第28話 賭博! 賭け金は少女の若さと可憐さ (Bパート)

「望むところよ」

「ぶ、ぶらっくじゃっく?」

 かなみは首をかしげた。

 その呆然としているかなみとは逆に取り巻き達はザワザワと騒ぎ始める。

「あの嬢ちゃんと戦うのは誰だ?」

「俺知ってるぜ。この間、他のカジノで荒稼ぎしてた男だ」

「プロの賭博師ってやつか」

「そんなやつがバカヅキの嬢ちゃんと戦うのか」

「おもしれえ、どっちが勝つんだ!?」

 どんどん盛り上がってくる中、かなみは自分ひとりだけが取り残されているような気がする。

「萌実が戦う事になるなんてね」

「あ、翠華さん」

 チップ一杯入れた箱をカートに引いて翠華はかなみの前にはやってきた。

 萌実ほどではないが、かなり稼いできたみたいだ。

「まあ、私はかなみさんの借金が返済できればそれでいいんだけどね」

「そんな、私なんか助けなくてもいいのに……」

……かなみさんだから助けたいのよ、そう言おうとして翠華はやめた。さすがにちょっとキザったらしい。

「それよりも、萌実はブラックジャックで戦うみたいね」

「あの……その、ブラックジャックってなんですか?」

「ブラックジャックは、お互いにトランプのカードを一枚ずつ引いて二十一に近い数を出した方が勝ちのゲームよ」

「二十一……というか、凄い単純なゲームですね」

「単純だからこそ、運と同じくらい駆け引きも重要な勝負よ」

「そ、それなら……!」

「え?」

 かなみは勢いよく二人の間に入る。

「私もやります!」

「かなみさん!?」

 取り巻き達はどよめいた。

「なんだ、あの娘!?」

「あの二人と戦うつもりか?」

「大馬鹿野郎か身の程知らずか、だな」

「ちょっと女の子に大馬鹿野郎はかわいそうでしょ」

「じゃあ、身の程知らずか!」

「何にしても面白くなりそうだぜ」

 笑い声まで聞こえてくる。

「あんた、ピエロの才能があるんじゃないの?」

「うるさい! 私だって黙って終わるわけにはいかないのよ」

「黙って終わった方が幸せだと思うけど」

「そのお嬢ちゃんの言うとおりだよ、ツキに見放されてる可愛いお嬢ちゃん」

 爆はあくまでにこやかにかなみをけなしてくる。

 この男、いけすかない。それだけにかなみの闘争心に火がつく。

「本当にツキに見放されてるか、やってやろうじゃない!」

「挑発に乗りやすい……典型的な敗者のパターンね」

「ま、まだ敗けたわけじゃないから」

 その思考が負け犬のそれだということにかなみは気づいていなかった。

「結構、いい覚悟だ。骨の髄までむしり取らせてもらうよ」

 爆はニヤリと笑う。その隙間に見えた犬歯が牙のように光った。

 そして、カードは配れる。最初の配布は2枚ずつ。


爆   ハートのクイーンと8

萌実  6と7

かなみ 5と6


 このルールでは、絵札は10。エースは1か11を選択できる。

 つまり、爆が18、萌実が13、かなみが11、と爆がリードしていることになる。

「これは幸先がいい。どうかね、この手札で勝負するかね?」

「当然」

「一回目から逃げていられないわ」

「素晴らしい。その戦意に敬意を評して私も応えよう。」

 そう言われて萌実は思わず「フン」と不機嫌に鼻を鳴らす。

(何が経緯を評すよ、あんたが優位じゃないの。とはいっても、私は6から8の数字が出れば逆転する。決して低い数字じゃない。何よりかなみは……絵札が出ればその時点で21(ブラックジャック)で勝てる! 勝算は十分にある……!)

 そして、三人にカードが配れる。

(……あいつもカードを引くの!?)

 爆は18だから、4以上を引いた時点で、バーストとなって敗北が確定する。

 1から3しか許されないのなら分が悪いと言わざるを得ない。

(何にしても私が勝てればどうでもいいんだけど……)

 そう思って萌実は配られたカードをめくる。

――7

 これで三枚の合計は20となって、ブラックジャックの一歩手前。まずまずの手になった。

 かなみが出たカードは2で、13になった。あまりにも中途半端な数字である。

「うーん……」

 かなみはよくわからず首をかしげた。

 しかし、そんなかなみを他所に爆はカードをめくる。

「3! 21(ブラックジャック)だ!!」

「そんなッ!」

 萌実は思わず身を乗り出した。

「どうかね? これでもう一枚引いてブラックジャックなら今の賭け金の倍を出そう」

「ば、ばい……!?」

 かなみのその言葉にたじろぐ。

「さあ、どうするかね?」

「当然、続行よ! あんたは?」

 萌実はかなみに問いかける。

「わ、私だって!」

 かなみも応じる。

 それでディーラーから四枚目のカードが配られる。

「あんたから引きなさい」

「ええ!」

 かなみはカードをめくる。

――クローバーのジャック

 これでかなみは23のバーストになってしまった。

「あああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 かなみは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

(三枚目さっきにこれが出ればブラックジャックで勝っていたのに……)

 萌実がそう思わずにいられない引きだ。

(まあ、私が1(エース)を引き当てるし関係ないか)

 萌実はそう思って四枚目のカードをめくる。

――2

 22、これで萌実もバーストで敗北だ。

「――!」

 萌実は言葉にならない唸りを上げて天井を見上げる。

「惜しかったねお嬢ちゃん」

 爆は穏やかなものの、嫌味をたっぷり込めて嘲笑する。

「ま、そういうときもあるよ。私と戦う時はずっとそういうときなんだけどね、ハハハハ」

「くうぅぅッ!」

 萌実は悔しさのあまり、歯ぎしりする。

「萌実……」

 かなみも当然悔しいのだが、萌実の剣幕を見ていると妙に落ち着いてしまう。

(萌実がこんなに悔しがるなんて……負けるのがそんなに悔しいの……?)

 そう言いつつもかなみは自分のチップに目を向ける。

 今の勝負で、残ったチップの三分の一がとられた。

 勝負はあと二回……多分、この二回で自分はリタイアするだろう。

 それでも、意地か何か見せないと気がすまない。

「さあ、もう一回勝負よ!」

「かなみ?」

 萌実はかなみの威勢の良さに呆気にとられる。

「何してるの、萌実? あんたもやるんでしょ!」

 かなみの呼びかけで萌実は我に返った。

 一度は負けた……しかし、勝負は一度きりじゃない。

 これはギャンブルだ。

 一度負けたからといってトータルで勝てば問題無い。

「さあ、もう一回勝負よ!」

「結構。カードを引きたまえ」

 爆は余裕の表情でその意気込みに対して受けて立つ。

 そしてディーラーからカードが配られる。



爆   ダイヤのキングとスペードのクイーン

萌実  8と2

かなみ 6と5


 この時点で爆は20。21に近く、ほぼ勝ちが決まっている。

 しかし、萌実には勝機が見えている。

(Aの11が来れば勝てる!)

 引く可能性は十分にある。

 ましてやかなみは11でさっきと同じ状況。

 しかも、絵札が出やすい上に10のカードはまだ一枚も出ていない。

(勝てる……! しかも二人そろってブラックジャックで!)

 観戦している翠華は、思わず手に汗握る

「さて、この状態で勝負を受けるのかい?」

 爆は悠然と挑発する。

 当然、受けに回るつもりはない。

「もちろん、やってやるわ」

「私だって!」

「いい覚悟だ。その気合に敬意を評して私も受けよう」

 爆はもう一枚引く。

「――えッ!?」

 萌実とかなみは驚愕する。

 20の時点で2以上のカードは全てバースト。つまり、エース以外は全て負けになる。圧倒的優位から圧倒的劣勢に立つ自殺行為だ。

 しかし、この男に限ってはそうではないかもしれない。

「さあ、先に引きなさい」

「言わなくても!」

 萌実はカードを引く!

――10。

 これで合計20だ。悪くない数字だが、爆がブラックジャックを出すのであれば楽観できるものではない。

「く……!」

 エースを引けなかった悔しさにうなだれる。

 一方、かなみは、

――9

 萌実と同じく合計20。10(ブラックジャック)にあと一歩届かなかった。

「ああッ!」

 かなみも同じようにうなだれる。

「二人共外したッ! でも、爆の方は!」

 翠華は爆の方へ視線を移す。

 二人共20だが、爆と並んでいる。

 しかし、爆はこの一枚でかなり高い確率でバーストになる。

 引いたカードがエースでも無ければ……

(だけど、エースを引いたら……!)

 ブラックジャックで勝利だ。

 そんなはずがない。ここで引けるはずがない。

 そう思いつつも不安が溢れて溜まって、吹き出しそうになる。

 引けない、出ない、来ない、有り得ない

 萌実は歯を食いしばる。そして、食い入るように爆がカードをめくるのを見守る。

「――フッ」

 爆は余裕たっぷりにカードをめくり、高らかに萌実に、かなみに、そして観衆に見せる。

――スペードのエース

「わあああああああああッ!!」

 大歓声を上げる。

 萌実とかなみは呆然とそれを見送る。

「そんな……ここで、エースが来るなんて……」

 かなみが悔しそうに言った。

 萌実だって同じ気持ちだ。 

「また、負けた……!」

 台をゴンと叩きそうになる

 だが、その悔しさを溜め込む。まとめてあいつに叩きつけるために。

「さあ、次の勝負よ!」

 萌実は威勢良くチップを出す。

(こ、これが最後のチップ……!)

 かなみは断腸の想いで残ったチップを台に置く。

「そちらのお嬢ちゃんはこれで最後なんだね」

 爆はニヤリと笑う。

 まるで獲物を目の前にして舌なめずりする肉食獣のようだ。

 かなみは身震いした。

 狩られる。食われる。

 完璧にかなみは獲物にされた草食動物だ。

「楽しませてもらうよ」

「あんたを楽しませるつもりはまったくないわよ!」

 かなみは言い返す。

「さ、カードを引くわよ!」

「ええ、今度こそ!」

 かなみに負けじと萌実も気合の声を上げる。

「フフ、いきがったところで勝負は覆らんよ」


爆   2と8

萌実  9と10

かなみ 4とハートのキング


 萌実は言葉を失う。

「まずい……」

 数字でこそ萌実は19でリードしているが、爆は10だ。

 絵札ならあっという間に逆転してしまう。

 ましてやエースが出てしまったのなら……

(また、ブラックジャック……!)

 萌実は身震いする。

 これは恐怖だ。

「それなら……私だってブラックジャックになれば!」

 萌実は三枚目のカードを引く。

 当然かなみも引く。

「フフ……無謀なことをする」

 そして爆もだ。

 三枚目のカードを引いて見せる。

――ダイヤのクイーン。

 これで逆転の20だ。

「え……?」

 萌実は呆気にとられる。

 逆転されたことがショックではない、ブラックジャックにならなかったことの方が大きい。

「次は私……!」

 そんなことをまったく気にせず、自分の引いたカードだけを見る。

――ダイヤのエース

 爆が引くべきカードをかなみが引いてしまった。

 しかし、これでも15で爆には届かない。

「う……」

 驚きながらも萌実は引いたカードを確認する。

――3

 22(バースト)だ。これで三連敗となってしまった。

(負けた! いいえ、それよりも……!)

 萌実はグッと拳を握り締める。

 見えた……今、光明が。

 萌実は突っ伏して小さく拳を握り締める。

 傍から見ると悔しさで打ち震えているようにしか見えないが、萌実は誰にも見えないテーブルの上で確かに笑っていた。

(これなら勝てるわ……!)

 そして、その鍵を握っているのはかなみであった。

「くう……」

 結局、かなみはこの手札で勝てなかった。

「負けた……何も出来なかった……」

 悔しい。悔しくて、台を叩きそうになる。

 だけど、どうしようもできない。

 もう賭けられるものがない。

 今から軍資金を作ろうにも、かなみは借金持ちで作りようがない。

 負けたまま、泣き寝入りだ。

「く……」

 かなみは席を立とうとした。

 もう敗者なのだからそうそうに立ち去るべきだ。

 もうここにいるべきじゃないし、いたくもない。

「待ちなさい!」

 そこへ萌実が呼び止める。

「もえ、み……!?」

「まだ勝負はついていないってのに、何逃げ出そうとしてんのよ!」

「に、逃げ出すって! 私は負けたのよ!」

「あんた、どこに耳つけてんの? 勝負はついていないって言ってるでしょ」

 萌実はそう言って、かなみの台にチップを置く。

「え……もえ、み……?」

 どういうこと? と、言いそうになったところを先に萌実が答える。

「あんたの力が必要だってことよ。さっさと席に戻りなさい」

「え、ええ……!」

 かなみはその言葉に圧されて、席に座る。

(萌実があんなこと言うなんて……)

 負けず嫌いだと思っていたのに、他人の力が、ましてやかなみの力が必要だと言い切るなんて。

(よっぽど負けられないのね……)

 かなみは受け取ったチップを触る。最初にかなみが持っていた軍資金よりも多い。

 それだけに萌実はかなみを必要としているということが口だけではないことがわかる。

(いったい、私の何を必要としているというの……?)

 それはわからない。でも、必要としてくれるからには精一杯やるしかない。

「ビビってるの? あんたは必要だって言ったけど、臆病者には用は無いわ!」

「だ、誰が臆病者よ! いいわ、勝負してやろうじゃない!」

 かなみは台を叩いて、気合を入れ、啖呵を切る。

「威勢がいいね、お嬢ちゃん。それに免じてもう一勝負してやろう

フフフ、ついでにレートも三倍にしてあげよう!」

「さ、三倍……!」

 それはかなみの三連敗を一度で帳消しにしてしまえる提案だった。

(三倍なら今までの負けをチャラに……でも、負けたら……それにこのお金は……)

 かなみはチップを見下げる。

 これは萌実から預かったお金チップ……いくら気に食わないとは言え、他人の金。おいそれと使い捨てるわけにはいかない。

「……く!」

 でも、ここで退く訳にはいかない。

 退かないと……退きたくないと……

 二つの相反する気持ちがせめぎ合う。

「かなみ、なにやってんの!」

 そこへ萌実が喝を入れる。

「たかが三倍じゃないの。ビビってんじゃないわよ」

「で、でも、これはあんたの……」

「何遠慮なんかしてるの。言っとくけど、私はあんたなんかに遠慮したことはないわ!」

「萌実……!」

 萌実にそう言われて、かなみの目に闘志が宿る。

「わかったわ、やってるわよ! その代わり、あんたが借金持ちになっても知らないから!」

「は! 誰にモノ言ってんのよ!」

 かなみと萌実は威勢良くさっきの三倍の量のチップを差し出す。

「フフ、その無謀な勇気の賭金ベッド……麗しい」

 爆は嘲笑して同じ量のチップを出す。

 四度目の戦いだ。

(余裕タップリね……でも、そんな顔をしていられるのも今のうちよ)

 萌実は勝算を持って自信満々のその手でカードをめくる。


爆   ハートのキングとクローバのキング

萌実  5とハートのジャック

かなみ 4とクローバーのエース


 爆は合計20。相変わらずのいい手だ。

 対する萌実とかなみは15で中途半端……しかし、かなみはエースなので5でもある。

「う……!」

 しかし、爆は優位に立っているにも関わらず顔をしかめる。

(しかめたわね……そうよ、その顔よ! 見たかったのは!)

 萌実は狙い通りになったことでほくそ笑む。

「さあ、どうするの? ここでコールする? 20だもんね、そのままステイしてれば十分勝てるわよ。ま、私はブラックジャックを引き当てるけどね」

「ぬう!」

 萌実は挑発する。

 ここで6を引けばブラックジャックで逆転勝利だ。

 今なら必ず引き当てられる。そんな確信にも似た予感がする。

 それは萌実だけではなく、爆もそうだ。

「コールだ、私もブラックジャックを引こう」

 焦りが一切感じられない宣言。

 しかし、その顔には一筋の汗を萌実は見逃さなかった。

(フフ、楽しくなってきたわ)

 観戦している翠華は呆然と場を見つめている。

(爆の方が勝っているのに、ペースを握っているのは萌実……!)

 一体どうしてそうなったのか。

 鍵を握っているのは、かなみだ。

 萌実がわざわざプライドを曲げてまでかなみを頼りにした。自分のチップを差し出すことでかなみの参加を続けさせた。

 そこに何か理由があるはずだ。

 三戦目の勝負内容を思い出す。

 爆は10の状態でエースを引けばブラックジャックで確実に勝利できる。

 これまでの流れだったら、爆は確実にエースを引き当てて完全勝利のはずだ。

 しかし、実際に爆が引いたのは絵札。

(あ……!)

 そこで翠華は気がつく。

 そう、あの勝負で爆が引くはずだったエースを引いたのはかなみだった。

 そして今回もそうだ。

 絵札と絵札で合計20になっている爆だが、絵札ともう一枚がエースならいきなりブラックジャックもありえたはずだ。

 そのエースをかなみが引いている。

(かなみさんが爆のエースを奪っている……!?)

 萌実がかなみを引き止めた理由がこれだったのか。

「じゃあ、この勝負は!?」

 翠華が思わず口にしたところで、萌実はカードを引いていた。

――6

 萌実はブラックジャックで逆転だ。

「うぐぅ……!」

 爆はこの戦いで初めて明らかな焦りを見せた。

「どうよ、これであんたの負けね」

「まだだ、まだ私がエースを引き当てれば引き分けだ!」

 爆は勢いあまってカードを引く。

(いいえ、無理よ。何故なら爆が引くべきエースは……)

 翠華はかなみの手元に視線を移す。

(そこにあるんだから!)

 そして爆のカードが取り巻きの前に晒し出される。

――2

 バーストで爆の負けだ。

「な、ななな、な……ッ!? 馬鹿なッ!!」

 爆は台を叩いて悔しがる。

「フフフ、アハハハハハハハハッ!!」

 萌実は哄笑する。

(――喰った。いいえ、喰ってしまったというべきかしら?)

 その一方で、心の中であまりにも冷徹な声で爆に告げる。

「も、もう一勝負だ。レートも二倍だ!」

 爆は持ちかける。

「に、二倍……!?」

 勝てば得るものは大きいが、負ければ今得たものすら失う。

「ビビってんじゃないわよ! 絶対勝てる勝負なのよ!」

 萌実が激を飛ばしてさっきの勝負の倍のチップを台に出す。

「び、ビビってなんかないわよ!」

 かなみは負けじと同じ量のチップを出す。

「絶対、勝てる、勝負……!」

 爆は拳を握り締めて震える

「今までこんな侮辱されたことなんてなかった。屈辱だよ……絶対に許さねえ!」

 二人を見据える。

 こんな屈辱を与えた二人をタダではすまさない。そういう怒りに満ちた顔をしている。

(フフ、許さないって言ってるけど……そうもいかないのよね)

 萌実は心の中で嘲笑する。

(何しろ、あんたはもう喰ってしまっているのよ)

 萌実はかなみの方を見やる。

(――こいつの果てしない不運をね)


爆   9と8

萌実  クローバーのキングとダイヤのジャック

かなみ 10と9


 全員に配られたカードを見て、爆は顔を青ざめる。

「な……ッ!?」

 なんだこれは!? と言おうとしてこらえているみたいだ。

 爆は17。かなみは19、萌実は20。

 17は中途半端で萌実のみならず、かなみにさえ負けている。

「このまま、ステイ……かなみ、あんたもね」

「え、うん」

 かなみと萌実は三枚目を引くことは無かった。

 これに爆は黙っていられない。

「ステイだと……私がブラックジャックどころか19にも負けるというのか!」

「降りるなら今のうちよ」

「ふざけたことを抜かすな!」

 爆は激昂する。

「コールだ! ディーラー、三枚目だ!!」

 爆に告げられてカードを引く。

――5

 22のバーストだ。

「バカナァァァァァァッ!」

 爆は天井を見上げて絶叫する。

 二回連続のバーストで二連敗だ。

「フフ、あなたの負けね」

「まだだ! これで二勝三敗、私の方が勝っている!」

「でも、賭け金では私達が圧倒している。勝った数よりとった金で勝負するのが賭博師ギャンブラーってもんでしょ」

「ぬぐぐ……!」

 爆は歯ぎしりをして、大いに悔しがる。

「もう一勝負だ! レートも更に三倍だ!」

 それを聞いて萌実はニヤリとする。

「ええ、受けて立つわ」

 完全に立場は逆転している。

 爆がバーストしたことで、ステイしていたかなみも勝利している。

 このまま、萌実の言うとおりに勝負を続けたら勝てる気がした。




 バースト! バースト! バースト!

 そこから爆は連続でバーストし続けた。

 萌実とかなみの方にチップが山のように積まれていく。

「ぐ、ぐぐ……!」

 またバーストしてしまったことで爆はうなだれる。

「まだ、続ける?」

 もはや爆に続ける戦意も気力も残っていない。

 それをわかった上で萌実は見下して問いかける。

「くく……」

 爆は起き上がることなくまだうなだれている。

「萌実、もうそれぐらいにしたら?」

 かなみは同情している。

「甘いわね、敵となったらとことん叩き潰すのよ」

 萌実はギラついた目で爆を見る。

 やる気だ。

 このまま完膚無きまで叩く。

(このままだと賭けるチップが無くなって……)

 そうなったら自分と同じ借金を持つように……

「もしかして同情してるの?」

 萌実に言われて、かなみは気がつく。

「逆の立場ならあんたがこうなっていたのよ。いえ、こいつはあんたをこうするつもりでやってた」

 そうだ。一歩間違えれば自分はこうなっていた。いや、なりかけていた。

 そして、この人は容赦なく止めをさしていただろう。

 だから、私はやるべきことは……

「覚悟、決めたみたいね」

 萌実はかなみの目を見て、満足げにそう言う。

「ぐぐぐぐ」

 爆は吠えるように起き上がる。


グオオォォォォォォォォォォッ!!


 いや、本当に吠えているのだ。

 身体は変貌し、肥大化する。

 凄まじい筋肉が服をちぎってそこから熊のような獣毛が生えてきた。

 獣の怪人になったのだ。


ワァァァァァァァァァッ!!


 取り巻き達は悲鳴を上げて逃げ出す。

「正体を現したわね……ネガサイドの怪人!」

 萌実は台に足をかけて目をギラつかせる。

「え、えぇ!? 怪人!?」

「あんた、今頃気づいたわけ? ただの人間がカジノ潰すぐらい勝ち続けられるわけないでしょ、魔法でもない限り!」

「魔法……魔法、ね」

 そうときまったら容赦はしない。

「マジカルワークス!」

 コインを舞い上げて金色の光を降り注ぐ。

 心なしか、今回はコインのチップが金色の光を反射させて一層輝きが増しているような気がする。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」

 さり気なく変身したモモミが何食わぬ顔でカナミの隣につく。

「クオオォォォォォッ!!」

 二人を見据えて怪物は雄叫びを上げて、腕を振り下ろす。

 その腕が下ろした先にさっきまで彼が賭けていたチップがあり、それを弾いた。


キィン! キィン! キィン! キィン! キィン! キィン! 


 宙を舞ったチップ同士を弾きあって、カナミ達に襲いかかる。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 カナミも鈴で飛ばした魔法弾で応戦する。


キィン!


 魔法弾で弾いたチップがまた別のチップを弾いてモエミにぶつかる。

「アイタッ! カナミ、なにやってんのよ!?」

「わ、わざとやったんじゃないわよ!」

 モモミの文句に気を取られた隙に、死角からチップがやってくる。

「アタッ!?」

 チップが金かメッキかまではわからないけど金属で出来ているのは確かだ。しかし、魔力によって守られたかなみにとっては風船も同然だ。

 なのに、これは明らかに石でぶつけられたみたいな衝撃だ。

「た、ただのチップでこんな……!」

 カナミはよろめきながら、弾かれて舞うチップを見つめる。そのせいで、背後から迫ってくる大量のチップに気付かなかった。

「カナミさん、危ない!」

 そのチップをスイカがレイピアを突き出してはじく。

「スイカさん、ありがとうございます!」

「これから当然のことよ」

「あら、あんた。いたんだ?」

 わりと本気で忘れかけていたモモミは容赦なく言う。

 その発言にスイカはムッとしたが、気にしていられない。

 次から次へとチップが襲ってくる。しかも、弾いたらそのチップが別のチップを弾いてまた襲ってくる

 一つ弾いたら二つ返ってくる。三つ弾いたら四つ返ってくる。

 そういった具合にどんどんチップの弾きが多く、大きくなる。

「こ、これじゃ、キリがないわ! アタ!」

「つべこべ言わないでなんとかしなさい! イテ!」

 カナミとモモミが文句を言いながらもチップは確実にぶつかってきてダメージが積み重なっていく。

「二人共、言い争いしてる場合じゃないわ!」

 そういって仲裁に入るスイカ。しかし、この中で一番ダメージが大きいのはスイカだった。

 三人とも自分に向かってくるチップの数はほぼ同じだというのに、カナミやモモミは大量の魔法弾である程度は迎撃できるが、スイカのレイピアがさばける数は明らかにそれより少ない。

 チップが命中するのは誰が一番多いかは火を見るより明らかだ。

「アグッ!」

「スイカさん、大丈夫ですか!?」

「まったく、トロいから何度もぶつけられるのよ」

「何言ってるんのよ! スイカさんはレイピアなんだからしょうがないでしょ!」

「い、いいのよ、カナミさん……本当のことだから……」

 スイカはよろめきながら、言い争いをしている時じゃないと促す。

「それよりも作戦があるから聞いて……」

「は、はい」

 作戦と聞いて、かなみは顔をスイカに寄せる。

(カ、カナミさん……顔が近い……!)

 戦いの最中という緊迫している時だというのに、興奮を抑えることができない。

 しかし、それを理性で必死に抑えてカナミにスイカは自分が考えた作戦を説明する。


「この作戦、頼めるかしら?」

 説明が終わり、スイカは最後にカナミに問いかけた。

「そ、それはもちろん、任せてください!」

 カナミは震えながらも了承してくれる。

 愛しい想い人のその頼もしい返事に、スイカは安心を覚えた。

「ありがとう、カナミさん。――信じているわ」

 それを言われたカナミの顔は凛とした表情になる。

 信じてくれるのなら、何でもできる気がする。

 カナミは爆へと歩み寄る。

 しかし、その道は険しく、弾かれては飛び交う無数のチップが壁のように立ちはだかっている。

「だぁぁぁぁッ!!」

 カナミはありったけの魔法弾を鈴も合わせて撃ち込む。

 そうすることで道はわずかに開かれる。

 本当は神殺砲での大砲による一撃で無理矢理こじ開ける方が確実なのだが、魔力の充填を行っている間にその集中を削ぐようにチップが襲いかかってきて直撃してしまう。

 神殺砲を使うためには魔力を一点へ集中するため防御力は落ちてしまうのだ。

 だから、今できる最高の速度で撃てる最高の大量魔法弾でチップを一つでも多く弾く道を選んだ。

 それはスイカの作戦だ。

 そしてここからもスイカの作戦だ。

(信じます、スイカさん!)

 無茶苦茶に魔法弾を撃ったことで壁のように立ちはだかっていた一瞬だけチップが開いた。

 カナミはその一瞬を狙って一気に駆け抜ける。

 しかし、カナミが爆に辿り着く前にチップは空いた穴を埋めるように一斉に襲いかかってくる。

「運ってね、流れがあるのよ。魔力と同じようにね」

 モモミが言う。

「言ってみれば空気みたいなものね。彼は息を吸うように人にまとわりついている運を食べる魔法を得意としているみたい。

さっきから私達が面白いようにチップにぶつかっているのは気づかないうちに運を吸い取られてたからみたい。

あ~あ、やっかいな魔法、天敵なのよね。強運とか勝ち運とかそういうのを吸いとるやつは」

 モモミは馬鹿な勝負をしたと言いたげに自嘲する。

「でも、カナミさんにはそういうものが無い」

「むしろ、逆効果ね。不運、負け運を吸い取っちゃって、どん底へ急降下ね」

 モモミがそんなこと言っているうちにカナミが無数のチップの間を駆け抜ける。

 接近してくるチップを鈴が撃ち落としてくれるが、それだけでは到底さばききれない数だ。

 しかし、カナミには一つとて当たることがない。

 するりと綺麗に髪や肩、腕に腹、スカートに足にかすめることはあっても当たることはない。

「ば、バカな!?」

 爆は驚愕する。

 しかし、モモミやスイカにとって自然の成り行きであった。

「勝ち運に恵まれた私にとっては天敵だけど、運を吸い取るあんたにとって負け運だけしか持ってないカナミが天敵だったわけね」

 モモミがそう言って締めたことで戦いはもう幕引いていた。

「ピンゾロの半!」

「バカナァァァァァァッ!!」

 爆は断末魔を上げて爆散する。

 仕込みステッキで一撃必殺。あまりにも綺麗にハマった一撃で仕留めることができた。

「やりました! やりましたよースイカさん!」

「カナミさん、見事よ」

「スイカさんを信じてやればできました! やっぱりスイカさんは頼りになります」

 カナミは物凄い勢いでスイカに寄りかかる。

「わ、カナミさん、そんなに寄りかかったら!? ちかい、近い!?」

「え、なんですか!?」

「だから、ち、ちかいの……!」

「あ、ごめんなさい……」

 カナミはすごくはしゃいでいたことに気づく。

「でも、カナミさんがはしゃぐ気持ちも無理もないわね。これだけチップがあったらかなり返済できるしね」

「え……」

 言われてカナミは周りを見てみる。

 あれだけ飛び回っていたチップがそこら中に床一面に転がっている。

 それらが輝いていてまるで金色の海に立っているような錯覚を覚えた。

「え、これ全部私達のなんですか!?」

「全部というわけじゃないけど、爆から巻き上げたんだから凄い金額になるのは間違いないわ」

「そ、そうですよね! 何しろカジノ潰しなんですから、相当稼いでたんですものね!」

 カナミは目を輝かせる。まるで金色のチップの輝きが目に映ったかのようだ。

「よーしーこれで借金も一気に返済よ!」

 カナミは飛び上がって大いに喜びを露にした。




「って、一円も出ないってどういうことですかッ!?」

 かなみは社長のデスクを叩いてあるみは猛抗議する。

 いつもなら、鯖戸部長に対して抗議を行うところだが、今回はあるみへ抗議している。

 自分でも驚くぐらい珍しいことだ。というか、抗議しようものなら猛烈に反撃を食らいそうで怖く出てきない。

 正直今も足は震えているが、今回ばかりは引き下がれない。

 何しろ金額が金額だ。

「それはこっちとしても耳が痛いんだけどね……」

 あるみは気だるげに頭をかく。

「あなた達、カジノを派手にぶっ壊したでしょ?」

「え、あ、あれは……」

「おかげで営業停止になちゃってね、換金できなくなっちゃったわけよ」

「ええぇぇぇぇぇぇッ!? い、いくらあったと思ってるんですかッ!? それが換金できないって、何なんですか!?」

「まあ、胴元潰れちゃギャンブルはできないってわけね」

 さすがにこれにはあるみも苦笑せざるを得ないようだ。

「まあ、いいじゃない。また稼げば」

「また稼げばって! あれ稼ぐのにまたどんだけ時間がかかるんですか!?」

「一年ぐらい、かしら?」

「そんな……いい加減なこと言わないでくださいよ」

 かなみはうなだれて、デスクでうーん、うーんとうなだれる。

「まあまあ、またちゃんと仕事とってくるから、萌実ちゃんと仲良くやりなさいよ」

「萌実となんか……となんか、となんか……」

「今回二人で協力したって言うじゃない。翠華ちゃんから聞いたわよ」

「協力って……萌実が私にチップを貸してきただけじゃない」

「いや、それが協力って言うのよ。ほら萌実もこっちをみてるわよ」

「え!?」

 かなみは顔を上げて振り向く。

 萌実は悪戯娘の笑みを浮かべてこちらを見ている。

「――!」

 なんだか嫌な予感がしたので、すぐに顔を背けた。

「ちょっと、かなみ~?」

「あ~聞こえない! 何も聞こえない!」

 かなみは耳をふさいで精一杯の聞こえないアピールをする。

「あんた、私のチップ借りたでしょ?」

「あ、あれは、くれるって言うから!?」

「そんなこと言った覚えないし、さっさと返しなさいよ」

「換金無理なんだから、返せるわけ無いでしょ!」

「だったら借金ね」

「なんで借金になるわけ!?」

「だって、あんたといえば借金だし」

「みあちゃんみたいなこと言わないで!」

「こんな奴といっしょにするなー!」

 傍から黙ってきていたみあが文句の声を上げる。

「ああ、みあちゃん。誤解しないで、みあちゃんは可愛いから」

「いや、フォローになってないから。なに、可愛いって、あたし一応先輩なんだけど?」

「うんうん、みあちゃんにはいつも助けてもらってるよ。おもにご飯関係」

「犬みたいね、あんた」

 萌実は嘲笑する。

 それがたまらなく苛立ちを覚えさせられた。

「うるさいわね、プライドで飯食えるか! 借金変えるかってのよ!」

「うわ、開き直ったよ。っていうか、あんたにプライドってものがないことが今分かってあらためてドン引きだわ」

「……あたしも」

 萌実の発言にみあは同意する。

「え、みあちゃんも引かないでよ!」

「大丈夫大丈夫、私はどんなことがあってもかなみちゃんの味方だから」

 あるみは女神のような神々しい笑みで言った。しかし、かなみにとっては悪魔の笑顔に見えて仕方が無かった。

「あなたは……どの口が言うんですか……鯖戸部長の手先のくせに……!」

「ああ、それは違うわ。私が仔魔こうまの手先じゃなくて仔魔が私の手先なのよ」

「なお、質が悪いですよ、それ……」

 とぼやいたところで、あの多額のボーナスは来てくれるはずがなく、ゲンナリするかなみであった。

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