第33話 前哨? 影は日向を歩く少女の足元にできる (Aパート)

 底無しの暗闇の空間が広がっている。

 普通の人間が見たら、そこが地獄なのかと思いたくなるような場所だ。

 それはその空間に陽の光や照明が無いからではない。

 その場に立っている男の威圧感がそうさせているのだ。

「これはいったい、どういうことだ!?」

 ネガサイド中部支部長・刀吉。袴に腰につけた刀からどうみても侍といった出で立ちであったが、その姿よりも身に纏った剣気がそう思わせる。

 彼に目を合わせるだけで全身に刃を突き立てられたような恐怖に陥る。

 その殺気をまともに浴びたのなら全身を切りざまれる錯覚を覚えるだろう。

「どういうことだも何も見ての通りさ」

 しかし、相対した男も同格の男であった。

 見るモノに恐怖を叩きつけ、地獄の淵へと追いやる恐怖の権化。

「彼女達にやられた。ただそれだけの話だ」

 ネガサイド関東支部長・カリウス。テンガロンハットをかぶり直して、不敵に告げる。

「やられた、だと!?」

 刀吉は一層殺気を増して、カリウスを見据える。

 このまま刀を抜いて、ヤツをバラバラにしてやろうか。そういう気迫に満ちている。

 怪人なら十分それで殺せる。しかし、カリウスもまた同格の怪物であった。

「他にどう言いようがある?」

「てめえが情報を漏らしたせいで俺の大事なプラントが潰された。と、そういやあいいのか」

「フッ!」

「何が可笑しい!?」

「言いがかりも甚だしいと思ってな。情報を漏らしたのはいろかだよ」

「それこそ言いがかりだね」

 闇の中から九州支部長・いろかが姿を現す。

「私がどうして中部のプラントの場所を知っているのさね?」

「簡単な仕組みだ。カリウスは貴様にバラして、貴様が連中に伝えた」

「私がどうして知っているというのだ?」

「貴様には妙な情報網があるからな。知っていてもおかしくないだろ」

「話にならんな。私とて散々彼女らに苦湯を飲まされているのだぞ」

「ああ、連中の拠点は関東だって話だからな。だからこそ貴様が密に連中にバラしたとしても何も可笑しくない」

「あまりにも可笑しくて腹がよじれそうだよ。君は芸人に向いているんじゃないか、怪人なんかよりよっぽどね」

「てめえ、よほど俺に斬られたいみたいだな」

 刀吉は刀に手をかける。

「私の銃と君の刀、どちらか競ってみようというのか」

「上等だ。貴様とは白黒はっきりつけなくちゃいけねえと思ってたんだ」

 二人の一触即発の雰囲気を見て、いろかは満足気に笑みを浮かべる。

「二人ともやめなさい。六天王様は全て黙認するだろうけど支部長同士の内輪もめは戦争になるわよ」

「傍観者だからな、うちの局長様は」

「そのとおりだ。そういったところだけは一致しているな」

「だからといって手心を加えるつもりは毛頭ないがな」

「それは私も同じことだよ」

「しかし、戦争か」

 刀吉は野獣のようにギラついた目でカリウスを見据える。

「望むところだ。貴様ぶっ殺して、関東をもらう」

「私も簡単に明け渡すつもりはない」

 二人の怪物は睨み合う。

 もはや戦争は避けられないものとなっていることをいろかは感じた。

(思っていたとおり、面白いことになったわね。

あの娘達がこの二人の台風の目になるのなら、もっと面白いことに鳴るのだけどね)




「むふ、うふふふ」

「な、何、気味悪い声だしてんのよ?」

 かなみの抑えてても漏れ出るような笑い声にみあはドン引きする。

「みあちゃん、これ見て」

 かなみはパンパンに入った封筒を出す。

「あんた……」

 みあは憐れむような視線でかなみを見る。

「自首しなさい」

「な、なんでそうなるの!?」

「したんでしょ、銀行強盗?」

「してないわよ!」

「ああ、あたしがこっそり返してきてあげるから大丈夫よ」

「だから、してないって! っていうか、なんでこういうときだけ、優しいのみあちゃん!?」

「病人には優しくしろって親父が言ってたから」

「病人じゃないわよ!」

「借金で頭いかれてるやつが病人じゃなくてなんだって言うのよ」

「いかれてないってまともだよ!」

「え、じゃあ、頭おかしくなって銀行強盗してそんな大金持ってきたんじゃないの!?」

「違うよ、みあちゃん! ボーナスだよ、ボーナス!!」

「うそ……?」

 みあは信じられない目つきで、封筒を凝視する。

「本当よ、みあちゃん」

「私も査定に入ったんだからそのぐらい当然よ」

 翠華と千歳が笑顔でかなみの後を押すように現れて言う。

「なんで、こんな借金バカのために」

「みあさん、口が悪いですよ」

「いいのよ、紫織ちゃん。本当のことだから……ぜんぜん、きずついていないから……」

 かなみは倒れそうな身体を支えるようんにデスクに片手を置く。

「滅茶苦茶傷ついてるじゃない!」

 呆れたように千歳は言う。

「でも、今日は違う!」

「復活しました!」

「社長がボーナスはずんでくれたから、今日はただの借金持ちじゃありません!

――お金がある借金持ちです」

「どっちみち借金持ちじゃないの!」

 みあは思わず突っ込む。

「ちょっとやそっとのボーナスじゃ借金はなくならない」

「なんだか、凄いんだか情けないんだかわからないわね」

「でも、かなみさん、それって返せるものなんですか?」

「そ、それは……」

 かなみは今度は両手をデスクにつけてどんよりとした口調で答える。

「――考えないことにしてるの」

「ご、ごめんなさい!」

「あんた、時々地雷ふむわよね。面白いから良いけど」

 みあは紫織の頭を撫でる

「みあちゃんってお姉さんみたいだよね」

「あの……私のほうが歳上なんですけど」

「でも、あたしが先輩なのよ」

「うん、そうなんだよね。みあちゃんが一番の先輩なんだよね」

 改めて考えると違和感がある。

「でも、世間じゃそんなの珍しくなんともないでしょ。年下の先輩なんてまだ可愛い方じゃない。

息子と同じ年ぐらいの子が上司になったって嘆くこともあるぐらいんだから」

「う、それはあるわね……」

「この前、お父さんがそんなこと言ってたような」

「本当にあったことだったの、適当に言っただけなのに」

 なんとなく空気がどんよりしてきた。

「世知辛いわね……」

 かなみはそう言ってまとめる。

 そこでふと時計を見てみる。

「あぁ、もうこの時間!」

 かなみはデスクに置いたかばんを手に取る。

「今日は早く帰らないと! せっかくボーナスが出たんだから!」

「そうですよね。強盗に襲われたら一大事です」

「大丈夫よ、強盗だってこんな貧乏くさい借金持ちなんかターゲットにしないから」

「貧乏と借金は見た目だけじゃ判断できないでしょ!」

「じゃあ、狙ってほしいわけ?」

「そ、それは……」

「まあ、あんたなら盗られても身の上話したらさすがの強盗も泣いて同情して哀れに思って返してくれるから」

「だから、盗られないよ! っていうか、そこまで酷いの、私の身の上って!?」

「酷いでしょ」

「酷いと思います」

「うぅ、紫織ちゃんまで……」

 かなみは本当にうるみそうな瞳を拭った。

「す、すみません、つい口がすべてしまって!」

「あ~、謝らなくてもいいわよ紫織。っていうか、情けないから本気で泣くのをやめなさい!」

「もう、帰るわよ! じゃあね! お疲れ様!」

 かなみはやけくそ気味にそう言って、そそくさと帰っていった。

「帰っちゃいました……」

「かなみさんが先に帰るのって珍しいわね」

「いっつも一番最後なのよね」

「まあ、たまには早めに帰ってゆっくり休むのいいでしょ」

「休んだあとに借金地獄が待ち受けてるしね」

「みあちゃん、そういうこと言うとかなみさんがまた泣くわよ」

 翠華としてはかなみが泣くところがあまり見たくないので、みあを諭す。

「泣いておけばいいのよ。あいつは泣けばそれだけ強くなるんだから」

「そういう強さって案外脆いものよ」

「あいつはそんなもろくないわよ」

「みあちゃん……」

 翠華はじっと見つめる。

「なんだかんだ言って、かなみさんが大好きのね」

「だ、誰が!」

 相変わらずみあは否定する。

「少しはずみが過ぎなかったか?」

 オフィスの片隅にある社長デスクで、鯖戸は少し険しい顔つきであるみに問いかける。

 はずみというのは、かなみに渡したボーナスのことだ。

「あれぐらい当然のことよ。あの娘は支部長候補を倒す大金星をあげたんだから」

「いくら支部長候補でも、一体は一体だよ」

「厳しいわね」

「君が大盤振る舞いすぎなんだよ」

「ま、おかげでうちの財政が回っているんだけどね」

「カツカツで苦しんでるだけさ」

「いつも苦労ばかりかけてるわね」

「それは言わない約束だろ。君こそよかったのかい、あんな取引を引き受けてしまって」

 そう言われて、あるみの方もフッと笑う。

「混乱は私も望むところよ。むしろ、これで彼らが瓦解してくれれば助かるんだけど……」

「この程度で瓦解するようでは君が十五年も戦い続けていないだろう」

「……仔魔」

 あるみはため息をつく。

「あなたって時々、ものすごく萎えること言うわね」

「性分なのさ。まあ、君が萎えたところで負けるとは思えないけどね」

「それが萎えるっていうのよ。どうせなら支部長どもがまとめてかかってこればいいのに!」

「そんなことしてくれたら、こっちも助かるんだけどね」

「だがしかし、こちらにも確実に犠牲者は出るぞ」

 デスクに佇むリリィが言う。

「守らなくちゃいけないものが出来ると、社長はつらいわ」

「それだけに、君は強いんだろ」

「まあね。でも、あの娘達にももっともっと強くなってもらわないとね」

「特にかなみはね」

「そう、ね……もうAランクなら一人でなんとかなるでしょ。Sランクも死に物狂いなら」

「いや、いくらなんでもそれは無理でしょ」

「あなたはあの娘の潜在能力を信用していないでしょ」

「彼女の借金の分だけ、信用しているよ」

「あははは、そりゃそうね」

「いっそのこと、借金を倍にしたら力も倍になるんじゃないか」

 かなみが聞いていたら心臓が止まりそうな発言を鯖戸はサラリと言う。

「そんな単純なモノなら苦労しないわ。せいぜい十パーがいいとこね」

「消費税並か……難しいところだね」

「あなた、本気で借金を倍にするつもりなの?」

「………………」

 鯖戸は目を伏せて少し考える仕草をとってから言う。

「三倍なら二十パーセント上がるかな?」




 かなみはブルリと身を震わせる。

「どうしたのかな?」

「なんだか嫌な悪寒がしたわ。借金が二倍とか三倍とかになりそうな感じ……」

「ああ、それはいいカンしてるね」

 マニィはフッと笑う。

 なにか知っていそうなこの態度にイラッときたが、詮索する気にもなれない。

「そんな警戒しなくても、半径五メートル以内に他に人はいないよ」

「あんたにそんな能力があったの?」

「能力がなくてもわかるさ」

 そう言われるとかなみを見回してみる。

 確かに、マニィが言う通り、真夜中のこの時間帯に歩いている人は少ない。

 女の子一人を狙うには絶好の機会だ。

 そう考えるとまた身を震わせてしまう。

「さっさと帰ろう」

「まったく……怪人をバタバタなぎ倒した君が強盗一人に怯えるなんてね」

「うるさいわね、魔法を使う間もない突然の不幸はね、怖いものなのよ」

「大丈夫だよ、みあも言ってたじゃないか。君みたいな幸薄い雰囲気の娘には強盗しようなんて気は起きないよ」

「幸薄いなんてみあちゃん、言ってなかったんだけど……」

「おや、そうだったか」

「あんた、会計なのに記憶が残念なのね」

「損得勘定なら任せて欲しいんだけどね」

「節約の何の役に立つっていうのよ?」

「残念ながら君の損な生き方と相性が悪いみたいだ」

「さいあくよ!」

 かなみは遠慮なく言ってやる。

 マニィもそれを聞いて満足気に笑ったような気がした。




「かなみさんに嫌われていないかしら?」

 一人、帰りの電車についた翠華はイノシシ型のマスコット・ウシィに問いかける。

「ウシシ、何をいまさらいってんだよ?」

「いまさらってどういうこと?」

「ウシシ、好き嫌い以前の問題、つまり相手にされてないってことだぜ」

「う……!」

 痛いところを突かれた。

 まったくもってそのとおりだが、実際に他人(?)から言われると胸をえぐられるような感覚を込み上げてくる。

「ウシシ、こっちとしては歯がゆいばかりだぜ。さっさと告っちまえよって何十回思ったことか」

「そ、そんなこと、出来るわけ無いでしょ!」

「ウシシ、なんだ。じゃあ、このままで満足だってのか?」

「そ、それは……」

 翠華は視線を夜景の方に移す。

「今の関係も……」

 そこから絞り出した想いを口にする。

「悪いものじゃないって思うから……」

 それを聞いて、ウシィはやれやれと首を振る。

「優しくて尊敬できる翠華先輩……それでいいのか?」

「……嫌われるよりは良いわ」

「ウシシ、まあそう言うんなら、俺も黙っておくぜ」

「私はいつもあなたが口を滑らさないかヒヤヒヤしてるのよ」

「そうだったのか、言って欲しかったのか?」

「だ、だから勝手に言わないでってこと!」

「ウシシ、そういうことか」




「ハァハァ、お嬢に蹴り飛ばされたい」

 マンションのエレベーターに乗った時、みあの肩に乗ったウマ型のマスコット・ホミィが唐突に言ってくる。

 思えば、こいつはいつも唐突に妙なことを口走ってくる。

 おかげで退屈はしない。代わりにイライラはする。

「地獄になら突き落としてもいいかな?」

「ハァハァ、俺は信じてるぜ。お嬢なら俺を天国に連れて行かせてくれるって」

「何、期待してんだか……」

 みあはそう言ってため息をつく。それだけで突き飛ばしたり、蹴り飛ばしたりもしない。

「ハァ!? 放置プレイかよ!!」

 それにホミィは憤慨した。

「誰があんたの喜ぶことなんかするかってのよ」

「さ、さすがだぜお嬢。俺の嫌がることを的確についてくるぜ」

「付き合い長いんだからそれぐらいわかるわよ」


ガタン


 エレベーターの扉が開く。目的の階についたのだ。

「さて、今日のご馳走はなんだろうな」

「なんでもいいわよ」

「かなみ嬢が聞いたら羨ましがるセリフだな」

「あんな貧乏人のこと言わないでよ。大体、あいつは今日ボーナスが入ったからあれぐらいのご馳走食べれるでしょ」

「ハァハァ、でも、かなみ嬢はお嬢と食べたかったんじゃねえのか」

 そう言われてみあは足を止める。

「う、うるさいわね……! 突き蹴り飛ばされたいの!?」

「ハァハァ、突きと蹴りのミックスか、いいぜ。ハァハァ、そういうのを待ってたぜ!」

「おんどりゃぁッ!!」

 みあは窓に向かったおもいっきり投げ込んだ。

「な、なんでぇぇぇぇぇッ!?」

 落下していくウシィは期待していたものとは違うことに嘆きの声を上げる。

「なんで、あたしがあんたの喜ぶことしなくちゃいけないのよ?」




 紫織は緊張した面持ちで家に帰る。

「た、ただいま」

 消え入りそうなか細い声で言う。

 家の中の明かりが消えていて、両親は寝静まっていることだから起こさないよう、ソロリソロリとゆっくり歩く。

「大人しくてしてくださいね」

 ヒツジ型マスコット・アリィに注意する。

「大丈夫よ。ちゃんと私は分をわきまえているから」

「わきまえています、か……?」

 それを聞いて疑問符を浮かべずにいられない。

 一旦口を開いたら堰を切ったように喋り出したら止まらないアリィがわきまえているなんてお世辞にも言えないと思った。

「ちょっといいかしら、紫織? この際だからはっきり言わせてもらうわ」

 また始まった、と紫織は強張らせる。

「だいたい、あなたはマスコットを軽んじているわ。魔法少女とマスコット、一人と一匹でワンセットなの。どちらかが欠けてもダメ。なのにあなたときたら最近、私のことを蔑ろにしているのだからいい加減私も我慢の限界なの。だから言わせてもらうけど……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 紫織は慌てて思わず大きめの声を上げてしまう。

「紫織、帰ってきてるの?」

 紫織はギクッとする。

 母親が部屋から出てきて、様子を見に来たのだ。

「は、はい……」

「こんな遅くまで何してたの?」

「ちょ、ちょっと……」

 紫織は口ごもった。

 会社勤めなんてしているとは言えないし、嘘をつく度胸もない。

「………………」

 何を言って良いのかわからなくなって黙りこむ。

「はあ」

 母親はため息をつく。

 そんな紫織の様子を見て、何も答えてくれないと悟ったのだろう。

「ごはんは?」

「……いらない」

 紫織は申し訳無さそうにそれだけ答える。

「私、もう寝るから」

 母親の方もそれだけ言って、部屋に戻る。

「心配かけちゃってる……」

「だったらやめたら?」

「……え?」

 紫織は面を食らった。

「こんな時間まで出歩いて、親に心配かけて私はなんてダメな子なんだろうって自己嫌悪に陥っているなら、だったら心配駆けるようなことをやめて、ダメな子を卒業したら?」

「え、え、ちょっと待ってください!」

 紫織は突然の発言で混乱しかけてきた。

「やめるって……やめたら、どうすればいいんですか?」

 会社がやめるなんて考えたことはない。

 会社はあまりにも居心地が良かったからだ。

 かなみは借金で自分が辛いはずなのに優しくしてくれる。翠華は仕事のことを色々教えてくれて、優しくしてくれる。みあは文句を言ったり、愚痴を吐きこぼしているものの、優しくしてくれる。

「みなさんに優しくしてもらって……」

 紫織は考えながら部屋に戻る。

「やめたくありません……」

「そう」

 アリィはそう言って納得する。




「何を笑ってるの?」

 コーヒーを持ってきた来葉はあるみに問いかける。

「楽しいと思ってるのよ」

「それは楽しいでしょうね」

 来葉は湯気沸き立つコーヒーをあるみに渡してぼやくように言う。

「かなみちゃんやあんな可愛い娘達に囲まれているんだから」

「なんか、前にも似たようなセリフを聞いた気がするわ」

 あるみはフッと笑ってコーヒーを飲む。

「まあ、今の状態が充実しているっていうのは本当ね」

「あるみ、強くなったわ」

「それじゃ、今までが弱かったみたいな言い方ね」

「あるみが弱いわけないじゃない。この前、役員と支部長を倒したんでしょ」

「ん、まあね。大したことなかったわよ」

「両腕を折られたって聞いたわよ」

「あばらもね。まあ、内蔵が潰れたって魔法少女は負けないわよ」

「それはあるみだけよ。私やかなみちゃん達は折られたら、もう戦えないわ」

「あの娘だって負けなかったわ」

「あ……」

 来葉のコーヒーカップを持つ手が止まる。

 あるみの言う「あの娘」というのはもちろん、かなみのことだ。

 来葉はかなみが腕を折られた時の未来を既に視ている。そして、それでも負けずに戦い続ける彼女の姿も。

「そうね、あの娘も強いわ。私なんかよりずっとね」

「まあ、戦ったらあなたが勝つでしょ」

「え、そういうことじゃないわよ」

「うーん」

 あるみはコーヒーを一口入れてから言う。

「言っておいてなんだけど、ちょっと気になる」

「はあ?」

「来葉とかなみちゃんの戦い、見てみたい」

「な、何言ってるの? 私とかなみちゃんが戦えるわけないでしょ」

「わかってる、じょーだんだから」

「目が本気じゃないの」

「わかる?」

 あるみの笑顔を見て、来葉はため息をつく。

「私、絶対にかなみちゃんとは戦わないからね」

「お願いしても?」

「いいコーヒー豆、寄越さないわよ」

「う……!」

 来葉とかなみは目を突き合わせる。

「お互い弱味は握られるものじゃないわね」

「よく言うわよ。その気になれば私の客を奪うつもりでいるくせに」

「わかる?」

 あるみの得意顔になっているところを見て、来葉はもう一度ため息をつく。

「ほんと、かなわないわね」

「ん、かなみちゃんに?」

「そうじゃなくて! わかってて言ってるでしょ」

「まあね」

 あるみはそう言ってコーヒーを飲み干す

「本当に可愛がっているのね……ちょっと、嫉妬するわ」

「それだったら、こっちに移籍したら? かなみちゃんも喜ぶわよ」

「とても魅力的なお誘いね……でも、」

 来葉はカップをテーブルに置いてスッと答える。

「いかないわ、初志貫徹よ」




「なんだって、こんな買い出しに付き合わなくちゃいけないのよ」

 買い物袋を持った萌実は文句を言う。

「どうせ暇なんだからいいだろ」

 鯖戸は

「そうね。どっかのバカが仕事持ってこないから」

「痛いところ突いてくるな」

「ま、持ってきてもやる気はないんだけど」

「面白い案件だけか?」

「この前は退屈だった」

「秘密基地襲撃ね。大物はかなみにとられたわけだし」

 それを聞いて、萌実はムッとする。

「悪運だったら、彼女の方が強いんじゃないか?」

「あんなの、運って言えるの?」

「決めるのは君自身だよ。彼女はあれを運が良いなんて思っていない」

「運がいいと思ってる人は戦いなんてしないものね」

「そりゃそうだ」

「そう言った意味じゃあんたは相当な強運ね」

「運にだけ頼ったことはないさ」

 萌実と鯖戸はオフィスに上がり込む。

「まったく備品ぐらいちゃんと完備しておきなさいってことよ」

 鉛筆、消しゴム、コピー用紙、ホッチキスの芯……これを機に大量に買い込んだものを備品の棚に入れていく。

「こういう地道なことが運を築き上げていくんだ。いわゆる、ゲン担ぎってやつだ」

「こんなゲン担ぎ、聞いたことないわよ」

「僕はいつもそうしてるよ」

「雑用ならマスコット達にやらせればいいじゃない」

「あ……」

 そこで思い出したと言わんばかりに鯖戸は言う。

「君にマスコットをつけるのを忘れていたわね」

「え~、いらないわよ。第一、ストックがないでしょうが」

「うーん……まあ、そうだね

マニィ、ウシィ、ホミィ、アリィ、リリィは既についてるし、

トリィ、ドギィは撮影用で外せない。

サリィは動かせないから向いていない。

ラビィも編集で厳しい。

イシィかトニィあたりが適任かな」

「一体、何匹いるのよ?」

「十二匹」

 鯖戸はさらりと答えて、萌実は唖然とする。

「はあ……金型あるみって、聞けば聞くほど化け物ね。十二体も遠隔操作した上に、もともと得意な魔法じゃないっていうんでしょ?」

「うん、そうだね。本人は向いていないっていつも言ってるよ」

「それだと無駄に膨大な魔力を常に消費し続けてるってことよね?」

「そうだけど」

 またもや鯖戸はさらりと答える。

「それであの戦闘力……?」

「ん、本人は三分の一出てるかどうかって言ってたね」

「それでも勝てる気がしないわ」

「うん、かなみもそう言ってたよ」

「かなみが……?」

 そう言って、萌実が

「なんか、すごいむかつくわね、それ……」

「そう思うんだったら仕事やれば?」

「それは嫌……だって面倒だもの。面白そうだったら?」

「だったら、かなみと組んでみたら?」

「死んでも嫌」

「言うと思ったよ」

 やれやれといった具合に鯖戸は手を振る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る