第26話 着彩! 彩る衣装と魔法の笑顔(Bパート)

「よかったわ」

 そう言った来葉の目が赤かった。

 万感の思いが極まった一言で、どうしてそんな言葉を自分に向けてくれるのか。少しだけ恐縮してしまうかなみであった。

「来葉さん……」

 そんな来葉の様子を見て、かなみは思った。

 今なら答えてくれるかもしれない。ずっと気になっていてい、何度も訊いたけど結局煙に巻かれて教えてくれなかった疑問を教えてくれるかも知れない。

「どうして、私のことをそんなに気にかけてくれるんですか?」

 訊かれた来葉は少し驚いて、うつむいて、長くて黒い髪に表情を隠した。

「ごめんなさい……今は答えられないの」

 それだけ答えてくれた。

 震えている。

 泣いているのだろうか、かなみからはよく見えない。見たいとも思わない。

 なんだか見たら申し訳ない気分になるに違いない。

 そう思ったかなみはこの場にいない方がいいんじゃないかと思った。

「私、先に車に戻ってますね……」

 撮影が終わってから、美依奈は軽く取材を受けると言ってちょっと待たされることになった。

 衣装は返して、元の学生服に着替えたけど、まだメイクの残る顔のおかげで少しだけ魔法がかかったように気持ちが晴れやかになれた。

(あ、来葉さんにお礼をいいそびれちゃった……)

 外に出ようとしてそんなことに気づく。

 気分転換だと言って、芸能事務所に連れてこさせられて、なんでこんなところに来なくちゃいけないのかと文句を言った。でも、最終的にはこんなにもいい気持ちになれた。

 それは紛れもなく来葉のおかげだ。なのに、自分はちゃんとお礼を言ってないことが少しだけ申し訳なく思えてならない。

 今度顔合わせたらちゃんとお礼を言おう。そう決めるかなみだった。

「……あ!」

 そこへ彼女――美依奈が目に入った。

「み……」

 名前を呼ぼうとしてやめた。

 また呼んで嫌われるのがいやだ。

「なによ、私の顔になにかついてるって言いたいの?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

「さっきは喧嘩腰だったのに、今度はなに、へっぴり腰? あんたってよくわからないわね?」

「あはは、私にも自分がよくわからないんだよね」

「そんなんでモデルでやっていけるの?」

「え? 私、モデルでやっていくなんて言ってないわよ」

 そりゃモデル料はちょっとよかったけど、とかなみは心の中で付け加えた。

「あ、そうだった? まあいいけど、ライバルは少ない方がいいし」

 美依奈は楽しそうに言う。

「ライバル……? って、私のこと!? なにいってんのよ、もう!」

「別に……ホントのこと言っただけよ」

「ホントって……私が美依奈ちゃんのライバルになるわけないじゃない」

「……美依奈ちゃん?」

 あ、しまった! とかなみは口を手で塞ごうとしたが、もう遅かった。

「みいなちゃん……みいなちゃん……」

 美依奈はおもむろに呼ばれた自分の名前を言ってみる。

「いきなりそう呼ばれたのは初めてね。でも悪くないわ」

 それは意外な発言だった。てっきり嫌な想いをしているとばかり思っていたのに。

「じゃあ、あんたのこともかなみちゃんって呼んであげるわ」

「え? 私にも!?」

「いいでしょ、別に」

「そ、それはいいけど……」

「あはは、クセになりそうねこれ」

 美依奈は朗らかに笑い出す。

 モデルだけあってその心からの笑顔がかなみにはまぶしくて、でもずっと見ていたい気にさせられる太陽のように感じた。

「ねえ、美依奈ちゃん」

「お、さっそくきたか。なになに、かなみちゃん?」

 美依奈が名前を呼んでくれる。

 今なら言える気がする、自分の正直な気持ちを。

 いや、今しかない気がする。

「私、美依奈ちゃんと仲良くなりたい」

「え、はあ?」

「美依奈ちゃんと友達になりたい!」

 思い切って言った。

 ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと言えた。

 美依奈の反応はどうだろうか。

「……とも、だち……」

 美依奈はキョトンとしてかなみを見つめている。

 その態度に憤慨や拒絶の意思は見えない。ただ呆然と友達という言葉を噛み締めているように見える。

「べ、別にいいわよ!」

 ただそれだけを答えた。

 それは、友達になれるという返事だった。

「よかった……」

 かなみは心の底から安堵する。

 そして、心の底から喜びがあふれてこみ上がってくる。

「……!」

 その仕草に美依奈は言葉を詰まらせる。

「あ、あんたって……いつもこうなの」

「こうって?」

「そんな、いきなり……友達になりたいとか言う? ま、まあいいけど……」

「うーん、自分でもよくわからない」

「わからないって……まあいいわ。とにかく、あんたとあたしは友達、いいわね?」

「うん! よろしくね、美依奈ちゃん」

「あんた……やっぱりモデルとかアイドルとかに向いてるんじゃない……?」

「え、ええ? そんなことないよ、私そういうのは全然向いてないし、美依奈ちゃんの方がよっぽど才能あるよ!」

「才能ね……そういうのは自分で気づかないときもあるのよね……ま、いいわ」

 美依奈はため息をつきつつも、笑顔でかなみを見る。


――コツ!


 その時、妙に甲高い靴音が耳に響く。

 音に温度はないはずなのに、これを聞いただけで身体が凍りつきそうな寒々しさを秘めた音だ。


コツコツコツ


「――!」

 それはさっきまでの暖かくて春のような陽気な空気を吹き飛ばしてしまうほどの威圧と緊迫を携えていた。かなみはその音源を辿ってそちらを見た。

 そこに奴はいた。

 一人、影のように暗い女性が一人立っていた。

 着ている服こそファッション雑誌に載っているようなオシャレな黒いコートとミニスカートで可愛らしい。しかし、その可愛さを打ち消して余りある不気味さを演出するものをこの女性は身につけていた。

 包帯だ。

 全身、肌を露出するべき場所に隈なく白い包帯が巻かれている。

 重病の患者といった雰囲気なのだが、だったら病衣を着ている方がまだ違和感はない。

 モデルの服装と女性らしい体型、それに全身の包帯が合わさるアンバランスがまるでホラー映画の登場人物のような演出をさせている。

 ここは撮影所なのだから、いっその撮影のための衣装だと認識出来ればまだ幸せだった。

「あ、あぁ……!」

 しかし、その認識を出来ないほどにこの女性は敵意と恐怖を振りまいていた。

「お前達が憎い!」

 全身を震え上がらせる怨嗟の声が発せられる。

 包帯で覆われた顔から口は動いていない。そのため、声というより楽器から出された音のような印象を受けた。

「ひ!」

 それをまともに受けた美依奈は恐怖の色が浮かぶ。

「その顔が憎い! 身体が憎い! 憎い!」

 怯んだことをいいことに彼女は容赦なく浴びせてくる。

「あんた、怪人ね!」

 しかし、かなみは臆することなく美依奈を庇うように前へ出る。

「お前が憎い!」

「ああもう! こんなタイミングで出てくるあんたの方が憎いわよ!」

 たまらず言い返す。

 憎しみをぶつけられているのは慣れている。

 ましてや、これよりもさらに凄まじい恐怖をまとった敵を何度も戦ってきたかなみにとってこの怪人の怨嗟の声はただの戯言にしか聞こえなかった。

「憎い! 殺す!」

 怨嗟が殺気へと変化して叩きつけてくる。

 これはまずい。

 この場にいたら、美依奈にまで危害が及ぶ。

「美依奈ちゃん、逃げよう!」

「え!?」

 しかし、美依奈の足は震えている。

 かなみはそんな彼女の手を無理矢理引いて出口へと駆け出す。

 出口から出たとはいえ、すぐには変身できない。

「魔法少女であることを誰にもしられてはいけない」

 懐からマニィの声が聞こえる。

 忘れかけていた、そんな規定を告げる。

 もちろん、完全に忘れたわけじゃない。忘れていなかったらこそ今すぐ変身しない。

 変身してしまったら美依奈に魔法少女だということがバレてしまい、即罰則がくだされる。

 あるみからの罰ペナルティ……その言葉を思い浮かべただけで身震いしてしまう。

「ど、どこまで逃げるのよ!?」

「あいつがおってこないところまでー!」

「それってどこ!?」

「ここよ!」

 かなみは駐車場の車の影に隠れる。


コツ、コツ、コツ、コツ、コツ


 しかし、ハイヒールの音が甲高く聞こえてくる。

 一歩ごとにこちらに確実に近づいてくる、恐怖を掻き立てる足音。自動車の影に隠れているものの、やり過ごせる気がまったくしない。

「あいつ、一体なんなのよ?」

「さあ、わからないけど……」

「お化けか何か? って、そんなのいるわけないか……って、かなみちゃん、どうしたの。顔、青いけど?」

「う、ううん……なんでもない、なんでもないから!」

 かなみは首を振る。

(いや、お化けのはずがないわ。だって、あれはどう見てもネガサイドの怪人よ!)

 というか、さっき自分で断言してしまったじゃないか。あいつがネガサイドの怪人なんだって。

「あ……!」

 そこまで思い出して気がつく。

(私、美依奈ちゃんの前で怪人って言っちゃった……?)

 これは罰ペナルティに含まれるのだろうか。いや、含まれるはずがない。

 何故なら魔法少女だということがしられたら即罰則だが、ネガサイドに関しての秘密は特に言及されていないのだから、あれが悪の怪人だって美依奈にしられても問題ない。

 そういうものだということにしよう。


コツ、コツ、コツ、コツ、コツ


 そうこうしているうちにヤツはかなみと美依奈に確実に近づいてきている。

 あいつにはわかっているんだ、自分達がここに隠れていることを。

 そうなるとグズグズはしていられない。

「美依奈ちゃん、ここで大人していて!」

「え、大人しくって!」

「私が注意を引きつけるから、その間に逃げてってこと!」

「はあ!? バカ言ってんじゃないわよ!」

「バカなんて言ってないから! 私だったら一人上手く逃げられるから!」

「逃げるつもりなんてないくせに……!」

 美依奈が言い返してきた言葉にかなみはドキリとさせられた。

「な、なんで……」

 「わかったの……?」とかなみは言おうとしたところで美依奈が先に答えた。

「なんとなく……逃げる気なんてないって、あんたの目は言ってるように見えたから」

「……目、ね……」

 目は口ほどにモノを言う、というが、確かに今の態度は一人で逃げるような人間じゃなかった。

 とはいっても、犠牲になるつもりもない。

 そのあたりまでは美依奈の理解が及ばないところだった。

「お、オトリなら私がなるから、あんたはさっさと逃げなさいよ」

「え……?」

 意外な申し出だった。

 魔法少女である自分ならいざしらず、戦う力の無い一般人の美依奈がオトリになろうとしている。

 それはどれだけ無謀で危険なことだが、わからないはずがない。というよりも、その震える声と身体がわかっていることを証明しているようだ。

 しかし、それでも勇気を振り絞って申し出てくれた。

 それは他でもない、かなみのため。だって、自分から言い出さなかったら、美依奈はこんなこと言わなかっただろう。

 それにしても、どうしてそこまでして自分のことを想ってくれるのだろうか。

「なんで……?」

「わ、私なら大丈夫よ! に、逃げ足の速さなら自信あるから!」

 相変わらず声は震えていて、恐怖で引き攣りそうな顔を強がりで必死に押し込めている。

 可憐……こんなときでも、かなみは美依奈に対してこう思ってしまう。

 凛としたその眼差しは強いけどか細くて、あの理不尽な恐怖の前では無力だけど、それでも戦う力を与えてくれる魔法のように感じる。

「美依奈ちゃん……!」

 かなみは美依奈をジッと見つめる。

「な、なに?」

「美依奈ちゃんの気持ち、凄く嬉しいけどここは私に任せて」

「な、何言ってるのよ、任せられないでしょ」

「犠牲になるつもりなんてないから!」

「でも、危ないのよ」

 美依奈は拳を握る。それによってこれまで押さえ込んでいた感情が爆発したかのように言う。

「危ない目にあわせられるのを黙って見てるわけにいかないでしょ、――友達なのに!」

 美依奈の言葉に熱いものが胸の内からこみあげきてきて、溢れそうになる。

 けど、抑える。

 今言わないといけなくて、やらないといけないことは泣くことじゃないから

「友達だから信じて欲しいの。私は絶対に大丈夫だから!」

 かなみは迷いなく力強く言い切る。

「本当に絶対……?」

「うん、絶対だよ!」

「そこまで言われちゃ……信じないわけにはいかない、か……」

 美依奈は諦めをつける。

「絶対に無事に戻ってきなさいよ!」

「うん! あんな怪人にやられたりしないから!」

「怪人?」

「ううん、こっちの話! 早く行って行って!」

「ええ、わかったわ。話は後でね!」

 美依奈はひっそりと去っていく。

 怪人に気づかれないようにゆっくり静かに。

「美依奈ちゃんに話そうかな……」

 かなみはため息をつく。

 うっかり口を滑らそうになって、友達に秘密を持っていることを心苦しいと改めて実感してしまう。

「罰ペナルティを受ける覚悟があるなら話しても構わないよ」

「う……!」

 その覚悟は中々出来そうになかった。

 たとえ、こうして友達として気持ちを通じ合った今になっても無理なのだから。

「と、とにかく……今は敵を倒すわ! 美依奈ちゃんももう遠くに行ったみたいだから正体バレる心配も無いし!」

 かなみはコインを取り出して、宙へと舞い上げる。

「マジカルワークス!」

 変身も早々に終えて、黄色に輝く魔法少女が立つ。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 カナミが名乗りあげると、途端に怪人は一足飛びでカナミへ迫る。

「え?」

 カナミが呆気にとられた一瞬の間に、怪人は懐まで接近した。

 そこから包帯を巻きあげた白い手が顔へと飛んでくる。

「ノワッチ!」

 カナミは後ろへ飛ぶことですんでのところでかわした。

(なんて瞬発力なの!?)

 とっさの判断で助かったが、少しでも遅れていたらやられていたかもしれない。

 これだけの速度があるなら、変身前のかなみと美依奈が逃げていてもあっさりと追いついて襲うことが出来たはず。なのに、しなかった。

「なんなの、あんた!?」

 カナミはたまらず問いかける。

 怪人は何も答えず、ただ佇んでいる。先ほどの瞬足が嘘のように静かにこちらを見据えている。それがまた不気味でたまらない。


コツ、コツ、コツ


 甲高いヒールの足音だけがやたら耳に響く。

 カナミは後退して魔法弾を撃つ。

 しかし、怪人は魔法弾を紙一重でかわして、するりするりと弾幕を抜けながらカナミへ接近する。

「く……ッ!」

 一見するとフラついた病人のような動きなのだが、その実、無駄のない洗練された身のこなし。

「――!」

 カナミはその動きに恐怖を覚え、身震いした。


――待っていたわ


 声がする。

 怪人の口は包帯で隠れているから動いているのかわからない、でも、魔法で声は届かせられる。

 それは憎悪の想いがたっぷり込められた怨嗟の声。

「な、何を……?」

 カナミは震えながら訊く。

「お前が変身するのをよ!」

 スッと怪人はカナミとの距離を一気に一瞬で詰めより、腕を伸ばす。

「わあああッ!」

 無我夢中でカナミは仕込みステッキを抜き放つ。


バタン!


 伸ばした右腕が地に落ちる。仕込みステッキの抜刀で切り落としたのだ。

 それで怪人は動きを止めて、こちらを見据える。

「ハァハァ……!」

 カナミは息を切らして距離を取る。

 反射的に身体が動いてくれたおかげで助かった。

 もし、あのままあの腕に掴まれていたらやられていたかもしれない。

 それだけこの怪人は不気味で何をしてくるかわからない怖さがある。

「お前が憎い!」

 そして、繰り返し怪人は憎しみの声を上げる。

「な、なんで……私が憎いの!?

「お前が可愛いからだ!」

「え?」

 カナミは怪人の言っていることが理解できなかった。

「私はカワイタイ……可愛くて綺麗なモノを台無しにするのが私の生きがい!」

 それはいかにも怪人らしい負の感情であった。

 聞いてしまったからにはわかってしまった、この感情の正体が何なのか。

――嫉妬だ。

 こいつは可愛いものを潰すことを目的とする、まさしくモデルの撮影所を襲うに相応しい怪人だった。

「わ、私は可愛くなんて……そりゃ、今は変身して、衣装もバッチリ決めて、可愛いかもしれないけど……」

――あんた、可愛いわよ。

 脳裏に美依奈が聞こえる。

「ああ……」

 だから、怪人に狙われたということか。

(私は可愛いなんてつもりは全然ないんだけど……)

 ため息をつきたくなる。

「そんな嫉妬してくるような魅力があるわけが無いのに……」

「まったくもってその通りだよね。借金があって、ろくに食事もとれなくて、オシャレにさくお金もなくて化粧なんてもっての他で、汚くてみすぼらしくて、こんなみっとも恥ずかしい、魔法少女なんてどこにもないだろうね」

「あんた、好き放題言ってんじゃないわよ!」

 カナミはマニィを投げ捨てる。

「そ、そりゃ……借金のせいで、まともな生活が送れなくて、みすぼらしいけど……ああ、もうそんなこと言いたいんじゃないわよ!」

「憎い……だが、お前だけは憎みきれないかもしれない」

「えぇッどうしてッ!? さっきあんだけ憎しみ叩き込んできたのに!?」

「同情されたみたいだね」

「だが、憎しみよりもまずお前は倒すべき敵だ」

 憎しみよりも明確な敵意をもって、怪人カワイタイは睨みつける。


ヒュイ!


 そこへ予期しない方向から攻撃が飛んでくる。

「うぐッ!?」

 飛んできたのは右腕。

 先程、カナミが斬り落とした右腕が物凄いスピードで飛びかかってきたのだ。しかも、顔を掴まれた。

「うぐぅッ!?」

 完全に不意打ちだった。

 腕が飛んでくるなんて思わなかったため、仕込みステッキで対応できなかった。

 腕に顔を掴まれて、地面へ叩き伏せられる。

「あいたたた!」

 しかもそれから力強く押さえつけられたせいで、立ち上がれない。

 顔を伏せられては敵を見ることができない。


コツ、コツ、コツ、コツ、コツ


 ゆっくりと、だが確実に近づいてくる冷たい響きの足音が聞こえてくる。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 カナミはステッキから鈴を外して、魔力で飛ばす。

 鈴は自動操作で、敵を感知して攻撃してくれる。


バンバンバンバンバンバンバン!!


 腕で視界を塞がれてどうなっているのかわからないが、当たった気はまるでしない。

 自動操作はこういう時は便利なのだが、鈴は勝手に攻撃していくため感触がない。

「ああ、もう邪魔よ!」

 カナミは必死に頭を掴んでいる腕を振り払おうとするが、まったく離れようとしない。


グギギギギ!!


「いたたたたッ!?」

 それどころかますます力強く頭を掴む。

 このまま頭を握りつぶしてしまいそうな勢いだ。


――コツ!


 ここで足音が止まった。

「――!」

 近くにいる。それも手が届く距離だ。

「お前は敵だ。その顔を潰してやるわ」

「なんだって顔を狙うの? 自分の顔が醜いから!?」

「――!」

 カワイタイは声を詰まらせる。

「ず、図星なの!?」

「黙れ!」

 顔を掴む力が強くなる。

「ぐうう! 」

 しかし、カナミは歯を食いしばって耐える。

「じ、自分が醜いからって……他人ひとを醜くしていいわけじゃないわ! それにね、そういうことするからあんたは醜いのよ!」

「なん、だと……!」

 カワイタイは怒りの声を上げる。

 しかし、カナミは怯まない、退かない、省みない。

「いくら美しくたって、可愛くたってね! 醜いことすれば醜いのよ! 逆にね、可愛いなりたいって想いがあればみんな可愛くて美しいのよ!」

「えぇい、黙れ! 黙れ! 黙れ! 耳障りな言葉を吐くお前! やはりお前は憎い! お前のその可愛い顔を潰してやるわ!!」


――黙るのはあなたの方よ


 グサリ、と何かが突き刺さる音がした。

 それが何なのか、カナミはすぐにわかった。

 急にあれほど力強く掴んでいた腕の力が抜けて、ストンとあっさり落ちたからだ。

 銀色に輝く針のようにまっすぐな矢がカワイタイの胸に刺さっていた。

「ぐううう!」

 見るからに痛々しい光景だが、カワイタイから血は流れていない。そのおかげで目を背けずにいられた。

 全身包帯を巻いているところから出血多量になるなんてスプラッタなホラー映画も顔負けのシーンになっていただろう。

「まあ、年齢制限ってやつだよ」

 マニィはわけのわからない補足を入れる。

「あなたにカナミちゃんは潰させはしないわ」

「クルハさん!」

 同じヒールの音なのに、凄く安心させてくれる。

 黒いカジュアルスーツとゴシックのスカートを着込んだ魔法少女クルハ。年齢はあるみと同じ三十歳なのにこのときだけは十代の少女に若返ったかのように優雅に可憐に立ち振る舞う。

「遅くなってごめんね、カナミちゃん」

「いいえ、助かりました。ありがとうございます」

「お礼なんていいのよ。カナミちゃんの可愛い顔を守れて良かったわ」

 クルハはスッとカナミの頬をなでる。

 その仕草に思わずドキリとして戦闘中だということを忘れてしまいそうになった。

「……お前!」

 しかし、聞こえてきたカワイタイの怨嗟の声のおかげで戦いに心を引き戻された。

「あなたがここに現れるのは分かっていた。いろんな撮影所を無作為に攻撃してくる謎の怪人……しかも、その被害者は可愛いアイドルやモデルの子ばかり、しかもみんな顔をやられている」

「女の大敵ね……!」

 これにはさすがのかなみも怒りを隠せなかった。

「私がこんなにも醜い顔をしているというのに、彼女らは可愛い顔をして当然のように歩いている」

「当然じゃないわよ! 私だって借金で苦労してるし、その娘達だって可愛くなるために頑張ってるのよ!」

「だが、それでも私は醜くて憎いのよ!」

「そんなわがままばっかいうやつにはもう遠慮はしないわ」

「最初っから遠慮なんてしていなかったくせに」

「あんたは黙ってなさい!」

 足元にいたマニィはカナミを蹴っ飛ばす。

「私が動きを止めるわ」

「お願いします、クルハさん!」

 クルハはニコリと微笑み、手をかざすと銀色に輝く矢が空中に出現する。

 数は十や二十で決して多くない。

「――行って!」

 矢が一斉に放たれる。

 高速に放たれた矢は光線のような光の軌跡を描き、カワイタイに襲いかかる。

 しかし、カワイタイは全てそれらを紙一重でかわす。

 さっきカナミの魔法弾をかいくぐったときのよう、一歩一歩近づいて来る。

「視えた、そこよ!」


グサリ!


 上空から降ってきた一本の矢がカワイタイの足へと鋭く突き刺さる。

「オオォォォォ!」

 カワイタイは悲鳴を上げる。出血こそないが声だけで十分痛々しさは伝わってくる。

「あなたがそこに動く未来は視えていたのよ」

 メガネを外して虹色に輝く瞳でカワイタイを見据える。

「そして、次にどうなるかの未来もね」

 矢が次々と襲いかかる。

 しかし、カワイタイの足に刺さった矢が杭のように打ち立てられ、身動きがとれない。


グザザザザザザザザッ!!


 光の矢が痛々しい音を上げてカワイタイに刺さっていく。

 容赦なく光の雨を浴びるかのように次から次へと矢が刺さり、よろめく

「オ、オ、オォ……」

 すっかりボロボロになり、包帯が剥がれ落ちていく。

 しかし、これだけ包帯を剥がれたにも関わらず、その包帯の下にあったのはまた包帯で素肌が一切見えない。

 それほどまでに見せたくない醜い身体なのだろうか。

 そう思うと少しだけ哀れに思えてしまう。

 しかし、女の顔を傷つける怪人だということを思うと少しだけ沸いた同情の念は消え、怒りへと魔力が変換される。

「神殺砲!」

 ステッキは砲台となり、魔力の洪水を発射する。

「ボーナスキャノン!」

 ボロボロになり、しかもまだ足に刺さった杭で身動きがとれないカワイタイにはもはやどうしようもなかった。

 光線の光にのまれ、カワイタイは跡形もなく消えた。


――今度生まれてくるときは可愛い女の子で


 最後に彼女の声だけが聞こえた。

 それは今までの憎しみに満ちた声ではなく、何かに解放されたかのように晴れやかなものであった。




「……さすがね、かなみちゃん」

 ほっと胸をなでおろしたとき、変身を解いた来葉が労をねぎらった。

「ありがとうございます。来葉さんのおかげで倒せました」

「いいえ、かなみちゃんが頑張ったおかげよ」

 来葉はかなみの頭を撫でる。

「で、でも、来葉さん……あいつがここを襲うのがわかってたんですか?」

「ええ、他の人の依頼であの怪人がいつどこへ襲って来るか未来を見ておいたのよ」

「そういうことだったら、教えてくれても良かったんじゃないですか?」

「教えたら気分転換にならないでしょ。それにせっかくの撮影も怪人が来るとわかっていたらあんな素敵な笑顔できなかったでしょ」

「素敵な笑顔……」

 撮影の時のことを思い出す。

 素敵なメイクにちょっと大人っぽい衣装を着せられて、舞い上がった。

 あのとき、素敵かどうかはわからないけど確かに笑顔でいられたのは確かに記憶に残っている。

「あとで写真を見て見ればわかるわ」

「ちょ、ちょっと恥ずかしいですね……」

「私はもう一枚もらってるけどね」

「え、来葉さん! ずるいですよ!」

「大丈夫よ。そのうち、オフィスに届くから」

「届くって、何がですか?」

「雑誌よ……かなみちゃんを載せるってスタッフさん達はりきってたわよ」

「え、えぇぇッ!?」

 かなみは絶叫した。

「ざ、ざざ、雑誌ってそれじゃ、本当にモデルみたいじゃないですか!? なんでそんなこと勝手に決めてるんですか!?」

「だってかなみちゃん、乗り気だったじゃない」

「モデル料に釣られただけなんじゃないかな」

 戦闘中に叩き落されたマニィがかなみを見上げて言う。

「あ、そうですそうです! モデル料はどうなったんですか!?」

 雑誌に載せるとなるとそれなりの額になるんじゃないかとかなみは期待した。

「あとでかなみちゃんの口座にいれておくから」

「ありがとうございます!」

 かなみは深々と頭を下げて礼を言う。

 ところで、なんでこの人は私の銀行口座を知ってるんだろう、なんてことは些細なことに思えてしまうぐらい嬉しかった。

「あ、そうだ!」

 かなみはここで思い出す。

 自分を信じて、一人先にこの場から走り去っていた少女のことを。

「美依奈ちゃん! ちゃんと安全なところまで逃げられたかな?」

「それなら心配ないわ。彼女が怪我をする未来は視えなかったから」

「なら安心です。私、さがしにいきますね!」

 かなみは美依奈が逃げた方へ走っていった。

「素敵な友達ができてよかったわね。笑顔が可愛いわよ、かなみちゃん」

 そんなかなみを見送った来葉の目は慈愛に満ちていた。

 それはこれから訪れる未来が明るいものになることを、自分のことのように思える心からの喜びであった。




「あ、あの……翠華さん、お願いがあるんですけど……」

 仕事に一段落ついて、かなみは翠華に恥かしげに声をかけた。

「なにかしら、かなみさん?」

 翠華はかなみの方から「お願い」ということもあって内心大いに張り切った。

 しかも、こんなにもしおらしい態度をとることで、何かよほど大事なことなのかと期待に胸を躍らせた。

「わ、私に化粧を教えてくれませんか!?」

「け、化粧……?」

 意外なお願いに呆気にとられた。

「そういうことって、翠華さんしか頼れる人いないんで……」

 翠華のその一言で発狂するほど舞い上がった。


――翠華さんしか頼れる人いないんで……

――翠華さんしか……

――翠華さんしか……


 その言葉が頭の中で何度も反響した。

「いいわ、教えてあげる」

「よかった……」

 かなみは安堵した。

 そういうことだったらもっと気軽に言ってくれればいいのに、と思う。

(でも、かなみさん……これまで化粧なんてしなかったのに……)

 そうなった原因はもちろんわかっている。

 しなかったのではなく、できなかったのだ。

 そういうことも出来るお金も余裕もないし、第一化粧をしなくてもかなみは十分可愛いので翠華としてはまったく問題無い。

 でも、気になる。どうして急にそんなことを化粧をお願いするようになったのか。

「かなみさん、どうしたの? 化粧に興味もったの?」

「そうなんですよね……ちょっと気分が変えてみようかなと思いまして……」

「確かに化粧をして気分を変えるのもいいわね……かなみさんはそのままでも十分可愛いと思うけど」

 後半は翠華は聞こえないようにボソリと呟いた。

「今度教えるわ。かなみちゃんに合う化粧品も用意するから」

「ありがとうございます。なるべく安くすむ方法でお願いします」

「そうね……かなみさんの経済事情もわかっているし、ちゃんと考えておくわ」

「やっぱり翠華さんは頼りになります」

 翠華はその一言でグラッとくる。

「か、かなみさんって……ちょっと卑怯な時あるのよね……」

「え、何がですか?」

 かなみには自覚が無かった。


ガタ!


「――!?」

 そこへ唐突に扉が開けられる。

 まあしかし、このオフィスの扉が唐突に開けられること自体よくあることで驚くことではなかった。

 驚いたのはそこから入ってきた少女であった。

「ちょっと古くてかびくさいんじゃない? 芸能事務所だったら、ちょっとぐらい洒落っ気だしときなさいよ」

 入ってきたのは金髪で私服もキッチリ決め込んだモデルの少女、美依奈だった。

「美依奈ちゃん!?」

「ああ、かなみちゃん。こんなところで仕事してたの?」

「し、仕事って……」

 かなみは戸惑った。

 確かにここで仕事をしているのだが、芸能事務所と言った美依奈は何か勘違いしている気がする。

「かなみさん、この娘こは?」

 翠華はキョトンとしている。

「え、あ、あの……! この娘はですね……!」

「どうも、美依奈よ。よろしくね」

「翠華よ……」

「あなたも綺麗ね。さすがにかなみちゃんの先輩だけあるわね」

「き、綺麗……? かなみちゃん?」

 翠華は綺麗と言われて戸惑ったのはもちろんのことだが、それ以上に驚いたのはかなみをちゃん付けで呼んだことだった。

「かなみちゃん、どういうことなの?」

 翠華はかなみを問い詰める。

「え、ええ……? ちょっとこの前、モデルの仕事をしまして……」

「モデル!? かなみさんがモデル!?」

「あ、そうそう! 今日来たのはね、これ渡すためなのよ」

 美依奈はカバンから雑誌を取り出してかなみに渡す。

「これって?」

「この前とったやつ、これに載ってるから」

「えぇッ!?」

 かなみと翠華は驚愕した。

「ど、どこ!?」

 かなみは物凄い勢いで雑誌をパラパラとめくる。


――あった。


 あるページの小さな枠……普通にパラパラとめくっていたら見逃してしまいそうな、その枠の中に確かにあった。

「……ちょっと、恥ずかしい……」

「い、いい……いい……」

 それを見た翠華は観賞用と保存用とあと何かのために最低三冊は買おうと決意した。

「わざわざ、届けに来てくれたの?」

「……そうよ。私がメイン飾ってるんだからね」

「あ……!」

 言われてみると美依奈は表紙の次の見出しで大きく載せられている。

 当然のことだが、かなみと扱いが大きく違う。

「やっぱり、すごいね美依奈ちゃん」

「べ、別に凄くなんかないわよ……!」

 美依奈は少し恥かしげに言う。

 こんなにも堂々と大見出しの写真を飾っているのに、とかなみは不思議に思った。

「なんだか……嫌な予感……」

 翠華は何やら自分にとっての嫌な予感を感じ取った。

「かなみさんって、やっぱりちょっとずるい……」

「……じー」

 美依奈が翠華を睨んでいる。

「な、なに……」

「別に~」

 何やら二人から不穏な空気が流れそうになっているのを、かなみは感じとった。

「あ、あの……仲良くしましょうね」

「まだ初対面だし、仲が良いとか悪いとかそれ以前の問題じゃないかしら、かなみちゃん?」

「そうよ。私は仲良くしたいと思ってるわよ、かなみさん?」

 不穏な空気はますますもって雲行きが怪しくなりだした。

「あ、あは、あははははは」

 かなみは乾いた笑いでごまかすしかできなかった。

「なにこれ?」

 たまたま戻ってきたあるみはいきなりこの光景を見せられて思わずぼやいた。

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