第25話 直球! 少女は自らの運命を掴み捕る (Bパート)

「ああ、またファールね」

 かなみは立ち上がってボールの行方を追ったが、結局ポールの外側にそれていったのでファールになった。落胆してかなみはまた座り込む。

「中々、出ないですね……ホームラン……」

 試合はもう六回裏が終わった。つまり、終盤に差し掛かっている。

 アリィやマニィが言うようにもうこの試合では出ないかもしれない。

「まだ七回で、八回と九回もあるじゃない! えぇい、弱気になるな!」

 かなみは応援団の声援に紛れて、自分を鼓舞する

「凄いですね、かなみさん」

 紫織はかなみを見上げてそう言う。

「何が?」

「……もう出ないかもしれないのに……出るって信じ続けられるって、出来ませんよ……」

「そんなの簡単じゃない。まだ出る可能性は十分にあるんだから、信じるに決まってるじゃない!」

「信じ続けられるってすごいですよ。私はもう無理なんじゃないかって思いますもの」

「そんなことないわよ。紫織ちゃんもできるよ、ちょっと見方を変えるだけでね」

「見方を変える?」

「そう。次は七回、アナウンスでラッキーセブンって言ったんだからこの回にホームランが出るラッキーがあるかもしれないって考えれば、ね」

「私にはそんなこと、」

「出来ないっていうより……出来ないけど出来るかもしれないって考えた方が楽しいわよ」

「うん、この空気にあてられたみたいだね。いつになく前向きじゃないか」

 マニィがそう言った『この空気』というのは応援団がヒットを打ったり、三振をとったりする度に盛り上がっていく祭りのような雰囲気である。

 試合の方も五対四と、点を取ったり取られたりするデッドヒートでレフトスタンドもライトスタンドも盛り上がる内容であった。

 贔屓している野球チームがいないかなみや紫織もこの空気にあてられて、胸が高鳴っていくのも無理はない話だ。

「うーん、私もホームラン打ってみたくなっちゃったかも」

「今度バッティングセンターにいってみるといい。お金はかかるけどね」

「う……お金がかかるのはちょっとね……」

「野球ってお金かかりそうですものね」

「基本のバットとグローブはそれなりにかかるからね」

「そう? どこの家にもその二つはありそうなんだけど……私の前使ってた部屋でもあったし」

 もっとも今では借金返済の足しに二束三文で売られてしまったが。

「あ、私の家にもありました……お父さんが持っています」

「まあ、男の基本的な持ち物って言ってもいいんじゃないかな」

「そういうものなの、男って……?」

「偏見は大分入ってると思うけど……」


カキィィィィン!!


 またもや爽快な金属音が鳴る。

 わかる。今日何度も聞いた音だ。

 これはホームランの音だ。

「きたぁぁぁッ!」

 しかし、打球が向かっているのは反対側のライトスタンドの方であった。

「む、無理です! 間に合いませんよ」

「いや、幸か不幸か打球は高い。今から全力でライトスタンドに駆け込めば間に合うかも知れない」

 かなみは打球を見上げながら走る。

(間に合って間に合って!)

 レフトスタンドからライトスタンドへは直接行けない。

 一旦、スタンドの裏側へ回って行かなければならない。

「こうなったら魔力つかってオーバーダッシュよ!」

「まあ、それぐらいなら大目に見るよ」

 マニィからオーケーが出たことでかなみは足に魔力を入れる。

「せいッ!」

 そのダッシュはジェット機のように後ろへ空気が噴射するほどの勢いであった。

 レフトからライトまで一秒とかからず移っていった。

「これだけの足……スカウトが見てたら放っておかないだろうな」

 マニィはぼやいた。

「ねえ、かなみ?」

「ん、何?」

「プロ野球選手の給料っていくらか知ってる?」

「こんな時に何よ? 今はそれどころかじゃないんだから!」

 かなみはライトスタンドに入って打球の行方を追った。


タァン!


 そこで音が鳴った。

 この大歓声の中であっても一際大きく響く捕球の音であった。

「え!?」

 それは誰かがホームランボールをキャッチしたものに他ならない。

「ええッ!? なんで、もうちょっと時間があったでしょ!」

「妙だな……ダッシュでいけばギリギリ間に合う計算だったのに」

 しかし、ライトスタンドにたどり着いたときにはもう打球はスタンドに落下していた。

「……え?」

「ん、どうしたんだかなみ?」

「え、いや……気のせいだと思うんだけど……」

「歯切れが悪いな、君らしくない」

「あの人……」

 かなみはホームランボールを掴み取った人を見る。

 どちらのチームのものでもない無地のユニホームを着た青年であった。

 見たような気がする。

「前にホームランボールを捕った人のような……」

 あれは確か二本目のホームランが出た時……かなみが捕り損なったホームランボールを捕った誰か……

 その誰かが、彼だったような気がする。

「む、それは妙じゃないか? 二本目は君達のいるレフトスタンドにいたんだ。三本目はこのライトスタンドに放り込まれたんだ」

「そうよね……あの人がレフトスタンドのボールを捕ったんならレフトスタンドにいる客ってことで、ライトスタンドのホームランが捕れるわけがない」

「たまたま、レフトスタンドにいたときホームランが出て、今ライトスタンドに戻ってきたらまたホームランが出た……ってことじゃないかな?」

「そんなに都合良くいくのかしら? ホームランっていつ出るか、わかる人にはわかるものなの?」

「出やすい打者や試合の流れをある程度わかる人ならわかるものだけど、それでもある程度、だからね」

「つまり最終的には運任せってこと?」

「だからホームランボールに値打ちがつくのさ」

「それはわかるけど……わからなくなるわ」

 やっぱり見間違えなのだろうか。

 あれやこれや言い合っているうちにホームランボールを捕った青年を見失ってしまった。

「……どっちにしても、ホームランボールはまた捕り損なったわね」

「もうダメかもしれないしね。一試合に三本も出れば十分だよ」

「じゃあ、四本目は出ないっていうの?」

「ないわけじゃないよ。ただ可能性は低いってだけの話だよ」

「じゃあ、まだ期待できるわね」

「君っていうのは前向きだね……だけど、ありえない話じゃないよ。それに今のホームランで同点になったから延長戦も有り得るかもね」

「延長戦でもなんでもいいわよ、またホームランがでるんなら」

 かなみは半ばやけっぱちになって言う。

 試合も終盤になってきて、今のがこの試合最後のホームランだったかもしれない。

 そう思うと、悔みの念だけが募る。

「ところで、さっき言ってたけど……」

「ん?」

「プロ野球選手の給料っていくらなの?」

「ああ、そのことか」

 ホームランボールを追いかけるのに夢中になっていて、流されたとマニィは思っていたので少し意外だった。

「聞かない方がいいよ」

「どうして?」

「世の中ね、知らない方がいいこともあるよ」

「企業秘密ってやつ?」

 かなみはまたそれか、とうんざり気味に訊く。

「だったら、どうして話し振ったわけ?」

「きまぐれさ」

「あんたってときどき、そういうところあるわよね」

「機会があったら答えるよ、きまぐれで」

「いいわよ、そのときには興味無くなってるから……」

 かなみはムスっとした顔で元の席に戻る。

「あれ、紫織ちゃんは?」

 そこにいるはずの紫織の姿が無いことに気づく。

「ん、んん?」

 キョロキョロ辺りを見回してみるが、姿が無い。

「迷子になっちゃったのかな?」

 かなみは席を立つ。

「あ……!」

 そこで駆け寄ってくる紫織の姿が見えた。

「紫織ちゃん、よかった……迷子になっちゃったのかと思って心配したよ」

「ご、ごめんなさい……」

「謝ることなんてないわ。どこに行ってたの?」

「ほ、ホームラン……ボールを捕りに行こうとして」

「戻れなくなって、迷子になったのよね」

 アリィは嫌味ったらしく言う。

「あ、アリィさん、そういうことは……!」

「なんだ、そんなことね。大丈夫よ、私もホームランボール、捕れなかったから! あはははは!」

 紫織を励ますために、かなみはわざと朗らかに笑う。

「それだとボーナスはもらえないってことですよね」

「う……!」

 かなみの笑いが止まる。

「ま、まだ、試合は終わってないわ。ゲームセットまでホームランはわからないわ」

「ほ、本当にそうでしょうか?」

「……ごめんなさい、正直ちょっと自信ない……」

 七回が終わって、残すは八回と九回だけ……

 今のがこの試合の最後のホームランになる可能性が高い。

 そう考えると「違う」と紫織に断言できなかった。

「まだ試合終了じゃないわ」

 かなみはそう答えることしかできなかった。




 得点は五対五。

 同点のまま、九回表……つまり、最終回に入った。

 もしこの回にどちらかに点が入らなければ、延長戦。入れば試合終了となる。

 そして、かなみ達にとってこの回にホームランが出て、そのボールを捕れなければ失敗だ。

 しかし、アウトカウントは既に二つの赤が点灯している。

「この回の攻撃が終われば……試合終了、ですね」

「そうね……延長戦もあるかもしれないけど……」

 ホームランは出ないかもしれない。そういった諦めの雰囲気が蔓延してきているのがわかる。


ドン! ドン! ドンドンドドン!


 しかし、それとは裏腹に同点で最終回を迎えるという白熱した試合展開に、両チームの応援団はとてつもなく盛り上がっている。


オオォォォォォォォッ!!


 ライトスタンドから歓声が上がる。

「ッ!?」

 かなみと紫織は立ち上がる。

 敵チームからの打球がこっちにやってくるのが見える。

「ホームランッ!」

 二人はそろってその打球へ向かう。

 もしかしたら、これが最後になるかもしれない。

 いや、間違いなくこれがこの試合最後のチャンスだ。

 しかし――

「ああッ!」

 かなみの悲鳴が虚しく響き、応援団の歓声の中へ消えていく。

 打球はポールの外側のスタンドに入っていく。

――ファールだ。

「あー……」

 かなみは膝をつく。

 今のはホームランですらなかった。

 これで本当にダメなんじゃないかと俯きそうになる。

「うーん……」

「かなみさん、諦めてしまうんですか?」

 紫織に問いかけられて我に返る。

「まだ試合は終わっていないわ……」

 それは、自分に諦めてはいけないと言い聞かせるためでもある返答であった。

「そうよ、試合が終わるまでホームランは諦められないわ」

 かなみは俯きかけた顔を上げる。


カキィィィィン!!


 そこでまたもや爽快な金属音が響く。

「あ、きたッ!」

 打球の行方を目で追う。

 しかし、打球は俗に言う弾丸ライナーであった。

 つまり、今までのホームランと違って、音が聞こえてからあっという間にスタンドに放り込まれたということだ。

「え、えぇッ!?」

「またダメでした……」

 紫織の申し訳なく漏れ出た発言が、かなみにとって死刑宣告に聞こえた。

「くぅぅぅッ!!」

 絶好の機会を逃したと思った。

 しかも、これが正真正銘最後のチャンスなんだ。

 悔しさのあまり、かなみはその最後のホームランボールを幸運にも掴み取った人を睨みつける。

「あ……」

「どうしました?」

「いえ、そんなはずは……」

「いや、間違いないよ」

 マニィにそう言われたことでかなみは確信せざるを得なかった。

「でも、あの人はさっきライトスタンドにいたわよ」

「かなみさん、あの人知っているんですか?」

 あの人とは無論今回のホームランボールを掴んだ青年のことだった。

 かなみはその青年をさっきライトスタンドへホームランボールを捕りに行ったときも見ている。

「また、あの人なの……」

 記憶が確かなら二回目のホームランのときも彼がそのボールを捕っていることになる。

 二度ある事は三度ある。そういうけど、これは偶然なのだろうか。いや、偶然だとはどうしても思えない。

 レフト、ライト、レフト、と別の場所にやってきたホームランボールを都合良く三度も捕るなんて何かあるとしか思えない。

「なにかしているかもしれないわね」

「なにかって何が?」

「それはわからないけど、あいつをつけてみる必要があるわね」

「……尾行、ですね」

 かなみと紫織はそっとその青年を追いかけた。

 スタンド裏の売店の方で青年は足を止めた。

「あれがホームランボールですか?」

 紫織が訊いてくる。

 かなみと紫織からだと青年に気取られないため、それなりの距離がある。

 それだというのに、青年がボールを持っていることまでわかるというのは案外、目がいいのかもしれないとかなみは思う。正直かなみの目では何か持っている程度しかわからない。

「そうかもしれないわね」

 なので、そう答えるしかできなかった。

「もうちょっと近づいてみましょう」

 つけていることがバレないために慎重に近づいていく。

「――ケケケ、今日は大漁だな」

 青年は気味の悪い笑いを浮かべながらホームランボールを眺める。

 かなみはそのいやらしさに、歯ぎしりしたい衝動にかられるがこらえる。

「俺に捕れないホームランボールはねえぜ」

 そう豪語すると同時に、ポケットから三つのボールを取り出す。

 おそらく、今日捕ったホームランボールだろう。

「彼は最初の先頭打者、ホームランボールもとっていたんだね」

「うそ、じゃあ、あいつは四個ももってるってこと?」

「そんなことできるんですか……?」

「出来るんですかって……あいつは現に持ってるのよね」

 それはつまり、出来ているということだ。

 とは言っても、それはいささか不気味なものに感じた。

「カンセー様もおあつらえ向きな仕事回してくれたもんだぜ」

「――ッ!?」

 かなみ達は青年の一人言の中に聞き覚えのある名前が出たのを聞き逃さなかった。

「今、カンセーって言ったわよね」

「はい、あの……ネガサイドの幹部ですよね」

「ええ、あのやたらとテンション高いやつ」

 そういえば、紫織が初めて変身した時に一緒に戦ったのもカンセーだった。

 もう随分昔のことのように思える。

 しかし、今は思い出話をしているときじゃない。

 まだ青年は何やら一人言を呟いているようだし、

「さてと、そろそろ試合終了だ。まあ逆転サヨナラホームランが出ないとも限らないし……最後まで見ていくか」

 急に青年はこちらの方に歩いてくる。

「あ……!」

 青年はかなみ達に視線を送っている。

――気づかれた。

「俺は目がいいんだ。野球やってたら間違いなく大リーガーになれるぐらいにな」

 青年は明らかにかなみ達に向けて語りかけてくる。

「そりゃ、あんたは人間じゃないからね」

 観念してかなみは言い返す。

「あんたらのことは最初のホームランから気づいてたぜ。バカみたいに追いかけてる姿は傑作だったぜ、ククク」

「それはどうも……最初から気づいてたんならさっさと言いなさいよ」

「そいつは失礼したな。ま、あんたらが俺に気づくまで黙ってるつもりだったんだ」

「なんで黙ってたのよ?」

「あんたらが俺の縄張りを荒らしにきたかどうか見定めるためだ」

「縄張り?」

 かなみがそう言うと、青年はポケットからボールを五、六個出してお手玉の要領でかろやかに回し投げしていく。

「俺の仕事はこのドームのホームランボールを全部捕ることだ。そいつを妨害しようとしてるやつが来てるんだから黙ってるわけにはいかないんだよ」

「そんな仕事、聞いたことありません」

「そういえば紫織ちゃん、知らなかったわよ。そういうことも仕事にするのがネガサイドって連中なのよ」

「とてもユニークです」

 驚きながらも紫織は素直に言う。

「だいたい、それが世界征服の何に役に立つっていうの?」

「知りたいか?」

 かなみは正直言うと興味はあった。

「ちょ、ちょっとだけ……」

 そう答えると、青年はニィと笑う。

「ホームランボールが取れなくなり、次第にファンはドームから足が遠のき、収益を上げられなくなった野球事業は廃業に追い込まれ、拠り所を失った野球ファン達はやがて悪の道に染まっていくという壮大な企てなのだぁッ! どうだ、恐れ入ったか!?」

「…………………」

 ある意味、あまりの衝撃の事実にかなみと紫織は言葉を失った。

「フフ、恐怖で声も出ないか」

「そんなんで世界征服出来ると思っているのもある意味怖いわ」

「そんなんだとぉッ!?」

「っていうか、回りくどすぎるし! ホームランボールが捕れないくらいでファンはドームから足は遠のかないわよ!」

「ホームランボールを捕れない悔しさがお前ら小娘にわかるかッ!?」

「わかるわよ! だって捕れないとボーナスもらえないし」

「ぼ、ぼーなす?」

 なんのことだ? と青年は言いたげであった。

「ああ、それはこっちの話よ。それはともかく私が言いたいのはね、ホームランボールだけが野球の魅力じゃないってことよ!」

「ホームランボールだけが野球の魅力じゃないって、野球を知らないお前に何がわかるっているんだ!?」

「わかるわよ、野球は知らないけど、ここに来ている人はみんな楽しんでるってことはわかるわよ! ホームランとかそういうの関係なしにね」

「ぬ、ぐぐッ! 言うじゃないか!」

 青年は悔しい声を上げる。

「だったら、おとなしくホームランボールは全部捕られるんだな!」

「そうはいかないわ。あんたがいたんじゃ私にボーナスがもらえないもの!」

「そのボーナスってのはなんだッ!?」

「ホームランボール!」

「そうか、それは残念だったな。この試合、いやこのドームのホームランボールは全部俺がいただくことになってるんだからな!」

 青年は更に八個のボールを出し、指と指の間に挟んでかなみに見せる。

「だったら、あんたは私の敵よ!!」

「え、そうなんですか?」

 紫織はキョトンとする。

「紫織ちゃん、何聞いてたの? 今のはどう考えたって敵だって言ってるようなものよ!」

「は、はあ……」

「難しく考えたら負けだよ。今はとにかくそういうものだと思えばいいよ」

 マニィが助言する。

「は、はい……そういうものだと思います」

「話はすんだか。さあ、とっとと変身しな! プレイボールだぜ!」

「もうすぐ試合は終わるってのに、何がプレイボールよ! いくわよ紫織ちゃん!」

「は、はい!」

「「マジカルワークス!」」

 魔法の呪文を唱え、黄と紫の二人の魔法少女が姿を現す。

「と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「平和と癒しの使者、魔法少女シオリ登場!」

 変身した二人の魔法少女の姿を、観客達は見ていた。

 だが、チアガールのショーか何か勘違いして、特に気に留めることはなかった。

「こいつは渡さねえぜ! こいつはこのウィンチャのものだぁッ!」

 青年――ウィンチャは掌を出す。

 その掌から衝撃波が繰り出される。

「く……ッ!」

 カナミ達は衝撃波に吹き飛ばされないよう、踏ん張る。

「このッ!」

 カナミは反撃に魔法弾を撃ち込む

「――へッ!」

 ウィンチャは笑う。


ガシィ!


「はあぁッ!」

 カナミ達は驚愕する。

 ウィンチャは魔法弾を掴み取ったのだ。

「俺に捕れないボールはねえッ!」

「それ、ボールじゃないでしょ!」

「ストライク、アウトだぁッ!!」

 ウィンチャは大きく振りかぶって投げ返す。

「大暴投よ!」

 カナミは言い返して、魔法弾を撃つ。

 二つの魔法弾が衝突して爆発が巻き起こる。

「こんのぅッ!」

 カナミは対抗して、魔法弾を連射する。

 しかし、ウィンチャはことごとく弾を掴んでは投げ返す。

「私が打ちます!」

 それをシオリが打ち返す。

「やるじゃねえか、お嬢ちゃん!」

 打っては返し、捕っては返す。

 激しい魔法弾の応酬が繰り返される。

「――って、あれ? もう一人の嬢ちゃんはどこにッ!?」

 そこでウィンチャは気づく。

 魔法弾を撃ち続けていたカナミがいつの間にか姿を消していた。

「気づくのが遅かったわね!」

 カナミは至近距離までウィンチャに接近していた。

 そこで仕込みステッキを抜刀する。

「ピンゾロの半!」

「――チィ!」

 ウィンチャはとっさに左腕で受ける。


ザシュ!


 左腕が斬り取られ、宙を舞う。

「がああああッ!!」

 ウィンチャは悲鳴を上げ、後退する。

 左腕は床を転がり、塵になって消える。

「やるじゃねえか、こいつは分が悪いな!」

 そう言ってウィンチャはスタンドの方へと走る。

「あ、逃げる気よ!」

「お、追いかけますか?」

「当然!」

 カナミとシオリは即座にウィンチャを追いかける。


オオォォォォォッ!!


 そこで思わず耳を塞ぎたくなる程の大歓声が沸き起こる。

「な、なに……」

 ウィンチャを追いかけてきたのを一瞬忘れてグラウンドの方を見る。

「あ……もしかして!」

 シオリは上を見上げる。

 打球がこちらに向かって飛んでくるのが見える。

「一発逆転のサヨナラホームラン! ……かも」

 マニィがそう言うとカナミは一目散に打球を追いかける。

「怪物は倒さなくていいのかい?」

「え? あ、うん……あいつはホームランボールが狙いだから!」

「……絶対忘れてたよね、今」

 カナミはごまかすように苦笑する。

 しかし、それも一瞬のやり取り。今は一刻も速くホームランの落下点にたどり着いてこの試合、最後のホームランボールを手にしなければならない。

 肝心の打球は、というと、これまた厄介なのであった。

 ファールでポールの外に切れそうなのである。


入れ! 入れ! 入れ!


 スタンドの応援団からもそう叫ぶ人の声がチラホラ聞こえる。

「入れ、入れ、入れぇぇぇッ!!」

 カナミもまた叫びながら、打球を追いかける。

 その先に、左腕を失ったウィンチャの姿が見えた。

「サヨナラホームランは渡さねえぞ!」

「お前は引っ込んでなさい!」

 カナミはステッキを引き抜いてウィンチャを斬り捨てる。

「ぐ、がああ……ッ!」

「さ、ホームランボールはッ!」

 確かに斬った手応えを確かめた後、カナミは打球を追いかけた。


入れ! 入れ! 入れ!


 スタンドの歓声とカナミの叫びが一体化する。

 打球はポールにとんでくる。


――カン!


 そのとき、打球がポールにかすって、わずかにそれて落下点がずれる。

「あーーーッ!」

 間に合わない、とカナミは悲鳴のような叫びを上げる。

「えいッ!」

 そこで、シオリは打球へ飛びついた。

 見事掴み取ったのであった。

「シオリちゃん!」

 カナミは歓喜のあまり、シオリを抱きしめた。

「シオリちゃん! ありがとうありがとうッ!」

「わ、わたし、おやくにたてましたか……?」

「たったものじゃないわ! これでボーナスがもらえるわ!」

 カナミはシオリに惜しみなく感謝する。

 それを聞いて、シオリも嬉しくなる。

 今までまるで役に立てなくて、どうすればいいのかわからなくてガムシャラに追いかけたら捕れた。

 それでカナミがこんなにも喜んでくれるなんて。

 嬉しい。嬉しくてカナミを抱きしめる。

「――ええ、只今の打球に判定の必要があります」

「え?」

 カナミとシオリは凍りつく。

「え、ちょちょ、何よ!? ホームランでしょ、ちゃんとポールに当たったもの!」

「どうかな? 人間の目からだと微妙なところだよ」

 マニィは冷静に言う。

「かすった、かすったわよ!」

「それがわかるのは君だけだよ。人間の目からだと不確かだし、カメラ判定でもわかるかどうか……」

「ええ、なんでそんな微妙なルールになってんのよ!?」

「さっき言っただろ。滅多に怒らないし、僕も初めて見るよ」

 マニィが補足する。

 判定一つでホームランボールがファールボールになってしまうなんて冗談じゃない。

 正しい判定になっていることをここから祈るしかない。

 運命の場内アナウンスが流れる。

「厳正なる審査の結果、只今の打球はファールと判定します」

 それを聞いて、カナミはガクリとうなだれる。

「あ、あの……」

 シオリはカナミへなんて声をかければわからなかった。

「こ、こんなこと……って……」

「ファールって判定されたのなら、そのボールはただのファールボールで価値はないね」

「そんなぁぁぁぁッ!!」

 カナミの嘆きは虚しく木霊した。


――ちなみに、

この後試合は延長戦に入ったが、かなみがホームランボールを手にする事は無かった。

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