第77話 混戦? 絡み合う少女の運命は混沌を呼ぶ (Aパート)

 時はかなみがカリウスのいる一三二〇号室に入ったところまで巻き戻る。

 翠華、みあ、紫織の三人は十五階の温泉にやってきていた。

「かなみ、遅いわね」

 入り口を前にして、みあはぼやく。

「かなみさん、来れないって……」

 翠華は携帯を確認して落胆気味に言う。

「はあ?」

「『部屋に手紙が届いて、一人で来るように呼び出された!ごめんなさい、温泉にはいけないわ!』」

 みあはメールの文面を読み上げる。

「また……面倒ごとに巻き込まれてるわね……」

「かなみさん、大丈夫でしょうか?」

 紫織は心配する。

「ま、あたし達じゃどうしようもないでしょ。あいつも弱いわけじゃないから一人でなんとかするでしょ」

「みあちゃん、信じてるのね……」

 翠華は感心する。

 一見そっけなくしているようだけど、かなみなら何とかできると信じてるからこその発言に思えた。

「それじゃ、あたし達は温泉行くわよ。ここまできたらこのホテルの施設を全部見極めてやるんだから!」

「は、はい!」

 紫織は反射的に答えて、みあについていく。

(みあちゃんのリーダーシップ……すごいわね、見習わなくちゃ)

 さらに後ろからついていく翠華はそんなことを思った。

「かなみさんと温泉……」

 いつかの社員旅行以来のことだから、楽しみなような、困ったような、複雑な心境だったけど、かなみがこれないとわかって明らかに落胆してしまっていた。

 滅多に無い機会だから、こう……惜しい、と思う。

(一緒に、温泉入りたかったな……)

 機会を失われてしまった今だからこそはっきり言葉になって、実感としてこみ上げてくる。


ギラリ!


 そんな落胆も暖簾をくぐり、脱衣所に入ったところで吹き飛んだ。

 怪人達がそこにいて、敵意とまではいかないまでも警戒心をこちらに向けてきたからだ。

「ひ!」

 紫織は小さく悲鳴を上げて、みあに縋りつく。

 一つ年下のみあにだ。

 でも、みあの方が強くて頼もしいのは翠華も認めるところだ。

 正直言うと自分も縋りつきたい。

 四方……いや、八方から囲まれているような、まさに四面楚歌の状態だ。

 人間の子供より小さくものや大人より大きいものまでいる。小動物のような可愛らしいものからホラー映画に出てきそうなおぞましいゾンビみたいなものまで様々だ。

(かなみさんがいたら……)

 そう思わずにはいられない。

 しかし、いたらどうなっていただろうか。

 紫織のように自分にしがみついてくれるのだろうか。それとも、自分の方がかなみに……

「ほら、くっついてたら脱げないでしょ」

 みあが紫織を手で振り払おうとする。

「でも、怖くてですね……」

 周りが怪人ばかりで肌を晒すのはあまりに怖い。

 というより、たとえ人間でも視線が集中している中、服を脱ぐにはあまりにもためらいがある。

「堂々としてればいいのよ」

 そう言うみあが堂々としすぎている、と翠華でも思った。

(ここで脱いでいいものかしら……)

 翠華でもためらいがあって、できることなら温泉なんか入らずにこの場を立ち去りたい。そういう気持ちが出てきた。

「早く行くわよ!」

 みあは服を脱いでさっさと行ってしまう。

 翠華と紫織は唖然として、見つめる。

「紫織ちゃん……」

「はい……」

「私達も急ごう」

「はい……」

 半ば反射的に答えただけだと、みあが先陣をきってくれたおかげで脱ぎやすくはなかった。

(襲ってくる感じは無いし……)

 周囲の怪人も奇異の視線や警戒心こそ向けてくるものの、敵意や悪意といったものは感じない。

 翠華は意を決して、衣服を脱いでロッカーに入れる。

「ウシシ、貴重品は俺が持ち歩いとくよ」

「お願い」

 財布や携帯はマスコットが持ち歩く。

 万が一、怪人に盗み出されるようなことがないための措置だ。

 服を脱ぐと身震いする。怪人達が襲ってこないとは思うけど、それも確証はないだけに怖くなってくる。

(かなみさん……)

 この場にいて欲しいなと心底思う。

 かなみがいたら、今の自分みたいに怖がって頼ってくるかもしれない。

 そうしたら、自分は……かなみの頼れる先輩でいられるかもしれない。逆にいえば、かなみがいなければ……。

 頭を振ってそんな考えを捨てる。

 そうして温泉へ向かう。

 ガラガラ、と戸を開けて、脱衣場を出ると、そこには怪人達の温泉が広がっていた。

 ドラム缶のような形をした大風呂。マグマのように赤くて熱い、というより本物のマグマなのかもしれない湯。凄まじい香りを放つ硫黄の湯。電流が迸っている電気の湯。等々、とても人間が入れるようなものにみえないものばかりだった。

「地獄絵図みたい……」

 みあがぼやいたように、血の池地獄のような真っ赤なものまであることからまさに地獄といっていい。

「あの私達……どれになら入れるんでしょうか?」

 紫織は不安げに訊く。

「あの水風呂だったら」

 翠華はふと呟く。

「水風呂って、氷が浮いてるじゃないの!! 寒中水泳でもする気!?」

 みあが笑って言う。

 確かにあそこは真冬の海のように凍り付いていて、「温」泉という場所に相応しくない。

 しかし、そんな氷風呂でも魚類の形を成した怪人達が気持ちよさそうにつかっている。

 まさしく怪人達の温泉――楽園といっていい。翠華達はまさに文字通り肌でそれを感じ取っていた。

「っていうか、あたし達はどこに入ればいいのよ? うっかり入って硫酸で溶けるなんて嫌よ」

 ごもっともね、と翠華は思った。

 一見ごく普通の温泉に見えても、中身は硫酸なんてことは十分あり得る。

「あなた達も来てたのね」

「社長!?」

 そこへあるみがやってくる。

「社長も温泉に?」

「ええ、怪人の温泉ってものを見ておきたくてね」

 そう言って、あるみは辺りを見回す。

「中々面白いわね」

 その目はまるで遊園地に来た少女みたいだった。

(でも……)

 翠華はどうしてもあるみの身体に目がいってしまう。

 豊満な胸に引き締まった腹つきは艶やかなラインを形成しており、女性の理想を体現したかのような身体つきで、同性でもドキリとしてしまう。

 翠華にとって、理想の魔法少女といえばかなみだけど、理想の女性ならばあるみと答えるだろう。

「リリィ」

「うむ」

 ドラゴンのマスコット・リリィがあるみの呼びかけに応じて、ある温泉に入る。

「湯加減申し分なし、人体に悪影響の無い天然温泉だ」

 リリィが気持ちよさそうな声色で言う。

「そう、なら安心ね」

「リリィってわかるんですか?」

「まあ一応ね。ドラゴンだし」

「ドラゴンってそういうことできるの?」

 そもそも温泉に詳しいドラゴンなんて聞いたことが無い。

「できるんじゃないの、ドラゴンなら」

「ドラゴンってそんな便利なやつだったんだ……」

 みあは呆れ声で言う。

 あるみの方はそんなこと気にすることなくリリィが入った温泉につかる。

「うん、いいお湯加減ね」

 あるみが満悦顔でそう言うと、みあ達もつられるように続々と入湯する。

「あ~きもちいい~」

 みんな口を揃えて言う。

 心地良いお湯の温もりに、身体が浮くような文字通りの高揚感。身も心も洗われていくような感覚だった。

 ここが怪人達の温泉だということを忘れてしまいそうだ。

「気分良くなるのはいいけど、油断しないでね」

 あるみが釘をさす。

「ええ」

 そう言われて翠華やみあは緩んだ顔を引き締める。とはいっても、周囲の怪人の顔ぶれを視界に入ると、いやがおうにもそうなってしまう。どうにも天にも昇る気分になると天井ばかりを見上げてしまうからいけない。

「温泉はいいけど、場所が場所だものね」

「そういうこと。警戒は怠らずにね」

「は、はい、警戒します」

 紫織はみあにしがみつく。

「紫織……」

「すみません、やっぱり怖くて……」

「しょうがないわね」

 みあはため息一つついて渋々了解する。

「あれが魔法少女……!」

「呑気に温泉になんかつかりやがって……」

 周囲から物々しい声が聞こえてくる。

「今なら裸だぜ、チャンスじゃねえか」

「へへへ、これだけの数ならイチコロだぜ」

 今にも襲い掛かってきそうな物言いに、温泉につかりながら身構える

「……いや、やめとく」

 一人の怪人が言う。

「ああ……」

「そうだな」

 他の怪人達もにわかに同調しはじめる。

「あんな怪物がいちゃな……」

 その一言で翠華達は気づく。

 この中で怪物といったら一人しかいない。

(みんな、社長が怖いのね)

 それも当たり前だと思う。

 自分だって今この場で相対しているあるみと敵に回したくない。たとえこの場にいる怪人全員を敵に回したとしても

「度胸がないものだな」

 周囲の怪人を嘲笑い、それはやってくる。

「――!」

 温泉につかって良くなった気分が消し飛ぶ。そんな威圧感の突風のようなものを放ってやってきた。

 最高役員十二席の一人・禍津死神のグランサーだ。

 人間の幼女ともいえる小さな裸体のうえに、黒いフードだけ相変わらず被ってやってくる。

「うむ、やはりここの温泉は格別だ」

 グランサーは温泉に入って顔をほころばせる。

「わざわざこっちにやってくるなんてね」

「フフ、貴様のような愉快な相手とこうして話すのも一興だと思ってな」

「それはどうも」

 あるみとグランサーは睨み合う。

「あるみが愉快……ぶっとんだセンスしてるわね……」

「みあちゃん、そこ感心するところなのかしら……?」

「それにしても、あいつ温泉に入ってもフードはとらないのね」

「そうですね……」

 みあがそう言うと、翠華達三人の視線がグランサーのフードに集中する。

「これが気になるか?」

 グランサーはその視線に気づいて、問いかける。

 その問いかけのせいで翠華達は強張る。

「フフ、からかいがいがあるな」

「あんまりからかわないでくれる? あなたの相手は私でしょ」

「そうだったな。私の相手を受けてくれて嬉しいよ。大抵のものは逃げ出すか、ああして臆して気後れする。貴様のように自然体でいられるのは極めて稀だ」

「珍獣と会った気分?」

「そうだな。だが、貴様からしたら私の方が珍獣だろ?」

「そうね」

 あるみは微笑んで同意する。

「まるで世間話ね」

 みあは二人のやり取りをそう評する。

 しかし、この二人が戦うとなったらこんな温泉場なんてあっさりと吹き飛ぶ。当然自分達も無事じゃすまない。それだけにいつ戦いになるか気が気でない。

 できるなら早くこの場を出たい。それと同時に、会話の成り行きを見届けたい。

「そして、私は珍獣を狩るのが好きだ。特に首をバッサリとな」

「試してみたい。そう目は言ってるわね」

 グランサーの目が妖しく光る。

 翠華達は心臓が掴まれたような寒気が走る。

「あんまりうちの子達をからかわないでくれる」

「からかいがいがあるといっただろ。これは私の生き甲斐といってもいい。もっとも貴様と戦うつもりは毛頭ないがな」

「好戦的だと思っていたけど、意外ね」

「相手を選んでいるだけだ。貴様と戦うことは私の主義に沿わない。ただそれだけだ」

「随分と勝手な主義ね。首を狩る相手をえり好みするなんて」

「フフ、怪人とはそういうものだ。本能のままに立ち振る舞うことこそが本質だ」

「本能のままに、というのは臆病風に吹かれて戦いを避けることをいうのかしらね?」

「ほう!」

 グランサーはあるみを見据える。

「その手の挑発を受けるのは久しぶりで感慨深いな……頭にくるとまではいかないがな、フフ」

「挑発というより正直に本音を言っただけなのだけどね」

「だろうな。貴様はそういった駆け引きが得意とは思えん」

「言ってくれるじゃない」

 グランサーの挑発返しに、あるみは怒るとまではいかないが眉間に皺を寄せる。

(あ、やばいかも……!)

 みあ達は身の危険を感じた。

 このまま挑発のかけあいで、どちらかがキレて戦いにでもなったら巻き添えを食う。

「まあ、本当のことだけどね。腹芸っていうのは苦手だし、そういうのは来葉や仔魔に任せてる」

「来葉というのは、あの黒いやつのことか」

「ええ」

「あいつはいいな。貴様達の中でも特に私の好みだ」

 グランサーは恍惚な笑みを浮かべる。温泉につかっているせい、顔もやや赤い。

「言っておくけど……――来葉に手を出したら私は黙っていないわよ」

 射貫くような口調であるみは言い放つ。

「フフ、いいな、その目。そういうのを見たかった」

 グランサーは満悦の笑みで睨み返す。

 二人の視線がぶつかりあって、火花を散らしているように見える。

「………………」

「………………」

 睨み合いは一分ぐらい続いたかもしれない。


バシャン


 やがて、グランサーが温泉から立ち上がる。

「これ以上つかっていたらのぼせてしまいそうだ」

 そう言って、湯から出て行く。

「楽しいひと時だったよ。また会えるとよいな、フフ」

 そんな一言を残して消えていった。

「ふえ、生きた心地がしなかったわ……」

 みあは脱力して、頭までお湯に沈める。

「心臓に悪いです……」

「そうね。命がいくつあっても足りないわね」

 翠華は苦笑する。

「最高役員十二席か……いずれぶつかることになるかもしれないわね」

 一人残ったあるみは呟く。

「いや……」

 リリィが肩の上に乗っかって言う。

「案外すぐやってくるかもしれんぞ」

「今すぐ、とかね」

 あるみはそう言って、バシャンと水音を上げて立ち上がる。




 突然の出会いがしらというものだった。

 突然、開いたエレベーターの扉から最高役員十二席の席長が姿を現わすなんて予想ができるはずがない。

 道路に出たらいきなりトラックが目の前に飛び出してきた、ぐらいの突然の出来事にかなみの思考回路はパニックに陥った。

(こいつ、十二席の席長って……! たしか、名前は判真で!! なんで、こんなところに!? あいつが今夜来るって言ってたけど、そんな突然こんなところで出くわすなんて思わないじゃない!! えぇ、どうしたら、どうすればいいの!? こいつにとって私は敵なんだから、敵だから倒すのが当たり前よね!? だったら、私倒される!? に、逃げなくちゃ!!)

 逃げるという考えに行き着いた時には、足が震えて思い通りに動いてくれないことに気づく。

「あ……」

 声が漏れた。

 判真がこちらに気づいて視線を送ってきたことを肌で実感したからだ。

 目が合った。

 それだけで魔法弾を撃ち込まれたように後ろへ吹き飛ばされそうな威圧感を感じる。先程部屋でカリウスと相対したような感覚だ。

(なんて、ついてない……)

 そう、自分の不運を呪うしかなかった。

 判真の方はこちらを見つめたきり、何も語らずただじっとしている。

 こちらが動くのを待っているのか。だったらこちらから動いた方がいいかもしれない。

 だけど、それが間違いだったら命を落とすことになるかもしれない。そう思ったら身が震えて動けなかった。

 お互い見つめ合うだけの時間が随分と長く続いているように感じる。ただ実際の時間にして数秒でしかなかったが。

「……あの」

 かなみの方がそんな時間に耐えかねて声を掛ける。


ガタン


 判真の背後のエレベーターの扉が開く。

「判真様、お一人では危険です」

 そう言って鋼鉄の鱗をもった蛇の怪人がやってくる。

「貴様、人間か!」

 蛇の怪人はかなみに気づいて敵意を剥き出しにする。

 その瞬間に、かなみはもう戦いは避けられないと確信した。

「マジカルワーク!」

 一瞬で黄色の魔法少女へと変身する。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 いつも通りの前口上で名乗りを上げる。そうしていつものことをやることで平常を保とうとする。

「どうして、魔法少女がここに!? 私が、フィウクスが始末します!!」

 フィウクスは威勢よく言って、襲い掛かってくる。

 カナミは魔法弾を撃って応戦する。


カァン!


 魔法弾は鋼鉄の鱗に当たって弾かれる。

「豆鉄砲か!」

 フィウクスは得意げに言う。

「なんて硬さ!」

 カナミは構わず魔法弾を撃ち続ける。


カン! カン! カン! カン!


 しかし、甲高い金属音を上げるだけでことごとく弾かれてしまう。

「フン!」

 フィウクスは剛腕を振るう。

 カナミはとっさに、ステッキを盾代わりに前に出して攻撃を受ける。

「あぁ!」

 衝撃は殺しきれず、後ろへ飛ばされる。

「つ、強い……!」

 カナミは即座に立ち上がって体勢を立て直す。

 フィウクスは判真の前に出て、盾のように立ちはだかっている。

「一人で宿泊するんじゃなかったの……」

 カリウスに対して文句を言う。

 「その彼が今夜このホテルに宿泊する。一人でな」と言っていたはずなのに、どうみても護衛を引き連れているなんてデタラメもいいところだ。

 十億という金額だっただけに断ったのは少しだけ勿体なかったかもと思っていたけど、その気も失せた。

 今はどうやってこの場を切り抜ける。それだけを考えなければならない。

(あいつの身体は鋼鉄より硬い。魔法弾なんかじゃ傷一つ付けられない。思いきって神殺砲を! でも、こんな狭い廊下で撃ったらフロア丸ごと吹き飛ばしちゃうかも!)

 そうなったら、一三二〇号室にいるカリウスだって黙っちゃいない。

 状況は考えれば考えるほど最悪だ。

(社長、助けて~!)

 心中で叫びつつ、ステッキを構える。

「判真様、お下がりを! この魔法少女の始末は私が!!」

 判真はフィウクスの進言に対して沈黙を保っている。

 一体、この席長は何を考えているのか。圧倒的な存在感はあるものの敵意を向けられているような感じはしない。路傍の石か通行人を見ているかのような、そんな感じだ。

(様子見? だったら、逃げられるチャンスもあるわね!)

 隙を見て、非常階段で降りるか。いっそのこと床を撃ち抜いて、下に逃げるという手もある。

「フィウクス、ホテルを壊さぬようにな」

 そこで判真は告げる。

「ハッ!」

 フィウクスは天啓を得たように敬礼する。

 そして、判真はカナミを見る。

「――!」

 蛇に睨まれた蛙のように固まる。

「君もな」

 そう釘をさすようにカナミへ告げる。

「御意に!」

 フィウクスは一足飛びでカナミへ接近する。

「ホテルに壊さぬように魔法少女を倒します!」

 その言葉が重石のようにのしかかり、対応を鈍らせる。

(かわせない! だったら!)

 ステッキで防御しようとする。

「それは読んでいた!」

 フィウクスはステッキを掴み、強引にカナミごと投げ飛ばした。

「こんのおおおお!!」

 カナミは宙に舞いながらなんとか無事に着地し、反撃に魔法弾を撃とうとする。

 しかし、撃てなかった。

 もし、撃って避けられたらホテルの床や壁を壊してしまうから、と。


――ホテルを壊さぬようにな。


 それはフィウクスへの勅命だった。


――君もな


 あれはカナミに向けられた言葉だけど、あくまで忠告に過ぎない。ネガサイドではないカナミにとって、判真の言葉が忠告のはずがない。

 そのはずなのに、身体は硬直して動けなくなる。


ドガ!!


 フィウクスの鋼鉄の剛腕が右わき腹に突き刺さる。

「ぐぶッ!」

 カナミは脇腹を抑えつつ、後退する。

「逃げられんぞ!」

 フィウクスはさらに追撃する。

 カナミは左手に持ったステッキで攻撃を防ぐ。

 突きに、蹴りが次々と容赦なく襲い掛かってくる。とてもじゃないが、防ぎきれない。


キンキン!


 強力な蹴りの一撃にステッキは弾かれて、床が転がっていく。

「く……!」

 苦悶の表情を浮かべ、痛みで歯噛みする。

 ステッキで防御していたとはいえ、攻撃を集中的に受けていた左腕が上がらない。

 残った右腕でなんとかしなければならない。

(ホテルを壊さないように……魔法弾も神殺砲もなし……だったら!)

 カナミはステッキを再生成する。

「仕込みステッキ、ピンゾロの半!」

 刃を引き抜いて、斬りかかる。が、それは判断ミスに他ならなかった。

 何故ならカナミは接近戦は得意ではない上に、ダメージを負って動きが鈍っている。

「遅い!」

 フィウクスはカウンターで殴り飛ばされる。

「ぐう!」

 飛ばされかけて、足を掴まれる。

「この程度か、魔法少女カナミ?」

 その問いかけは侮辱ではなく、純粋な問いかけだった。

 関東支部の幹部を撃破し、第三試験においては十二席のヘヴルをも倒した魔法少女。その実力が十二席の護衛についているとはいえ傷一つつけられない。そんなことは考えられないはずだが。

(身体が思った通りに動かない……! 思い通りに戦えない、どうして……!)

 確か違和感はあの一言からだ。


――君もな


 ホテルを壊さないように。

 いつもだったら、注意する程度なのに。

 それがあの一言から重石のようにのしかかってきた。

 判真の命令は絶対に守らなければならない。しかし、それは同じネガサイドの怪人だけが対象のはず。

 どうして、自分も守ろうとしているのか。

 そんな疑問を抱いた時、脳裏にカリウスの姿がよぎった。

「あ……!」

 その時、カナミは思い出した。

 カリウスに契約を迫られて、ネガサイドに所属する契約をしてしまった。

 一時期とはいえネガサイドの一員となってしまったために、判真の勅命に従うようになってしまったのかもしれない。それなら身体が思い通りに動かないことに合点がいく。

(でも……でも、私は……!)

 その後、あるみと再び契約してネガサイドが抜けている。

 だから、判真の勅命に従うなんてことはないはず。……はずなんだけど。

「まだ力を隠していると見えるが、出し惜しみか? それともホテルを壊さない為の配慮か?」

 フィウクスは語り掛けてくる。

 カナミはそれに対して何も答える気になれなかった。

「ならば、ありがたいものだ。判真様の命令に背きたくないのでな」

 命令に背きたくない。

 カナミもこの怪人と同じ意思で動いているのだろうか。

「このままやられてくれればいい!」

 フィウクスはローキックで頭を蹴り飛ばす。

 床を転がり回って、奥まで飛ばされる。

「う、くう……!」

 視界が歪む。敵が三人ぐらいに見える。

 ただステッキの感触がわかる。魔法弾も充填できるからまだ戦える。と思ったところで、疑問は再浮上する。

 ホテルを壊していいのか。判真に逆らってまで。

「いいよ。君なら出来るはずだ」

 肩から誰かが囁く。といっても、この状況でカナミの肩からそんなことを囁く存在は一つしかいない。

「マニィ……!」

「判真の勅命で壊せなくなってることなんてない。君はネガサイドの一員じゃないんだから」

「でも、私、ちょっとの間だけネガサイドに……!」

「そんなものはあるみの契約で上書きされた」

「でも……!」

「そして、その契約は破棄された。君は自由の身なんだよ」

「――!」

 そんなことわかっている。わかっているはずなんだ。

 でも、どうしてマニィに言われたらこうも強く信じられるのだろうか。

 まるで、あるみに言われているみたいだ。

「社長からのメッセージってわけ?」

「まあそんなところだね」

 やっぱりそうか。

 君は自由の身なんだよ。その言葉だけで重石がかかった身体が軽くなっていく。

「自由の身だけど、借金はあるんだけどね」

「それじゃ返済するために頑張らないと」

「わかってるわ!」

「フフ、君らしくなってきたじゃないか」

 カナミは立ち上がる。

「だったら、こんなところで立ち止まっていられないわね!」

 カナミは気合を入れる。

 不思議と身体の痛みが消えていく。

「魔力が充実している!」

 フィウクスは警戒する。

「――侮るな」

 背筋から凍り付くような一言。判真からの勅命だ。

「御意に!」

 フィウクスは飛び込んでくる。


バン!


 カナミの魔法弾がフィウクスの頭に直撃する。

「ガハ!?」

 その衝撃に大きく仰け反る。

「ば、バカな! さっきと威力が違う!!」

 フィウクスは頭を抑える。

「豆鉄砲が鉄球に変わったね。壊してもいいんだって思うようになったら威力が桁違いに上がるんだ」

 マニィが感心して、カナミの魔法弾の特徴を口にする。

 常日頃からこの威力ならば、といった苦言を添えるように。

「やあ!」

 カナミは魔法弾を撃つ。


バン! バン! バン!


 魔法弾を次々とフィウクスへ直撃し、ダメージを与える。

「ぐああああッ!? 私の、私の鋼鉄の身体がああああッ!!」

 フィウクスは身体を丸めて防御に徹する。

「こんなことが! 決して侮っていたわけではないのに!!」

 歯を食いしばり、踏みとどまる。

「魔法少女カナミ、恐るべし! 私は決して侮らん!!」

 フィウクスは裂帛し、魔法弾をかわす。


ガシャン!!


 魔法弾が壁を破壊する。

「おのれぇぇぇッ!! 判真様から壊さぬようおおせつかったというのにぃぃぃぃッ!!」

 フィウクスは怒りの声を上げ、カナミへ襲い掛かる。魔法弾をまともに受けるのを覚悟の上で。

「よくも! 私に命令違反させやがってえッ!!」

 フィウクスは激昂し、カナミへ殴りかかる。


グシャァァァッ!!


 しかし、その剛腕は仕込みステッキによって斬り裂かれ血しぶきを上げる。

「がああああああッ!!」

 フィウクスは悲鳴を上げ、腕を抱える。

「仕込みステッキはそういう使い方が理想的だよ」

 マニィは言う。

 カナミはその通りに仕込みステッキを使って、ダメージを与えた。

「弾だけじゃなくて、刃の方もか!! 一体どうなっている!?」

「あれが本来のカナミだよ」

 フィウクスの問いかけに答えるように、マニィは言う。もっとも、マニィの声はフィウクスには聞こえないが。

「怪人のホテルという敵に囲まれた状況、格上の怪人に相対したプレッシャー……そのせいでペースを狂わされていたけど、ようやく本調子になったんだ」

 カナミはそのまま魔法弾を撃って、フィウクスは弾き飛ばされる。

「ぐうううう、なんて無様な!!」

 屈辱にまみれたフィウクスは口から血を滲ませて咆える。

「神殺砲!!」

 カナミはステッキを砲台へと変化させる。

 砲弾でフィウクスを仕留めるため、ホテルが半壊するかもしれないことなんて気にせず。

「おのれぇぇぇぇぇぇッ!!」

「ボーナスキャノン、はっ!」

 発射と言おうとした時、判真が前に出てくる。

めよ」

 判真は威厳のある声で命令を出す。

「――!」

 カナミはその威容に一瞬臆する。

「あんたの命令なんか!!」

 が、勇気を振りぼって咆える。

「止めよと言ってるが止めないか」

 鈴のような足音と共に、笛のような声が背後からする。

「――!」

 カナミは背筋の凍る恐怖で硬直する。

 それで神殺砲の充填が止まってしまう。

「フフ、面白いな」

 グランサーが姿が現す。その小さな身の丈より大きい鎌を携える。

めよ」

 判真は勅命を下す。

 カナミにではなく、グランサーへ。

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