第71話 夜行! 寄る辺は外国の母より近所の黒服?  (Cパート)

 かなみはこの波止場には何度か来たことがあった。

 主に鉄砲を撃たれたり、怪人に襲われたり、とろくな思い出が無い。

 今回だって、やのつく稼業の方の依頼でやってきた。ここでとある品物を受け取ることになっている。

「一体どんな人が来るのかしら……?」

「きっと怖い人ですよ、間違いありません!」

 それは十分あり得ると思った。

 黒服を従える幸原の取引相手なのだから、同類の人間に違いない。

 いきなり問題無用で銃弾を撃ち込んでくることも有り得る。

 以前ここでそんなことがあった。あれと同じ事が起きても不思議じゃない。

(いざとなったら、もう一度変身するわ!)

 沙鳴だけは絶対に無事に帰すことを心に誓う。


コツコツ


 静まり返り、波打つ音だけが聞こえる波止場に妙に甲高く足音が響いた。

 間違いなく取引相手の来訪だ。

「――!」

 かなみ達に緊張が走る。

 一体どんな相手で、どんな取引を持ちかけてくるのか。

「かなみぃ~、久しぶりぃ~」

「母さん!?」

 その足音の主は涼美であった。

 いつもと違って、仕事着なのか黒コートを羽織っているけど涼美はまるでピクニックにやってきたかのように呑気に手を振ってくる。

「なんで、母さんが?」

「涼美様が取引相手なのですか?」

「ええ、そうよぉ」

 沙鳴が訊くと、沙鳴はあっさり答える。

「ええ!?」

「私がぁ苦労して手に入れたぁ、これを欲しい人がぁ日本にいたからぁ渡しに来たのよぉ」

「母さんが苦労して手に入れた物?」

「フフフ」

 涼美は自慢げにアタッシュケースを見せる。

 幸原が絶対手に入れたいと言っていた品物が中に入っているのだろう。

 涼美が苦労して手に入れたということは、何か魔法関係のいわくつきのものなのか。

「それは何?」

 かなみはアタッシュケースを指差して訊く。

「それはぁ言えないわねぇ」

「企業秘密ってわけね」

「そういうことぉ~、それよりぃかなみ、久しぶりに会えて母さん嬉しいわぁ」

「……引き渡し役に私を指名したのって、母さんね?」

 てっきり黒服の男がこの仕事に適任だと指名したのかと思っていたけど、母の姿を見てそうじゃないかと思った。

「そうよぉ、あるみちゃんにお願いしてねぇ」

「だから、あるみが厄介だって言ってたわけなんだね」

 肩でマニィが耳打ちする。

「公私混同……」

 かなみはぼやく。

 そんな要求をされたのだからあるみが厄介な仕事だと言ったのも頷ける。

「だって~かなみに会いたかったんだものぉ」

 まるで奔放な少女の言いようであった。

「だからって……私にこんな仕事をさせるなんて……沙鳴だって死にかけたんだから」

「あ、いえ、私はいいんですよ。かなみ様と涼美様の感動の母娘の対面が見れてよかったです」

「感動ね……」

 というよりも驚きと呆れが勝ってしまい、正直感動とは程遠かった。

「フフ、私はぁかなみにあえてよかったわぁ。

本当はもっとぉゆっくりしたかったんだけどぉそろそろ帰らないとパートナーに怒られちゃうのよねぇ」

「母さんのパートナー?」

「今度紹介するわぁ」

 そう言って涼美は立ち去ろうとする。

「待って、母さん」

 それをかなみは呼び止める。

「今日ジェンナに会ったわ」

「ジェンナ……!」

 涼美の顔つきが真剣に変わる。

「それでかなみ、無事だったの?」

「ええ、戦ったわけじゃないから」

「そう、よかったわぁ……」

 涼美は心から安堵する。

「あいつ、母さんと戦いたがってたわ」

「そうでしょうねぇ、母さんモテるからねぇ」

「母さん、あいつに勝てる?」

 かなみはこの上なく真剣に訊く。

「さぁ、どうでしょうねぇ……」

 涼美は曖昧に答える。

「母さん……それって負けるかもってこと?」

「そうねぇ、その可能性は高いわぁ」

「……母さん」

「一度戦ってみてねぇ、そう感じたわぁ……――彼女は強いわ」

「………………」

「だからぁ、かなみは彼女と戦おうなんて~考えないでねぇ」

「考えないわよ、怖いから」

「けっこうぅ~それじゃあねぇ~」

 涼美は手を振って去っていく。

「まったくマイペースなんだから」

 かなみはぼやく。

「それが涼美様のいいところじゃないですか。ところで何の話をしてたんですか?」

 沙鳴にはネガサイドや音速ジェンナのことなんてまったく知らない。

 かなみと涼美の話について何のことだかわからず首を傾げていたのだ。

「い、いや、それは企業秘密で……!」

 かなみは慌ててごまかす。

「さあ、戻りましょうか!」

 かなみはアタッシュケースを持つ。

「ですが、バイクはもう……」

「まだ電車はあるから大丈夫よ」

 正直このアタッシュケースを持って電車はきついけど、贅沢はいってられない。あの倉庫に戻るには歩きでは遠すぎるのだから。

 そこへ黒塗りのベンツがやってくる。

「ご苦労、無事にブツは受け取れたようだね」

 幸原が降りて、ねぎらいの言葉をかけてくれる。しかし、後からやってきたワゴン車から降りてきた黒服の男達が取り囲んできて労いも何もあったものじゃないというのが正直なところだが。

「さあ、渡してくれ」

「その前に教えて。このブツは何? 火村って人はネガサイドの怪人を雇ってまで手に入れようとしたのよ!」

「それはだな……」

 幸原はためらいの表情を見せる。

「私達は死にかけたのよ! 何のために命を懸けたのか秘密にされたんじゃたまったもんじゃないわ!!」

「むう……」

 かなみの物言いに幸原は気圧される。

「やむをえまい……お見せしようか」

 幸原は了承し、アタッシュケースをかなみから受け取る。


パタン


 そして、アタッシュケースが開けられる。

「こ、これは……!?」

 かなみと沙鳴はアタッシュケースの中身を呆然とした。

「そう、これは魔法少女のコスチュームだ!」

 幸原は堂々と返答する。

「魔法、少女、コスチューム……!?」

 かなみは幸原の言っていることを理解するためにオウム返しで言う必要があった。

 アタッシュケースの中身は魔法少女のコスチューム。

 黒服の男達を従える幸原が是が非でも手に入れたいと言っていた品物として結びつかない。

「なんでこんなものを?」

 かなみは訊かずにはいられない。

「こんなものを、か……確かにそう思うだろう。しかし、これこそ紛れもなく私が求めた物だ。

これは魔法のアイテムでね、着た人間を本物の魔法少女にするといわれているんだ」

 幸原は自慢げに言う。

「着た人間を、って、誰が着るのよ?」

 かなみは訊く。

「もちろん、この私だよ」

「ええ!?」

 幸原の返答に、沙鳴が代わって驚く。

「き、着るって、あんた男でしょ!? 男が魔法少女って、そんなの!?」

 幸原がキィと睨み、沙鳴は黙る。

「まあ、それが当たり前の反応だね。

私は子供の頃から魔法少女のアニメが大好きでね。しかし、そのことを話したらよく笑われてたよ」

 幸原は自嘲する。

「それでも、夢を見ずにはいられなかった。

――私自身が魔法少女になる夢をね」

「「えぇ!?」」

 幸原の告白にかなみと沙鳴は揃って驚く。

「これはその夢を叶えるアイテムだよ。フフ、もはや我慢できん!」

 幸原はすぐにアタッシュケースから魔法少女のコスチュームを取り出す。

「我慢できんってまさか!?」

「ここで着替えるんですか!?」

 かなみと沙鳴は思わず目を背ける。


ガサガサ


 幸原が着替える物音だけが聞こえてくる。

「フン!」

 気合の一声までも。

 とても魔法少女への変身とは思えない。

「かなみ様?」

「何……?」

「私達、一体何を見せられるんでしょうか?」

「そんなの、私が聞きたいくらいよ……」

 かなみは投げやり気味に答える。

「完了だ! 魔法少女ユッキーの誕生だ!!」

 幸原の感極まった叫びが聞こえる。

 かなみ達は恐る恐る背けた視線を戻す。

「どうかね、ハハハハ!?」

「「………………」」

 魔法少女ユッキー。

 その姿を前にしてかなみ達は絶句する。

 コスチュームは幸原の体格にピッタリとハマっていた。しかし、中年男性の顔立ちとガッチリとした体格が魔法少女のイメージからくる華奢で可憐さにあまりにもあてはまっていない。

「似合ってるかな?」

「そ、それは……」

 沙鳴は弱ってかなみに救いを求める。

「……似合ってないわ」

 かなみはため息をついてはっきりと言ってやる。

「な、なんだとぉぉぉぉッ!?」

 幸原はものすごい形相でかなみを睨む。

 かなみを持っていた手鏡を見せる。

「む、むむ……!?」

 幸原はその手鏡に映った自分の姿を凝視する。

「はあ……」

 やがて、ため息をついてうつむく。

「確かに、これは似合ってはおらんな……」

 幸原はこれを認める。

「あの差し出がましいようですが、これはかなみ様が着た方が似合うのではないしょうか?」

「え……?」

 沙鳴が唐突に提案する。

「む!? 君がこのコスチュームを着るというのか!?」

「ちょ、ちょちょちょっと待って!!」

「確かに初めて見た時から思っていたが……うーむ、確かに似合いそうだ」

「似合わない! 似合わない!」

 かなみはコスチュームの着用を拒否する。

「もし着てみて似合っていれば報酬を弾もう」

「――着ます!」

 かなみは即答する。

 そして、かなみは幸原が脱いだコスチュームを受け取る。

(うぅ……おじさんが着たものを……でも、これもボーナスのため!!)

 かなみは奮起して、物陰に隠れて魔法少女のコスチュームを着る。

「え……?」

 思わず声を上げる。

 魔法少女のコスチュームがかなみの身体にちょうどよく着れるようになっている。

 さっき着た幸原は大の男といっていいほどの体格で、当然小柄なかなみとはサイズが違いすぎるにも関わらず。

「なるほど、確かにこれは魔法のアイテムだね。『どんな人間でも着れる』魔法少女のコスチュームというやつだね」

「そんなものがあるなんて……これ、いくらしたのよ?」

「さあ。ただこれだけ出来がいいものだと二束三文ってわけにはいかないだろうね」

「はあ……」

 このコスチュームのために、どれだけの労力と財力がかかったのか。それに自分も苦労させられたと考えると馬鹿らしく思えてきた。

「ま、何はともあれやるしかないか」

 かなみは着替え終わって、幸原や沙鳴、黒服の男達へお披露目する。

「魔法少女かなみ参上!」

 魔法少女に変身した時のようにポーズをとり、口上を言う。

「「「おお~!!!」」」

 一同は感嘆の声を上げる。幸原が変身した時も冷静に沈黙していた黒服の男達までも。

「凄い! 素晴らしいですよ、かなみ様!! 本物の魔法少女みたい!!」

 沙鳴は絶賛する。

「……本物だけどね」

 かなみは小声で誰にも聞こえないよう呟く。

「いや本物だ」

「え?」

 幸原が断言する。

「私が子供の頃から憧れていた魔法少女そのものだ」

「ええ!?」

 そう言われて、かなみには大いに戸惑う。


タタタタタタタタ!!


 そこへ幸原とはまた違う黒服の男達がやってくる。

「火村!!」

 幸原は敵愾心いっぱいに黒服の男達を従えている男の名前を告げる。

「幸原! 貴様だけが夢を叶えるなど私は絶対に許さんぞ!」

 火村は銃口を幸原に向ける。

「フン、それならば話が変わったのだ」

「変わった? どういうことだ?」

 幸原はかなみの方を指差す。

「私の夢は娘が叶えてくれる!!」

「む、娘!?」

 あまりの予想外の返答にかなみは仰天する。

「かなみ様、幸原さんの娘だったんですか!?」

 沙鳴は頓珍漢なリアクションをする。

「ちがーう!!」

 即座に否定する。

「あんたもいい加減なことを言わないで! 私はあんたの娘じゃないわ!!」

 かなみは猛抗議する。

「いいや、これからなればいい」

「はあ?」

「君は私の娘になるのだ。君が魔法少女ユッキーだ!」

「ちょ、誰が魔法少女ユッキーよ!!」

「そうだな、それは感心しない!」

 火村もかなみに同調する。

「……は?」

「この娘は私の娘になるのだ!」

「はあああああああああッ!?」

 かなみの悲鳴にも似た叫びが港に響き渡る。

「なんと、かなみ様にはお二人の父親が……! 一体どんなただれた経緯でそうなったのか気になります!」

「お願い、沙鳴……あんたは黙ってて……」

 もはや沙鳴の誤解を解くのも億劫なほどかなみは頭がパンクしていた。

「この娘は私の娘だ!!」

「いいや、私の娘だ!!」

 幸原と火村が激しく言い争う。

「一体どういうことなの……?」

 かなみは疑問を口にする。

「魔法少女になるのがこの二人の昔からの共通の夢なんだよ」

 黒服の男がかなみへ言う。

「共通の夢……魔法少女になるのが……?」

「ああ、どうやらあんた相当気に入られたようだな。いっそのこと、二人の娘になっちまえばいいんじゃねえか?」

 黒服の男がからかうように言う。

「じょ、冗談じゃないわよ!」




 結局、その後一時間以上かなみの親権(?)を巡って、幸原と火村の言い争いは続いた。

 これ以上付き合いきれないとかなみは思っていたけど、報酬の件の話がまだ完了していなかったので勝手に買えるわけにはいかなかったので、とんだ災難だった。

「まあ、ボーナスはいっぱいもらえたからいいけど……」

 部屋に帰ったかなみは即座にまくらに顔をうずめた。

 最終的にかなみが「どちらが父親になってほしくない」とはっきり言ったことで決着がついた。しかし、この二人は「夢を諦めるつもりはない」と言ってきたのだ、嫌な因縁が続きそうだ。

「それにコスチュームまでもらったしね」

「それはいいわよ」

 最後に幸原から「このコスチュームは君にこそ相応しい」と言われて進呈された。

 正直いらないと思ったのだけど、超高級品なので無下にはできない。ただ魔法のアイテムということで、下手にネットオークションとかに出品もできない。

 どうしたらいいのかわからないのでこうして部屋にハンガーをかけて飾っておいた。

(可愛いとは思うんだけど……)

 また着たいとは思えなかった。

 ひとまず今日は寝よう。今日は色々なことがあって疲れた。


プープープー


 携帯が鳴る。

「こんな時間に、誰から?」

『あ、かなみちゃん、テレビつけてみて』

 あるみからだ。

「社長? テレビって……」

 かなみはテレビをつけてみる。

『突如街中にヘリコプターが降下し、バイクを追い回していました。こちらが視聴者からの投稿です』

「は……?」

 テレビのニュースにかなみは絶句した。

 流されたVTRは、ヘリの怪人・プロペイラーにかなみと沙鳴が追い回されたものであった。

『派手にやったわよね』

「こ、こんな派手にやるつもりじゃなかったんですけど……!」

『これだけ派手になると、ペナルティ出さないといけないわね』

「そ、そんなああ!! 街中でいきなり襲ってきたあの怪人が悪いんですよ!! 私は悪くありません!!」

 かなみは必死に訴える。

『許してほしかったら、その魔法少女のコスチュームを着てオフィスまで来なさい』

「ええぇぇぇぇッ!?」

 かなみはハンガーにかかった魔法少女のコスチュームを見る。

「これまた着るんですかぁッ!?」

 かなみとしては二度と着たくないものであった。

 しかし、ペナルティがかかっているとなるとやむを得ないことに思えた。

 ペナルティか……羞恥か……かなみは迷った末、コスチュームを持ってオフィスへ向かった。

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