第47話 再戦! 三日会わざる好敵手に少女は刮目する (Bパート)

 その後、同じようなビルの隙間の小道を見回ったが、これといった収穫は無かった。

「さて、次はおまけね」

「おまけってなんですか?」

「ある意味、メインイベントよ」

 一体どんなところだろうか。

「かなみちゃん、この道憶えている?」

「……え?」

 そう訊かれて、かなみは辺りを見回す。

「見覚えがあるような、ないような……」

「じゃあ、いいわ」

 あるみはあっさりと言って、先に進む。

「ええ、何なんですか?」

 かなみは慌ててついていく。


――ピリ!


 その時、電流が走ったかのような痺れを身体に走った。

「社長!」

 かなみはとりあえずあるみへ呼びかける。

「思い出した?」

「いえ、そういうのじゃなくて、怪人の気配が」

「そりゃするでしょうね」

 あるみはまたあっさりと言って、先に進む。

「え……?」

 かなみは呆気にとられた。

「あ、あの近くに怪人がいるんですよ?」

「ええ、そういうところに向かっているから」

「ど、どういうことですか?」

「こっちよ」

 そう言ってあるみはとある高層ビルの地下に入る。

「…………………」

 かなみはビルを見上げてから、あわててあとを追いかける。

 エントランスまで来ると、さすがに来た事があることに気づく。整った清潔感に包まれていて胡散臭さやおぞましさは感じられない。

「何か御用ですか?」

 正面にいる受付の女性は丁寧な口調で訊いてくる。

 この応答と女性に既視感を覚えた。

「……まさか、ここって?」

 かなみは不安げにあるみに訊く。

「そう、秘密結社ネガサイドのオフィスビルよ」

「なんでここに来たんですかッ!?」

「蛇の道は蛇。怪人の手がかりは怪人に聞けっていうじゃない」

「いいません! いいませんから!」

「さっきアポとっておいた、金型あるみなんだけど」

 あるみは親しげに受付の女性に話しかける。

「い、いつの間に、アポとったんですか……」

 そんなところ見かけなかったが。

「金型あるみ様ですね、少々お待ち下さい」

 女性は電話でどこかしかにかける。

「ええ、はい……そうですか……はい……」

 前にもこんなやり取りをした気がする。

 あの時、いつ襲われたり、いきなり床が抜けたり、アニメのような出来事が自分の身に降り掛かってくるんじゃないかと警戒した。というか、今も警戒している。

――フフフ、バカな連中ね

 と、あの受付の女性は陰でほくそ笑んでいるかもしれない。

「お待たせしました。ご案内致します」

 受付の女性は営業スマイルを顔に貼り付けて言ってくる。

「案内するってどこに?」

 かなみは恐る恐る訊く。

 受付の女性はニコリと笑って、サラリと答える。

「地下です」

――次の瞬間、床が抜けた。

「キャァァァァァッ!!?」

 あまりの突然のことに変身する暇もなかった。

 高さはそれほど無かったが、思いっきり尻もちをついた。

「まあ、秘密結社のアジトならこのぐらいするわね。いい勉強になったでしょ」

 一緒に落ちたはずのあるみはしっかり着地して事も無げに言ってのける。

「い、いたい……」

「あと、心がけね。いつでもどこでも一瞬で変身できるようにしておきなさい。もしも、下が針山とかだったら串刺しで即死だったところよ」

「あ……」

 そう言われて、かなみは想像してしまう。

 もしも、ここがちょっと硬い床などではなく、針山であるみの言うとおり串刺しになっていたら……ここが悪の秘密結社だということを考えると十分にあり得ることだった。

 お尻の痛みを忘れるほどゾッとする。

「き、気をつけます……!」

「この次はちゃんと対処しなさい。」

 じゃなかったら死ぬわよ、とあるみは忠告する。

「はい!」

「じゃあ、行きましょう」

 あるみは先に進む。

「そ、そういえば……」

 かなみは周囲を見回す。

 見覚えがある。さっき落とされたエントランス以上に。

「ここは……怪人の闘技場、ですか」

「ええ、そうよ」

 あるみはあっさりと答えて、かなみは息を呑む。

 かつて、ここで怪人と命懸けの戦いを何度も見世物にされたことがあった。

 あのときは、ただ夢遊病のように怪人と戦っていた。

 現実感がなかった、といっていい。今でも思い返そうとすると、まるで夢の出来事のようにぼんやりとしてしまう。

「……どうして、ここに?」

「ここに用があるのよ」

「戦うんですか?」

「いえ、今日は戦いに来たんじゃないわ」

 あるみはそう言って、先に進む。

 戦うことはない。そう言われて、どこかホッとした自分がいることにかなみは気づく。


ワアアアアアアアアアアアッ!!


 鼓膜を突き破らんばかりの歓声が響く。

 歓声を上げる観客達は特設の闘技場に魅入っていた。

 戦っているのは、いかつい怪人と怪人。

(強い)

 戦っている怪人を一目見て、かなみはそう感じた。


ブシュァッ!


 怪人の一撃により、もう片方の怪人の肉が裂け、血が飛び散る。


キャァァァァァァァァァッ!!


 観客達は悲鳴を上げるが、どこかこのスリルを楽しんでいるようだった。

 かなみはそんな怪人と観客の構図に嫌気が差して目を背ける。

「ここは最低よ……」

 そう吐き捨てる。

 あるみはなんだってこんなところにやってきたのか。それを訊こうとしたところで、目の前に和服の女性は立っていた。

「――!」

 かなみは驚く。

 その和服の女性はテンホー。かつて中部支部と関東支部の戦争の際に戦い、倒したはずの敵だった。

「どうして、あんたが?」

「私は悪運が強いのよ、悪運の愛人だから」

 テンホーは自信満々に言い切って、ああ、こういう人か、ってなんとなく納得してしまう。

「今日はあなたのところの社長さんに呼ばれたのよ」

「社長?」

 かなみはあるみの方を見る。

「あんたんとこの上司に掛け合ったら、あんたに話を聞けってね」

「上司?」

 テンホーは関東支部の幹部だった。その上司と言えば、関東支部長カリウスが思い浮かぶ。

「たしか、カリウスは行方不明だったわよね?」

「今の上司はカリウス様じゃないわ。九州支部長のいろか様よ」

「い、いろか!?」

 かなみは驚く。

 テンホーと同じ和服で着飾った美女で、とてつもないオーラを放っている印象があった。

(あの、いろかとテンホーが……)

 考えてみれば、ピッタリの組み合わせに思えた。同じ和服というだけなのだが。

「いわゆる転属ってやつね」

「左遷ともいうわね」

「関東から九州じゃ、そうともいうわね。でも言われると腹が立つわ」

 テンホーは睨み返す。

(なんで、この人は喧嘩を売るようなことを言うんだろう……?)

 かなみはあるみに対して思う。

「まあ、腰掛けましょう。今日は戦いに来たんじゃないんだから」

 テンホーは近くの空いている座席に腰をかける。

「かといって、ゆっくり試合を見物する気分でもないのだけどね」

 そう言いつつ、あるみはテンホーの隣に座席に着く。

(あなたも座りなさい)

 あるみは目でかなみに語りかけた。

「………………」

 釈然としないまま、かなみは座る。


ワアアアアアアアアアアアッ!!


 歓声がまた上がる。

 勝者が決まって、試合が終わったからだ。

「私、こういう試合見てるの好きなのよね」

 テンホーはゆったりとした口調でそう言うと、次の怪人が入場してくる。

「私は嫌いよ」

 かなみは憎らしげに言う。

 入場してきた二体の怪人が向かい合う。

「どっち勝つと思う?」

 いろかは問いかけてくる。

「当てたら、情報サービスしてあげるわ」

「……かなみちゃん、どっちが勝つと思う?」

「……え?」

「賭けはかなみちゃんに任せたわ」

「そんな、外したらどうするんですか?」

 かなみは戸惑ったが、あるみはあっさりと答える。

「ボーナスの減給」

 お、横暴だ……と、かなみは心中でぼやく。

 とはいえ、一回言い出したら簡単に覆らないので、予想するしか無い。

 そうして、闘技場に立った二体の怪人を見る。

 一方は獅子の鬣を持つ雄々しい怪人ライオ。

 一方は植物のように青々とした人の形をした怪人ウドー。

 パッと見た印象だとどちらも同じくらいの強さのように感じる。

(うーん……)

 かなみは悩む。

 どっちにしようか決め手が無い。

「わからないんですけど……」

「当てずっぽうでいいから、言ってみなさいな」

「じゃあ……ライオで」

 本当になんとなくで決めた。

「じゃあ、あたしはウドーの方に賭けるわ。勝ったらこのまま帰らせてもらうわ」

「かなみちゃん、責任重大ね」

「誰のせいですか!」

 かなみは激昂するが、あるみといろかはクスクスと笑うだけであった。

(こ、この二人……!)

 実は陰で結託してからかっているだけではないか、と思う。


カァーン!


 試合のゴングが鳴る。

 まずライオが仕掛ける。

 鋭い爪を振って、ウドーの細枝のような腕を斬り裂く。

(あ、勝った!)

 これで責任を負わされなくてすむ、とホッとしようとした。


グサリ!


 次の瞬間、ウドーの腕がまた生えて、ライオの腹を突き刺した。

「ああぁぁーーー!!」

 かなみは悲鳴を上げる。


バシャン!


 しかし、ライオも怯まず、自分を突き刺した腕を爪で引き裂いて後退する。


ピタピタピタピタ


 腹を貫かれて、おびただしい血が滴り落ちている。

「あ……」

 かなみは絶句する。

 恐ろしい出血もさることながら、あの深手ならまともに戦うことすらできないだろう。

「勝ったと思って油断したわね」

 あるみはそう言う。

「腕を斬っても、頭を飛ばしても、安心してはダメよ。頭に脳があるとは限らないし、心臓が胸にあるとも限らない。そして、急所をついたところで仕留められるとも限らない」

 かなみに助言するかのように言う。

「腕を斬ったぐらいじゃ、ウドーはすぐに再生するわ」

 テンホーは補足する。

「ライオはそれを知らずに腕を切り落として勝ったと勘違いした。そこを突かれたわ。勝負あったわね」

「うぅ……」

 テンホーは席を立とうとする。

「いえ、まだ決まったわけじゃないわ」

 あるみはそう言い切る。

 と同時に、ライオは動き出す。獣のしなやかな足によって、凄まじいスピードを出す。

「速い!」

 魔力を使って強化した動体視力でもシルエットだけをとらえるのが精一杯だ。

 その超スピードをもって、ウドーの背後に回る。


バシャリ!


 鋭い爪で一閃し、ウドーの首を切り裂き、頭を飛ばした。


キャァァァァァァァァァァァ!


 頭が観客席に転がっていく。

 凄惨極まりないものであったが、観客達はその光景を、スリルを楽しんでいるようであった。

(……どうかしてるわ)

「彼等からしてみれば、映画を見ているのと変わらないわ。ホラー映画の方がグロテスクなぐらいよ」

 テンホーが言う。


バシャリ!


 その次はウドーの足が飛ばされる。

「頭を斬って、足を斬った!?」

「油断が無くなったわね。そのぐらいじゃ死なないってわかってるから思いっきりやってるのよ。――それに、ライオンは手負いになったら怖いわよ」

 あるみがそう言ったように、ライオは動き回ったら出血が激しくなり、生命が危なくなるというのに、構わず襲い続ける。

 反撃する間も許さず、腹、胸、再生した腕や足も片っ端から切り落としていく。

「………………」

 かなみは絶句する。

 しばらく、この闘技場に身をおいていたが、これほど凄惨な戦いは初めて見た。

「どっちが勝つかわからなくなったわね」

「いいえ、決着はついたわ」

 あるみは言うが、試合はまだ続く。

 動くなくなったウドーを一方的に、ライオが切り刻み似続ける。

 狂喜に包まれていた観客でさえ、その凄まじさに言葉を失った。

 やがて、ライオは動かなくなった。

 ウドーも再生すること無く起き上がることがなくなった。

 闘技場のアナウンスが勝者の名前を告げることはなかった。

「………………」

 今日の試合はこれで終わった。

 観客達に帰路に着く。誰も彼も驚嘆の息を漏らしつつも、言葉に出来なかった。

「結局、どっちが勝ったのかしらね?」

「あなたが帰らないことが答えじゃないの」

「フフ、そうね」

 テンホーは笑って首肯する。

「訊きたいことは?」

「ヨロズって怪人を知っている?」

「ええ」

 テンホーはあっさり答える。

「彼は今どこに?」

 あるみも特に驚きもせず、さらに質問する。

「いろか様が匿っているわ」

「え……!?」

 かなみが驚いて席を立とうとする。

「彼には見込みがあるのだそうよ」

「見込み?」

「空席の関東支部長になれるのだそうよ」

「なッ!?」

 今度こそ席を立った。

「あいつが……関東支部長……?」

「凄いでしょ? 私達の将来の上司よ、今はまだ赤ん坊みたいなのにね」

「あれが、赤ちゃんなんてそんなはず……」

「人間基準で考えちゃいけないわ。生まれたばかりで成体に近い動物なんていくらでもいるわ」

「……さっきは成長するって言ったじゃないですか」

「じゃあ、更に成長するのかもしれないわね。そこのところはどうなのよ?」

「彼は確実に強くなっているわ」

 テンホーがいったことにかなみは寒気が走った。

(強くなった……? あれだけ強かったのに……それじゃ、私は勝てるの……?)

 不安と恐怖が大きくなる。

 記憶の中にいるヨロズもさらに大きくなった気がする。

「それじゃ、ここのところ怪人で殺して回っているのは腕試しってわけ?」

「ええ、そうね。彼は戦う度に強くなっていくわ」

「戦い? 一方的な殺戮でしょ」

 テンホーは口を歪めて笑顔を作る。

「あれが戦いっていうんなら、もっと痕跡が残るものよ。今日の試合みたいにね」

 かなみに現場の光景が目に浮かぶ。

 確かに、人の通りが極端に少ない路地裏なものの、ごく普通の街中の光景に見えた。今見た怪人同士の試であったような血生臭いものなんて一切無い。

「それだけ彼が強いのよ」

「殺された怪人の方が弱かったってことはないの?」

「一応、Aランクの怪人よ」

「Aランク……それだけの怪人を一方的に殺せる力なら確かに支部長の座を狙ってもおかしくないわね」

「………………」

「それで、次の標的は誰?」

「それを教えたらどうするつもりなの?」

「どうしようと勝手じゃない。少なくともこのまま殺され続けるのはこっちとしては面白くないわね」

 それは事実上の回答でもあった。

「まだ魔法少女と事を構えるのは時期尚早といろか様は仰っていたわ」

「いずれ戦わせるつもりともとれる言い方ね」

「私は戦わせてみたいと思っているわ」

「せっかくの逸材が台無しになるとしても?」

「……あんたと真正面からぶつかるならそうなるでしょうね」

 確かにあるみならどんなに敵が強くてもあっさりと倒せそうだ。

「まあ、実際戦うのはこの娘だけどね」

「え……?」

 かなみは呆然とする。

「なら教えてもいいわね。次のターゲットは――」

 そう言ってテンホーはあっさり答えてくれた。




「一体どういうことですか?」

 帰り道でかなみはあるみに訊いた。

「どういうことって?」

 あるみは振り向く。

「あいつと戦うのは私だってことです」

「あなたが戦いたいって顔してたからよ」

「え……?」

 そんな顔していないはずなのに。むしろ、戦いたくない顔をしていたはずだ。

「私、そんな顔してませんよ」

「でも、もう決めたわ」

「……勝手です」

「社長は勝手なものなのよ。でも、かなみちゃんはあいつに勝ちたくないの?」

「……わかりません」

 ただ、出来ればもう二度と戦いたくない敵だとは思っている。

「だったら、みあちゃんや翠華ちゃんと戦わせてみる?」

「そんなこと……社長が戦えばいいじゃないですか?」

「さあ、どうでしょうね。敵の方が是が非でも戦わせないつもりみたいだけど」

「どういうことですか?」

「敵の方にも事情がありそうなのよね、今回」

「だから私に戦わせるんですか?」

「そうね。あなたにはもっと強くなって欲しいから」

「私、強くなれますか?」

「強くなれるわよ、涼美の娘で私の社員なんだから」

 あるみは力強く言ってくれるとそうなれるような気がしてくる。

「……母さんや社長みたいに強くなれる気がしません」

 だから余計に本音が漏れてしまうのかもしれない。

「私達だって最初からそんなに強かったわけじゃないわ」

「信じられません」

「涼美か来葉に聞きなさい。私より説得力があるでしょ」

 あるみは困ったように言う。




 朝日がのぼりはじめる頃、まだ人が目覚めていない時間帯に、ただでさえ人の通りが少ない路地裏は人の目に一切晒されていなかった。ゆえにそこは形は違えど、地下の闘技場と同じく怪人の試合会場となっていた。

 あるみと対峙した青年は殺気を感じ、警戒態勢に入る。

「やはり、俺を狙ってきたか」

 青年はこうなることを望んでいた。

 ここ数日連続して殺された怪人は同胞であった。その恨みを必ず晴らしてやると胸に近い、あえて狙いやすい路地裏を歩き回っていた。

 そして、敵はやってきたのだ。

「幹部にまで出世していないが、俺とてAランクの怪人だ。返り討ちにしてやる」

 青年は全身毛むくじゃらの怪人ケダルマに変化する。

「さあ、来い!」

 ケダルマは吠えた次の瞬間、怪人ヨロズは姿を現す。


ドスン!!


 鈍い音とともに、ケダルマの身体が浮き、ジャストミートしたボールのように吹き飛ぶ。

「ゴフッ!?」

 殴られた。

 全身毛むくじゃらということで防御力に自信があった。毛は柔らかくしなやかでありながら鋼のごとき硬度を誇り、それだけならSランクと広言したこともある。

 ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。あの魔法少女カナミの幾多の怪人を葬ってきた神殺砲だって防ぎきれるはずだ。なのに、この鋼の体毛をいともたやすく撃ち抜いた。

「な、なにもの……!?」

 ケダルマは見上げ、襲撃者の姿を確認する。

「………………」

 その怪人ヨロズは立っていた。獅子の頭、熊の身体、コウモリの翼を持つ怪人。熊の豪腕をもって、先程殴りつけてきたのだろう。

「――!」

 獅子のごとき鬣が自分が格上なのだと誇示するかのように威圧する。

 尻尾の蛇がこちらを睨み、その眼光によってケダルマはたじろぐ。

「ふ、震えている……こ、この俺が……!」

 睨まれた蛙のようになっている。

 俺は単なる獲物に過ぎなかったのか。ただ、こいつに殺されるためにここまでのこのこやってきてしまったのか。

「そんなわけあるかぁぁぁッ!!」

 ケダルマは攻撃にうつる。

 鋼鉄のような毛を矢のように尖らせて、発射する。

 その速度は風のように速く、鉄さえも貫く強力な一撃であった。


ガシィ!


 それをヨロズはあっさりと掴む。まるでキャッチボールの球をとるように軽々とである。

「…………………」

 ケダルマは絶句した。

 更にヨロズは容赦なかった。

 矢のような毛を本当にキャッチボールを投げ返してきたのだ。


グサリッ!


 皮肉にもケダルマの自慢だった鉄さえも貫く毛は、これまた自慢の体毛で守られた身体を貫いた。

「ゴガアアアアアッ!!」

 ケダルマは悲鳴を上げる。

 これまでこれほどまで簡単に体毛を貫いた男はいなかった。それも自分の毛を利用してあざ笑うかのようにである。

「グガ……ガ……!」

 血に塗れながらヨロズは見つめる。

 ヨロズは相変わらずこちらを睨んでいる。このAランクである自分をここまで追い詰めておきながらそれを喜ぶでもなく、誇るでもなく、ただ悠然とそこに立っているだけであった。

(殺される……!)

 ケダルマは確信した。

 他の怪人もこうして為す術無くあっさりと殺されたに違いない。

 そして、自分もまた彼等と同じように……

「………………」

 ヨロズは声を発すること無く、一歩ずつこちらに向かってくる。

 ゆっくりと確実に死への歩みを刻んでいく。

「……くるんじゃねぇ……」

 ケダルマはせめてもの抵抗に言う。

「くるんじゃねえ! お前なんかに殺される憶えはないんだ! 俺は幹部に、支部長になってやるんだ!」


ザシュ!


 豪腕に備え付けられた爪が、体毛を根こそぎ削り取って肉を裂いた。

「ガアアアアアアッ!!」

 ケダルマは絶叫する。

 ヨロズは構わず、次の一撃を放つ体勢に入る。

 これが最後の一撃、トドメにするつもりだったのがわかる。

(死んだな……! ちくしょうめ!)

 それを悟った瞬間、ケダルマは最早言葉を発することさえできなかったため、心の中で吐き捨てる。


バァン!


 その時、ヨロズの身体が揺らぐ。

 不意に真横から魔法弾をぶつけられたのだ。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」

 黄・赤・桃の魔法少女が姿を現す。

「まほう、しょう、じょ……?」

 ケダルマは敵であるはずの魔法少女に助けられたことを実感し、複雑な想いを抱く。

 いっそこのまま死んだほうがよかったか。恥さらしもいいところだ……だが、助けられた……


バタリ


 ケダルマは倒れる。

 肉体が消えてなくならないところを見るに死んではおらず、意識を失っただけのようだ。

「間一髪ってところね。どう、敵の怪人を助けた気分は?」

 モモミは楽しそうに、カナミに訊く。

「……知らないわよ」

 カナミは震える声で答える。いや、全身が震えていた。

 怪人とはいえ、目の前で殺されるところなんてみたくないから無我夢中で撃ってしまった。その相手が誰なのかも忘れて。

「――!」

 しかし、こうして対峙すると全身がゾクリとする。

 この感覚は、カリウスやいろかといった支部長と相対した時に近いものがあった。


――空席の関東支部長になれるのだそうよ。


 テンホーがそう言っていたが、否が応にも現実味が帯びてしまう。

 強敵。出来れば、戦わずに避けて通りたい怪人だ。

 獅子の頭、熊の身体、蛇の尻尾、コウモリの羽……様々な動物の恐ろしい部分が組み合わさった怪人ヨロズ。前にパーキングエリアの地下で戦った時、全力で戦い、傷つきながら神殺砲を食らわせてなんとか退けたものの、勝った気がまるでしなかった。

「ヨロズ……!」

 その名を口にすることで、恐怖を抑え込もうとする。

 そうしないと、あの時よりもさらにたくましくなったような気がする身体から発せられる威圧感に押し潰されそうになる。

「……カナミ」

 ヨロズもまたカナミにならって名を口にする。

「しゃべ、った……!?」

 カナミは背筋が凍りそうになる。


――――ァァィ、カナミ……


 あの時、ヨロズが自分の名前を口にした。

 それは気のせいだったとも、幻聴だったとも思い込もうとした。その時、ヨロズが自分を標的として見定めた恐怖から目を背けようとした。

 なのに、こうして真正面からそう呼ばれると抑え込もうとした恐怖が震えとなって身体の自由を奪う。

「カナミ」

 ヨロズは嬉々としてカナミの名前を呼ぶ。

「呼ぶなぁッ!」

 カナミは吠えて飛び出す。

 即座に魔法弾を撃つ。


ドスン


 無造作に振った手が魔法弾をあっさりと弾く。

 ニヤリ、とヨロズは笑う。

 それが挑発だとカナミは感じた。

「来い」

 ヨロズは抑揚のない声で言う。

「――!」

 カナミをその声に背中を押されたかのように飛び出し、

「ジャンバリック・ファミリア」

 ステッキの鈴を飛ばし、右から、左から、前から、後ろから、全方位から無数の魔法弾を放たれる。


ドドドドドドン!!


 爆煙が巻き上がる。

 その中をヨロズは悠然と歩いて行く。

 無数の魔法弾の雨あられをまるで小雨を身に受けた程度にしか効いていない。

「――今度はこっちだ」

 ヨロズが予告してくる。

 カナミはとっさに身構える。


ダン!


 だが、ヨロズは一歩の跳躍で距離を縮める。

 カナミからしてみればそれは体当たりに等しかった。横に飛んでなんとかこれをかわす。

(――はやい!)

 もし、一瞬でも飛ぶのが遅れたら……あのケダルマみたいにやられていただろう。

「神殺砲!」

 カナミは恐怖を抑え、ステッキを砲台へと変化させる。

「ボーナスキャノン!」

 即座に魔力充填を完了させ、発射させる。


バァァァァァン!!


 砲弾は見事ヨロズを捉え、着弾する。

「滅茶苦茶ね、ヤケクソもいいところだわ」

 ミアはぼやく。

「そうね、あんなんじゃ倒せないでしょ」

 モモミは声にわずかに苛立ちを乗せて同意する。

 そして、モモミが言ったとおり、ヨロズは倒れなかった。

 腕を前に出して身体を守っている。その腕に砲弾による焼け焦げた跡は出来たものの、五体満足であった。

「……!」

 その姿に、カナミは少なからずショックを受けた。

 前はこの神殺砲で倒せはしなかったものの、相当なダメージを負わせることが出来た。なのに、今回はほとんどダメージを無いように見える。


――あの怪人は成長している。


 あるみやテンホーの言葉を改めて実感させられる。

 果たして、自分がこんな怪人に勝つことが出来るのだろうか。

 無理、かもしれない……

 弱気な声が内側から上がる。

「俺が勝つ」

 ヨロズは笑みを浮かべ、そう宣言するとともにカナミを殴り飛ばす。

「ガッ!?」

 魔力で覆った両腕で防御したものの、そんなものは気休めでしか無かった。

 飛ばされて地面を転がっり、ビルの壁に激突する。

「カナミ!」

 ミアは駆け寄る。

「う、うぅ……」

「しっかりしなさい! このぐらい、大したことじゃないわ!」

 ミアはそう言って励ましてくれるが、防御した腕は折れていた。

「ぐ、ぐぅ……」

 それでも、ステッキだけはなんとか握ってヨロズに向けようとする。


――ニヤリ


 ヨロズはその必死の抵抗を楽しんでいるようだった。

 その顔を見て、無性に腹が立った。

(――負けるものか!)

 今までの恐怖が引っ込む程の負けん気で立ち上がる。

「――そこまでよ」

 そう言って、カナミとヨロズの間にアルミとテンホーが割って入る。

「社長……?」

 助けに来た。そんな雰囲気じゃない気がした。

 何よりもどうして敵であるテンホーと一緒に出てくるのか。

「まったく世話が焼けるわね」

 アルミはカナミの腕を見て、やれやれといった調子で言う。

「でもまあ瞬殺されなかっただけ上出来かしらね」

 そう言われてなんだか悔しかった。

「何故、邪魔をした?」

 ヨロズはテンホーに訊く。

「今朝は前哨戦よ。あなたと彼女の力量差をはかっておきたかったのよ」

「……俺の勝ちだ」

「フフ、それはどうかしらね」

 テンホーがはぐらかすと、ヨロズは不満な視線を向ける。

 その視線を向けられるだけで並の怪人なら卒倒しそうなものだが、テンホーは幹部である意地によって微笑みを返す。

「腕を怪我しているわ」

 テンホーは神殺砲を受けた腕を差して言う。

「このぐらいなんてことはない」

「片方はあがらないみたいだけど」

 テンホーはヨロズの左腕だけだらしなくぶらぶらさせていることを指摘する。

「………………」

 図星を突かれたのか、ヨロズは黙り込む。

「痛み分けといったところね」

 テンホーはカナミの折れた腕の方を見て言う。

「ええ、そうね。まったくとんでもない怪人を作ってくれたものね」

 アルミは感心する。

「でも、まだまだ支部長クラスとはいえないわね」

「だからこそ育ててるのよ。今日も魔法少女達との戦いはいい経験になったわ」

「経験になった、だけで済ませるつもりもないんだけどね」

 アルミは即座にドライバーをチラつかせる。

「ここで戦うつもりなら、私が身体を張れとそう言われているわ」

 そう言ってテンホーはヨロズの前に出る。

 もしアルミがヨロズを倒そうとしたら、テンホーが時間を稼いでるうちに逃がすつもりなのだろう。それだけ、いろかやテンホーはアルミを危険視しているし、ヨロズを大事にしているのだろう。

「……勘違いしないで」

 アルミはドライバーを消す。

「借りを返すのはあくまでカナミちゃんよ」

「え……?」

 カナミは思いもよらない一言に面を喰らう。

 対照的にテンホーは笑う。

「面白いわね、まだ戦わせるつもりなのね」

「ええ、やられたばかりじゃ終われないのが魔法少女よ」

「いいわ、そこまで言うならとことんやらせてみたくなったわ」

 後ろのヨロズは嬉々とした表情を見せる。

 反対にカナミは折れた腕の痛みさえ忘れて硬直する。

「ただし、それはいろか様が取り決めること。日を改めるという形でいいかしら?」

「ええ、そちらはいつでもやる気満々みたいだしね」

「そっちは戦えるの?」

「………………」

 テンホーは心配さえ込めたような言い方であった。

 カナミは悔しいという気持ちこそあるが、それを言葉にできるほどの勇気が出せなかった。

「戦えるわよ、うちの娘をなめないでよね」

 アルミがそんなカナミの代弁するかのように、いやカナミのそれよりも遥かに力強く答えてやる。

「あなた達をなめるつもりはないけど、それでもヨロズは勝つわ」

「お前……」

「さあ、帰るわよ」

 テンホーはそう言って去っていき、ヨロズもそれに続く。

「……あぁ……」

 カナミは腕の痛みでうずくまる。戦いの興奮や恐怖で麻痺していた感覚が正常に戻ってきたのだ。

「いっつぅ……!」

 痛い。痛いってだけで他に何も考えられなくなる。

「どれ」

 アルミは腕を触診する。

「ああぁぁぁッ!」

 カナミは激痛で悲鳴を上げる。

「あ~、こりゃ折れてるわ」

「呑気にしてないで、早く治しなさいよ」

「そうね、このままじゃ話にならないし」

 アルミはドライバーをカナミの腕に突き刺す。

「エーテルコネクト」

 こうすることで、折れた腕の骨をつなぎ合わせて元通りにすることが出来る。

「………………」

 モモミはそうやってカナミの腕を治すところを怪訝そうな目で見つめていた。

「これで治ったわ。どう、痛みは」

「……ありません」

 カナミは試しに腕を振ってみるが、痛みはない。

「まったくいいようにやられたわね」

「……強かったです」

 カナミは沈んだ声で言う。

「前に戦ったときよりも強くて……」

「勝てそうだった?」

「勝てる気がしませんでした」

 ステッキを持つ腕をブルブルと震わせる。

「神殺砲も全然聞きませんでしたし、一発攻撃受けただけでやられましたし」

「そうね、完全に負けていたわね」

「あんた、さっきは痛み分けだって言ってたじゃない」

 みあが文句を言う。

「怪人だもの、腕が使い物にならなくしたぐらいじゃダメージとはいえないわ」

「やっぱり、私の負けなんですね……」

「負けてもいいじゃない。次に勝てばいいんだから」

「か、簡単に言わないでください」

 カナミはアルミにくってかかる。

「一発KOだったのに、そう簡単に勝てるわけないじゃないですか!」

「カナミちゃん、怖い?」

「――!」

 カナミは唇を震わせる。

 言ってもいいのだろうか、いや言わないといけない。そんな葛藤の末、答える。

「怖い、です……負けるかもしれない、と思うと……」

「そう……まあ、しょうがないわね」

 アルミはため息をつく。

 その日、かなみは学校を休んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る