第37話 混迷! 少女達は奇跡を証明する (Aパート)

 ネガサイド中部支部長・刀吉は正々堂々とした戦いを好む男であった。

 裏切りや騙し討ちを嫌い、部下にもそういったことを禁じた。それは非道や残虐を好む者の多い悪の秘密結社の中では異端という他無かった。しかし、それがまかり通ったのは刀吉の圧倒的な力があり、「力ある者こそ正しい」というのがネガサイドの体制だからだ。

 刀吉はその力で中部支部を束ね、参謀の針金を除き、幹部には力ある者を揃えた。ゆえに暗殺や闇討ちを得意とするくノ一を幹部に迎えるのは以ての外であった。

 刀吉が支部長に就任した直後に人事整理を行った際、真っ先にジャニは異動の槍玉に挙げられた。

 しかし、この異端の件を参謀の針金は引き取り、黙殺した。

 ジャニの毒は他の地方に渡すにはあまりに惜しいと思ったからだ。

 そのナイフで突き刺した獲物を一撃で死に至らしめる猛毒もさることながら、何よりも魔力を根こそぎ枯渇させる魔法殺しが脅威であった。

 魔法少女なら傷や体力を回復させる魔法を使えば大抵の毒は無力化できる。しかし、それは魔法少女の体内に魔法使える魔力があるからこそできる芸当であって、ジャニの一撃を受けると回復魔法に使うための魔力は体内に留めておけず霧散してしまうのだ。

 くノ一ということもあって気配を消しての隠密行動もあり、そのあまりに魔法少女の暗殺に特化した能力はいつか必ず必要になると針金は確信した。


――そして、それは最高の形で実った。


 ジャニの必殺の一撃を受けて倒れるアルミを遠くのビルから見て、喜びと興奮に打ち震えた。




 戦いの中でうつ伏せになったのは、いつ以来だろうか。

 憶えていない。忘れるほど昔のことだったか。あるいは長らく強敵と呼べるような存在と巡り会えなかったせいか。とはいっても、自分をここまで追い詰めた敵をなんとか身体を起こして見てみる。

 忍装束をまとった女性で手にはアルミの血によって紅く染まったナイフを持っている。

 あれはただのナイフじゃない。そもそも、ただのナイフでアルミを傷つけられるはずがない。


――この女、危ないわ


 アルミの直感はそう告げていた。

 強い弱いではなく、危ないといった印象だ。

 どう攻撃されたのかは簡単に推測できる。おそらく魔力感知から逃れる術に長けている怪人なのだろう。忍装束からしてくノ一なのだからそうなのだろうと思った。

 そして、問題なのはこの魔法だ。

 一撃でこれほどのダメージを与えるとなると単純な破壊力の攻撃よりも、何か特殊な効力を持った魔法だろう。

「つぅぅッ!!」

 魔力を身体に張り巡らせようとしたら、身体に激痛が走り、思うように立てない。

「声を出せますか、これは驚きです」

 ジャニは冷酷に言い放つ。

 しかし、実際のところは本当に驚いていた。これまでこの毒で殺せなかった獲物は一人もいなかったのだから。

「アルミさんッ!!」

 そこへシオリが駆けつけようとしている。

 アルミのピンチとあっては怖いとは言ってられず、夢中で飛び出した。

「グズグズしていられませんね、もう一突きで確実に死んでいただきましょう」

 言い返してやりたかったが、声が出ない。ましてや身体を動かすことなんて。

「さあ、今度こそとどめです」

 あえて口にすることで確実に殺すという宣言に他ならない。

 このジャニの毒にかかった人間は必ず死ぬ。

 そうでなければ自分の存在意義は無い。

 確実に獲物を殺す必殺の毒があるからこそ、針金様は拾って使ってくださるのだから。

 この白銀の魔法少女は、確かに強大だ。

 ここまで絶大な魔力を誇るモノは、ネガサイドでも見たことがない。おそらく、あの刀吉をも凌ぐ程の脅威だろう。

 だからこそ、自分を使ってくださった。

 私にしか出来ない大役を是が非でも果たす。

 ジャニは万感の想いを込めて、刃を振り下ろす。


ブサアッ!


 血の柱が立つ。

 およそ、人一人が致死に至るだけの血が空へと舞い上がった。

 間に合わなかった。

 シオリは絶望した。

 自分にチカラがあれば。

 自分にこの状況をどうにかできるだけの魔法ができたら。

 そう思わずにはいられない。

 全部自分のせいだ。

 自責の念に囚われかけた、その時だった。

「くぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 悲鳴が上がった。

 最初はアルミのものだと思った。

 しかし、この時シオリは知らなかったのだが、アルミは毒にかかっていて叫び声するあげることが出来ない状態だった。

 では、この悲鳴は誰のものだったのだろうか。

「ああ、間に合ったわね」

 澄んだ声が悲鳴が上がるこの場において不思議とはっきり聞こえた。

 やってきたのは、バイクにまたがったスイカとクルハであった。

「ありがとう、スイカちゃん。おかげで早くつけたわ」

「い、いいえ、これぐらい……」

 そう言って、二人はバイクから降りる。

 スイカがバイクを全速力で走らせたおかげでこんなに港からこんなに速く合流できたのだろう。

「お、お前達は……!?」

 悲鳴が止み、ジャニは二人を睨みつける。

 悲鳴の主はジャニであり、その胸には白銀に光るクギが刺さっていた

 血を吹き出したのは、このクギがジャニの胸を貫いたからだ。

 一撃で仕留めるつもりでクルハは放ったが、さすがにアルミの一大事とあって、冷静に必殺の一撃となるクギを生成するのは無理だったのだろう。

 ジャニは深手を負ったものの、まだ生きており、未だアルミのピンチには変わりない。

「援軍か……」

 それに事態の把握で出遅れた炎尾はようやく戦えるだけの平静を取り戻した。

 彼からしてみてもジャニの登場は予想外だったし、そもそも彼女の存在すら知らされていなかった。それで動揺しない方が無理な話であった。

 その動揺から回復したが、事態は依然悪化の一途を辿っている、と感じた。

 何故なら、アルミは突然現れたくノ一、おそらく味方だろうが、これは援軍に駆けつけてきた黒と青の魔法少女によって胸を貫かれている。

 あれではもう戦力として期待できない。

 針金からの援軍がやってくる気配も無い。というより、既に二千以上の怪人の犠牲が出ているせいで、これ以上の援軍を出すのも難しい状態なので、孤立しているといっていい。

(……撤退するべきか)

 その考えが浮かんだ。

 今なら味方の方もアルミという絶大な戦力が倒れて動揺している。

 撤退するならまたとない機会だが、ここで五人衆を二人倒された上に敵を一人も倒せずに撤退とあっては処刑もあり得る。結局、生き残るにはここで功を立てなければならないのだ。

(いや、ありえないか。ならば戦うしかない)

 その上で何をするべきか、何ができるか。

(ひとまず、あのくノ一の救援か)

 見る限り、まだジャニはトドメを刺されていない。

 あのアルミを一撃で行動不能に陥らせることができる魔法があるなら、助ける価値は十分にある。

「ハッ!」

 炎尾は札を撒き散らす。

 それらが燃えて、炎の矢となってクルハ達に襲いかかる。

「ネイルアロー」

 クルハが生成したクギを矢のように放ち、撃ち落とす。

 だが、それはまだ狙い通りだ。

 その隙を狙って、炎尾はジャニの元へ駆ける。

「――その未来はもう視ている」


ズドン!


 炎尾の頭上からクギが振り落とされ、その足を刺す。

「ぐッ!?」

 狙いが読まれたか。いや、そんな易しいものではない。

 予め、こうなることがわかっていたかのように、やられた。

 まるでこうなる未来が視たかのように。

「スイカちゃん!」

「はい!」

 スイカは突進して、一気に炎尾の腹にレイピアを突き刺す。

「がぁッ!」

 仕留めた。スイカはその手応えを感じた。


ガシィ!


が、炎尾はまだ生きていて、刺したレイピアを掴んだ。

「まだだ。この炎尾、一人として敵を討ち果たさず、倒れることなど許されぬ!」

「くッ!」

 スイカはレイピアを引き抜こうとしたが、決死の覚悟を決めた炎尾はそれを許さない。

「せめて! せめてせめて! 貴様一人でも道連れに! 共に地獄へと堕ちようぞ!!」

「――!」

 スイカの周囲を炎が取り囲み、今覆い被ろうとしている。

「スイカさん!?」

「まずいわね、どんどん嫌な未来に転がっていってる」

 クルハの額から頬へ汗へ滴り落ちる。




 こちらへ向かっていくうちに未来は視ていた。

 まず最も起こる可能性の高い未来からどんどん起こる可能性の低い未来を順に見ていく。

 最も起こる可能性の高い未来は、アルミが自分達が駆けつける前に一人で全て倒してしまう未来だ。

 その次は、アルミが苦戦しているものの、とどめを刺す直前で自分達の救援は必要無い状況になっている未来だ。

 その次は、アルミが苦戦しているものの、自分達が駆けつけて協力して敵を倒す未来だ。

 といった具合に未来を視ていく内に見つけてしまった。


――アルミが血にまみれて地に伏す未来だ。


 その未来を視た瞬間、クルハは冷静ではいられなくなった。

 アルミがそういった危機に陥る未来を視るのは初めてじゃないが、何度視てもなれない。

 ありとあらゆる未来。それこそ無数の未来を視てきたがアルミの死はまったくなかった。

 カナミやスイカ達が死ぬ未来さえ視たことはあった。それも自分が情報を与えて回避してきたことは数多くあった。

 だが、アルミの死に対しては未だどう対処していいか、わからない。

 どうすれば回避できるのか。

 クルハは考える。


――この未来を、アルミが死ぬ未来を回避するためにどうするべきか。


 考える。考える。考える。


 アルミが傷を負い、それが深く、立っていられない。

 意識を失いかけるほどの強力な攻撃を受けたのか。

 だったら、その攻撃を防げば死なない。

 いや、待て、そもそもその攻撃によってアルミは死ぬのだろうか。

 他の攻撃でアルミは死ぬのだろうか。

 いや、そもそも、これはアルミが死ぬ未来なのか。

 自分が視た未来は――


――アルミが血にまみれて地に伏す未来だ。


 そこまで考えてクルハはある結論に達した。

(いや、アルミは死ぬはずがない)



 そして、その恐れていた未来が現在起きていても比較的冷静でいられた。

 しかし、状況が最悪なのは相変わらずだ。

 アルミは重傷で意識を失っている可能性もある。しかし、死んではいない。

 スイカはまだ燃えているが、生きている。

 そういった未来が視えている。しかし、絶対ではない。

(スイカちゃんが無事な未来に杭を打ち込む)

 そうすることで、無数に分岐する不安定な未来を確定させる。


――なるほど、お前がクルハか。


 背筋から寒気が走る。

 こんな感覚は久しぶりだ。

 それだけ、声の主は圧倒的なまでの恐怖を纏っていた。

 銀髪で黒い外套を羽織り、禍々しい鎌を携えた、まさに死神と呼ぶに相応しい風貌の少女。ただ、強烈に死の香りを振りまいており、視線を向けられただけで死を悟ってしまう。

 実際はクルハには視えてしまった。


――自分がこの少女に殺される未来が。


 その先に未来が無いことも。

「本当は出るつもりはなかったが、お前の殺すために出向いてやったのだ」

 自分が殺される未来が視えてしまう。

「未来が視えるというのは興醒めもいいところだからな。貴様だけでも狩らせてもらう」

「随分な言い様ね。そういうあなたは誰かしら?」

「お前が見えた未来では私が名乗らなかったか。仕方が無い、この私に首を斬られる名誉を受けるのだ、それぐらいのサービスはしてやろう。

――我が名はグランサー。ネガサイド日本最高役員十二席が一人。禍津死神とも呼ばれている」

「最高役員……なるほど」

 そんな大物まで出てくるとは……

「その顔を見る限り、私が出張ってくる未来までは視えていなかったようだな」

「………………」

「お前の恐怖に染まった顔を見れただけでも甲斐があったというものだ」

「……何故、私を狙うの?」

 クルハはそれだけの疑問を口にするので精一杯だった。

 少しでも妙な素振りを見せれば、首を狩られる。そんな恐怖で全身がわきだちそうになる。

「言ったであろう、貴様の未来が視える魔法は是が非でも始末しておきたくなったのだ。

――しかし、これは刀吉とカリウスの戦争。水差すのもまた無粋。ゆえに、分身でのみ戦ってやろうという戯れだ」

「戯れ……」

「そう、戯れだ。何しろ、お前が私を倒せるチャンスは有るのだ。この分身の私は、本体の私に比べれば塵芥も同然。

お前には私を倒す未来も視えているのだろう」

 そんなものは未来は視えない。

 いや、もっと集中して時間をかければ視えるかもしれないが、それはごくごく低い可能性であることを指し示していた。

 それもまだ視えていないから、確定させることはできない。

 つまり、今の状態でクルハはグランサーには勝てないということだ。

(勝てない……勝てない、なら……)

 クルハは即決する。

 この状況でどうすればいいのか、未来を視る前に判断し、その判断を基に起こす行動から発生し得る未来を視る。

 そして、この禍津死神と相対する。




 動けない。

 身体が動かない。

 どうしたらいいのかわからない。

 でも、どうにかしないといけない。

 あんな死神みたいな怪人に、クルハは立ち向かおうとしている。

 見るだけで震える。

 心臓を掴まれたかのように動悸が抑えられない。

 こんなこと、今まで無かった。

 アルミを取り囲んだ三人の怪人でさえ、これほど恐怖を感じさせたことはなかった。

 それに、スイカやアルミもピンチでもう何が何やらわけがわからない。

 それでも、何かしなければと精一杯の勇気を振り絞って必死に考える。

「私は――私は――」

「そこまでよ、シオリ」


カチ


 わざとらしく金属音が鳴る。

 そうでもしなければ気づかないかと思って、あえてモモミが鳴らしたのだ。

「モモミさん……?」

 モモミが何故こんなことをしてくるのか、シオリには理解できなかった。

 モモミはシオリに銃を突きつけ、引き金に手をかけている。

 まるでこれから殺す。そう言いたげな面持ちであった。

「動かないで」

 そう言われたら、弱虫のシオリは従うしか無かった。

「そうすれば殺さないから」

 ついでのようにモモミはそう言った。


――殺さない。


 モモミはそう口にした。

 しかし、銃口はシオリの顔に向けられており、その言葉はまったく臆面通りに受け取ることが出来ない。

 本気で殺すつもりでそうしている。それを悟ったからこそシオリは動けなかった。

「どうして……?」

 こんなことを、と問いかけたかったが、唇が恐怖で乾いてしまったせいで

「どうしても何も私は最初からずっとネガサイドよ。たまたま、ちょっとの間だけあなた達の側にいただけの話にすぎないわ」

「裏切り者……」

 シオリの一言にモモミは驚き、また笑みを浮かべる。

「シオリ、あなたのそういう素直なところ嫌いじゃなかったわよ。殺せるモノならとっくに殺していたわ」

「殺さない、んですか」

「ええ、私はまだ見極めなくちゃならないことがあるから」

「見極める、何をですか?」

「私が生まれた意味、よ」

 そう言ってモモミは銃口をそのままに、倒れているアルミへと向ける。




――首が飛んだ。

 そういう未来が視えた。

 その未来を回避するために、クルハはクギを飛ばして、グランサーの鎌がやってこない場所まで飛ぶ。

「また外したか」

 そう言ったグランサーはニヤリと笑い、クルハは大粒の汗を流し続けている。

 首が飛んで、自分が死ぬ未来を何度も視てしまっている。

 未来を視る魔法が無ければ間違いなく死んでいる。それに、自分が死ぬ未来を視たら即座にその未来を回避するために行動するだけで精一杯だ。

 それも長くは保たないだろう、とクルハ思う。

 自分が死ぬ未来を視る。それは死を体験を何度もしているということ。

 首を斬られた時の激痛と意識が遠くなっていく感覚。そしてその先にある文字通りの虚無が自分が死んだのだと実感させられる。

 油断するとそのまま未来を視たまま死んでしまいそうになるところを無理矢理意識を現実へと引き戻す際に尋常ではない精神料をく要する。

 それをもう何度も行っており、常人なら街がなく気が狂い、死を選ぶところだ。

「自らの死を何度も体験するというのはどういうものだ?」

 そんなクルハの精神の疲弊をグランサーは嘲り笑い、問いかける。

「さあね、あなたには理解できないものでしょうね」

 それでもクルハはグランサーへ挑発して叩き返す。

「確かにそうだな。私には他人の死など理解できないものであるし、必要のないものでもあるからな」

「だったらどうして訊いたの?」

「言ったであろう、戯れだと」

 そう言ってグランサーはクルハの首を飛ばす。その未来を視て、避けた。

「しかし、分身とはいえここまで攻撃をかわされるのは苛立たしいな」

「そういうんだったら本体を出してきたらどうなの?」

「それこそ興醒めというものよ。言ったであろう、これはカリウスと刀吉の戦争である、と」

「それは傲慢ね。私達やそこに住む人達のことをまるで考えていないわ」

 クルハは吐き捨てるように言い返す。

 そして、首が飛ぶ。

 その未来を視て避ける。

「私にここまで口答えをしたのはお前が初めてだ。大抵、すぐに死んでしまうからな。

いや、既にお前はもう何度も死んでいるか。お前の顔にはだんだんと死相が浮かんできて、中々愉快なものになっているぞ、ククク……」

 グランサーは嘲笑し続ける。

 それはクルハの精神を削り取る行為だ。未来を視る魔法を使うための集中が途切れ、精神が保たなくなったとき間違いなくクルハは殺される。

 現にこうして会話の間隙を縫って、未来を視て突破口を切り開こうにも自分が死ぬ未来を見るだけで精一杯で、それを回避するためにどうすればいいか考えることだけしかできていない。

 だけど、今はまだそれでいい。

 それは生きてさえいればなんとかなる、といった楽観的な考えではない。

 クルハの場合は違う。

 生きてさえいれば絶対になんとかしてくれる人がここにいる。だから、なんとかなると確信していた。

(アルミは必ず立ち上がる。私はそれまで持ちこたえていればいい)

 何度も何度も死ぬ未来を視せられ続けても、それでもまだ生きる気力を繋ぎ留め続けられるのは、その想いがあるからこそであった。




――これは死んだかもしれない。


 アルミは一瞬そう思った。

 しかし、それはありえない。何故なら自分は魔法少女だからだ。


――魔法少女は死ぬことはない。


 その考えへと塗り潰す。


――だから私は死なない。生き続ける。

――だって、私は魔法少女だから。


 死の絶望なんてものは生の希望でかき消す。

 それが魔法少女のあり方。


――魔法少女は希望と奇跡の体現であり、私はその理想で在り続ける。


 いつだってそう言い聞かせて戦ってきた。


――魔法少女に死は無い。敗北も無い

 ゆえに倒れること、負けること、死ぬことは許されない。

 生きて戦い、希望を掴み、奇跡を起こす存在。


――それこそが私。

――白銀の魔法少女アルミ。


 奇跡を起こす。

 私の魔法なら出来るはず。

「……マジカル」

 必死の想いで言葉を紡ぎ、それにそって身体を動かす。

 指一本動かすだけで身体に激痛が走る。

 でも、負けない。

 この痛みに負けたら魔法で奇跡は起こせない。


――私は負けない。


「ドライバー!」

 ドライバーを胸へ突き刺す。

「「「――ッ!?」」」

 それを目撃していた者は驚愕する。

 自分の武器で自分の胸を刺す、という奇行。

 毒の苦しみに耐えかねての自殺、そうネガサイドの怪人達は思った。

 しかし、クルハは知っている。

 アルミはそんなことで死を選ぶようなことはしない。いや、どんな状況に置かれようともそんな決断は決してしないと信じきっているのだ。


カチャリ


 やけにスッキリとした金属音がした。

 その直後に、アルミは胸からドライバーを引き抜く。そこに一切の血はつかず、胸から一滴も流れることはなかった。

「ば、馬鹿な……!?」

 ジャニは驚愕した。

 それは自分の毒に関して絶対の自信を持っているからこそ、その毒が破られたことが信じられないからだ。

「はぁ~すっきりしたわ」

 アルミはそう言って、ドライバーを振りかざす。その様は、毒を刺された前よりも元気なぐらいだ。

「リリィ、助かったわ」

 しかし、肩に乗っていたリリィが消えている。それと一緒にアルミに突き刺した毒が一切消えてなくなっているようだ。

 いくらアルミが強大な魔法少女とはいえ、ジャニの毒は効いていないはずがない。

 そして、ジャニの毒は魔法を使う魔力を枯渇させる。

 毒を治す魔法を使おうとも、毒によってその魔力が消えてなくなってしまう。

 仮にジャニの毒を回復させる魔法を使えたとしても、かなりの時間がかかる。それほど毒は根深く刺した。

 しかし、アルミに刺した毒は一瞬で消滅してしまった。

「ありえない……な、なぜ……」

「なるほど、そういうことか」

 ジャニのどうしようもない疑問に、答えるようにグランサーは言った。

「だが、まだ確信は言っていない。お前のチカラがどれほどのものか試させてもらうぞ

――魔法少女アルミよ」

 グランサーは鎌をアルミへ向ける。

「ええ」

 アルミはそのけたたましい殺気を笑って受け流す。

 次の瞬間、鎌とドライバーはぶつかった。

「――ッ!」

 これにはグランサーも驚嘆した。

 必殺――必ず殺すと決めて、撃った一撃をあっさりと受け止めた。しかも真っ向から。

「完全に回復したようだな。まさか、こうも見事に受け止められたのはいつ以来か」

「分身の分際で、よく言うわね」

「ほう、分際というか」

 グランサーは笑う。

 その直後に、グランサーは鎌から斬撃を放つ。

 百以上の斬撃が同時にアルミの首を狙って飛んでくる。

 しかし、アルミはそのことごとく撃ち落とす。

「その魔法は分解か」

 グランサーは攻撃を防がれたことと毒を回復した魔法を分析してそう言った。

「ドライバーで事象そのものを分解する。それがお前の魔法か」

「事象そのものの分解? 何よそれ?」

 それを聞いたモモミは理解できずに疑問を口にする。

「簡単なことだ」

 グランサーはモモミの背後に回って言う。

「――!?」

 驚く間も与えず、グランサーは答える。

「奴は毒を回復させたのではない。

――毒を分解して消滅させてしまったのだ」

「毒をぶ、ぶんかい?」

「あれではどんな毒も無意味であるな。いや、毒だけではなく傷や骨折すらも分解して再構成させてしまうのだから同じことか。

何しろ、この世のものは全て事象の上で成り立っている。

傷は傷を負っているという事象から、傷を分解し傷が無い事象へと再構成する。

骨折は骨が折れているという事象から、骨折を分解し骨を繋ぎとめる事象へと再構成する

フフフ、まさしく奇跡の魔法だな」

 グランサーの説明を聞いてモモミは信じられないといった面持ちで震える。

「何よ、そんなの……反則じゃない!」

「そうであるな……あれだけの魔法を使うとなると、私も手を考えなければならないか」

 そう言ってグランサーはビルの屋上へと瞬間移動する。

「が、この戦いはここで終わりにしておこうか。

――首を狩っても死なないモノなど専門外であるしな」

 グランサーは満足げに笑って、その場から姿を消す。

「あれで、分身ね……フルパワーで戦ったらどうなるか……」

 アルミはそう言って、クルハ達に目を向ける。

「く、くぐ……」

 ただ一人残った怪人・ジャニは今ここでどうしようもない危機に陥っていることに気づく。

 刺し違えてでも、アルミを葬るべきか。

 いや、それは無理だと今証明されてしまった。

 では、どうすれいい。

 殺すことしか存在価値のない自分が標的を殺せなかったのなら、価値などないのではないか。

 逡巡したジャニにもうすでに命運は尽きていた。


グシャリ!!


 無数のクギがジャニの全身を刺し貫いた。

「ガハッ!?」

「これがあなたの未来よ」

 クルハはそう言うと、ジャニは光になって霧散した。

「あんなことしでかしたんだから、私が許すわけ無いでしょ」

 底冷えするかのような氷の笑顔でクルハは言い放った。

「ああ、怖いクルハ久しぶりに見たわ」

 これにはアルミも苦笑するしかなかった。

「アルミさん……」

「………………」

 モモミとシオリは呆気にとられるばかりだった。

「ごめんね、心配かけっちゃったわね」

 まずアルミは笑顔で謝った。

「し、心配なんかしてないわよ! あんたなんか化け物なんだから!」

 モモミは言い返してやる。

「そうね、あなたから見たらそりゃ化け物よね」

「認めるの?」

 モモミは意外そうに訊く。

「あなたが化け物だと思いたければそう思えばいいわ。だけど、私は誰に何を言われようと私が魔法少女だというこの想いは変わることはないから」

「ああ、そういうことね」

「納得してくれた?」

「ええ、、あんたが掛け値無しの化け物だってことをね。それと……」

 モモミは、シオリの方を向く。

「悪かったわね、シオリ」

「……え?」

 それは思ってもみなかったモモミからの謝罪だった。

「銃を向けてしまって」

「い、いえ……」

 シオリは戸惑った。

 出来ることなら許してもいいのだが、銃を向けられた時の殺気が恐怖となって染み付いてしまっているせいで割り切ることができない。

「シオリちゃん、許してあげて」

「クルハさん?」

 そこへクルハが後ろから肩を叩く。

「モモミちゃんはシオリちゃんを助けるためにああしたのよ」

「え、ど、どういうことですか?」

「あの状況で下手にシオリちゃんが動いたら標的にされる危険がある。そこでモモミちゃんが銃口を引き止めておけば、誰もあえて手出しするような真似をしないでしょう。あのグランサーも私とアルミ以外は眼中に無かったみたいだし」

「そ、そうだったんですか」

 シオリはモモミを疑った自分を恥じた。あのとき、そんな判断をしていたなんて思いもしなかったし、自分じゃそんなこと絶対にできない。

 自分のことだけを考えるので精一杯な私が他の誰かのために戦うなんて。

「あ、ありがとうございます……」

「ああ、勘違いしないで。私あのとき、本気であなたを殺すつもりだったから」

「……え?」

 シオリは凍りつく。

「アルミが死んだら、私は晴れてネガサイドの人間に戻るんだから当然でしょ。でも、アルミが死ななかったから」

「………………」

 シオリは今度こそ完全に沈黙する。

 モモミの言っていることは何よりも本気だと感じられたからだ。

「アルミはそれでいいの?」

 クルハは少しだけアルミに訊いた。

「ええ、私が死ぬことなんて絶対にあり得ないから」

 それを聞いてクルハは安心した。




「尾張五人衆のうち三人がやられたか」

 その報を聞いた刀吉は針金の前に立つ。

 ここはもう首都の高層ビル街であり、つまりは最前線である。

 未だ自分の居城に留まっているものと針金は思っていた。

「刀吉様……」

「よもやグランサーまで参戦して、それでも仕留めきれないとはな」

「それは完全に計算外でした。グランサー様の参戦からその御力をもってしても仕留めきれないモノが存在することまで、がですが…」

「ああ、俺はもとより計算は不得手であったからな。お前に任せていたが、それでも対処しきれない問題ともなると……」

「申し訳ありません、私の未熟さゆえに」

「いや、お前の過ちは俺の過ちも同然。ゆえにこの失態の責任は共に持つ」

「ですが、それでは……」

 針金はそれ以上口にできなかった。

 尾張五人衆のうち三人を失い、二千以上の怪人を失った今、こちらの不利は決定的。

 ましてや、向こうの関東支部がどれほどの戦力がまだ控えているかも未だ未知数。その上、この戦争を止めるがために参戦している魔法少女達も健在であるなら絶望的という他無い。

 その責任を持つということは……その生命を賭して戦う必要があるということだ。

 如何に力で中部を制した刀吉といえど、未知と絶望が渦巻くこの戦場で勝てるとは限らず、また敗北は死を意味する。

 針金はそれだけは絶対に避けなければならない。

「残る戦力も僅かなのだ。ここは潔く盛大に暴れてやろうじゃないか、なにまだ負けると決まったわけではない」

「刀吉様……」

「ゆくぞ、残る戦力をあるだけかき集めろ。整い次第、出陣だ」

「ハッ!」

 針金はそう言って、羽虫を飛ばして伝令を全ての怪人に行き届かせる。




「刀吉が動いたか」

「はい。奴らが使っている伝令を傍受したので間違いありません」

「奴なら、偽の情報を送ってこちらを混乱させるといった策略をする知恵もないだろうしな」

 カリウスは刀吉は嘲るように言う。

「では、こちらの迎撃の用意をいたしますか」

「そうだな」

 カリウスはスーシーの提案に乗る。

「向こうばかり疲弊していては不公平だ。それに魔法少女に勝たずに得た関東などに未練は無い」

「同感ですね。ですが、あのアルミに手を出すには未練などでは不釣り合いなほど代償を払うことになりますが」

「だからこその同盟だ。が、その部下にまでは行き届いていないようだ」

「――カナミの方ですか」

「実質君達はこの戦争の勝利にするということはカナミに勝利するということ、と思っている節が見受けられる」

「言い訳しません」

 スーシーは否定しなかった。

 あの魔法少女と決着をつけたい気持ちがあることを認めているからだ。

「私はそのことについて咎めるつもりはない。むしろ称賛したい気持ちでいる」

「光栄の至りです」

「しかし、それではなおのこと、テンホーに先を譲ったこと後悔していないのか疑問なのだがね?」

「いえ、後悔はしていませんよ。決着を着けるのはカナミが彼女の悪運にまさるのかどうか見極めてからでも遅くないでしょうから」

「そういうことか」

 それでカリウスは納得する。

「彼女の悪運も相当なものだからな。が、しかし君には出迎えをしてもらうことになりそうだ」

「喜んで仰せつかりましょう」

 スーシーは一礼して去る。

「こちらの戦力の消耗も激しい。あの刀吉相手にどれほど戦えるか」

 カリウスは深く帽子をかぶり直して、瞑想に入る。

「さて、賽は投げられた。どのような目を出すか、是非見届けて欲しい裁定官よ」

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