第43話 合成! 新たな怪人と魔法少女の邂逅 (Bパート)

「……え?」

 かなみは呆気にとられた。

 どんなおぞましい光景が繰り広げられているのか、覚悟していたのに見せられたのは、自転車に乗せられてひたすら走らされる老若男女がずらりと並んだ光景であった。


――ある意味、地獄のようにおぞましい光景であった。


「一体、これは……」

「なるほど、強制労働ね」

「強制労働!?」

「ご名答……パーキングエリアだから人が集まりやすくて、さらいやすかったのね。ウフフ、色々な人がいるわね」

「あの自転車は発電機ね、あれでこのパーキングエリアの電力を賄っているみたいね」

「なかなか経済的ね、賃金なんてタダ同然でしょうし」

「人をさらって無理矢理労働させるなんて……」

 怒りがこみ上げてくる。こんな施設を作った悪の秘密結社がどうしても許せなくなった。

「まあ、これはほんの一例ね」

 そう言っていろかは別の部屋の扉を開けて進んでいく。

 かなみ達はそれについていく。

 次の部屋にあったのは、工場のラインが流れていく光景で、そこで自転車と同じように老若男女がずらりと並んで、なにやら食品を箱に敷き詰めていくものであった。

「え、えっと……」

 一体これはどういうことなのか。

 かなみは困惑して、言葉が中々口から出なかった。

「なるほど、こうやって魔力を集めていたのね」

 来葉は納得する。

「来葉さん、これはどういうことなんですか?」

「いろかはここで負の感情を生み出して、魔力を生成していると言ったわ。

その方法として強制労働よ。

ここに無理矢理集められた人は

休む間も与えず、強制的に長時間働かされているみたいね。

僅かな休憩や食事、睡眠だけで無理矢理働かされる。そうなるとどうなるか、かなみちゃん、経験もあるでしょ?」

「それは……嫌ですね」

 かなみは率直に感じたことを言う。

「休憩は食事のときだけ、その食事ですらお粗末にもパン一枚や粟飯。睡眠は二時間程度で、あとは全てここで発電や商品生産の労働時間よ。

まったく、怪人ですら耐えられない労働環境ね」

 いろかは皮肉を言う。

「うぅ……」

 それを聞かされたかなみは血の気が引く。

 明らかに自分よりも過酷な労働環境だ。

 睡眠時間は五時間程度。たまに休日があって、まだちゃんと月給が出る自分の方が恵まれているとすら思える。

「そんなに働かされたらたまったものじゃないわ」

「そうね、だからこそ負の感情は溜まっていったのね。

長時間労働による疲労、理不尽な環境に対する不満、事態が改善されない絶望……それらの負の感情をここの人達に生み出させ続けて、純度の高い魔力を取り込んできた」

 来葉は眼鏡を立てる。そうすることで落ち着かせようとしているようにも見える。

「そう……そうして、精鋭の怪人軍団は出来上がった」

「なんて……!」

 かなみはそこまで聞かされて耐えられなくなった。

「なんて、ひどいことを……!」

 ここまで理不尽な労働環境を与えたネガサイドに対する怒りで魔力が迸る。一瞬で魔法少女への変身を済ませて、神殺砲を振りかざす。

「一刻も早く、解放しなくちゃ!」

「ええ、それには賛成ね」

 クルハの同意を得たおかげで、カナミは勢いがつく。もはやここを壊すことに躊躇いはない。

「ボーナスキャノン、発射!!」

 砲弾で壁を撃ち抜く。

「でも、脱出口を作っただけじゃダメよ」

 クルハはクギを打ちだして、労働者達の拘束具を壊していく。

「これで脱出できるわ」

「そうか。それで逃げられなかったんですね」

「それだけとは限らないけどね。彼らに絶望を与えるようなものがもっとあるはずよ」

「ハ・タ・ラ・ケ」

 壊した壁から唸り声が上がる。

「ひ、ひぃ!」

 労働者達はこの声に怯える。恐怖で足まですくんでしまっているらしい。

「逃げなさい」

 クルハは労働者達にうながす。

「今逃げないと、チャンスはないわ。私達が全力で逃がすから」

「で、でも……!」

「――私達は全力よ」

 クルハは言い訳を許さない物腰で労働者に迫る。

「ハ・タ・ラ・ケ」

 壁から作業着を着た筋肉隆々の怪人・マッスルマネージャが現れる。

「あいつがここを管理している怪人なんでしょうか?」

「多分ね。見る限り、労働者を脅して無理矢理働かさせるための管理人みたいなものね。あの強面と筋肉なら、さぞ効果はあったでしょうね

――でも、それはあくまで、こけおどしみたいね」

 クルハは未来視によって、このマッスルマネージャが大した敵ではないことを看破する。

「かなみちゃん、遠慮はいらないわ」

「しませんよ、こんな最低なやつに!」

 カナミは魔法弾を発射する。

 魔法弾はマッスルマネージャに命中し、大きくのけぞる。

 魔法弾に威力はそれほど込めていない。にも関わらず、この魔法弾でダメージを負った。

(本当に、あの筋肉は見せかけだけなのね)

 それなのに、それで脅して労働者を無理矢理働かせていたのだと思うと、怒りが込み上げてくる。

「許せない!」

 カナミはステッキを砲台へと変化させる。

「神殺砲! ボーナスキャノン・発射!」

 カナミは容赦なく発射させて、マッスルマネージャを完膚なきまでに叩きのめす。

「何もそこまでする必要はなかったと思うけど……」

 クルハはそう言いながら、労働者達に目をやる。

 今まで恐怖の対象で彼を目にしたら怯えることしかできなかったマッスルマネージャがあっさり倒されたことに困惑しているようだった。

「これでわかったでしょ、私達はあなた達を助けに来たのよ。

だから、早く逃げなさい」

「あ、ああ……!」

 労働者達は首肯する。


アアアアアアアアアアッ!!


 そして、堰を切ったかのように叫びを上げて階段へと駆け込む。

 これで労働者達は解放されただろう。

「やりましたね、クルハさん」

「ええ、カナミちゃんもよく頑張ったわ」

「でも、あいつ。見掛け倒しでしたよ」

「あれだけ怖い外見だったら、普通の人は逃げ出そうという気さえ起きないものよ」

「うーん、確かに見た目は怖かったですけど……――社長の方が断然怖いですよ」

「あははは、そうね」

 クルハが笑う。

「でも、あるみは優しいから」

「優しかったらあんな重労働させませんよ!」

「それは……」

 クルハは苦笑する。

「私からも言っておくわね」

「本当ですか!?」

「まあ、聞かないとは思うけど」

「そんな!」

「フフ、あるみにはあるみの考えがあってやってるのよ」

「そうですか……あ、それより、いろかはどうじたんですか?」

「ここよ」

 そう言って、いろかは目の前に現れる。

「気にしてくれてたのね。ウフフ、嬉しいわ」

「……誰が気にしてる、ですって!」

「それより、よかったの? せっかくの生産工場もこれで台無しよ」

「いいのよ、別に私の物じゃないから」

「これから自分の物にするつもりだったのに?」

「ウフフ、勘違いしないで。私のものにするつもりだったのは、工場なんかじゃなくてこの怪人達の方よ。そしてね……」

 いろかがそう言うと、かなみが開けた穴を目で指す。

 自然と、そこに視線が行く。


ドクン、ドクン


 心臓が脈打つ。

 なんだろう。この先にいろかに相対することよりも本能的に危険を感じてしまうようなものがあるのだろうか。

「この子を手に入れることが今日の本当の目的だったのよ」

 いろかがそう言うと、穴の中へ消えていく。

「お、追いますか?」

 かなみは震える声で訊いた。

「かなみちゃんは追いたい?」

 そんな風に聞き返されるとは思わなかった。

 正直言えば、追いかけたくない。この先に何が待っているのか、どんな恐ろしい目にあうか、想像がつかないからだ。

 だけど、知りたい気持ちもある。

 何故これほどまでに恐ろしいと感じるのか。その先に何があるのか。

 知らなければならない。

 そうじゃないと、ずっと怯えたままになってしまうから。

「……追いかけなくちゃいけないと思います」

「結構よ」

 クルハは満足げに笑みを浮かべる。

「私もカナミちゃんに付き合う。生命に代えても守るから安心して」

「ありがとうございます」

 クルハに元気づけられたことで、少しだけ踏み出せる勇気が湧く。

 行こう、と、カナミは一歩踏み出す。

 穴を超えると、そこはまた暗闇で、灯りは一切無い。

「どうして、秘密基地って暗闇が多いんですか?」

「見られたくないものがいっぱいあるからかもしれないわね」

 もっともらしい理由だけど、それだと歩きづらくないのだろうか。

「でも、確かカナミちゃんは夜目が効くはずじゃなかったの」

「あ……そういえば……」

 自分のことなのに、忘れていた。

 カナミは目を凝らして見てみる。

 若干だが、壁や柱が見えるようになった。

「ダメですね、ただ真っ暗なだけじゃないかもしれません」

「魔力で暗闇を作っているなら、夜目だけじゃ見えないわね。これも、強制労働の副産物なのかしら?」

「あ、でも、歩けないほどじゃありません。こっちです」

「ありがとう、カナミちゃん」

 カナミは壁や柱をかき分けて、恐怖の根源へと向かう。


ドクン! ドクン!


 心臓が早鐘のように脈打つ。

 その音はだんだん大きくなっていく。

 こんなこと、カリウスやいろかと相対した時ぐらいしか無かった。その先にいろかがいるのはわかっている。

 だけど、それだけじゃない気がする。

 そもそも、この鼓動はいろかがそこへ向かう前からあった。

 怪人の生産工場、純度の高い魔力、生み出される怪人は精鋭、いろかの本当の目的……恐怖を掻き立てる材料は揃っている。


ドクン!


 そこにあったものを目にして、思わず足を止める。

「これが……」

 恐怖の根源の正体――それは、巨大なフラスコの中に漂っている一匹の獣であった。

 頭は獅子、身体は熊、翼はコウモリ、尻尾は蛇、……色々な動物達が寄せ集まったおぞましい怪人であった。

「まるで伝説のキマイラね」

 クルハは忌々しそうにその容貌を見て評する。

「負の感情を集めた結果、人が一番怖がる化け物が出来上がったみたいね」

 いろかは満足気にその怪物が入れられた試験管に指でなぞる。

 その様は、艶めかしく、それを見つめている獣の金色の瞳がまた恐ろしい。

「名前はそうね、キマイラじゃそのままだし、そうね……『ヨロズ』というのはどうかしら?」


パリ!


 試験にヒビが入る。

 それは――ヨロズと名付けられた獣は、卵から雛がかえるように、生命の息吹を噴出する。


ピシャーン!!


 ヨロズは試験管から飛び出して、その両の足で踏み立つ。

 全身が水に浸かっていたのだが、それがあっという間に湯気へと変わり、乾いていく。いや、もはや湯気というよりも蒸気であった。


ギロリ


「――!」

 カナミは睨まれただけで、心臓を握られたような気がした。

 思わず、その気に圧されて一歩引いてしまう。

「ウフフ、どうやらあなたを好敵手と見定めたようね」

「そ、それはありがた迷惑ね……」

 カナミは強がりで言い返す。

「あるみから聞いてるけど、カナミちゃんは妙な人から好意を寄せられるのね。ある種の才能ね」

「ひ、人じゃありませんけど……」

「――!」

 そんなやり取りを打ち切るようにヨロズは雄叫びを上げる。

 それは言葉にならない咆哮。

 自分の存在を誇示し、敵と定めた人間を平伏せさせる。

「くぅ!」

 圧力を感じる。まるで、天井をそのまま押し付けられたかのような重さが全身にのしかかる。

 それでも、倒れてはならない。

 まだ戦いにすらなっていないのに、負けてはいけない。

 そう、あんな奴に負けられない。

 意地と反骨心でカナミは、ヨロズを睨み返す。

「――ァ、――」

 何か言葉を発した。そんな気がする。

 次の瞬間、ヨロズは翼をはためかせる。

「――!」

 風が巻き起こる。

 いや、風なんて優しいものではない。あるゆる物がその場にあることさえ許さない暴力だ。

 気づくと、自分の身体が宙を舞っていた。踏みとどまる気が起きる前に吹き飛ばされた。

「く、あぁ……!」

 何が起きたのか、カナミには理解が追いつかなかった。。

 ただ、このままだと自分は壁か床に叩きつけられるということだけが理解できた。

 それだけで十分。

 どこかを舞っているとわかれば対処は出来る。

「こんの!」

 カナミは魔法弾を撃って、その反動で体勢を整え、そして、着地する。

「――ァ、ァ、ィ――」

 その様子を見ていた怪人はまた何か声を発する。

 最初に比べたら、少しだけ聞き取りやすくなった声だが、何を言っているのかわからない。そもそも、言葉を発しているのかすらわからない。

「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」

 カナミはありったけの勇気を掻き集めて言い返してやる。

 軽く力を振るっただけで吹き飛ばされた。

 とてつもない強敵。今持てる力をすべて出し尽くしても勝てるかどうかわからない。

 下手したらここで生命を失うことになるかもしれない。

 それでも、負けるわけにはいかない。だから、ありったけの勇気を込めて、怪人の視線を叩き返してやる。

「――ァ、ァ、ィ――」

「な、なんとか言ったらどうなのよ!?」

「いえ、この子はまだ言葉を話せないのよ。生まれたばかりだからね」

 いろかが心底楽しそうに話す。まるで、飼ったばかりのペットを自慢するかのように。

「でも、学習速度は半端じゃないわ。あなたという好敵手を得たことで、飛躍的に成長するわ」

「――!」

 ヨロズは掌をカナミに向ける。


ズドン!


 次の瞬間、掌から魔法弾が撃ち出される。

「ぐ……!」

 カナミはステッキをかざして、魔力の壁を生成して防御する。

「わ、私の魔法を見て、マネしたの……?」

「そういうことね、成長するタイプの怪人、厄介ね」

 クルハがそういうやいなや、ヨロズはカナミに接近する。

「――はやッ!」

 掌を腹に押し当てられる。


ズドン!


 カナミはとっさに後ろへ飛んで直撃を避ける。

 それでも、腹の方はズキズキと響く。

「あ、あぶな……」

 「危なかった」と過去形するには早すぎた。

 足にヨロズの蛇が巻きついていた。

 そこから、膝、腹、首へと巻きつき、蛇の顔は文字通り目前へと迫る。

「ヒィ!」

 カナミが怯んだ。その隙に尻尾はしなり、床へと叩きつけられる。

「ガッ!」

 身体中に激痛が走る。

「――ァ、ァ、ィ――」

「まだ!」

 しかし、カナミもやられてばかりではない。

 反撃に、仕込みステッキの刃を、足に絡みついた尻尾へと突き刺す。

「――!」

 ヨロズの目が見開く。

 驚いているように見える。

(これは、チャンス!)

 カナミは逃さず、畳み掛ける。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 ステッキから鈴を飛ばして、ヨロズの周囲を包囲する。

「いけぇぇぇッ!!」

 一斉に魔法弾を発射する。


ゴォォォォォォォン!!


 激しい魔法弾の連射で爆煙が巻き上がる。

 普通の怪人ならこれで倒すことが出来る。しかし、カナミの気は一切緩まない。

 何故なら、さっきから足に巻き付いているヨロズの尻尾は一切緩んでいないのだから。

「――ァ」

 声が聞こえる。

 次の瞬間、その声へと吸い寄せられた。

「えッ!」

 尻尾のせいで引っ張られている。それに気づいた時、既に殴り飛ばされていた。

「グフッ!」

 床を転がされて、壁に激突する。

「あ、あぁ……」

 意識が遠のく。

 痛みすら遅れてやってくるほどのダメージがカナミを襲う。

(つ、強い……! カンセーやテンホーよりも、ずっと……!)

 一撃でこれだけのダメージを受けたのは、初めてだ。

 強いて言うなら、ランクSのヨロイやモエミと戦った時のダメージがこれに近い。

 ただ、ヨロイのときは左腕を折られた痛みで意識ははっきりしてしまったが、今は逆に意識が遠のいていく。

「――ァ、ァ、ィ――」

 ヨロズの声で我に返る。

「ま、まだ……!」

 戦える、と、歯を食いしばって立ち上がる。

「あぅ!」

 痛みが身体中に走り、挫けそうになる。

「まあ、よく頑張った方じゃない」

 いろかは満足気に言う。

「さあ、どうかしら? カナミちゃんの底力はまだまだこんなものじゃないわ」

 クルハはカナミを見守るように言い返す。

(身体の痛みは魔力である程度消せるけど、そんなことしたら半端な攻撃しかできない! だから!)

 カナミは魔力を漲らせる。

 力を込める度に身体に激痛が走り、傷口が開き、衣装が血に滲んでいく。

「全部攻撃に回す!」

 だけど、耐える。

 そうしなければ、到底勝ち目はない。

「――ォォ!」

 ヨロズはこれまでと違う声を上げる。

 相変わらず言葉を聞き取ることはできないが、なんというか感嘆の声を上げているように聞こえた。

 一体何を見て、そんな声を上げたのか。

 カナミにはどうでもよかったし、気にしている余裕もない。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 再び鈴を飛ばして、魔法弾を連射する。

「こんのぉぉぉぉぉぉッ!!」

 鈴を動かすために、痛みに耐え、精神を研ぎ澄ませる。

 文字通り、血反吐が口から零れそうだが、耐える。

 こんなものじゃ、奴は倒せない。

 チャンスを見出して、そこに渾身の一撃を放つ。それを逃したら、絶対に勝ち目はない。故にも見逃さず、機を窺う。

(まだ……! まだ! まだまだまだまだぁぁぁッ!!)

 魔法弾を増やす。

 意地と気力の勝負になってきた。

「――!」

 しかし、ヨロズの動きが変わった。

 はじめのうちはただただ魔法弾をその身に浴びているだけだったのに、そのうち、腕を振って魔法弾を弾くようになった。さらに、何発かは身をかがめてかわすようにもなった。

(学習してる……私の攻撃を……!)

 このままだと、確実にまずい気がした。

 機を窺うなんて悠長なことをしていたら、取り返しのつかないことになる予感がする。

「神殺砲!」

 カナミはすぐさま、ステッキを砲台へと変化させる。

「――ォォォ!!」

 ヨロズはまた雄叫びを上げる。さっきよりも一層力強く。さらに、その逞しい豪腕を床に叩きつける。

 叩きつけられた床に、豪腕の衝撃波が迸り、カナミの足場をも崩す。

「あ、あぁ……!」

 足場を崩されたせいで砲台の照準は上へとずれる。

「くッ!」

 しかし、カナミはその場で踏ん張りをきかせ、砲台を固定し直す。

 とっさの判断と立て直した根性は特筆に値するが、敵はそれを待っていてはくれなかった。

 一瞬のうちに、カナミとの距離を詰め、その豪腕を振るう。

 カナミの後ろは壁で逃げ場はなかった。

「ピンゾロの――」

 逃げ場はない、と覚悟したカナミはすぐに決断する。

 逃げ場はないなら、逃げなければいい!

「半!」

 仕込みステッキで斬りつける。


キィィィィィン!!


 ヨロズの身体は金属のように固い感触がする。

 これで倒せたとは思えない。

 だから、油断しない。

「神殺砲!」

 間髪入れず、ステッキへと砲台を変化させる。

「ボーナスキャノン!!」

 そして、一気に魔力を充填し、放出する。

「ォォォォォォォッ!!」

 砲弾の直撃を受けて、ヨロズはこらえきれず、初めて吹き飛ばされる。

「や、やった……!」

 それを見たカナミは両膝をつく。

「よく頑張ったわね、カナミちゃん」

 そこへクルハがやってきて、肩を貸す。

「クルハさん……」

「ここまで頑張れたカナミちゃんが誇らしいわ」

「でも、あいつはまだ……」

 「倒せていない」と言おうとして、ヨロズがどうなったか顔を見上げて確認する。

「――ァ、ァ、ィ――」

 ヨロズは唸り声を上げて立ち上がる。

「く……!」

 やはり倒せていなかった。

 まだ限界は来ていない。こうなったらとことん戦ってやろう。

「いいのよ、カナミちゃん」

 その気持ちを察したクルハが止める。

「向こうもボロボロなんだから、もう戦えそうにないわ」

「……え?」

 そう言われてもカナミには信じられなかった。

 カナミが見る限り、ヨロズはまだまだピンピンしているようにしか見えないからだ。

「今回はこっちの負けね。とんでもない底力を見せつけられたわね。

――ますます、欲しくなったわ」

 その一言に、カナミは身震いする。

「カナミちゃん、渡さないわ。それより、その化け物をとっとと引っ込めなさい」

 クルハは強気に出る。

 普段冷静で大人しい口調なだけに、強気の命令が来ると余計に怖くて思わず従ってしまいそうになる。

「ええ、今日の敢闘賞がそれをお望みならね」

 いろかはカナミへ微笑みを向ける。

「とっとと帰りなさい」

「ウフフ、可愛いわね」

 いろかは満足げに笑って、ヨロズへと歩み寄る。

「――カァイ」

「今日のところ、あなたの負けよ。大人しく行きましょう」

 いろかに優しく諭され、ヨロズはその意味を理解したのか、頷く。

「ウフフ、いい子ね」

 そして、いろかとヨロズは闇へと歩き去っていく。

 しかし、一度だけヨロズは振り向いてカナミに視線を向けた。

「――ァァィ、カナミ……」

 その時、確かにヨロズはその名を口にした。

――今日一番の恐怖を味わった。




「お疲れ様」

「私、勝ったんですか?」

 来葉に肩を貸してもらいながら、エレベーターに乗る。

「ええ、彼、まだ生まれたばかりで体力がなかったみたいね」

「体力がない……あれでですか?」

「ええ、全力で動き続けたら、あっという間に魔力は尽きるわ。そこに神殺砲が直撃したらどんな化け物だって無事じゃすまないわ。最後まで諦めなかったかなみちゃんの粘り勝ちよ」

「なんだか、実感がわきません」

「フフ、もっと誇っていいのだけどね。あれには多分、私でも勝てるかどうかわからなかったもの」

「来葉さんでも、ですか?」

 ちょっとそれは信じられなかった。

 来葉には未来が視えるから、勝つ方法なんていくらでも視て、それを実践すれば簡単に勝てるのではないかと思ったからだ。それに来葉には、あるみと同じように強敵であってもなんとか勝ってくれそうなイメージがある。

 そんな来葉が負けるところは、かなみには想像がつかなかった。

「私なんて大したことないわよ。多分、実際に戦ったら勝てる未来を見つけるまでに負けることだってあり得るわ」

「そうなんですか……」

「それに、奴はまだ生まれたての怪人よ。これから戦い方を憶えて強くなっていく、そういうタイプよ。

かなみちゃん、感じたでしょ? 奴があなたの戦いを学んで、対処していくのを」

「それは、そうですね……」

 もし、今日取った戦法を学習して、次の戦いで対策されたら……全く勝てる気がしない。そもそも今日だって、勝ったなんて言われて信じられないぐらいなのだから。

「大丈夫よ」

 そんなかなみの不安を拭い去るように、来葉は言ってくれる。

「対処されたら、それ以上の戦いを編み出せばいいのよ。あるみならきっとそう言うわ」

「無茶苦茶ですね」

 でも、本当にそう言いそうだ。

 あるみをよく知っている来葉が言うのだから間違いないだろう。

「私に出来るんでしょうか?」

「出来るわよ、カナミちゃんなら」

「ありがとうございます。来葉さんに言われたら本当に出来る気がします」

「フフ、元気が出たならよかったわ」

 そこまで会話して、エレベーターは地上に着く。

「でも、エレベーターがあるなら行きにも使えばよかったのに……」

「それもそうね、案外いろかは階段が好きなのかもね」

「階段が好きな人っているんですか?」

「さあ……」

「来葉さんってちょっと適当ですね」

「そう? 私が丁寧な人間だと思ったことはないわ」

「そうなんですか……そういうイメージはあったんですが」

「人はイメージで判断しちゃいけないわ。私なんて仔馬に比べたら大雑把もいいところなんだから」

「あの悪魔課長が几帳面過ぎるだけかもしれませんが」

「悪魔ね……そういうことも、ちゃんと仔馬に進めておくわ」

「わあッ!? それは勘弁してください!!」

「フフ、冗談よ」

「は、はあ……」

 来葉の楽しそうな笑顔を見ていると、この人、案外悪い人なのでは、と思ってしまう。




「………………」

 ヨロズはこちらに来てからずっと黙っていた。

「そんなに負けたのが悔しかった?」

「………………」

 いろかが聞いても、ずっと沈黙を守っている。まるで何か力を溜めているかのように。

「中々面倒で面白そうですね」

 そこへもう一人和服の美人がやってくる。

「ウフフ、あなた、教育係をやってみる気はない?」

「教育係ですか? それはそれで面白そうですね」

「面白いわよ。私だって支部長の仕事投げ出して、この子に賭けてみたいもの」

「仕事なんてまともにしていないのにですか?」

「言葉の綾よ。私だって色々忙しいのよ、こう見えて」

「それは承知しています」

「ウフフ、あなたって可愛いわね、テンホー」

「恐れ入ります」

 和服の美人・テンホーは一礼する。

「それじゃ、頼むわよ。――次期関東支部長ヨロズを」

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