第29話 恋文!? 少女への想いを綴るひときれの言の葉 (Aパート)

ヒラヒラ~


 などと効果音が鳴りそうな感じで一枚の紙が下駄箱から舞い降りた。

「なにこれ?」

 かなみは拾い上げる。

 辺りをキョロキョロ見回す。

 時間は放課後。今の時間、いつもなら他にも何人が自分と同じように学校を出ようとしている生徒がいるはずなのだが、不思議と今は自分以外にいない。

 よって、これは自分の下駄箱の中から落ちたものだ。

 どうして下駄箱から落ちたの? それは、下駄箱の中に入っていたから。

 どうして下駄箱に入っていたの? 誰かが下駄箱の中に入れたからだ。

 誰かって誰? 誰が何のために?

 ところで、かなみは漫画が好きだ。

 下駄箱に紙が入っていて、どうもそれが手紙みたいだ。

 まるで漫画の中で起こりそうな出来事だ。

(え、え? つまり、これって、それって……!)

 かなみはパニックに陥った頭を必死に働かせる。

 下駄箱……手紙……それってつまり……

 ラブレター!?

「いやいやいやいやいや、そんなわけないでしょ!」

 思わず声に出して頭に浮かんだ単語を否定する。

 こんな漫画みたいな展開ありえない。

 魔法少女は現実に実在しても、自分にラブレターが届くなんてあまりにも非現実的だ。

 ああ、そっか……

 かなみの脳裏にある考えがよぎった。

「これ、イタズラね」

 誰かにイタズラされるような覚えは無い。

 しかし、誰かからラブレターをもらう、と考えるよりも遥かに現実的だ。

「なーんだ、イタズラか! あーそうか、ハラハラして損した!」

 大げさに驚いてみることでだんだんと落ち着いていく。

 しかし、この手紙……どんな事が書かれているのか少しばかり気になる。

「どうせイタズラだし……」

 『引っかかったな、ばーか』とか、どうせそんな幼稚な文が書かれているに違いない。

 確認して、話のタネにでもしてやるか。

 そんな軽い気持ちでかなみは綺麗に折りたたまれた手紙を開いてみる。

 しかし、本当に綺麗に折りたたまれている。まるで女の子が優しく折ったみたいで、かなみは少しばかりこの手紙を書いた人物に興味がわいた。

 そして、手紙にはこう書かれていた。


『初めまして、僕は山田健太と言います。

突然ですが、あなたにどうしても伝えたいことがあるのでこうして手紙を出しました。

次の土曜日、午前十時に公園で会ってください。

どうか、よろしくお願いします。』


「…………………」

 目が点になった。

 思考は停止し、「どういうこと?」といった疑問が頭に浮かんで、もう一度読んでみる。

「…………………」

 イタズラにしてはやけに丁寧じゃないか。

 どうしても伝えたいことってなんだろう。

……まさか?

 まさかとは思うけど、告白じゃないだろうか。

 下駄箱に手紙、どうしても伝えたいことと待ち合わせ。これだけ揃ったらもうこの手紙がイタズラなんじゃないかという考えは吹き飛んだ。

――やっぱり、ラブレターじゃないか。

 そうなると一度落ち着きかけた頭が再びパニックに陥った。

「ええぇぇぇ、どういうことぉ!?」

 叫んだ。そうでもしないと頭がおかしくなりそうだ。もうそういう行動に出てしまうということでおかしくなっていることに自覚できるはずがないぐらいパニックだった。

 ラブレターもらって、土曜日の十時に、公園でどうしても伝えたいことがあるって……。

 それはもうつまり……

 頭の中にありったけの漫画知識を動員して出来た公園が浮かぶ。

 公園に足を運ぶ自分……そして、そこで待っている男の子……顔も知らない山田健太君……

 そこで、そこで……

「ああぁぁぁぁッ!!」

 そこまで想像しただけで、頭が沸騰しそうなぐらいゆだって耐え切れなくなった。

「君の思考がここまでめでたいとは思わなかったよ」

 マニィが呆れるあまり顔を出して物申してくる。

「うっさい! まだ学校なんだから黙ってなさい」

 マニィは再び黙る。

 しかし、この手紙はどうしたものか。

 土曜日に十時に公園か。もちろん行くに決まっている。

 そこでどんなことを伝えられるのだろうか。

 告白なんてされたら……ああ、どう答えたらいいんだ。

「どうしよう、どうしよう……」

 動揺が声になって漏れている。

 学校の土間を飛び出して校門を抜けている間も一切落ち着くことはない。

 嬉しいとか楽しいとかそういうものじゃない。

 ただどうしたらいいかわからなくて戸惑っている。

 だって、相手は全然知らない男の人なんだもの。

 断ろうにも断れないし、かといって付き合うわけにもいかない。

――だって、私は魔法少女なんだもの

「いや、借金持ちでしょ」

 舞い上がっている中、再びマニィが茶々入れる。

「だからあんたは黙ってなさい!」

 かなみはマニィを押し込めて、もう一度手紙を見る。

「ああ、やっぱりどうしよう!」

 誰かに相談するべきだろうか。

 あるみには……相談したらどうなるか想像もできない。

 鯖戸部長は、そもそも男だから相談するわけにはいかない。

 萌実は論外。みあに持ちかけてみたら、絶対に面白がる。

 紫織には話したら自分と同じぐらいパニックになりそうで相談できない。

……となると、

「翠華さん!」

 オフィスに着くなり、かなみは翠華を探す。

「あいつなら仕事で出てるわよ」

 みあがそっぽ向いて答えてくれる。

「あ~仕事、行ってるの?」

 そうなると夜まで帰ってこないかもしれない。

 下手をするとオフィスに戻ってこず直帰するかもしれない。

「なんでこんな日に……!」

 と、うなだれていても仕方がない。

 翠華が一刻も早く帰ってくることを願いながら自分の仕事に取り掛かるのであった。

「…………………」

 取り掛かろうとして絶句した。

 何故なら、そこに置かれている発着票には身の毛もよだつような内容が書かれていた。


『おもちゃ箱1ダース』


 こんなものがもうすぐ届くと書かれているのだ。

 それで届くからには一階や二階の在庫保管用の倉庫に入れておかないといけない。

 その運びを誰がやるかっていうのが問題だ。

 どうみても、かなみの仕事ということになる。

「なんで、こんな力仕事をか弱い私に……!」

 そう文句を言わずにはいられなかったが、今オフィスにはあるみも鯖戸もいない。

 抗議をしようにも相手がいないのだから文句を言っていないで指示通りするしかない。

「あ、あの……私がお手伝いしましょうか?」

 デスクの一角にある資料の山で埋もれそうなところから紫織が顔を出す。変なところに紫織のデスクを割り当てたものだと思う。

「紫織ちゃん……」

 とてつもなくありがたい申し出だ。

 こんなの男でも辛い仕事なのに、よくぞ手伝おうと声を上げてくれた。

 しかし、いくらなんでも小学生で自分以上にか弱い紫織にこんな過酷なことをさせるわけにはいかない。

「紫織ちゃん、ありがとう。気持ちだけありがたくもらっておくわ」

「で、でも……」

「大丈夫よ、私体力には自信あるから。紫織ちゃんは紫織ちゃんに出来ることがやってね」

「は、はい」

 そう言ってかなみは廊下に出た。

「あ~あ~」

 どうして、あんな強がりを言ってしまったのか。

 本音を言うと猫の手も借りたいぐらいなんだから手伝ってくれるのはとてもありがたい。

 しかし、力仕事だし、自分に割り振られたわけなんだから助けを借りるわけにもいかない。

「君って、損な性分だよね」

「うるさいわね。あんたも手伝いなさいよ」

「残念ながらボクの仕事は力仕事じゃないんでね」

「私だって違うわよ……」

 とトボトボとかなみは廊下を歩く。

 そこから輸送のおもちゃ箱が届くまでさほど時間はかからなかった。




「今日も上手くいったわね」

 翠華は上機嫌であった。

 退治依頼のあった公園に出没する怪人をレイピアの一突きで倒したからだ。

 あそこまで上手く決まることはそうそうない。

「ウシシ、ちゃんと特訓の成果は出てきたってことだ」

 あるみ社長との特訓で翠華の実力は格段に上がった。今日の戦いはそれが如実に現れた結果らしい。

「かなみさんにも見せたかったな」

 きっとあこがれの眼差しで見つめてくれたり、絶賛してくれることだろう。

 あの娘はそういう素直で可愛いところがあるから。

(かなみさんには今日は会っていないな……)

 翠華はオフィスに着くなり、鯖戸から仕事を承って、すぐに行くことになった。それはかなみがオフィスに着く前の話だから、すれ違いになってしまったのだ。

(かなみさんは今日来ているの? まだオフィスにいるのかしら……?)

 オフィスに来ている可能性も、まだいる可能性も十分にある。

 彼女は借金を返済するために自分以上にきつい業務や魔法少女としての仕事にあたっている。そういう頑張り屋なところが翠華が好きだ。特に自分が支えないとポキリと折れてしまいそうなそんなギリギリの儚さを感じさせるところが。

 でも、今はとにかく会いたい。

 何を話したりするのでもなくとにかく会いたい。

 見るだけでも構わない。

 とにかく一日会えないだけでも落ち着かない。

「ウシシ、今だって落ち着いてないくせにな」

「こ、これから落ち着くのよ」

 そう、落ち着かなければならないのだ。

 かなみの前では、落ち着いた頼れる先輩でなければならないのだから。

 オフィスの入口に立って翠華は深呼吸する。 そうすることで少しだけ心が落ち着く。落ち着いたところでオフィスへ入る。

「ただいま、戻りました」

 戻ってきた翠華はいの一番にかなみがどこにいるか確認する。

 まずはかなみのデスク。そこにいなければ書類棚。あとは社長か部長のデスクで抗議とかしたりしているのだが、今回はデスクに突っ伏しているのですぐに見つかった。

 かなみがデスクに突っ伏しているのはそんなに珍しい光景ではない。

 かなみは借金返済のためにほぼ休まずに仕事しているのだからその疲労は半端ではない。そのため、 一休みしようとすると自然とこうなるのも無理はない。

 そんなかなみを起こすのも楽しみの一つだ。

 最初のうちは呼びかけただけであったが、最近はゆすったりして起こす。そうすると眠気眼を擦りながら起き上がってこっちを向く。たまらなく可愛いのである。

 だから、今回も起こす。みあや紫織に邪魔されないうちに。

(決して、激しく強くしないように……)

 もし刺激の強い起こし方をすると、かなみの気分を害してしまう。

 そんなことで自分のことを嫌うなんて思えないが、絶対とは言えない。今日やってみたら嫌われた、なんて結果になったら目も当てられない。

 ゆえに優しく起こす。

 不快感を与えないよう、優しくそっと。赤子を触るように繊細にゆらゆらと。

「……ぅ……ぁ……」

 かなみはゆっくりと起き上がってくる。

 そしていつものように眠気眼をこすりながら、翠華を見る。

「ああぁぁぁ、翠華さぁぁぁぁん!!」

 突然、大声を上げた。

「か、かなみさん!?」

「待ってました、今日は来てくれないんじゃないかと思いました!」

「あ、ああ……ご、ごめんなさい」

 なんだか申し訳ない気分になったので謝ってしまった。

「あ、あの……翠華さんに、相談したいことがあるんです……」

「相談?」

 それは嬉しいことであった。

 相談するならあるみや鯖戸といった大人の人の方がふさわしいのに、わざわざ自分を選んで待ってくれているなんて光栄の極みだ・

 どんな相談でもちゃんと聞いて、ちゃんと助言しようと翠華は心に決めた。

「あ、あの……じ、実はですね……」

 かなみは顔を赤らめて躊躇いがちに言う。その仕草に翠華はドキリとさせられる。

(え、え? どういうこと?)

 まさか、まさかとは思うけど、これは告白しようとしているのだろうか。

(そんなわけがないのよ。でも、この雰囲気がそうとしか思えないし……そんな、まさか……!)

 わずかな可能性に期待が入ってしまう。

 あるわけがないと思っても、胸の高鳴りを抑えられない。

「あの、……す、翠華さん……」

「な、何かしら……」

 かなみの躊躇いが愛おしい。思い切って胸に飛び込んで来てほしいが、そんなことを言える度胸もなくただ、かなみが口を開くのを待つしかできない。

「今日、ラブレターをもらったんですよ」

「――はい?」

 それを聞いて翠華の思考は停止した。


『ラブレター』


 聞こえた。

 確かに聞こえたのに理解できない。

 ラブレターって何?

 その意味を知っているのにも関わらず理解を拒む。

 脳が全力で拒否しているのだ、その意味を悟ることを。

「あの……ラブレター、ってそういうのを貰うのは初めてで……」

 また聞こえた。

 二度目を言われたらもうダメだ。

 理解をする。

 してしまうのだ、嫌が応にも。

(ああ、そうか、かなみはラブレターをもらったんだ)

 それはすなわち、かなみに恋人が出来るかもしれないということだ。しかも、自分じゃなくて男の、である。

「あ、あぁ……あぁ……!」

 翠華はすっかり気が動転してしまい、バタリと倒れてしまった。

「翠華さん!?」

 かなみは心配して見下ろす。

「あ、あ……ご、ごめんなさい……」

 意識を取り戻したことで、翠華は少しだけ落ち着く。

「翠華さん、疲れてるんですか?」

「い、いえ……そんなことないわ……ただちょっと足元がぐらついただけよ」

 本当は頭の方からやられたのだけど、と翠華は心の中で訂正する。

「ああ、そうなんですか」

 言葉通り素直に受け取るかなみに対して翠華は申し訳なく思った。

「大丈夫よ。その…ラブ、レター……って、どういうこと……?」

 たどたどしく、言葉を紡ぎながらだがなんとか訊いた。

「今日、帰りのゲタ箱に入っていたんです」

「そんな、漫画みたいな……!」

「あはは、やっぱり漫画みたいですよね」

 そう言って苦笑するかなみの態度も満更でもない様子に翠華は見える。

(かなみさん、少女漫画とかそういう展開が好きなのかしら……?)

 だったらそっち方面で積極的にアプローチをかければ……ってそんなのすぐには思い浮かばない。

「でも、手紙って……本当にラブレターなの?」

 ひょっとしたら、かなみの勘違いかもしれない。

 ゲタ箱に手紙が入っていた、というだけで舞い上がって、よく確認もせずにそれがラブレターだと思い込んでる可能性があるし、そうなっているに違いないと翠華は切実に期待を寄せるのであった。

「は、はい……この手紙です……」

 かなみは翠華に手紙を差し出す。

「ちょっと確認するわね」

 翠華は震える手付きで手紙を開いて確認する。


『初めまして、僕は山田健太と言います。

突然ですが、あなたにどうしても伝えたいことがあるので――


ビリビリ!


 ここまで読んで翠華は無意識のうちに手紙を破いていた。

「ええぇぇぇッ!? 翠華さん、何してるんですか!?」

「え、あぁ、ごめんなさい! ちょっと手が滑べちゃって!」

 とっさに見苦しい言い訳をしてしまった。

「そうなんですか、手が滑っちゃったんならしょうがないですね」

「――って、そんな滑り方があるかぁッ!」

 それまで黙って聞いていたみあがツッコミを入れる。

「みあちゃん!」

「みあちゃん! じゃないでしょ、あんた天然なの!? どう手が滑ったら、そんなに綺麗に真っ二つに破けるわけよ」

「そ、そりゃ……翠華さんは丁寧な人だから、手の滑り方も丁寧なのよ、きっと!」

「か、かなみさん、フォローを入れてくれるのはありがたいんだけど、ちょっと無理があるかな」

「す、すみません! 私のフォローがいたらないばかりに!」

 かなみは勢いよく頭を下げる。そう一方的に謝られると翠華は申し訳なく罪悪感がこみ上げてくる。

「謝るのはこっちの方よ。大切な手紙を破いてしまってごめんなさい」

「え、手が滑っちゃったんじゃないですか?」

「あ~そういうところ、本気で信じてたんだ」

 みあはかなみの素直さに呆れる。

「ま、まあそのことはおいといて。こ、このら、ラブレターって……かなみさんはどうするつもりなの?」

 翠華が「ラブレター」と口にするたびに胸に針が刺さったように痛み出す。

「わ、私は……どうしたらいいのか、わかりません……ですから、翠華さんにどうしたらいいのか、相談したんです」

「え、ああ、そうだったのね」

 すっかり、動揺してしまってそんなことも察することが出来ないなんて。翠華は自分の短慮を恥じた。

「だって、翠華さんには彼氏がいますから!」

(ああ、そうだったわ!? かなみさん、私に彼氏がいるってまだ信じきっていたのね!?)

 翠華は大声を出しそうなところを必死に腹の内に抑え込む。

 翠華には彼氏がいる。

 どこでどう勘違いしてそうなったのかわからないが、とにかくかなみは翠華に彼氏がいるに違いないと思い込んでいる。

 そのせいで翠華の想いにまったく気づかないんないじゃないかと思うときもある。しかし、彼氏がいると思い込んでいるからこそこうして頼ってくれるのだから善し悪しなのかしら、と翠華は思う。

「クフフフ」

 そんな翠華のこを知っているみあは腹を抱えて笑いを抑えている。

「翠華さん……私、どうしたらいいんでしょうか?」

「え、えぇ、そうね……!」

 ここで翠華はどう答えるべきか迷った。

 本音を言えば、断るべきだと助言したい。

 かなみが男の人と、いや他の誰かと付き合うなんて耐えられない。

 しかし、それは本当にかなみのためなのだろうか。そんな自分本位な助言をして、幸せをつかむチャンスを棒に振ってしまったら、と思うと、誰かと付き合うのと同じくらい耐えられない。

 それにせっかく頼ってくれたのに、それでは示しが付かない。

 付き合うべきか、付き合わないべきか……

 私はなんて言ったらいいの。

 わずか数秒のうちに翠華の頭は目まぐるしく働き、結局最後には最初に行き着いてしまう。

「ひとまず会ってみて、それから考えるのがいいんじゃないかしら?」

「おお、翠華さん! さすがです! そうですね、会ってから考えることにします!」

 かなみはそれで決意が固まったのか、元気を出す。

「ウシシ、ようするに出たとこ勝負ってやつだな」

「それはいい加減なんじゃないの」

 翠華のすぐ後ろで会話しているウシィとマニィのやり取りが耳から入ってきて翠華の胸を痛めさせる。

(こ、これでいいのよ……!)

 決していい加減なことを言ったわけではない。

 第一、かなみがいきなり現れた男性の告白で即オーケーの返事を出すわけがない。――ないと信じたい。

「振っちゃえとか言えばよかったじゃん」

 みあの言葉がグサリと突き刺さる。

「……それを言わないで」




 土曜日の十時前。

 爽やかに晴れ渡った陽気で、公園を散歩するにはちょうどいい。

 かなみは公園を一周してみて、手紙の主がまだいないのを感じた。

 いれば一周している間に声をかけるし、それらしい学生の男性は見当たらなかった。

 とりあえず落ち着かないのでベンチに座ってみる。

「私、変じゃないかな?」

 ベンチの傍らに座らせたマニィに自分の格好について訊いてみる。

「まあ、いつもの制服姿じゃないから違和感があるね」

「そうじゃなくて!」

「ボクは正直に言っただけなんだけど」

「ん、ん……」

 しかし、マニィの言っていることももっともだ。

 私服の洗濯を節約するために、常に制服を着ている。学校は当たり前としてオフィスで仕事するとき、魔法少女としていろいろなところへ行くとき、休みの日でさえ制服を着ている。あとアパートの部屋にいるときはジャージなんかを着て過ごしていることもあるが、基本私服というものとは無縁の生活を送り続けていた。

 そんな中で売り払われていなかった二、三着の私服の中から一番決まっている服を選んだつもりだったのだが、鏡を見てもこれでいいのだろうか、と不安は拭えなかった。

 正直あんまりお金がかかってるとは言えないし、おしゃれってわけじゃないけど。それでも、これが今できる結城かなみの精一杯のおしゃれだ。これで、幻滅するようなことはない。ないはずだ、と自分に言い聞かせる。

「山田健太……いつくるんだろう?」

 そもそもどういう男の子なのかもわからない。

 手紙の柔らかい文面からして厳つい大男は想像できない。なんというか優しい顔立ちをした爽やかな少年といった印象を受ける。

 好きな男のタイプ。かなみは考えたことはないけど、そういう男なら付き合ってもいいかもしれないとチラっと思う。

(付き合う、か……)

 今まで借金や仕事のことばかりでそういう人並みなことを考えることさえできなかった。

 いい機会なのかもしれない。

 まあ、だからといってまだ顔も知らない男性に告白されてオーケーを出すと決めたわけではない。

(そうよ、まずは顔を見てから……じゃなくて、どういう人か見極めてからじゃないと!)

 そうグッと拳を握りしめて心に決めるのであった。




「なんだってこんなところに隠れてなきゃいけないのよ」

「逢い引きの楽しみはこうって昔から決まってるのよ」

 そのかなみを木の陰から見守る二人の少女の姿があった。

「まあ、おこちゃまにはこの楽しみがわからないでしょうけど」

「あ、あたしだって、それぐらいわかってるわよ! 子供じゃないんだし!」

 千歳とみあであった。

「そういうところが子供だって言うのよ」

「こそこそするのが嫌なのよ」

「そうはいっても、かなみちゃんの告白相手がどんな人が気になるでしょ」

「そ、そうよ! あの借金まみれに告白する物好きがどんな奴かこの目で見てやるのよ!」

「ああ、そんな声出したら気づかれちゃうわよ」

「耳年増なのはババアだけよ、大丈夫よ。鈍感なかなみがきづくわけないわよ、舞い上がっちゃってるみたいだし」

「耳年増って……まあ、いいわ。そろそろ時間よ」

「どんな男が来るのか、……楽しみだわ」

「セリフの割に楽しそうじゃないわね」

 千歳はみあが不機嫌顔でムッとしていることに気づいた。

「かなみちゃんに男ができるのが気に食わないんでしょ?」

「は、はあ!? まあそれはあるけど……あんなかなみに彼氏ができるとか、生意気じゃない!」

「ああ、こりゃ嫉妬ね」

 千歳はニヤリと見る。

 案外、これから始まるかなみと男性の逢い引きより面白いかもしれない。

「し、嫉妬って、誰が誰にするわけよ」

「さあね」

 千歳はとぼけてみせる。その態度にみあは歯ぎしりした。

 こんな奴が自分の師匠面しているのが許せない。しかし、彼女から色々と魔法の使い方を教わったのも事実。糸の使い方や探知魔法のコツ、あと実戦訓練でかなりやられたけどレベルアップはしたと思う。

 最後の訓練は思い出しただけでもムカつくようなものだった。

 というか、今イラッと来ているときだから余計に腹立たしい。

「いつか、絶対に泣かすわ」

「どう泣かしてくれるか、楽しみね。年取ると涙もろいからねえ」

「言ってなさいよババア」

 千歳はそう言われてもみあの頭を撫でる。

 それはまるで優しく孫をあやす祖母のようなものであった。実際、祖母と孫ぐらい歳は離れているのだが、傍から見ていると少し歳の離れた姉妹ぐらいにしか見えない。それもまた魔法の神秘。

「あ、かなみちゃんに近づいてくる男はっけーん」

「え、いつの間に!?」




「結城、かなみさん」

 背後から緊張した面持ちの男の声がする。

――きた。

 かなみは直感する。

「は、はい!?」

 慌てて振り向く。

 そこには自分と同じくらいの中学生の少年が立っていた。

「あ、あ、あなたが、山田健太さんですか?」

「はい、きてれくてありがとうございます。きてもらえないかと思いました」

「あ、いえいえ……そんな、手紙をもらっておいてすっぽかすなんてできませんよ!」

 かなみは手をいっぱいに振って受けごたえする。

「真面目なんですね」

 山田健太は爽やかに言う。

 その返しにかなみは、ドキリとさせられる。

 断ろうと思っていたのに、断るつもりでやってきたのに……どうしよう、こんな調子で告白なんてされたら、どうにもならないよ。

「あ、あの……ですね!」

 唐突に山田は話を切り出してくる。

「は、はい!」

「手紙にも書きましたが、今日はどうしても伝えたいことがあるんです」

「は、はい!」

「どうか聞いてください」

「は、はい!」

 かなみは動揺するあまり、「はい」としか答えられない。もし、このまま「付き合ってください」と言われても「はい」と答えてしまいそうな勢いである。

「あの、ですね……その、なんていうか……」

 急にいじらしい態度をとる。

これから告白ということで、緊張しているのだろう。

 それを見てかなみまで気が動転しそうになる。

 心の準備はしてきた。断る腹積もりもしてきた。つもりだったけど、やっぱりダメだ。

(ああ、どうしよう、どうしようどうしよう!)

 かなみはすっかり動揺してしまって山田をまともに見れない。

「結城さんにお願いがあります」

「は、はい、なんでしょうか!」

 きた、とかなみは心の中で叫んだ。胸の高鳴りが最高潮になる。


「――魔法少女になってもらえませんか?」

「はい?」


 そこで応えたのは肯定ではなく、疑問の声であった。

「あ、あの……ど、どういうことですか?」

 かなみは動揺するあまり、幻聴でも聞いてしまったのではないかと思ってしまう。

「あ、すみません、これだけじゃわかりませんよね」

 山田はそう言って背中に背負っていたリュックからカメラを取り出す。

「実は僕、カメラで写真を撮るのが趣味なんです」

「ま、ますますわからないんですけど!」

 なんだか話がよくわからない方向に入ってきた。

 気のせいか、さっきまでいいと思っていたこの少年の爽やかな雰囲気が今は寒気走るほど怖いものに見えてきた。

「それで最近ある動画にハマっていまして……」

 そう言って山田は携帯の動画を見せてくれる。

「あ……あぁ……」

 かなみは乾いた声を漏らす。

――それは、魔法少女カナミの動画であった。

 もう何がなんだかわからない。

 これって自分の動画じゃないか。しかし、だからといってこの魔法少女がかなみであることはわからないはずだ。なんでも魔法少女の姿だと秘匿の魔法をかかっているから魔力を持った人間じゃないと同一人物だと認識できないことになっているから大丈夫だ。

 だから、魔力をもっていない山田はこの魔法少女カナミが結城かなみだということは知らない。

 いきなり、ファンです。変身してください。写真を撮らせてください。なんてことにはならないはずだ。

 そのせいで余計わからない。なんで今ここで自分の動画を見せられるのか。

 その疑問に、次の瞬間山田は答えてくれた。

「かなみさんに是非この娘の衣装を着て、撮影させてください」

 訂正。やっぱりまったく全然わからない。

「え、あ、あの……さ、撮影!?」

「かなみさんがこの魔法少女のイメージにピッタリで、どうしても撮影したくて!」

(そりゃ本人ですから!)

 などと言うわけにもいかず、代わりに心の声を大にして叫ぶ。

「え、じゃ何ですか!? 私にコスプレをして撮影するのをお願いするために呼び出したんですか!?」

「はい」

 山田健太はカメラを握り締めて笑顔で答える。

 いや、そんないい笑顔で言われても困るだけなのだが。

「わざわざ学校のゲタ箱に手紙を入れたのも?」

「はい、学校まで行って靴を入れてるところを観察して、他の人のゲタ箱に入れないよう気をつけました」

「い、いや、気をつけたとかそういうのはいいけど……って、学校まで行ったってどういうことですか?」

「学校が違うんで、僕は隣町の中学校の生徒なんですよ」

「え、あ、そうなんですか? てっきり同じ学校の人かと、思って……え、じゃあよその学校に来てまでゲタ箱に、ラブ……手紙を入れたんですか!?」

「はい……通学路で見かけて、声を掛けようと思ったんですが、やっぱりこういうことって手紙の方がいいかと思いまして」

(こういうことって手紙からがいいのかしら?)

 他人にコスプレをお願いするなんてあまり聞いたことがないだけにうっかり信じてしまいそうになる。

 しかし、かなみの本能が告げている。

――彼は何かが間違っている、と。

「それで、ですね。直接渡すのもどうかと思いまして、学校のゲタ箱に入れたんですよ、こっそり追いかけて」

(そっちの方がどうかと思うんですが!)

「ちゃんとサイズも目測で測って作ってきましたから!」

 そう言って山田はリュックから魔法少女の衣装を出してみせる。

「ええぇぇぇぇ、衣装もつくってきたんですかぁッ!?」

「そりゃ、コスプレしてもらうんですから、衣装がないと話になりませんよ」

「……話にならなくてもいい気がしてきました」

「あ、コスプレは嫌いなんですか?」

「嫌いとかそういうわけじゃなくてですね……ああ、なんて言ったらいいのか、わからないんですけど……とにかく混乱してます!」

「じゃあ、コスプレしてくれるんですね!」

「どう聞いたらそんなセリフを言えるんですか!?」

「ちゃんと話を聞いて言ったことなんですが」

 山田は不思議そうに首をかしげる。

 天然。そんな言葉がしっくりくる。

「あ~あ、そんなこったろうと思ったわ」

「かなみちゃん、本当に変な人から好かれるのね。見ていて飽きないわ」

 そこへ木の陰に隠れていた千歳とみあがやってくる。

「千歳さん!? みあちゃん!? どうしてここに!?」

「あんたに告白するのがどんな物好きか見てやろうと思ってね」

「実際、物好きだったわね」

 千歳は物珍しげに山田を見る。

「今時、こうやって告白するのが流行っているのね、私が若い頃はね、一番高い丘の桜の木の下に呼び出して」

「ストープッ! おばあちゃん、話長いでしょ! あっち行ってよ!」

「まーた、のけ者にして」

「っていうか、こんな告白する人いないから!」

 千歳の背中をかなみに押して奥へと押しやる。

「こ、告白?」

「ああ、なんでもありませんから! 気にしないでください!」

「それより、その人達はなんですか?」

「え、あぁ……友達です!」

「――先輩よ」

 みあはボソリ呟く。

「友達も可愛いんですね」

「……可愛い」

 千歳はその言葉に反応する。

「みあちゃん、私可愛いって言われたわ。男の人に言われるなんて何年振りかしら?」

「はいはい、百年ぶり百年ぶり」

 みあは適当に答える。

「本当に二人だけできたの?」

 かなみは辺りを見回す。

「まさか、社長や翠華さんまできてないわよね?」

「翠華が一番来たがってたわよ」

「ああ、翠華さん。そんなに私のことそんなに心配してくれたんですか」

「あんた、妙に翠華を美化するわよね」

 みあは面白くない顔つきで言う。

「滅茶苦茶ついていく気マンマンだったところを社長に止められてね」

「ああ、そういうことね」

 かなみは納得する。

 社長に止められるということは、仕事を振られるということ。確実に生きて戻ってこられるのが、五体満足でいられるかはちょっと確信が持てない。

 翠華は望まずして死地へ赴かされたのだ。

「それで、どうするのよ?」

「え?」

 みあに言われて、かなみは山田の方を向く。

「あ、あの……」

「ああ、ごめんなさい! まさか友達がついてくるなんて思いもしませんでしたから」

「いえ、それはいいんです。かなみさんさえオーケーの返事いただけたら全然!」

「お、オーケーですか!?」

 正直どう断ったらいいか困っている。

 コスプレなんてやるつもりはない。ましてや、自分の衣装でのコスプレ、それはコスプレといえるのかどうかもわからない。

 しかもオーケーしたら取り返しのつかないことになりそうな気がする。

「あ、あの……」

「あ、もしかしてサイズが合わないかもって心配ですか」

「違います!」

「心配ご無用です、ちゃんとサイズは目測で測りましたから」

「も、目測って……!?」

「僕の目測はかなり正確ですからね、かなみさんは上から八……」

「ストープッ!!」

 かなみは猛烈な勢いで止める。

 危うく自分のスリーサイズを言おうとしていた。しかも、この自信と勢い、確実に当てている気がする。

「なに、人のスリーサイズを公開しようとしてるんですか!?」

「じゃあ、着てくれるんですね!」

「どうしてそうなるんですか!?」

「まあまあ、かなみちゃん。この子、ここまで言ってるんだから着てあげてもいいんじゃない?」

「千歳さんは黙っててください! 着るだけじゃすみそうにないんですよ!」

「その通りです、ちゃんと撮影しますから!」

「山田君も黙っててください……私、着ませんから」

 かなみは渋々と否定を言ってやる。

「着てくれないんですか……せっかく作った自信作だったんですが」

「自分で作ったんですか!?」

「そりゃ着てもらうんですから、」

「そ、そういうものなの」

「私に聞かないでよ」

 みあは存外に答える。

「まあ、せっかくだからゆっくり話しましょう」

 千歳はそう言って、かなみと山田をベンチに座らせる。

「若い身空の二人なんだし、ごゆっくりしなさいな」

「話がわかりますね」

「あなたの話はわからないんですけどね」

「そうですか、わかりにくいですか。ではコスプレしてください」

「だから、そういう話じゃなくてですね!」

「うんうん、若いっていいわね」

 千歳ははしゃぎながら見る。

「絶対にそういうもんじゃないと思うんだけど」

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