第47話 再戦! 三日会わざる好敵手に少女は刮目する (Aパート)

 朝日が昇り、街は照らし出されていく。

 人は目覚め、道を行き交う。


キャァァァァァァッ!!


 そんな中で、人々の悲鳴が響き渡る。

 ビルがそれを反響したかのように、人の耳を伝い、さらなる人を呼び寄せる。

 悲鳴の原因は、血であった。

 もっとも、その血はどこからやってきたのかわからない。ただ土砂物のように肉塊が散乱していた。

 それは本来人々の街にあってはならないものであった。




ジリリリリリン


 かなみの部屋の電話が騒がしく鳴り響く。

 時代がかった黒電話の着信だ。これを鯖戸は取る。

「はい、こちら株式会社魔法少女の鯖戸です」

 いつも同じ受け答えをする。

「なんで、オフィスの電話がここでつながるんですか?」

 かなみは疑問に思ってあるみに訊いた。

「電話線を魔法の糸でここまで手繰り寄せているのよ」

 魔法の糸。そんな芸当がする人というと、あるみよりも連想しやすい人物がいた。

「千歳さん、そんなこともできるんですか」

「長く生きていればそれだけ自分の魔法の使い方を知れるってことよ」

「……あの、千歳さんは死んでいますよ」

「幽霊ね、じゃあ長く死んでいればかしら?」

「死ぬのに長いも短いもあるんですか?」

「千歳に聞きなさい」

「………………」

 答えにくいことを千歳に丸投げしたな、と、かなみは思った。

「あるみ」

 そんな会話の最中に、鯖戸が手招きする。

「君を出せと」

「りょーかい」

 鯖戸からあるみは受話器を受け取る。

「もしもし、あるみよ」

 一体電話の相手は誰だろうか。

「電話の相手って誰?」

 かなみは鯖戸に訊く。

「うちの上客だよ」

「それが誰かって訊いてるの?」

「あるみに聞いたらどうだ」

「………………」

 かなみは不満顔を露わにする。

「ああ、礼の件ね。やっぱり怪人の死骸だったわけね」

 電話越しからあるみが不穏な一言を発する。

「ちゃんと隠蔽してるわけね」

『それでも目撃者の目は潰せないがね』

「そうなったら都市伝説よ。それで私に頼みたい事があるんでしょ?」

『言わずともわかっているだろ。死骸の正体の調査だ』

「調査ね。怪人ってわかってるんだから必要ないんじゃないの?」

『いや、それが何故死骸として残っているのかが問題なんだよ』

「うーん、たしかにそうね。怪人っていうのは普通死体も残さず消えていくものだから不自然ね」

 死体が残らないというのも十分不自然なんじゃないかとかなみは思った。

「わかったわ。んで、報酬は?」

『君の口座を確認してくれ』

「仔馬」

「はいはい」

 鯖戸はあるみが何を言いたいのかわかったのか、パソコンを操作してあるものを確認する。

「ざっと……」

 鯖戸は指を二本立てる。

「オーケー、わかったわ。商談成立よ」


ガチャン


 あるみは受話器を黒電話に戻す。

「かなみちゃん、行くわよ」

 あるみは立ち上がって、無理矢理かなみの手を引く。

「え、ちょ、あ?」

 いきなりそんなことされて戸惑うばかりであった。

「おでかけぇ?」

「うん、ちょっと借りてく!」

「いってらっしゃぁい」

「かあさああああんッ!!」

 助けを求めるようにかなみは涼美に叫んだが、涼美はニコリと手を振るだけであった。




「死体が残らないってどういうことですか?」

 電車の中で、かなみは電話の内容から疑問に思ったことを訊く。

「あなたは今まで倒した怪人の死体を見たことはある?」

 かなみは今までの戦いを思い出す。

「ありません……」

「うん、残らないからね」

「だから、なんで残らないんですか?」

 疑問が最初に戻る。

「かなみちゃん、人が死んだら何が残ると思う?」

「ひ、人が、死んだら……?」」

 かなみは表情を引きつらせる。

「む、難しい質問ですね……か、からだ、ですか?」

「そう、大雑把にいって血と肉と骨ね」

「お、大雑把すぎませんか?」

「でも、残るものがあるってことよ、死体だもの」

「……それがどういうことなんですか?」

「怪人はどうやってできてるか知ってる?」

「確か魔力で出来てるって、来葉さんが」

「そうよ。だから血も肉も骨も無い」

「どういうことですか?」

「言葉のままの意味よ」

「でも、あいつら、身体がありますよ。斬ったら血が流れますよ。骨みたいに固いところだってあった思いますよ」

「――全部魔力による産物よ」

「……そ、そんな」

「魔力っていうのはね、元素みたいなものなのよ。ただ何らかの反応を起こすとありとあらゆるものに性質が変化する」

「きゅ、急に科学めいてきましたね」

「その方が説明しやすいでしょ?」

「じゃあ、その性質が変化したら魔法少女にも怪人にもなるってことですか」

「ええ、そうよ」

 あっさりと言われる。

「本当のところを言うと、私にもよくわかっていないのよ」

「えぇ!?」

 それは意外な一言だった。

「社長ってなんでもわかってるんじゃないんですか?」

「私は神じゃないわ」

「魔法少女よ、ですか?」

 言おうとしたことを先に言われて、あるみはフフッと笑う。

「ええ、そうよ。だから全部知っているわけじゃない」

「でも、どうして怪人が死体を残らないかは知っているんですよね?」

「そうよ。っていうか、それはさっき言ったじゃない」

「じゃあ、怪人は血も肉も骨も無くて全部魔力でできているって本当なんですか?」

「――嘘よ」

「えぇ!?」

「って言ったら、信じる?」

 かなみは不機嫌顔であるみを睨む。

「アハハハ、かなみちゃんは素直で可愛いわね!」

「私をからかって楽しいですか?」

「ええ、とても! 来葉や仔馬じゃこうはいかないわ!」

 真面目に聞いていたこっちが馬鹿らしくなってきた。

「………………」

 かなみはいじけてそっぽ向く。

「ごめん、ごめん! だって、小難しいから真面目に話しててもつまらないじゃない」

「……それでも、私は知りたかったんですよ」

「それじゃ、私が答えられる範囲で言うとね。怪人にとっての死はね、魔力で出来た肉体を保てなくなるほど肉体を傷つけられた時よ。死を迎えた時、それまで肉体として保ってた魔力は空気中に散る。ちょうど空に舞い上がった灰が風に混ざって消えていくようにね。それが怪人の死体が残らない仕組みよ」

「……さ、最初からそういえば言えばよかったじゃないですか」

「それじゃ、つまらないのよ」

 電車は目的の駅に止まる。

「――でも、」

 立ち上がったあるみは最後に一言言い、かなみを悩ませる。

「もし、私達魔法少女が死んで身体が残らなかったら、怪人と何が違うっていうのかしらね」




 昼間の街中、人が絶え間なく行き交う往来のある一地点。

 そこは、ビルとビルの間にある狭くて長い一本道であった。

「ここがその怪人の死体があった場所みたいね」

「怪人の死体?」

 未だ仕事内容を聞かされていないかなみは疑問を口にする。

「さっき、怪人の死体は残らないって言ったじゃないですか?」

「だから、調査よ。それが今回の仕事」

 そう言って、あるみはその場を歩いてみる。

「うーん」

「刑事ドラマの現場検証みたいですね」

「そうそう、そういうのっていっぺんやってみたいじゃない」

 どこまで真面目なのかわからない。

「怪人の死体って本当にあったんですか?」

「ええ、血が派手にばらまかれて、肉は砂の山みたいに積もってみたいよ」

 かなみにはとても信じられなかった。

「とても、健全な女の子には見せられないグロテスクさだったみたいよ、見たい?」

「け、結構です!」

「うん、まともな反応ね」

 あるみはそう言ってまた歩く。

「歩いて何がわかるんですか?」

「魔力の痕跡よ」

「こんせき?」

「かなみちゃんは何か感じない?」

「感じるって?」

 そう言われても、ただビルとビルの間を通り抜ける風が髪を揺らしてうっとおしいぐらいしか感じない。

「何も感じません」

「もっと感覚を研ぎすませて、涼美に教わったときみたいにするのよ」

「なんで社長がそのことを知ってるんですか?」

「そのくらいお見通しよ。今は一つ屋根の下で暮らしてるんだし」

「……早く事務所、なおらないんですか?」

「さあ……帰りに寄ってみる?」

「はい!」

「それじゃ、現場検証再開ね」

 あるみは再び辺りを歩き回ってみる。

 相変わらず何も感じられない。

「なんだか、みあちゃんの方が適任じゃないですか?」

「そうね、あの娘の感知能力はこのところメキメキ伸びてきてるしね」

「社長よりもですか?」

「さあ、どうだか……」

「てっきり、私の方がまだまだ上よって言うかと思ったわ」

「そればっかりはね、比べてみないことにはわからないことだからね……あったわ」

 あるみがそう言うと、かなみは寄る。

「何があったんですか?」

「痕跡よ」

 あるみが指を差したのは何の変哲もないビルの隙間であった。

「原理はあの名刺と同じよ」

「名刺って? ネガサイドの、ですか?」

 前にスーシーから一枚もらったことがある。

 普通の人には白紙にしか見えないが、魔力の素質がある人間には見えるようになっている魔法の名刺だ。

「ええ、よく目を凝らしてみて」

 あるみに言われたとおり、かなみは目を凝らしてその場を見る。


『ヨロズ』


 そう書かれていた。

「………………」

 かなみはピクリと震えた。

 その名前に覚えがあった。

「な、なんでこんなものが……?」

「おそらく殺した相手の名前か、それに関連するものかもしれないわね。かなみちゃん、心当たりある?」

「そ、それが……」

 かなみが言おうとして、あるみは視線をそらす。

「――!」

「どうかしましたか?」

「かなみちゃん、囲まれてるわよ」

「……え?」

 かなみは辺りを見回す。すると、いつの間にか行き交っていた通行人の何人かが足を止めて、こちらを見ている。

 こいつらからは妙な気配を確かに感じる。

「怪人ですか?」

 かなみはコインを構える。

「ええ、でも、ちょっと様子が変ね」

「……話がしたい」

 通行人から代表者らしきスーツの青年が言ってくる。

「話って何?」

「彼が殺されたのは我々にとっても意外なことだった」

「へえ、アクシデントってわけなの?」

「そうだ。ゆえに犯人を突き止めたい」

「わかったわ。犯人を突き止めるのが第一目的。それまで私達に手を出さないってことでいい?」

「そういう解釈でいい。もっとも手出ししてくるならこちらも容赦はしない」

 青年は自信満々に言う。

「まあ、こっちとしても無駄な戦いは極力避けたいところだからここは休戦ってことにしましょう」

「いいだろう」

「んで、質問があるんだけど」

「なんだ?」

「ヨロズっていう怪人に心当たりある?」

「ヨロズ……」

 青年はおもむろにその単語を口にした後にあっさりとこう言った。

「知らんな」




「ヨロズ……パーキングエリアの地下で生まれたばかりの怪人ね」

 あるみ達は近くの喫茶店でヨロズについて話した。テーブルの上にはコーヒーが置かれている。

「ふうん、来葉から話だけは聞いていたけど相当の怪人みたいね」

「ええ、強敵でした。倒しきれていませんし」

「そうね。でも、私が一番怖いところはまだ生まれたてだということよ」

「生まれたて?」

「伸びしろがあるかもしれないってことよ」

 かなみはその返答にゾッとする。

 来葉も似たようなことを言っていた。その上であるみまで怖いと発言すること自体が意外だった。それだけに現実味を帯びすぎている。


――カァイ

――ァァィ、カナミ……


 あの怪人は確かに、自分の名前を口にしていた。

 それが具体的に何を示しているのかはわからない。というより、考えたくないといった方が正しい。

 怖いからだ。

 もし、また自分の前になったら

 もし、また戦いになったら。

 もし、二人が言うとおり、前よりも強くなっていたら。

「……社長なら勝てますか?」

 かなみは訊いた。

「勝てるわよ」

 あるみはあっさりと当然のように答えた。

 そう答えることもわかっていた。なのに訊かずにはいられなかった。

「強いですね」

 羨ましかった。

 魔法少女としての強さももちろんのこと、勝てると言い切れるだけの心の強さが。

「私はそんなに強くは……」

「かなみちゃんは十分強いわよ」

「え……?」

 これも意外だった。

 てっきり弱いって言われると思っていたし、思われているものだと思い込んでいた。

「伸びしろだって十分にある」

「そ、そうですか……今いっぱいいっぱいなんですけど」

「そうやって強くなっていくものよ」

「私、強くなっていますか?」

「ええ」

 あるみにそう言われると、とても元気づけられた。

「私に比べたらまだまだだけど」

 その余計な一言がなければ最高だった。




「結局、犯人がわかっただけね」

 事務所に戻ったあるみは鯖戸に報告した。

「いや、それだけで十分だろう。普通の人だったらあの魔力の血が見えないのだからね。それに、名前がわかっただけでも色々対応できるだろうかね」

「そうね……」

 あるみはそう言って、かなみの方を見る。

 当のかなみはというと、涼美に抱きしめられて思いっきり胸の中に顔を沈められている。

「か、母さん、息が……」

「かなみがぁ、元気無さそうだったからぁ、これでぇ元気出たぁ?」

「息が……息が……!」

 かなみは手足をばたつかせるが、この母親、おっとりしているが実はかなりの力持ちなので外せない。

「うん、元気出たみたいでぇよかったぁ」

 外れた。

「はぁはぁ……」

「ああいう元気の出し方もあるのね」

 あるみは感心する。

「いや、違うと思うよ」

 鯖戸は突っ込む。




チリリリン!


 黒電話が鳴り出す。

「うるさい……」

 布団をかぶっていたかなみは起き上がって、目覚まし時計と勘違いして受話器を取る。

『もしもし』

「もしもし?」

『ん、聞きなれない声だね。社員さんかな』

「しゃいん? わたしはかなみよ」

『かなみさんか……あるみさんか鯖戸さんに代わってもらえる?』

「あるみさんか鯖戸さん……?」

 ここでかなみはようやく会社の電話を勝手にとったことに気づく。

「あぁッ!」


パッ!


 失態をしてしまったことに気づいた悲鳴とほぼ同時に受話器を取られた。

「はい、かわりました。鯖戸です」

 鯖戸は何事もなかったかのように応対する。

「………………」

 かなみは恥ずかしくて顔から火が出そうであった。

「~~~」

 鯖戸が何を言っているのかよくわからなかった。

「了解です。あるみに伝えておきます」


ガチャン


 鯖戸は電話を切る。

「まったく誰と話していると思ったら、肝を冷やしたぞ」

 ぼやかれる。しかし、言い返せない。

「あれで依頼を取り消しになったら……まあいい、あるみを起こす」

「あ、はい……」

 かなみは隣でまだ眠っているあるみの方を見る。

「ク~」

 相変わらずワイシャツとパンチ一枚という過激な格好で無防備に寝ている。これを男の鯖戸が起こすというのか。

「……課長、あっち行ってて」

「何故だ?」

「なんでも!」

 鯖戸は言われるがまま、玄関の方へ移動する。

「……とは勢いで言っちゃったけど」

 改めてみると、猛獣の眠りを一人で覚まそうとするのはどうみても無謀であった。

「ええい!」

 思い切って、あるみの身体を揺する。

「社長! 起きて下さい!」

 精一杯の勇気を振り絞って、起こそうとする。


バシィ!


 その手を即座に掴まれる。

「ひぃ!?」

 身の危険を感じたが、もう遅かった。

「いただきます~」

 まるで締まりの無い一言とともに、指を甘噛みされる。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ、食べられたぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 かなみは力の限り、叫んだ。

 玄関で起こすのを待っていた鯖戸はため息をつく。

 ちなみにこの後、悲鳴を聞きつけた隣の兄妹がやってきて弁解するのに苦労したのだとか。

「アハハハ!」

 あるみは笑い事で済ましたが、寝起き早々二度も恥をかいたので憂鬱になった。

「そりゃ、災難だったわね!」

「誰のせいですか」

 かなみは涙目で反論する。

「しかし、自業自得の面もある」

 鯖戸がそう言うと、キィッと睨みつけてやる。

「これも狭い部屋が悪いんです」

「そうね、借金のせいで広い部屋の家賃は払えないものね」

 あるみの一言がナイフのように刺さった。

「だったら、きゅうりょう、もっとくださいよ……」

 せめてもの抵抗でか細く文句を言う。

「あるみ、それで今朝の電話のことなんだけど」

「なんだった?」

「――また死体が出たそうだ」

「――!」

 鯖戸の一言で空気が一変する。

「連続怪人殺人事件ってところかしら?」

「怪人が殺人というのも言い得て妙だけど」

「またヨロズの仕業なんでしょうか?」

「さあ、それはわからないわ。かなみちゃん、放課後行くわよ」

「は、はい!」

「それじゃ、朝ご飯食べていってらっしゃい!」

 あるみはコーヒーを飲みほして、出て行く。

「社長、なんでいってらっしゃいって?」

「ああいう人なんだ」

 そう言われるとなんでも納得してしまう。

 あるみの場合、どんな無茶苦茶なことをしてもああいう人だからで済まされてしまう。

「ただいまぁ~♪」

 と入れ替わりで、涼美が帰ってくる。

 そういえば夜出かけたきり帰っていなかった。

「かなみぃ、おはよう」

「おはよう。母さん、どこ行ってたの?」

「ちょっとした仕事でねぇ、臨時収入よぉ」

「ええ、ホント!?」

「はぁい、こぉれ」

「……え?」

 かなみはジャムの小瓶を渡される。

「お・み・や・げ」

「もしかしてこれでジャムトーストにしていいの!?」

「いいわよぉ」

「ありがとう、母さん!」

 かなみは憂鬱を吹き飛ばすほど喜んだ。

「……なんて安上がりなんだ」

 鯖戸はぼやかずにはいられなかった。




 放課後、かなみはすぐに帰ってあるみとともに現場へ向かった。

 ここも昨日と同じように高層ビルに囲まれた間にある一本の細道であった。

「ここにも同じ文字があるわね」

「……ヨロズ」

 床に書かれていた文字をかなみは読んだ。

「またお前たちか」

 昨日の怪人の青年と鉢合わせした。

「調査依頼が出ているからね」

「調査するのは構わないが、邪魔をするなら容赦はしない」

「それはお互い様ね」

 そう言葉をかわして、去っていく。

「あいつを殺した奴を決して許しはしない」

 青年は恨み言をはいていた。




 そこはかつて株式会社魔法少女のオフィスビルが建っていた場所。そして、今はオフィスビルがまた建てられようとしていた。

「まだなおらないんですか……?」

 かなみは一日千秋の気持ちで見ている。

 ここのオフィスビルが中々再建させられないものだから、鯖戸とあるみがかなみの部屋に住み着いてしまっている。ただでさえ狭いのに余計狭苦しくなっている。そのせいで今朝みたいな事故が起きるのだ。

「そうね、もう少しね……さて」

 あるみはそう言って、再建中の陰へ目を向ける。

「さ、迎えに来たわ」

「すごい退屈してたのよ」

 宙に浮かぶ千歳はかなり疲れた様子で言う。

 幽霊なのに髪がボサボサになっているように見えるが、まるで

「だから僕はここから動きませんから、見張りの必要はないって言ってるじゃないですか」

 スーシーは対照的にのびのびとしているように見える。

「信用できないのよね、それが」

「まあ、当然ですね。今日は何の用ですか?」

「あなたの意見を聞きたいのよ」

「意見ですか。ネガサイドの話なら出来る範囲でしかできませんから」

「それで十分よ。一応黙秘権はあるわ」

「一応、ですか……」

 見てるこっちがヒリヒリするようなやり取りであった。

 あるみが切れたらそのままマジカルドライバーでバラバラにしかねない。たとえ憎たらしい敵でもそんな光景はできるだけみたくないものであった。

「かなみちゃん……たまには遊びに来てよ……」

 千歳がフラフラとかなみに寄ってくる。

「……い、いえ、建て直されたら毎日きますよ」

 本当はきたくないけど、と、心の中で付け加えた。

「あいつと話してるとイライラするのよ……拘束用の糸を維持するのにも魔力の消耗が半端じゃないから疲れるし」

「大変だったんですね」

 それには同意できた。何しろ、スーシーと僅かな会話でもイライラさせられるのに、四六時中一緒にいるのだとしたら……自分だったら、気が狂ってもおかしくないと思った。




 というわけで、かなみの部屋にかなみ、翠華、みあ、鯖戸、あるみ、涼美に加えて、来葉、千歳、スーシーまで入って、明らかに狭っ苦しくて辛い。

 千歳は幽霊だから宙に浮いてるものの、それでも圧迫感は否めない。

「せまーい!」

 かなみは悲鳴にも似た文句の声を上げる。

「なんだって、私の部屋に集まるんですか!? もっと広いみあちゃんの部屋とかにすればいいじゃないですか!」

「たしかに狭いわね」

 みあも同意する。

「……こんなに狭いと、かなみさんと……」

 何故か翠華は顔を赤くしている。多分息苦しくて暑いのだろう。

「いや、可愛い子に囲まれるっていいですね」

 スーシーは満足げに言う。一発はたいてやろうかと思う。

「はぁい、みんな注目」

 あるみはホワイトボードをポンポンと叩く。

「どうやって引っ張ってきたのよ?」

「無駄に凄いことしていますね」

「ああ……ただでさえ、狭い部屋なのに……」

 かなみは今にも泣きそうになる。

「そいで、今から連続怪人殺人事件の説明を始めるんだけど」

「怪人が殺人なんていうのも変な言い方ね」

 みあがぼやく。

「あるみ、そういう言葉遊びみたいなの好きなのよね」

 来葉が補足してくれる。

「怪人を殺人する怪人」

 あるみはホワイトボードで書いてみる。

「うわ、ややこしい」

 再びみあはぼやく。

「名前はヨロズ」

「え、名前はわかってるんですか?」

「メッセージがあったのよ」

「ヨロズ……たしか、パーキングエリアの地下にいた怪人ね」

 来葉が言う。一瞬、かなみの方へ視線を移す。

「ええ、かなみちゃんが倒しきれなかった怪人よ」

 あるみの棘の刺さるような言い方であった。事実、その一言はかなみの心に棘のように刺さった。

「倒しきれなかった。それだけ強敵だったということよ」

「まあ、こいつの実力はあたしも認めているしね」

「みあちゃん……」

「かなみさんが倒せなかったということは、私達でも一人じゃ倒せない。そういう意味だと思っていいんですね?」

「翠華さん……」

 二人がかなみを認めてくれる発言したので、かなみは感動で涙を流しそうになった。

「まあ、そういうことね。しかも、この怪人の恐ろしいところはまだ誕生したてというところよ

「誕生したてだと何が恐ろしいんですか?」」

 紫織が疑問を投げる。

「成長する可能性があるのよ」

「………………」

 翠華やみあに緊張の色が浮かぶ。

「やばいじゃない、それ」

「そうなると一人じゃとても太刀打ちできそうにありませんね」

「そうね。私や来葉、涼美ならともかくあなた達じゃ一人で倒すことは厳しいわね」

「太刀打ちできるにしてもぉ、苦戦はぁ免れないわねぇ」

「そうね。どれだけ成長しているかにもよるけど。少なくとも楽に勝てる怪人じゃなかったわね」

「私は? 私は?」

 千歳は飛び回って訊いてくる。

「あなたは勝負以前に戦える身体がないじゃないの」

「むむ! 鯖戸! 早く私の身体を手配しなさいよ!」

 鯖戸に文句を言う。

「僕に言われてもな……って、僕の身体を乗っとるな!」

「うーん、こうした方が面白いわね」

 千歳は鯖戸の身体に入り込んで、鯖戸の声で言ってくる。

 傍から見る分には、真面目でお固い鯖戸が急にオカマ口調になったのでおかしくて笑いそうになる。

「はいはい。脱線しそうだから話戻すわよ。それで成長したヨロズの対策なんだけど当分私とかなみちゃんだけで外に出てあとのみんなはここで待機って体勢をとるわ」

「えぇ、私は外に出るんですか!?」

「……なるほど、囮ってわけね」

 みあは速攻で理解する。

「みあちゃん、冷静に言ってる場合じゃないでしょ! 私、囮に向いてないよ!」

「かなみさんの魔法は派手で人目につきやすいから囮に向いていそうだけど」

「翠華さんまで!」

「大丈夫大丈夫、やってきた敵を倒せばいいんだから」

「社長、ちょっと無責任すぎませんか」

 かなみは恨めしげにあるみを見る。

「でもね、かなみちゃん。これが一番の対策なのよ」

「来葉さん?

「いくらあるみでもあなた達それぞれ別行動をとられたらカバーしきれないわ。かといって、ずっとここにこもっていっても事態は進展はしない。だったら、あなた達の中の誰かと外に出歩いて敵の出方を窺うのがベストなのよ」

 未来が視える来葉が言うとより一層説得力を感じる発言だ。

「でも、それだったら感知能力のあるみあちゃんとか、瞬発力のある翠華さんの方が向いていませんか?」

「あ~、それも一理あるわね」

「一理あるかぁッ!」

 みあは抗議する。なんとしてでも自分は囮になりたくないようだ。

「でも、私と行動を一緒にするのは、かなみちゃんよ。これは決定事項」

「私に拒否権はないんですか!?」

「借金ならあるんだけどね」

「うぅ、それを言われると……」

「かなみ、頑張ってぇ」

「母さんのせいでしょ!」

 かなみは母、涼美へ文句を言う。

「そう言われると弱いけどぉ、二人で力を合わせてぇ、返すって誓ったじゃなぁい」

「それはそうだけど……大人ってずるい」

「これは賢さっていうのよぉ、インテリってやつよぉ」

 涼美は自慢げに言う。

「ずる賢さなら涼美が一番ね」

 来葉はクスリと笑う。

「同感ね。そういうところは昔から変わっていないわ」




 そういうわけで、あるみとかなみは夜の見回りということで街中を歩いていた。

「この辺りで殺人が起きるんでしょうか?」

「さあ、全てはヨロズの気分次第ってところね」

 出来れば、会いたくない。

 かなみは身震いしながら辺りを見て、ヨロズの姿がないことを確認した。

「昨日と今朝発見された場所はどちらも高層ビルの隙間。人の通りが少ない小道だったわ。夜ともなると誰も通らない場所って点も共通しているわ」

 今夜来ているのもそんな誰も好んで通ろうとしないビルとビルの間にある隙間の小道。怪人の気配は今のところ無いが、お化けでも出てきそうな雰囲気であった。

「ここにはいないわね。次行きましょうか」

「これいくつ見回るんですか?」

「今夜はあと二ヶ所と……おまけがあるわ。それをちゃんと見回ったら足代ぐらいはあげるわ」

「色をつけてくださいよ」

「そのあたりは経理の仔馬に言いなさい」

「あの人、経理もやってるんですか?」

「色々やってもらってるわよ。かなみちゃんの借金の管理とか」

「う……よ、弱味を握ってるってことですよね、それ……」

 あるみとは別の意味で頭が上がらないし、会社には一切逆らえない。

「鯖戸課長はそういうところでサービスはしないと思うけど」

 肩に乗っているマニィがわかりきったことを言ってくる。

「わかってる、わかってるから……」

「地道に返していくしかあるまい」

 あるみの肩に乗っているリリィも言ってくる。

「それもわかっています!」

「さ、次行きましょうか」

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