第27話 密会! 少女と交わす財宝のような時間 (Aパート)

「かなみちゃん、来て」

 突然、あるみがやってきてそう言われた。

「え、え?」

「来て」

 二言目を言われた時、あるみはかなみの手を引いて、有無を言わさなかった。

「え、えぇ、なんですかーッ!?」

 後にはかなみの疑問の悲鳴だけが残った。

「かなみさん、大丈夫ですか?」

 紫織は心配する。

「ああなったら、地獄を見るか、行くか……」

 みあは半ば本気で茶化す。

「か、かなみさんは必ず帰ってくるわよ」

 翠華は本気で言い返す。

「それはいいけど、今日は納品お願いしてるんだから仕事頼むよ」

 鯖戸が釘を刺す。




 ワゴン車の助手席に乗せられて、アクセルを踏み出す。

「ぬおぉわッ!?」

 かなみは再び悲鳴を上げる。

 明らかに公共の道路で出しちゃいけないような速度を出しているような気がする。

「――つ、捕まりませんか?」

 ようやく出せた言葉はそれだった。

「ああ、大丈夫よ。免許はとってあるから」

「そういう問題じゃありません!」

 かなみはツッコミを入れる。

「スピード! スピード!」

「え? 物足りない? そんじゃ、もう一段階ギア上げてくね!」

「違います!」

 しかし、ワゴン車は止まらなかった。

「違うんです!」

 しかし、かなみの悲鳴はあるみの耳に届かなかった。

 そんな勢いでやってきたのは港であった。

 あるみは即座にワゴン車を降りて、小型船に乗り込んだ。

「え、え?」

 かなみは戸惑いっぱなしであった。

「なにやってんの、早く乗りなさいよ」

「え、乗るって?」

 これに乗ってどこかに行くのだろうか。

 他に誰も乗っていないようで、誰が操縦するのだろうか。

「これに、ですか?」

「操縦は私がやるわ。これでも小型船舶の免許持ちだから」

「え、そうなんですか?」

 意外な事実であった。

「で、どこに行くんですか?」

「どっか」

「どっか? ってどこですか?

まさか、これから釣りでもするつもりですか!?」


――この海の主を釣り上げて、一攫千金!


 というキャッチフレーズを脳裏に浮かんだ。


「そうじゃないわ。行き先は無人島よ」

「無人島?」

「まあ、気にしないで乗りなさいな」

「は、はあ……」

 釈然としないまま、かなみは船へ乗り込んだ。

 あるみはかなみの納得を待っているほど悠長ではないことをよく知っている。




「おうえっぷ……」

 かなみはフラフラになりながら岸部に立つ。

 船に乗ったのは初めてだが、こんなにも気持ち悪くなるものなのだろうか。よく漫画やドラマで船酔いする場面を見るが、そうなる気持ちはわかる気がした。

 ようするにあるみは道路でワゴン車を飛ばしたときのように、船を飛ばしたのだ。

 とはいっても、海は道路のようにスピード違反があるのか、知らないし。

 あれは小型船にとっての最高速度なのか、あるいは標準的な速度だったのか、初めてのかなみには知る由はなかった。

 しかし、帰りもまたあの揺れを味わうのだとするなら、とてつもなく憂鬱だった。

「空を飛ぶ魔法ってできないかしら……?」

 試したことはないが、あの揺れを味わなくて済むのならやってみようと本気で思った。

「できるわよ。できる人は知ってるんだから」

「え……?」

 ただの一人言のつもりだったのに、あるみは真面目に答える。

「教えることはできないけどね」

 あるみはさっさと先へ行ってしまう。

 あるみがそういった知り合いの話をすると遠い目をしている気がする。

「そういう話をしてみたいかい?」

「ちょっとね……興味がないわけじゃないから……」

 来葉のこと、マスコットの魔法を得意にしていた人のこと、前に話した会いたい友達のこと……あるみの人脈はどうなっているのか知りたいところでもあり、怖いところでもある。

 どっちにしろ、興味はある。

 そういう話を聞いてみたいし、して欲しい。そう思うときもある。

「ま、待ってください!」

 かなみは慌ててあるみを追いかける。

 砂浜を抜けるとすぐに森であった。

 道なき道、草をかきわけ、僅かな段差を注意しながら歩いていく。

「なんですか、この獣道……」

「無人島なものね、人が通りやすいようにできちゃいないのよ」

 そう言いながら、あるみは平坦な道を歩くようにスイスイと歩く。

「社長、登山の経験はあるんですか?」

「登る山はいくらでもあるからね」

 それは答えになっていませんよね? って言おうとしたが、もう先へ行ってしまう。

「本当に、何でもアリな人ですね……」

 かなみは感心していいのだか、わからないところだが、そんなことを考えているうちにあるみはどんどん先へ行ってしまう。

 足元が見えない、油断すると足元がすくわれて、すっころびそうである。

 下手に転ぶと、変なところに落ちてどこまでも転がり落ちてしまいそうである。

 一歩一歩が命懸けだ……

 こんな緊迫した想いをしてまで、どこへ向かっているのだろうか。

――ああなったら、地獄を見るか、行くか……

 みあだったら、そういうんだろうな。

 頭の中でものすごくリアルな声で再生された。

「って、どっちも地獄じゃない!」

「どうしたんだい、いきなり?」

 かなみは文句を言いながらあるみのあとをついていく。

 一時間ほど経った。

 とはいっても、かなみの主観なんで本当にそれだけ経ったのか怪しいものだが。

 歩いた距離も

「さあ、着いたわ」

 そう言うと、あるみはようやく歩みを止める。

「って、えッ!?」

 追いついたかなみは、その先を見て驚いて声を上げる。

 洋館……映画に出てきそうな趣のある建物で、ここまで自然という自然で築き上げられた無人島では異質なことこの上ない。

 いや、それ以前にここは無人島である。

「ここって無人島ですよね? なんで建物があるんですか?」

「自然にできたものかもしれないわね」

 そう言われてもう一度洋館を見てみる。どうみても自然にできたものに思えない。

「そんなわけないじゃないですか?」

「だったら、人じゃないかもしれないわね。住んでるの」

「え……それって……」

 人じゃないものがこの島に住んでいる。

 そう言われてかなみが真っ先に連想したのは、幽霊かゾンビといった化物の類であった。

 それは人じゃないから無人島ということになる。

「え、えぇ……」

「ま、入ってみてのお楽しみってことで」

「楽しくありません!」

 しかし、あるみはそういった反論には聞く耳を持たなかった。

 しばらく進むと、石でできた道があって進みやすくなっている。道は洋館の入口へと続いていた。

 この石も誰か人が作ったのではないか、と思った。が、現実に魔法や悪の秘密結社があることを知っているかなみは魔法で誰かが作ったり、こういったものを作れる知性がある怪物がいてもおかしくないと考えてしまう。

(どうかお化けや幽霊が出てきませんように……)

 祈る気持ちでかなみは一歩ずつ洋館へ近づいていく。

「ようこそ、おいでくださいました」

 洋館の入口から白い外套を羽織った男が現れる。フードのせいで性別はわからないが声の低さから男だと思った。

「ゆ、ゆ、幽霊……?」

 その風貌からかなみは不安になった。

「馬鹿ね、ちゃんと身体あるじゃない」

 あるみがそんなことを言った。

「さあ、早くお入りください」

「ご主人はもうお待ちかねなの?」

「それはもう待ちかねていましたよ」

 外套の男は丁寧に答える。

 その口調は使用人のそれであった。そして、自分達は客人と認識されているようだ。

「それじゃ、遠慮なく上がらせてもらうわ」

 あるみとかなみは洋館の中へ入った。


――ガタ


 外套の男は入口の扉を閉める。

「暗いわね……」

 洋館の中には灯かりがついていない上、窓はカーテンで光を完璧に遮っているのか真っ暗闇であった。

 外套の男はロウソクに火を灯してランプのように携える。

「これで見えますか?」

「ええ、ちゃんと見えるわ」

「わ、私なら大丈夫です……」

 正直ろうそくの灯りだけでは心許ないが、こういうときばかりは、電気代節約の日々の賜物である夜目が役に立った。

「それでは、こちらです。ちゃんとついてくださいね」

 あるみとかなみは言われたとおり、外套の男の案内を受ける。

「な、なんで、こんなに暗いのよ?」

 かなみは訊いた。

「ご主人様の趣向ですよ。このろうそくの灯りがとても気に入っているようなので」

「あ、悪趣味ね……」

 かなみは遠慮なく言う。

 普通の人間だったら、自分のように夜目がきくような人間じゃないとまともに歩けないし、かなみだって明るい時とまったく同じようにちゃんと見えるわけじゃないから不便なものである。

(ご主人様ってどういう人なんだろう……あ、人じゃないかもしれないんだった……)

 というか、今までの前振りからして人じゃない可能性が圧倒的に高い気がする。この使用人じみた外套の男も人間らしさを感じられないし。

「ご主人様、客人をお連れしました」

 外套の男は扉の前に立ち、その向こうにいるであろう『ご主人様』に話しかける。

「――はいらせたまえ」

 返事はすぐに返ってきた。

 声は男のもので、かなみにとって忘れられない男の声であった。

「しゃ、社長……?」

 かなみは不安になってあるみへ呼びかける。

「大丈夫よ」

 あるみはただ一言、そう返して部屋へ入っていく。


――いる。


 部屋が真っ暗で何も見えないとかそういうことなんて関係なく圧倒的な存在感を放ってそこに座っていた。

「よく来てくれたな」

 ネガサイド関東支部長カリウス。

 暗いのに、テンガロンハットの輪郭まではっきりと見える。

 かなみはその姿を見て、縮み上がった。

 一度は自分を絶望の淵へ叩き落とし、絶対に敵わないと思い知らされた怪物。恐怖が身に染み込んでいるようであってそれは今も変わらないことを実感させられる。

「招待に応じてやっただけのことよ」

 しかし、あるみは臆することなくカリウスと向かい合う。

(さすが社長……私も……)

 あるみがいてくれることで、逃げ出したくなるような想いを抑え込めて、この場に立っていられる。

 部屋の中央には横長に広いテーブルがあり、カリウスは一番奥に座っている。

 あるみはちょうど向かいの席に座る。

「暗いのは許してくれたまえ」


パチン!


 カリウスは指を鳴らすと指先からライターのような火が灯る。

「こういった趣向が好みでね」

 その火を拳で握って消す。

 次の瞬間には、部屋中のそこかしこに配置されたろうそくの火が点く。

 明らかに宙を浮いているようなものまであるが、魔法で浮かせているのであればまったく不思議はない。

「私も好きよ。オフィスにも導入しようかしら?」

 仕事やりづらくなるんでやめてください、とかなみは言おうとしたが、雰囲気にのまれて言えなかった。

「導入してくれたら、是非呼んで欲しいものだな」

 カリウスは笑って言う。

 まるで、仕事仲間のようなそんなやり取りだ。

 しかし、よくよく考えてみると、魔法少女の会社の社長と悪の秘密結社の支部長……奇妙な取り合わせだ。

 それだけにいつ戦いになってもおかしくない。

 そうなったらこの館なんてひとたまりもないだろうし、自分も無事でいられるかどうかわからないので気が気じゃない。

(っていうか、なんで私はこの場にいるんだろう……?)

 こう考えるとまた逃げ出したくなる。

 あとかなみは座る場所が見当たらないので、あるみの後ろについた。

「しかし、君がこの会談に応じてくれるとは思わなかったよ」

「呼ばれたらどこにだって来てやるわよ」

「他の腰の重い支部長に是非とも聞かせてやりたい」

「連れてきなさいよ。雁首がんくび揃えてさ」

「それでは密会にはならないだろ」

 カリウスが嫌味を言っている

――密会?

 かなみはその言葉が不気味に響く。

 密会っていうのは秘密の会談。誰に対しての秘密なのだろうか。

 他の腰の重い支部長……カリウスと同格であろう怪物達。

 翠華やみあ、紫織達……会社の仲間達。

 彼ら、彼女らに秘密する理由はなんなのだろうか。

 どう考えても穏やかなものではない。

「それで、今日は何の用なのかしら?」

「なに、ちょっとした取り引きだよ」

「取り引き?」

「君やそこのかなみ君が場をかき乱してくれたことで今ウチは大いに荒れているよ」

 気味の悪い笑みを浮かべている。ろうそくの灯りはあるもののテンガロンハットのつばで顔が見えないがそういう印象をかなみは受けた。

「最高役員十二席の一人へヴル、東北支部長応鬼……この二人が倒れたことでね、大きく揺らいでるよ」

「そのまま、崩壊してくれると助かるんだけどね」

「そうもいかないんでね。それは君もよく知ってるだろ」

「言ってみただけよ。それで後釜はもう決まったの?」

「東北支部は副支部長が繰り上がりで支部長につくさ。問題は役員の十二席だよ。

それまでの役員候補だけでなく、他の支部長まで名乗りを上げていてね。

フフ、いい具合に混乱しているよ」

「あなたは名乗り出ないの?」

「もちろん、私も名乗り出たさ。

が、決めるのは役員審議会さ。私がどうこう言うことじゃない」

「意外ね。出世欲のかたまりみたいな男だと思っていたのに」

「失礼な物言いだ。私ほど出世に貪欲な男はいないと自負しているのだけどね

私に比べたらどいつもこいつも保守的で物足りないところだよ」

 カリウスは上機嫌に言う。

 かなみがこの前会った時よりも楽しそうである。もっともその内容は賛成できるものではないが。

「とんだ野心家ね。こんな男が目と鼻の先にいたなんてね」

「避けていたんだよ。君ほどの女性に目をつけられたのでは生命いのちがいくつあっても足りない」

「野心家のくせに臆病なのね」

「慎重といってくれたまえ。

かの六天王りくてんおうでさえ君に関しては我関せずを貫いている」

「りくてん、おう……?」

「日本支部局長……ネガサイドが誇るアジア最強の怪物よ」

 かなみはその言葉に息を飲む。

「話には聞いたことあるわ。実際会ったことはないけどね」

「当然だろう。会えばどちらかが消える、果てしなく凄惨な戦いは避けられないだろう。

いや、避けているといってもいいだろう、六天王はな」

「え……?」

 かなみは思わず驚きの声を上げ、あるみを見る。

――アジア最強の怪物、六天王。

 あるみはそう言った。

 ということは、このカリウスよりも確実に格上である。

 その六天王があるみとの戦いを避けている。

 確かにあるみの実力ならカリウスにも匹敵するだろう。

 でも、それはその上の実力の怪物にも通じるものなのだろうか。

 通じる気がする。

 心の中に思い浮かんだ答えはそれだった。

 以前、あるみと戦ったり、特訓をつけてもらったことがあるが、まったく勝てる気がしなかった。

 あれからさらに実力をつけた今でも、それはまったく変わっていない。それでさえ、あるみの話ではまだ全力の三分の一以下でしかない。

 そんな途方もない実力を持っているあるみが負けるとは到底思えない。たとえ、敵がアジア最強という想像も出来ないような怪物が相手でもそうだ。

「そうでなければ、これだけ好き勝手に暴れている君を放置しているなど有り得ないことだよ」

「随分高く私を買ってるくれるのね」

「私は過大評価はしない。ゆえに期待はしているよ」

「私に何を期待するっていうの?」

「――混沌さ」

 一瞬のろうそくの灯りが消えたのではないかと錯覚するほどの闇が覆ったように感じた。

「それが私が望むものだよ」

「悪役らしい台詞ね」

「悪役も楽しいものだよ。君もこちら側につけばそのチカラを持て余さずにすむものを」

 確かに、とかなみは思わず心の中で同意してしまった。

 あるみの性格とか強さから言って悪魔といってもいい。でも、不思議とあるみが悪さをするところは思い浮かばない。

「それはありえないわね。私が望むのは平和なのよ、相容れないわね混沌とは」

 それはそう答えるあるみがどこまでもいっても正義なんだ、と納得させられた。

「ふむ……」

「さて、本題に入ろうかしら? 私達を呼びつけた用件はなに?」

 あるみが問いかけると、カリウスは人差し指を立ててテンガロンハットのつばを立てて言う。

「もう少し君とおしゃべりに興じてみたかったが、まあいい。用件は三つある」

「私はランプの精じゃないわ」

「これは私の願いではなく提案だよ。聞き入れるかどうかは君の判断に任せる」

「聞くだけきいてあげるわ」

「フ……」

 それを聞いてカリウスは満足げに笑った、ような気がした。

「結構。

まずは一つ目だ。先ほども話したとおり、現在日本支部は混沌の最中にある。

それを君達の手によって、さらに陥れて欲しいという申し出だ」

「――!」

 かなみは驚いたが、言葉にならなかった。

「思ってもみないことね。正義で悪を混沌に陥れるなんてまさしく悪魔の発想ね」

 ただあるみは感心した。

「そうかな。至極まっとうな発想だと思うのだがね」

「まあ、こっちとしては頭数を減らせる願ってもない申し出だから……断る理由も無いわね」

「社長!」

 これにはかなみも口出しせずにはいられなかった。

「本気ですか? 彼は悪魔なんですよ」

 彼――カリウスを差してそういうのは勇気がいるが、言わなければならない想いが勝り、口にする。

「ええ、承知しているわ。彼が私達を自分達の混沌に引き込もうとしているのをね」

「だったら、こんな話断るべきです」

「断ったところでどうせ引き込むわよ、この男はね」

「フフフ、わかっていたか。その洞察力はさすがだと言っておこう」

「そして、あなた自身をも巻き込むこともね」

「……当然だ。我が身あっての混沌なのだからな」

「狂ってる……」

「当然だ。狂気にまみれてこその怪物だ。いや君達もある意味ではそうかな?」

「一緒にしないでよ……!」

 かなみは強く言い返す。その声は震えている。

 カリウスはそんな彼女の様子を見て楽しんでいるようだった。

「正義と平和のために戦う。その様は私たちから見れば異常と言わざるを負えないからね」

「異常からみた正常もまた異常……といいたいのね」

「まあ、そういうわけだ。

フフ、失礼。横道にそれてしまったな」

「いいわ、そういう話は好きよ」

「それでは協力してくれるということでいいのだな?」

「ええ、具体的な内容にもよるんだけど……」

「それはまた、今後の展開によるね」

 それを聞いてあるみは肩をすくめる。

「呆れた……それじゃとりあえず協力をとりつけるためだけに会談を開いたってわけ?」

「それだけではないのだがな。

――それが二つ目さ」

 カリウスはまた指をパチンと鳴らす。

 するとろうそくの炎が揺らめき、今まで暗くて見えなかった場所が照らされる。

 そこにいたのは、百地萌実ももちもえみであった。

 それはかなみの夜目をもってしても気付かなかった。

「まったく手の込んだことね」

「これも演出さ」

 カリウスは得意げに言う。

「まるで映画監督気取りね」

「主演も兼ねているつもりだがね」

「それは残念ね、主役は私よ、あんたはさしずめ道化師ピエロってところね」

「フフ、それもまた一興だな」

「それじゃ、私は何の役割なのかしら」

 萌実は問いかける。

「そうね……」

 あるみは顎に手を当てて考える仕草を取る。

「私を引き立てるライバル役ってところじゃない」

「ライバルっていうのはいいけど、あんたを引き立てるのは気に食わないわね」

「じゃあ、この娘の、ってのはどうかしら?」

 そう言ってあるみはかなみを目で指す。

「え、え?」

 突然の振りにかなみは戸惑う。

「それなら悪くないかもしれないわね」

 萌実はそう言ってミニスカートをしめているベルトに収まった拳銃を手に取る。

「って言うと思ったか、クソ女ぁぁッ!」

 怒声と銃声が重なる。

 銃弾はあるみの傍らでゆらめていた灯りをろうそくごと消し飛ばす。

「悪党が正義の味方引き立ててどうするんだ?

正義の味方が悪党を引き立てるもんだろ!」

「面白い意見ね……ぶっ潰したくなってくるわ」

「気が合うわね、あんたをぶっ殺してやりたくてしょうがないわ」

 あるみと萌実はにらみ合う。

 その顔には笑顔がはりついているが、お互いに殺気をたぐらせていた。

 その様子を見て、かなみは一層ここから逃げ出したい想いを募らせた。

「んで、なんでまたこの娘こがここにいるわけ?」

 あるみはカリウスに訊く。

「私が招待したのだよ。君達と同じようにね」

「わざわざ無人島くんだりまできてご苦労なこったね」

「そうそう、撃ちたい人間がいなくて退屈なのよね」

「怪物ならそこにいるじゃないの」

「ああ、いたわね。目の前にとびっきりの化物が……」

 そう言って萌実はあるみを指す。

(それはちょっとわかる……)

 かなみは密かに同意する。

「少しは口を謹んだらどうだ」

 意外にもカリウスが萌実をたしなめる。まるで娘に接する父親のように。

「ふん」

 しかし、萌実はそっぽ向く。

「問題児を持つとお互い苦労するわね」

 かなみにはあるみの言う問題児というのが誰を指しているのかわからなかった。

「苦労とは思っていないよ。こうみえても中々に可愛いものだよ、この娘こは」

「意外ね。保護者らしいところあるじゃない」

 カリウスが萌実の保護者というのは、確かによくよく見てみると納得のいく取り合わせだ。しかし、何か違うような気がする。上手く言葉では言えないが、子供と保護者といったそういった関係とは何かが違うような気がする。

 それは怪物だからとか魔法少女だからとかそういったことで説明できるようなことじゃないとも思う。

 なんだろう。

 考えてみてもわからない。

「保護者か……確かに保護しているのだから、そう言われるのは妥当なところか」

「保護ってまるで野獣みたいな言い草ね」

 萌実は文句を垂れる。

「違うのか?」

 カリウスはとぼける。

 一瞬、なんでもないようなやり取りのように錯覚してしまいそうになるが、二人の間には確かに感じ取れるほどの殺気がひしめいていた。いつ、この場が殺し合いの戦場になってもおかしくないほどに。

 しかし、それははじめから似たようなものだった。

 カリウスはこの場を会談と称しているが、話し合いの場だけで終わるとは限らない。

 話し合いからいつ殺し合いになってもおかしくない。

 話すことを話したら、さあ戦いだって展開も有り得る。

 そういう関係なのだ。

 正義の味方と悪の秘密結社……戦いあっていがみあう。

 少しも気が抜けない、疲れる辛い関係だとかなみは思う。

「しかし、そんな君でも手放すとなると少々名残惜しいものだよ」

「手放すってどういう意味よ?」

「いや、それは後で話そう。

――さて魔法少女諸君よ」

 そう言ってカリウスは指をパチンと鳴らす。

 あるみの目の前に羊皮紙が現れる。

 年代を感じるような焼け具合で、何かの地図のようなものが書かれている。

「これは何かしら?」

「二つ目の議題だ」

 カリウスは愉快そうに告げる。

「この島で宝探しをしてもらおうか」




「ま、まだ歩くんですか……?」

 かなみは前を歩き続けるあるみを引き止めるために問いかけた。

 この人の体力は底なしなのか。もう三時間は歩き通しているような気がする。

 いい加減、くたびれた。

 なんだってこんな山中を歩き続けないといけないのか。

 しかも、よりにもよってカリウスの口車に乗ってだ。

 いや、あるみのことだから何か考えがあってのことかもしれない。

「歩くわよ、日が暮れるまでね! 負けられないでしょ!」


……あるみだからこそ何も考えていないかもしれない。


 不安になるが、文句を言ったところでどうにかならない。

「休みましょうよ、お腹すきましたし……」

 ただ休憩の催促はしてやる。

 それにお腹が空いているのは本当だ。

 朝から何も食べてないし、ずっと山中を歩き通しで普通の女の子ならめまいを起こしてもおかしくない。

「普段からサバイバルしてるようなものだからね」

 肩でマニィがよくわからないことをつぶやいている。

「それは誰のことを言っているのだ?」

 あるみの肩に乗っている竜型のマスコット・リリィが振り向いて疑問の声を投げかける。

「さあ?」

 マニィはとぼける

「あんた、最近いい加減になってきてない?」

「ボクはキチョーメンだよ。君が今月何にお金を使ってどのくらい困っているのかわかっているぐらいにはね」

「そういうことはわかってなくていいのよ!」

 かなみは肩に手をかけて払いのけようとする。しかし、マニィはジャンプしてこれをゆうゆうとかわす。

「あ~なんだか余計に疲れたわ」

「無駄口を叩くな、余計に体力を消耗する」

 リリィからありがたい助言を受ける。

 ついでに休憩をあるみに提案してくれると助かるのに、と思うかなみであった。

 背丈ほど伸びた草に空からの光を遮る木々……視界がまったく優れないことも疲労に拍車をかけている。

「本当にこの道であってるんですか?」

 たまらずかなみは訊いた。

 さっきからあるみはまったく休まず、地図を見ることや方角を確認することすらせずに一心不乱にまっすぐ歩き続けている。


地図……。


 その先に宝があるとカリウスは言っていた。

 宝というと真っ先に金銀財宝を思い浮かべる。

 加えてここは無人島。まだ誰にも知られていない財宝が眠っている。そんなおとぎ話じみた話をにわかにでも信じてしまいそうな雰囲気はある。

「さあ……あなたはあってると思う?」

 ここでようやくあるみは振り向いてかなみの問いかけに返答した。

「あっていないんですか?」

 かなみは不安になって訊き直した。

 何も考えていないようで考えている、考えがあるようで何も考えていない。

 あるみはそんな人の気がする。

 今回はどっちだろう。

 前者であって欲しいが、後者の気もする。

 何も考えていない。つまりは骨折り損のくたびれもうけである。

「あっていて欲しいです」

「その通りね。まあ、この地図が正しいとは限らないけどね」

「罠だってことですか?」

「あのてのタイプは嘘と本当をたくみに使い分けるけど目的に対してだけはものすごく純粋なのよね」

「そんなものですかね……でも、あいつの目的ってなんですか?」

「本人も言ってたじゃない。火事を見に行って火傷するような放火魔みたいなものよ」

「なんなんですか、その例え? 自分が起こした火事で火傷って馬鹿じゃないの?」

「何も自分で起こした火事だなんて、言ってないでしょ?」

「じゃ、誰が放火したんですか?」

「誰がってそりゃ誰かよ……仲間や部下かもしれないし、ひょっとしたら私やあなたかもしれないわね」

「私が、放火……?」

 そんなありえないとかなみは答えようとした。

 しかし、そこで会話は途切れる。、

 突然、足場が崩れて、真っ逆さまに落ちた。

 落ちた。と自覚した直後に尻餅をついた。

「ああ、落とし穴ね」

「あたた……!」

「まあ、宝探しに罠はつきものよね」

 あるみは当然と言わんばかりにかなみを見下げる。

「た、助けてくださいよ」

「しょうがないわね」

 あるみはそう言って手を差し出す。

 かなみは即座に手を伸ばして引き上げられる。

 あまりにも自然で頼もしい動作で忘れそうになるが、これって、かなり腕力がいる行為よねとかなみは疑問に思う。

「ありがとうございます」

「かなみちゃん、相変わらず軽いわね」

「え……?」

 そういえばこのところロクな食事をしていない上に今日も朝から何も食べていない。

 体重計には……ある意味、怖くて乗れない。

 それならあるみの細腕でかなみを軽々と持ち上げてもあまり不思議ではない。それでも、女性としてはかなりの腕力にはなのだろうが。

「それに出るところはちゃんと出ているし」

 どこが、とは言わなかったが、かなみはある一点に手を当てる。

「社長の方が立派じゃないですか」

「成長期だからね!」

 あるみは得意げに胸を張る。

 こういう子供っぽいところも時折する。

 あるみの年齢が三十歳であることを忘れさせてしまう。

――年齢の話じゃないのよ。あるみは魔法少女だからね

 以前、そんな話を来葉から聞いたのを思い出す。

「社長はいつまで成長期なんですか?」

「――いつまでもよ」

 あるみはそう答える。

 その力強い返答に羨望さえ覚える。

「……あはは、私も成長期なんですかね?」

 それに比べて自分は、と少し卑屈な気分になってしまう。

「決まってるじゃない。少しは母親を見習いなさい」

 あるみにそう言われてかなみは母を思い浮かべる。

 もう随分と会っていないが、まだ顔は鮮明に覚えている。

 綺麗で穏やかで、ちょっととぼけたところもあって……

――あれ?

 そこまで思い出して、あることに気づく。

 あるみはかなみの両親のことを知っているのだろうか。

――私は会いたいわ

 以前、かなみの母親の話をしたとき、あるみはそう答えたこともあった。

 あれはかなみの母だからそう答えたのか、知り合いだったからなのか。

 あるみと母……

 あるみの意外な人脈に、以前一緒に出張させられたとき、その出張先で父親と再会した。あれが偶然だったとは考えられない。だったら、もしかしたらひょっとしたら、この無人島に母が来ているのではないか

「……そんなわけないか」

 諦観した気持ちが思わず口に出た。

 確かに母は父と同じくらい神出鬼没だけど、ネガサイドが支配するこの無人島に来ているなんてことはまずありえない。

(母さん、今何してるんだろう……?)

 父と一緒にいるんだろうか。

 かなみは空を見上げて行方の知れない母に思いを馳せる。

 ただ、林の木々に遮られて青空を目にすることは出来なかった。

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