然、背後から声がする。

 いつの間にか、誰か後ろに立っていた。

「おばあさん?」

「久しぶりじゃな」

 そのおばあさんはマニィに向かって言う。まるで、昔ながらの友人に話しかけるようであった。

「お久しぶりです」

「久しぶりね」

 アリィまで顔出す。

「おや、あんたは初顔だね」

「ちょっと、ボケたんじゃないの」

「いや、君は最近紫織と組むようになって外に出始めたばかりだから無理ないよ」

「まあ、私達は一応記憶とかも共有してるからね。初対面じゃないと錯覚するのも無理ないよ」

「そ、そうなの?」

 それはかなみも知らなかった。ただうっすらとそうなんじゃないかとは思っていたけど。

「その話はまた別の機会で」

「話が横道にそれると、年寄りはついていけんから助かる」

 おばあさんは人当たりのいい笑顔で言う。

「それで、おばあさんが依頼人なんですか?」

「そうじゃ。そちらの社長さんから元気の良い女の子が来るからよろしく頼むと言われておる」

「社長をご存知なんですか?」

「ちょっとした縁でな。困ったときは依頼している」

「それで、その困ったことって」

「ああ、この惨状じゃ」

 荒らされた畑を見回す。

「派手にやられたもんじゃろ」

「誰かに荒らされたんですか?」

 かなみが訊くと、おばあさんはおもむろに答える。

「イノシシじゃろうな」

「「イノシシ?」」

 かなみと紫織は声を揃えてその名を口にする。

「このあたりはよく出るんじゃよ」

「そ、そうなんですか……」

「それで、私達が呼ばれたんですか?」

「うむ。社長がお前さん達なら大丈夫じゃと言っておったぞ」

「「………………」」

 紫織は困ったようにかなみを見て、かなみは苦笑を返す。

 普通に考えたら、中学生と小学生の女子にイノシシ退治を任せるなんて非常識なことだ。

 ただ、この二人は魔法少女なのだ。イノシシよりも危険な怪人の退治を幾度となく経験している。イノシシ退治だって問題なくやれると思う。

 だけど、イノシシ退治だったら別に猟師に任せたらいいのではないか。

 魔法少女だったら、猟師では退治できない怪人を退治するのが本分なのではないか。

「あの……私達が本当にイノシシを退治するんですか?」

「誰がイノシシを退治せよと言った?」

「……え?」

 思いもよらない返答にかなみは面を食らう。

「目を凝らしてみんさい。この畑には魔力が満ちている」

 おばあさんに言われて、かなみと紫織は畑を見つめてみる。

「……本当です」

 紫織が呟いたように、畑には目を凝らしてみないとわからないぐらいだけど、確かに魔力はたちこもっていた。

「この魔力って……?」

「この畑を食い散らかした奴の食いカスみたいなものじゃ」

 おばあさんはため息交じりに言う。

「喰いカス? 奴ってなんですか?」

「さあ、そのあたりはあんた達の方が詳しんじゃないかい?」

 そう言われて、かなみ達も奴の正体を察することができた。

 ネガサイドの怪人。かなみ達が退治すべきものだ。

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