第78話 漂流!? 少女が見た世界は未知なる既知? (Dパート)

「あぁ……!」

 六本の腕は今にも千切れてしまいそうなほどボロボロだけど、他の身体の方はスーツが汚れたり、破けたりしているがまったくの無事であった。

「これほどの芸当が出来る魔法少女とやらは危険であるな。危険であるゆえに始末した方がいいかもしれない」

 心臓を握られたような恐怖。始末という言葉に現実感があまりにもともなっている。

 今の魔力を使い果たして自分達と腕はボロボロだけど残りはほぼ無傷のヘヴル。どちらが有利なのか火を見るより明らかだ。

「まったく、役立たず……」

 モモミは吐き捨てるように言って、銃を構える。

 あとは私がやる、と、カナミにはそうとも言っているように聞こえた。


バァン!


 警告するようにヘヴルのボロボロな腕へ銃弾を撃つ。


パシィ!


 しかし、ヘヴルはこの銃弾を掴み取る。

「君には興味はない」

 ヘヴルはそう言い、モモミは眉間に皺を寄せる。

「つれないわね……!」

 モモミはヘヴルの懐へ飛び込んでいく。


バァン! バァン! バァン!


 カナミの耳にはモモミの銃弾がやたらよく響いた。

「私も……ハァハァ、戦わないと……!」

 それは自分の背中を押しているように感じた。

 始末。確かにヘヴルはそう言った。

 今、倒れてしまったらヘヴルに始末されてしまう。

 戦わなければ、戦って勝たなければ……!

 こんなところで、こんな見知らぬ世界で倒れるわけにはいかない。

『カナミ!』

「リュミィ……?」

 今、リュミィの声がはっきりと聞こえた。

 カナミはここまでこの戦いでリュミィのチカラを使うことを考えていなかった。

 それはここまでリュミィにチカラを借りようとしていて、散々失敗していたから。ヘヴルのような強敵との戦いで、その失敗は許されないことだと思ったから。

『私のチカラ、使って!』

「でも、また失敗したら……」

『大丈夫!』

「………………」

 カナミは沈黙する。

 リュミィの「大丈夫!」には根拠が無かった。でも、リュミィが「大丈夫!」というからには上手くいく気がする。

 この状況を打開するには、リュミィの妖精のチカラを借りなければならない。

 負けるわけにはいかない。必ず勝って帰らなければならない。

 みんながいる世界に。

「リュミィ、チカラを貸して!」

『うん!』

 リュミィは光になって、カナミを包み込む。

「むむ! あれが妖精のチカラの顕現か!!」

 煌黄は刮目する。

「フェアリーフェザー!!」

 光り輝く妖精の羽を背中に生やした魔法少女カナミが姿を現わす。

「フン、豆鉄砲が!」

 ヘヴルはモモミの銃弾を難なく弾いていく

「くそ、化け物め!」

「人間でありながらここまで君も化け物と呼んで差し支えないと思うが……いや、君はただの人間ではないな!」

「――!」

 ヘヴルにそう言われて、モモミは即座に銃弾を撃ち込む。


バァン!


 銃声でその声をかき消すかのように。

「黙れ……!」

「いい気概だ。だが、私を傷つけるには力不足にも程がある」

「黙れぇぇぇッ!!」

 モモミは叫び、銃弾をひたすら撃ち込む。


バァン! バァン! バァン!


 百発以上にも及ぶ銃弾をヘヴルへ浴びせる。

 しかし、ヘヴルは六本のボロボロの腕を巧みに操り、銃弾を掴んだり、はたき落としたり、時には腕を前に出して防御して、とにかく決定打とならないようにかわしていっている。

 早い話がまったく通じていないのだ。

「くそ!」

 モモミは激昂するも、ヘヴルはその様子を見て冷静に言い放つ。

「中途半端な出来損ないと言ったところ、か」

「それ以上喋るな!」

「人間らしい反応をするように出来ているな。もっとも相方の方は人間のようだが」

「な!?」

 その憤慨は、「人間らしい反応」に対してなのか、かなみを指して相方と言われたことに対してなのか、わからない。

「人間であれだけのチカラを引き出せるものなのか」

 その一言には驚愕の色が混じっていた。

「……むかつくわね」

 モモミがそう言うと、後ろから妖精の羽を生やしたモモミが飛び去っていく。

「神殺砲!! ボーナスキャノン!!」

 魔力の充填が一気に短縮されて、一瞬のうちに撃ち放たれる。

「ぬう!」

 そのチカラにヘヴルは驚愕する。


バァァァァァァァン!!


 爆煙が巻き起こる。

 千切れかけていた腕を防御に回したことで、一本の腕が千切れた。

「ボーナスキャノン!!」

 さらに間髪入れず砲弾を撃ち出す。

 妖精のチカラ――フェアリーフェザー、使うのはこれで三度目になる。ようやく、掴めてきた気がする。

 このチカラは、大気中に空気と同じように存在する魔力の素を無理矢理吸い上げて、カナミの魔法へ変換する。それは魔法弾も神殺砲であっても同じだ。身体の外へ放出された魔法は魔力となって大気中に散っていいく。この羽はそういった使い切った魔力さえも再び集めて魔力となる。

 つまり、このチカラが使える限り無尽蔵の魔力を得たも同然なのであった。

「くうう……ボーナスキャノン!!」

 身体に痛みを感じつつも、砲弾を発射する。

 いくら無尽蔵の魔力を持っていても、身体は魔法の負担に無限に耐えられるわけがない。

「ボーナスキャノン!!」

 三度連発して砲弾を撃ち込む。

「く、くううう、よくも!!」

 三発目の砲弾が受けて、三本目の腕が千切れてしまう。


ズドン!!


 反撃に衝撃波を撃ち込んでくる。

 カナミは空中で急旋回して、かわす。


ガシィ!!


 しかし、ヘヴルはその隙に急接近してカナミの足を掴む。

 そのまま、地面へ投げつけられる。

「ウグゥッ!?」

 地面がえぐれ、全身の骨にヒビが入ったかと思うほどの痛みが走る。

「見たところ、そのチカラまだ扱い慣れていないようだな。付け入る隙はある!」

 ヘヴルはさらに追い打ちをかけようと、飛び込んでくる。

「こんのおおおおおおッ!!」

 カナミは大砲をヘヴルへ向ける。

「ボーナスキャノン!!」

 反撃に砲弾を撃ち込む。


バァァァァァァァン!!


 砲弾は見事に命中する。

 しかし、爆煙に混じってヘヴルの四本目の腕が飛び込んでくる。

 めくらましであった。そちらにきをとられた隙に、残った二本の腕が妖精の羽を捕らえる。

「あ!?」

「羽をもがれた妖精がどうなるか、知っているかな?」

 ヘヴルはそう言って、無理矢理妖精の羽を引きはがそうとする。

「ああああああああッ!!」

『くうううううううッ!!』

 リュミィの悲鳴が頭の内から響いてくる。自分と同じように痛みを感じいているのだ。

「リュミィの羽を!! もがさなぁぁぁぁい!!」

 カナミは激昂し、砲弾を背後へ打ち込む。

「ぐぼおおおッ!?」

 直撃したものの、それでもヘヴルは羽を離そうとしない。

「しつこい!!」

「君もしぶといな!!」

 それならもう一発、と、砲身を背後のヘヴルへ向ける。

「お主の最大魔力で放つのじゃ!」

 煌黄の声が聞こえる。

『カナミ!』

 リュミィもそれに応じるよう促す。

「わかってるわ!」

 カナミもそれが正しいと思った。

 もう一度最大の威力を誇る魔法をぶつける。この窮地を脱するにはそれしかない!

「ボーナスキャノン! アディション・F!!」

 決断してから即座に最大出力の魔法を撃ち放つ。

「がああああああああッ!!」

 砲弾が直撃したにも関わらず、ヘヴルは離さない。

 執念をもって羽を掴み続ける。


バァン!!


 銃声とともに、一筋の光線がヘヴルの腕を貫く。

「な、なにいいいいいッ!?」

 ヘヴルは光線の出所を目で追う。

「……誰が、中途半端よ」

 モモミはそう言い放つ。

「がああああああああッ!!?」

 そして、妖精の羽を掴んでいた腕のうち、一本が千切れて体勢が崩れた。

「もう一発! アディションF!!」

 チャンスはここしかないと言わんばかりに最大出力の神殺砲を追撃する。


バァァァァァァァァァァン!!


 砲弾の光に飲み込まれて大爆発を起こす。

 視界を埋め尽くす爆煙の最中、かなみは視た。

 虹色に輝く、ポカリと空いた穴。それは世界と世界を繋ぐ次元の裂け目だった。




「かなみ、かなみ、起きて! 起きて!」

 猛烈な勢いで揺すられて、かなみは目を覚ます。

「か、かあさん……?」

 視界は朧気だけど、母の顔ははっきりと区別できる。

「そうよぉ、お母さんよぉ」

「いつ帰国したの?」

「ついさっきぃ、かなみがいなくなってきいてえ」

「いなくなった? って、私は!?」

 かなみは辺りを見回す。

 自分がいるのは、見慣れた魔法少女のオフィス。空き地なんかじゃない。

 母の後ろには自分を心配そうに見つめている翠華と紫織の姿が見える。

「帰ってきたの? 元の世界に?」

「ええ、そうみたいね」

 あるみがやってくる。

「かなみちゃん!!」

「来葉さん!?」

 一緒にやってきた来葉がかなみを思いっきり抱き締める。

「よかった、無事で!」

「なんだかぁ、私よりぃお母さんしてなぁい」

「まあ、未来視でもかなみちゃんが帰ってくるか視えなかったから無理はないわね」

 あるみがフォローを入れる。

「来葉さんの未来視でも、ですか?」

「どうにも平行世界をまたぐとぼやけて精度が落ちてしまうみたいなのよ。でも無事に帰ってこれてよかったわ」

 来葉は心から安堵の言葉をかなみへ送る。

「……心配かけてごめんなさい」

 かなみにはそれに対して申し訳なくなった。

「いいのよぉ、ちゃんとぉ、帰ってきたんだからぁ」

「ええ、今度は意識だけじゃなくて身体ごとだから結構危ないところだったけどね」

「はい。コウちゃんからそのあたり聞きました」

 あるみにそう言われて、煌黄の話を思い出す。

 別世界から紛れ込んできた人間を異物として排除するためにチカラが働くこと。それはその人間だけでなく周囲にまで及ぶこともある。街一帯とも下手をすれば国一つ丸ごととも。

「コウちゃん?」

 初めて聞く名前に涼美は首を傾げる。

「それって、この子のこと?」

 あるみが訊く。

「え?」

「おう、目が覚めたか」

 煌黄は嬉々として手を振ってくる。

「え、え、えぇぇぇぇ!?」

 かなみは驚きの声を上げる。

「なんで、コウちゃんがここに!? 私、元の世界に戻ってこれたのよね!? もしかして、ここも別世界!?」

「あ~、その点は心配いらんぞ。お主はちゃんと元居た世界に戻ってこれたぞ。こやつらと一緒にな」

 煌黄の肩にリュミィが飛んでいて、隣に萌実がいる。

「リュミィ! 萌実!」

「うるさいわね」

 萌実は耳を塞いでうんざりした顔で答える。

「まったく、無事に戻ってきたと思ったら仙人を連れてくるもんだからビックリしたわよ」

「あるみちゃんがぁ、ビックリしたのって~何年振りかしらねぇ」

「……あなたが借金を作って以来のビックリね」

「あははははは」

「母さん、笑い事じゃないわよ」

 というか、あるみは嫌味のつもりで言ったはずなのに、それをジョークと受け取るなんて、図太いといっていいのか、鈍いといっていいのか。

「ホホホ、お主に負けず劣らずの愉快な連中じゃのう」

「負けず劣らず……」

 そんなことで負けてても全然悔しくないと思った。

「それで、なんでコウちゃんがこっちの世界に?」

「いや、ちょっとお主の世界に興味があってな。お主が戦いで開けた次元の穴を辿ってついてきたんじゃ、ホホホホ!」

 煌黄は楽しそうに語る。

「辿って、ってそんな簡単に……」

「まあ仙人だからそれぐらいの芸当はできるでしょうね」

 あるみは言う。

「お主も人間でありながらそのぐらいの芸当はできそうじゃのう」

 ニヤリと笑う煌黄。その目は品定めをしているようであるみを怒らせてしまわないか心配になる。

「あの二人、会わせたらいけなかったでしょうか?」

 かなみは来葉に不安げに訊く。

「そんなことはないと思うけどね。通じるところはありそうだし」

「そうですか……」

 かなみにはそう思えなかった。

「というわけで、しばらくこっちの世界に厄介になるでのう」

「え、いいの? 別世界の人がこっちにきたら」

「ああ、それなあ仙人は例外なんじゃよ」

「ええ!?」

「そもそもわしはあの世界の出身ではないからな」

「ええ!?」

「お主、驚き方がワンパターンじゃな」

「かなみがぁそこがいいのよぉ」

 涼美はいきなり娘自慢を始める。かなみには恥ずかしい限りだ。

「ホホホ、まあツーパターンぐらいは欲しいのう」

「驚き方ってどういう練習を増えるの?」

「借金増やせば驚き方の一つでも増やせるんじゃない?」

 みあが答える。

「ちょっと!? それは困るわよ!!」

「ほらね」

 みあは煌黄に言う。

「おお、やるのう」

 煌黄は感心する。

「――それで」

 あるみは煌黄に言う。

「まさか、かなみちゃんをからかうためだけに世界を渡ってきたわけじゃないでしょ?」

「うむ、それは目的の半分といったところじゃな」

 そう言うと、煌黄から笑顔が消える。

「――とんでもない奴を連れ込んできてしまったからのう」




 ネガサイドの日本本部。暗闇だけがどこまでも広がっている空間に判真は一人佇んでいた。

「判真様! 大変です! 大変ですだああああ!!」

 その暗闇の静寂を破って視百が囃し立てる。

「騒々しい」

「す、すみません……ですが、緊急事態なんです! 聞いてください!!」

「……死んだやつのことか」

「そ、そうです!」

 視百は息を呑んで答える。

「連れてきたのか」


トントン


 視百の背後から足音がする。

「ネガサイド日本局最高役員十二席ヘヴル、参上仕りました」

 彼等からしてみれば死んだはずの怪人とヘヴルからしてみれば見知らぬ世界の同僚達が邂逅を果たす。

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