第18話 遊覧! 魔法少女と玩具のカプリッチオ! (Cパート)
「ほう、ここまでたどり着いたか」
へヴルは笑い、四つの腕を握り締める。
「君のことだから、レンガロイズに立ち向かうのだと思ったのだがな」
「確かにはアレは敵としては魅力的だけどね。それ以上にヤバい奴を見逃しておくほど呑気じゃないわ」
「いい判断だ。あの少女達を捨て駒にして私を倒しに向かうとは!」
「私は、そんな判断はしないわ。それに私はあの娘達が信じているから!」
アルミはドライバーを振りかざす。
「そして、私自身もね!」
「信じる……なるほど、素晴らしい魔法だ。以前の君のことを化け物だと言ったが、改めて実感させられたよ。だが、」
へヴルは戦闘態勢に入る。
みなぎる自信と魔力は二百メートルを超えるロボットをも呑む想像を発起させる。
「――私も化け物だ」
その台詞とともに叩きつけられる威圧にアルミはまったく怯む無くドライバーを彼の心臓目掛けて突く。
カキン!!
金属音が辺り一帯に響く。
ビルの窓ガラスが音の振動だけで割れた。
「やる、じゃない……!」
アルミは笑う。
先手必勝と言わんばかりに先制の突きを繰り出したというのに、あっさりと両腕の手甲で防がれた。
しかも、手応えはやけに固い。
まるで鋼を叩いたような感触だが、本当に鋼ならこの一撃で砕けている。
「様子見か。興ざめする一撃だ」
「だったら、どうやったら青ざめるか教えてほしいものね」
「君が実験体になってくれるのなら!」
ヘヴルはドライバーを握り、残った二本の腕がアルミに襲いかかる。
ガツンッ!
これをアルミは腕でガードする。
「せいッ!」
反撃にアルミはパンチを繰り出す。
ドスン!
「ほう!」
ヘヴルのガードした腕が飛び、天井を突き抜ける。
「腕ごともっていかれたか!」
「次はその首よ!」
アルミはドライバーを持ち変えて、ヘヴルの首を目掛けて一直線に突く。
「ちぃッ!」
しかし、ドライバーは空を切り、それによって発生する衝撃波は天井を貫いた。
「ぐッ!」
そして三本目の腕から繰り出されるアッパーカットがアルミのアゴを捉える。
アルミの身体は飛び上がり、天井を突き抜ける。
ヘヴルはそれを追って、自身もまた天井を突き破る。
「つう……口、切ったわ」
口から血を吐き出し、苦い顔をする。
しかし、ダメージそのものはそれほどないようだ。
「こんなにいいの、もらったのは久々だわ……」
「よほど敵に恵まれていなかったのか」
「ええ、強すぎるってのも考えものね」
「笑い事に聞こえないな、化け物」
「うそ、とっておきの冗談のつもりだったのに」
「少なくとも、私でなければ笑い話にすらならなかったな」
「じゃあ、これって笑い話?」
アルミは満面の笑みでドライバを振り上げる。
身体中から溢れる魔力が風となり、アルミの長い髪が揺れる。しかし、見えるはずのものはちゃんと見せない、魔法少女としての鉄則はちゃんと守っていた。
「フフフ……ハハハハハ!!」
「ハーハッハッハッハ!!」
ヘヴルが堰を切ったように笑い出すと、アルミもつられて豪快に笑う。
「ハハハハ、いや、まったく笑えんな」
ヘヴルは一転して殺気を漂わせて、拳を構える。
「やれやれ、どうにもあんたはユーモアのセンスが欠けているみたいね」
「だったら磨きなさいよ、地獄でね!」
再びドライバーと拳がぶつかり合う。
「――!」
そこへアルミの予期しない方向から四本目の腕が飛び出してくる。
アルミはすんでのところでかわす。
「これをかわすか!」
「その腕、生えてきたわけ!?」
「この程度の芸当は造作も無い」
「アハハ、確かにね」
「何故そこで笑う?」
「言ったでしょ?」
アルミはドライバーをヘヴルの腕へ突き刺す。
ザシュ!
ドライバーは深々と回され、一回転すると腕がネジが外れた玩具のようにあっさりと肩から離れて飛ぶ。
「ユーモアのセンスが欠けてるって!」
「ぬうッ!? 痛くはないとはいえ、不快だな!」
ヘヴルの表情が怒りに染まる。
即座にちぎれた腕を再生させる。
「この腕、貴様の生命で贖ってもらう!」
「冗談! 腕一本が生命に釣り合うわけ無いでしょ!」
「確かにな!」
ヘヴルはアルミの両腕を掴む。
(さっきよりも疾い!?)
油断していたわけではない。
ただ、これまでよりも遥かに疾いスピードでの腕の動きについていけなかったのだ。
さらに残った二本の腕がアルミへと容赦なく襲いかかる。
「たかが生命だ。腕の方が重みは確かにある」
鉄をも砕く豪腕をアルミに打ち付ける。
「ゴハァッ!」
アルミの衣装は腹は無防備で、そのまま内蔵まで潰す勢いで拳が突き刺さる。
いや、常人なら間違いなく即死だ。
いかに魔力で身体を守っていても、血反吐を吐くことを余儀なくされるダメージがアルミを襲った。
「だから奪う! 壊す! 殺すのだ!」
ヘヴルが一字一字、言葉を発する度にアルミに鉄を砕く豪腕が振るわれる。
一発一発の拳がアルミに当たる度に血が飛散する。
最後の「だ!」の言葉とともに、これまでアルミを掴んだ腕を離す。解放された、と思う暇もなく、今度はヘヴルの蹴りが腹部に直撃する。
「ガハァッ!!」
蹴り飛ばされたアルミはサッカーボールのように床を横転しつつ、壁に突き破る。
「うむ、少々本気を出してしまったようだ。だが、この程度で倒れるようならば買いかぶりすぎていたようだ。私もあのお歴々も――」
ヘヴルはカラカラと音を立てて崩れる壁を見つめる。
しかし、戦闘態勢はまだ解けていない。
わかっているからだ、アルミがこのくらいで終わるような魔法少女ではないことを。
「一つ訂正するわ」
予想通り、アルミは立ち上がる。
ダメージは無いわけじゃない。頭が割れ額から血は流れ、腹には痛々しい拳の痕が残っている。
だが、それでも――アルミは笑っている。
「あなたにユーモアのセンスが欠けているって言ったことをね」
「何故、訂正する気になった?」
「決まってるじゃない、笑わせてくれるからよ」
溢れる魔力がアルミの周囲に風となって巻き起こる。
「――このぐらいで本気を出したっていうんだからね」
ヘヴルはそれを聞いて、思わず全身を震わせる。
恐怖している。
そんなはずはなかった。実力で勝っている。
さっき本気を出してアルミは対応できなかった。それが今の戦況で彼女のダメージはある。
圧倒的に自分が有利なはずだ。
なのに、アルミは余裕を持ち、なおかつこれほどの台詞を言い放つ。
(まさか、奴は――まだ本気を出していないということなのか!?)
恐ろしい考えが浮かんだ。
しかし、自分の本気を「このぐらい」と評した。
それはつまり、彼女がそれ以上の実力を持っているということになる。
「出し惜しみしすぎたな」
「ここのところ、フルパワー出す相手に恵まれなかったから仕方ないでしょ?」
アルミは肩に乗ったリリィと会話する。
「その使い
「――私の分身よ」
アルミは誇らしく告げる。
「我が魔力を分け与えた
そう唱えるとリリィの身体は光の粒へと変化し、アルミの辺りを包む。
「ハァハァ、これは!」
「ウシシシ、久しぶりのお呼び出しだぜ!」
同じ頃、ミアとスイカの肩に乗っていた二体のマスコット達も光へと変化していく。
「なに、どうしたの?」
「あんた、行くの?」
ミアはわかっていたかのように、神妙な面持ちでウシィに訊く。
「ハァハァ、しょうがねえだろ」
「ウシシシ、安心しろすぐに戻ってくるからよ」
ウシィはそう言うと、光になったマスコット達は二人の肩からそれぞれ離れ、高層ビルへと飛び出す。
「ミアちゃん、どうなってるの?」
「説明はあとあと! それよりもあたし達はやらなきゃならないことがあるでしょ!」
神殺砲と巨大レーザーのぶつかいあい。
それは腕相撲のような力比べであった。
だがしかし、出力はまちがいなくレーザーの方が上で。
向こうは疲れ知らずの機械。こっちは生身の人間。
絶え間なく魔力を放出し続けるカナミの方はもう既に限界であった。
ただそれでも負けるわけにはいかないといった意地の一念で踏みとどまっていた。
「く、くぅぅッ!!」
それでも少しずつ後退させられていた。
このままじゃ、敗ける。
そんな絶望がカナミの頭に回り始めていた。
「耐えるんだ、カナミ。チャンスは必ず来る、だから諦めず踏みとどまるんだ!」
「どうしたの、マニィ? らしくないじゃない、そんな暑苦しいこというキャラじゃないでしょ」
「うん、らしくないと自分で思うよ。ただもうボクは一緒にいられないからね」
「一緒にいられないって、どういう――」
カナミの言葉が途切れる。
マニィの姿を確認しようと、肩を見たらマニィが光になっていたからだ。
「呼ばれたんだ。もういくよ」
「い、いくってどういうこと!?」
「負けないで、カナミ。君の肩、結構気に入ってるんだから!」
光になったマニィは高層ビルへと向かう。
「な、何が起きている!?」
へヴルは明らかに動揺していた。
アルミの元へと集まった光は全て魔力の塊だった。
その数、十二個。
しかも、その一つ一つがネガサイドが生み出す怪人の魔力量を優に超えるものであった。
それが一か所に集まるということがどういうことなのか。
「まさか、一人の人間にこれだけの魔力が内包できるわけ!?」
「人間が無理でも、魔法少女はそれを可能にする。そういうものなのよ」
「なッ!?」
十二の魔力の光がアルミへと渦を巻き、混ざり合い、アルミの身体へと向かっていく。
「もうちょっと効率の良い魔力の分配がないもんかっていつも思うのよね」
アルミが一歩歩み出す。
その一歩はあの巨大ロボットの一歩よりも強大。溢れる魔力がそのまま敵を威圧する武器になっていた。
それはもう二百メートル以上といった質量差を優に超える威圧であった。
「ぐ、うぐぐ……!」
へヴルは震える。
「とんだ計算違いだった……! 貴様の実力は規格外だった、手を出すなと上からも忠告された! だが、それはあくまで私と貴様が戦えば四分六で私に分が悪いというだけの話かと……侮っていた!」
ヘヴルは恐怖に負けず続ける。
「腕を落とされたとき、さすがだと思った。だが、私を負けるとは思わなかった。確かに優れた魔法少女だ、という程度の認識でしかなかった。
誰が信じられるか!? 日本支配統括役員であるこの私が、最高幹部十二席に連なるこの私が、本気を出してようやく勝てると確信させた敵が!
――まだ三分の一も本気を出していなかったなどと!!」
アルミはニヤリと笑い、視線だけでヘヴルを射抜く。
その瞳は、中に映るヘヴルを飲み込むように溢れる魔力が渦を巻き、底知れぬ螺旋を描いていた。
「最後に言い残す言葉はそれでいいわけ?」
アルミはドライバーを振るう。
それだけで魔力の奔流がヘヴルを捉える。
しかし、その激しい魔力でさえ、これから振るわれる魔法の余波に過ぎない。
「うおおおおおおッ!!」
ヘヴルは吠える。
それはアルミという台風に対する旋風の悪あがきでしか無かった。
「マジカル☆ドライバー!」
明るくてそれでいて力強い声が暴風の中でもはっきりと発せられた。
辺り一帯で唯一残った高層ビルが崩壊する。
突然起きた竜巻とともに各階で爆発が上がった。
そして、その中でもひときわ大きな爆発が起きる。
何が起きたのかスイカ達にわからない。
ただ目を凝らすとその原因はすぐにわかった。
爆発が起きたビルから飛び出した一つの光――アルミの姿を見つけたからだ。
一筋の光となったアルミはそのままレンガロイズへと向かう。
光はレンガロイズの右肩を貫く。貫かれた右肩はそのまま腕ごと崩れ落ちる。
そのせいで、レーザーの威力は半減してしまう。が、カナミにとってこれは好都合であった。
「レーザーが弱まった……! 今なら!」
ここでカナミはマニィが去り際に放った一言が脳裏をよぎる。
――耐えるんだ、カナミ。チャンスは必ず来る、だから諦めず踏みとどまるんだ
その言葉が今現実になった。
そして彼は同時にこうも言っていた。
――負けないで、カナミ
「ええ、絶対に負けないわ!」
せっかく舞い降りたチャンスを逃すわけにはいかなかった。
限界はもう超えている。だけど、ここで諦めるわけにいかない。
限界なら超えているのならそれをさらに超えればいい。
「アディション!」
身体中から絞り出された魔力が砲弾に変化されて放出される。
それはレンガロイズの半減したレーザーを押しのけて、巨大なヘッドを破壊する。
「や、やった……!」
精も根も尽き果てたカナミはそれを見届けると勝利を実感し、倒れる。
しかし、レンガロイズの下半身はまだ残っている。
「さあ行くわよ!」
「ええ、カナミさんが切り開いた突破口、ムダにしないわ!」
スイカは啖呵を切るとともにエンジンを掛ける。
エンジンを掛けたのはバイク。
瓦礫に埋もれていたのを幸運にも拾えたし、この状況で壊れていないのは奇跡といってもよかった。
それをミアが鶴の一声で使われていた。
「最初からフルスロットルよ、一気にいけぇッ!」
「ムチャクチャだけど、わかったわ!」
スイカは一気に最高速度で駆け抜ける。
本来ならそんなことはできないが魔法がその非常識を可能にする。
「マジカルホーネット・フルスロットル!」
その速度は優に音を超え、何百メートル以上も離れた距離を一瞬に詰める。
「は、速すぎます!」
「よっしゃ、やればできるじゃない!」
しっかりとしがみつくシオリとは対象的に大はしゃぎなミアであった。
そして突起物に乗っかってジャンプする。
「ふぇぇぇぇッ!!」
シオリの悲鳴を置き去りにしてしまう猛スピードでレンガロイズへ迫る。
「ようし、あとは私がやるわ。ミリオン・アラウンド・ザ・ワールド!」
ヨーヨーが世界一周するかのように豪快に放り投げて回りこみ、足から今は無き頭へと達する。
「え、えぇっと、地獄の千本ノックでいきます!」
魔法の玉を目にも留まらぬ速さで次々と撃ち出す。
その弾は残ったロボット達を一体も余すこと無く壊滅させる。
「毎度毎度規格外だと思っていたけど……」
みあは呆れながらも前置きする。
正面に立っていて笑顔で迎えているあるみに向かって言う。
「今回はばかり本当に化け物なんじゃないかって本気で思ったわ」
「あら奇遇ね。今回の敵にもよく言われたのよね」
「社長が敵じゃなくて本当によかったですよ」
「翠華ちゃん、心底から言ってるわね」
あるみはため息をつく。
「で、ですが……ビルを破壊しちゃったのはさすがにやりすぎかと」
「爆破解体って一度やってみたかったのよね?」
「やってみたかったからといって出来るわけじゃないでしょ! いくら魔法少女でも!」
「かなみちゃんならそれぐらいできるでしょ?」
と、かなみに振ってみたが今彼女はぐったりしていて返事する気力はない。
「まあ、こいつならできそうで怖いわ」
さっきの神殺砲も標的が巨大ロボットだったから、それほど被害は出なかったが、もしビルに直撃していたらと、考えると……かなみにとって、それはそれは愉快な人生を送ることになるだろうと思った。
「それにしても、今回のネガサイドの攻撃はすごかったですね」
翠華が言うようにこれまでは街を荒らす程度にとどまっていた。それが今回は荒らすどころか、街のビルというビルを打ち壊してしまっている。
「ええ、ここまで大それたことをするなんて珍しいわ。ヘヴルの独断とは思えないし」
「どっちにしても、アガルタの商品がこれだけ暴れまわったら、うちはもう終わりかもね」
みあはロボット達の残骸を見下ろして言う。
今回ネガサイドが利用していたロボットはアガルタ玩具の新商品。そんな物が街中で暴れたのだ。悪の秘密結社ネガサイドの仕業なのだが、世間にはそれがわからないし、説明したところで納得などしてもらえない。
悪の秘密結社だなんて、アニメや漫画の話であって現実にはありえない。というのが一般人の見解なのだから。
というわけで、新商品で街を壊したアガルタ玩具の信用がガタ落ち。しかも今回これだけロボットを生産していたのだからその損失は計り知れない。
それに悪評もあって他の玩具商品も差し押さえをくらって、ゆくゆくは会社の取り潰しが起こる。
そこまで考えてみあは言った。
「それがそうもいかないみたいなのよね?」
「は?」
どうしてここで、あるみがそんなことを言うのか。
「彼方から連絡よ」
「なんで、あんたに?」
あるみはみあに携帯電話を渡す。
『やあ、みあちゃん。元気かな?』
「あんたはあたしより自分の心配しなさいよ」
『あ~、私のことをしてくれるなんてみあちゃんは本当は優しいんだね』
「なんで、そうなるのよ!?」
『まあ、私の方は心配いらないかな』
「なんでよ、新商品がこれだけやばいことしたんだから、信用ガタ落ちでしょ?」
『いや、まだあのレンガロイズがアガルタの新商品ということになっていないからね』
「はあ、どういうことよ?」
『実はずっと、レンガロイズに関しては徹底的に情報規制していたんだ。広告もまったく出していなかったからあれがアガルタのものだって気づいた人はいないんじゃないかな』
だから、みあがかなみ達に秘密を喋る時にあれだけ狼狽していたのか。
それにしても、そんな大事な情報を社長の娘とはいえ、ほいほい喋るというのもどういう了見なのか。理解に苦しむみあであった。
「そんなんでどうやって、売り出すつもりだったの?」
『規制は発売直前までのつもりだったんだよ。今回はそれが功を奏したいよ。あれがうちの製品だっていう証拠は消しておいたから』
「証拠を消したって……」
みあは問いただす気力が失せていた。
どうせ、説明されても理解できない話をされて疲れるだけなのは目に見えている。
「ともかく大丈夫なのね?」
『うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう』
「だから、心配していないって……」
みあはそれだけ言い返して電話を切る。
「いい親子のやり取りだったわ」
「どこがいいのよ? あんただってそろそろ身を固めたらどうなのよ?」
あるみの年齢からして娘がいてもおかしくない。
しかし、それをはっきり言うとなるとあるみを怒らせることになるのではないか、と翠華はドキリとする。
「大きなお世話って言いたいところだけど、それができればいいんだけどね」
まるでそれができないといった口ぶりであった。
別にあるみの容姿は悪く無い。三十歳にまったく見えないほど若々しく、下手をすれば大学生と言われても通用するし、モデルと比べられても十分勝てるほど美人だから結婚の申し込み相手には困らないはずだ。性格は別だが。
それなのにできない、というのは幼いみあには少し理解できないことだった。
「社長……」
ここで起き上がったかなみがあるみに神妙な面持ちで迫る。
「マニィはどこですか?」
「ああ、そのことね」
マニィが光になって飛んでいった先のビルからあるみは現れた。
偶然というわけではない。
それに前々から気になっていたことがあった。
マニィ達マスコットの主人だ。今までそのことについて教えてくれなかったが、それが誰なのか。
この際だから一気に問いただして知っておきたい。
というのは口実で、本当はマニィがどうなったのかが知りたいのだ。
「マニィはどこにいったのですか? 戻ってくるんですか?」
あのまま光になって消えてしまったのか。また戻ってくるのか。
かなみが一番知りたいのはそれだった。
腹が立つ事が多いけど、彼に元気づけられたことは少なくない。さっきだって、彼が励ましてくれなかったら、確実に負けていたし、最後の一絞りだって出なかった。
もうかなみにとってマニィは無くてはならない相棒になっていた。
「大丈夫よ。マニィはちゃんと戻ってくるから」
「そうですか」
かなみは安堵する。
「いい機会だから、話しておこうかしらね。今まで企業秘密だったこと」
と、ここまで言いかけてあるみの携帯電話が鳴り出す。
「
『いや、突然マスコットが消えて何事かと思ったけど。使ったんだ?』
「ええ、強敵だと思ったんだけど……さすがに使う必要はなかったかもって思ったけど」
『まあ、君は規格外だからな』
「そんなこと、話すためにかけてきたの?」
『まさか、僕は無駄なことが大嫌いなんだ。報告しないといけないことがあってね』
「あんたがそういうってことは悪い報告ね」
『いいかい? 気を確かにもって聞いて欲しいんだ』
あるみはため息をつく。
これは本格的に悪い報告なようだ。わざわざこう言って釘を刺すくらいなのだから。
「いいわよ。どんなこと報告されても平静に保てる自信があるわ」
『――うちのオフィスが潰された』
あるみは石像になったかのように固まった。
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