第14話 遭遇! 突然の運命は少女の味方か敵か? (Aパート)
――追いかける。
どこまでも人の雑踏をかき分けて必死に人を追いかけた。
――追いつきたい。
その一心でその人の背中だけを追いかける。
――見失いたくない。
今を逃したら、もう二度と会えない。
そんな想いに駆られる。
もうどれだけ走ったかわからない。
人、人、人、人……! もうどれだけ走ったかわからない。人をかき分けているせいで全然進めている気がしない。
それでも走り続けていると自然と雑踏の出口が見えた。
長い長い暗闇の洞窟を抜け出たかのような眩しい光が差した気がする。
――見えた。
あの人の背中がはっきりと。
それならこの声も届くはず。
「待って!」
力の限り叫んだ。
しかし、その人は止まらなかった。
どうする、どうすれば、どう声をかければ止まってくる?
必死に考えた末に、口に出た言葉はひどく短く単純で、それでいて確実に伝わるものだった。
「父さん!」
――彼は止まった。
「さ、着いたわよ」
「え、いくらなんでも速すぎませんか?」
「バカね。目的地にはまだ時間があるわ」
「だったら?」
「せっかくの停車駅なんだから名物駅弁を食べなきゃバチが当たるでしょ」
「駅弁……!」
かなみは思わず涎を飲み込む。
「これって、食費も経費で出るんですよね?」
「あー、それは無理。駅弁は自腹よ」
「う、うぅ……そんな……!」
かなみは思わず財布の入ったポケットに手をやる。
今日のために、なけなしの貯金をおろしてきたつもりなのだが、やっぱりそれは所詮なけなしであって、今駅弁を買うだけ心もとなくなるようなものでしかなかった。
「大丈夫よ」
あるみはポンと肩を叩く。
「それぐらい、私のおごりにしてあげるわ」
「社長……!」
今までもっとも社長の素晴らしく、偉大に思えたような気がした。
「さあ、さっそく買いに行ってくるわね」
あるみはあっという間に出て行って、あっという間に買って戻ってきた。
「食べましょ食べましょ」
「はい、いただきます!」
かなみはパンと合掌して駅弁を食べる。
「さてと、おかわり……」
「え、まだ食べるんですか?」
これでもうあるみは三つ目の駅弁を食べたことになる。
「魔法はカロリー消費も凄まじいからね」
「じゃあ、私がすぐお腹すくのも魔法の使い過ぎなんですね!?」
「それは単に全然食べてないだけよ」
「えぇ……」
「とはいっても、魔力の補充方法は人それぞれだからね。食事や睡眠で十分に回復できることもあれば、あんたみたいに理不尽な不幸を魔力へと変換する例外もあるからね」
「じゃあ、みあちゃんや翠華さんが私みたいな借金を背負ったら、同じように魔法少女になれるわけじゃないんですね?」
「そうね。あの娘達にもそれぞれ理由があるからね、あんたはたまたま借金だっただけのことよ」
「……社長はどういう理由で魔法少女になったんですか?」
「私は……」
あるみは珍しく言い淀む。
「企業秘密ってところかな」
「……そればっかりですね」
「まあ、おいそれと話せるものじゃないからね」
そういったあるみは表情こそ笑顔なものの、陰りが見えた。
「ともかく、魔力の源は人それぞれってこと。気力が充実していればそれが魔法少女のベストコンディションなのよ」
「社長はいつも充実してそうですものね」
「ええ! おかげでいつも腹ペコよ」
「って、もう四つ目!?」
あるみは話している間に一つ駅弁を食べ終えてしまっていたのだ。
「あの……社長、私にももう一つもらえませんか?」
「あんたには一つで十分でしょ。……太るわよ?」
「うぅ……ガリガリよりはいいですよ」
そうこうしているうちに新幹線はあっという間に目的地に着いた。
着くなり、すぐにあるみの案内で駅内の喫茶店に入った。
ここももちろん、あるみのおごりであったため、かなみは遠慮なくコーヒーを注文した。
「かなみちゃん、砂糖は?」
「はい……二つほど……」
「私はブラックがいいんだけどね。苦いのは苦手?」
「はい、社長みたいに苦いのは無理ですね」
あんなドロドロに濃いコーヒーは、とかなみは心の中で付け加えた。
とはいっても、かなみはコーヒー自体の苦味が苦手だった。こんな苦いものをどうしてあるみは好んでよく飲むのか、理解に苦しむところだ。まあ、砂糖やシロップをかければ
そんなこと、
「ここ、モーニングもおいしいって評判なのよね。明日の朝もここにするわよ」
「モーニングってなんですか?」
「コーヒーと一緒に朝食がセットでついてくるものよ。大抵はトーストとゆでたまごなんだけどね」
「へえ、そういうのがあるんですか」
「向こうにもあるけど、こっちはこれがちょっとした名物みたいなものだからね」
「へえ、そうなんですか」
そうなるとまたここでおごってもらえる。そういう流れなのかとかなみは期待した。
「さてと、そろそろ仕事の話をしましょう」
「え、は、はい……」
あるみの『仕事』の一言で一気に緊張が走る。
そうだ。私達は仕事の出張で来てるんだ。決して、社長にご飯をおごってもらいにきてるわけじゃないんだ、と。
「今回、ここの商店街のどこかにあるこの法具を回収するのが目的よ」
あるみはそう言って、写真を取り出してかなみに見せる。
「はんこ……?」
それを見たかなみの第一印象はそれだった。
だけど、自分が持っているような市販の物ではなく、写真の物は歴史の教科書で見たような金箔が貼られた立派な物で、
「金印よ。本当ならしかるべきところに展示されているような代物なんだけどね」
「これはどういった物なんですか?」
かなみは恐る恐る訊いた。
今まで法具の回収の仕事を請け負ってロクな目にあわなかったので今回も、とついつい思ってしまうのだ。
「これ自体は危険な物じゃないわ」
あるみはそれを察してか、かなみを安心させるように言う。
「問題なのは、この判を押されたことによる強制力よ」
「強制力?」
「この金印で契約書の判を押すと必ず従わせることができるのよ」
「ええ、必ずなんですか?」
「そうよ。絶対に逆らえないとも聞いているわ。これで身に覚えのない借用書で借金を押し付けるってこともできるわ」
「それで絶対に払わないといけないんですか?」
「ええ、たとえ借りていなくてもね」
「ムチャクチャですよ……」
「ええ、ムチャクチャよ。だからこそネガサイドの手に渡ったら世の中メチャクチャになるわ」
「……………………」
かなみは思わず息を呑んだ。
「そんな法具があったなんて……」
「これはかなり特殊な部類ね。元々金印にはすべからく相手を従わせる強制力があるわ。現実にあなたの借用書だってあなたの父親が判を押したから借金として成立してるんだから」
「う……そうでした……」
「契約書だって判を押させるでしょ。今は法があるからその効力を発揮するけど、元は魔力による強制力の名残なんじゃないかって前に来葉は言っていたわ」
「へえ、知りませんでした……」
「――というわけで、もし、この金印を私よりも先に見つけても悪いことに使っちゃダメよ」
「しません! しません!」
かなみは強く首を横に振る。
「いい娘こね」
あるみは満面の笑顔でそう言った。
「とはいってもねえ……この広い商店街でどう探せっていうのよ?」
その件の商店街に着くなり、早速かなみは一人ぼやいた。
「社長はこの商店街のどこかにあると言っていたが……」
「そのどこかっていうのがいい加減なのよね」
見渡す限りに店、店、店……露店も含めるとかなみの視界だけでも数十はある。正直数えるだけでも気が滅入ってくる。
「……………………」
かなみは数秒考えこむ。
だが、すぐに頭をはたいて気合を入れる。
「よし! うだうだしていても仕方ないわ! とにかくせっかく来たんだから頑張るしか無いわよ!」
「ん、意外に前向きじゃないか」
「金印なんだから美術品なんでしょ? それらしい物、取り扱ってる店を探すだけなら案外すぐに見つかるでしょ!」
「なるほど、確かにそれは効率的だ」
「そうでしょ!」
「君にしては珍しく頭脳的だと褒めたいところなんだけど」
「なに、その上から目線……」
「残念だけど、金印はどこに置いてあるか神出鬼没でね」
「はあ!?」
「どの店においてあるか、わからない。美術屋にあるとは限らないってことだ」
「はああああああッ!?」
せっかく出した空元気が一瞬でしぼんでしまった。
「それじゃ、ホントにしらみつぶしなのね!?」
「そうなるね。今頃社長も反対側から片っ端から見回っているだろう」
店を出るなり、あるみは別行動だと言って走り去っていってしまったのだ。途方に暮れるかなみは、マニィのナビで見知らぬ街をおっかなびっくりな状態で歩いてようやくたどり着いたわけだ。
「あの人の精神力ってホントに凄いわよね」
常識外だと思うけど、感心せずにはいられなかった。
何しろ、今後十年もあんな風に胸を張って私は魔法少女だと宣言できる自信はなんて全くない。
「ちょっとは見習わなくちゃね!」
そう考えるだけで少しは前向きになれた。
「この立ち直りの早さ……それが君の強みだ」
「さあ、行くわよ。ぼやぼやしてると日がくれちゃうわ!」
かなみは商店街の入口の店から探し始めた。ちなみにその店は古本屋であった。
そこから、かなみは店という店をくまなく探した。
服屋、雑貨屋、骨董屋、おもちゃ屋……たまに露店のような飲食店もあり、時には店員に聞きこんでみたのだが、全て空振りであった。
……わかっていたことだけど、いざ空振りが続くと疲れるものだ。
「うーん……」
これで二十件目の空振りともなると一旦腰を落ち着けて休みたくなってくる。
ちょうど、今すぐ近くにおあつらえ向きに喫茶店がある。焼きそばやお好み焼きを売っている露店もあるし、一休みするにはもってこいだ。
「うぅ……でも、お金が……」
喫茶店だとまたコーヒーを、露店なら食べ物を買うためにお金がかかる。
「マニィ……私、どうしたらいい?」
「そこは君の判断に任せるよ」
「うー!」
融通がきかない、とかなみは思った。だが、これは彼なりの気遣いなのではないかとも思えた。
何故なら、休みにしても休まないにしても、マニィに決められたのではいまいち釈然としないだろう。自分で決めたのだからと自分を納得させるようにしてくれている。
かなみはそう思うことにした。
「よし、もう少し頑張るわ!」
そして、かなみは自分で決める。
そこで懐の携帯から着信が鳴り始める。
「誰から……?」
携帯の表示は知らない番号であった。
「もしもし」
『よう、かなみ。久し振りだな』
いきなり自分の名前を呼ばれて、思わずかなみは警戒した。
「あんた、誰?」
『俺を忘れたのか? 虎のマスコット・トミィだ』
「トミィ……って、ああ、虎の子ね!」
もう随分前に話したっきりな気がするが、確かにかなみの記憶には虎のトミィが浮かんだ。
『やっぱり忘れていたのか。まあ俺は裏方だからな、表立って動いているマニィ達と違って忘れられて当たり前か』
「表立って動いているって……」
ただ肩に乗ってつきまとっているだけじゃないかとかなみは心の中で文句を言った。
『まあ、その方が都合はいいしな』
「あの……それで、裏方のトミィが私に何の用なの?」
もしかしたら、金印のどこの店に置いてあるのかわかったという報告が来たのかもしれない。
『君に是非訊きたいことがあってな』
「訊きたいこと?」
『ステッキの新しいギミックについてだ』
その返答でかなみの期待は儚くも脆く崩れ去った。
「新しいギミック……って、何よ?」
かなみはガッカリのあまり、適当に返事する。
『仕込みステッキのことに決まってるだろ』
「ああ、あれね……」
『実は今度、君のステッキを製作するにあたって、その仕込みステッキのギミックも取り入れようと思ってね』
「だからって何で私に連絡するの? 今までそんなことなかったじゃない?」
勝手に製作して、勝手に販売している。一応売れた分だけは臨時収入ということで、もらってはいるが製作や販売には今までノータッチもいいところだった。
それがなんで今になって新しく作り直すからという理由で連絡を入れるのか、かなみにはわからなかった。
『いや、出来次第では君の収入にも関わることだからという理由で、鯖戸部長から君の意見も取り入れるべきだと言われて』
「鯖戸が……?」
鯖戸が絡んでいるとなると、なんとなく裏があるように感じてしまう。
「でも、私の意見って言ったって、あれは私が魔法でやってるんだからあんた達が勝手にやってればいいじゃない」
そこでかなみはある疑問が沸き起こる。
「っていうか、あのステッキとかグッズとかって、どういう仕組みで生産してるわけよ?」
『君がいつもやっているおもちゃ製品の納品や発注の傍らに注文をつけてやっているわけだが』
「ああ、あの帳簿のよくわからない項目はそういうやつなのね」
通常の仕事ではおもちゃ製品の納品、検品、発注をしているのだが、時々どこからやってくるかわからないものがあったりする。大抵、そういうのは自分達の魔法少女のグッズのものなんだが。
『まあ、大体型や枠、設計はイシィがやってくれるんだがな』
「イシィって誰?」
初めて聞く名前であった。語感からして新しいマスコットっぽいと感じたが。
『ああ、君は知らなかったんだ。猪型のマスコット・イシィだ。グッズの商品開発は彼が担当しているんだ』
「へえ、会ったことないわね」
『いつも開発室に』
「開発室ってどこよ? 聞いたこと無いけど……」
『いわゆる開かずの間の一つだ……』
「いくつあるのよ、うちの開かずの間……?」
そういえば入ったことのない部屋って結構あったことを思い出す。
基本、三階のオフィスと二階の倉庫ぐらいなものだし、基本開かない部屋ばかりなのであまり気にしなかったのだ。
『まあ、そのうちあるみ社長が紹介してくれるだろう』
「紹介してくれるのかな……」
『――君はもっと社長を信頼したほうがいい』
「え……?」
『それで話を戻すけど、ステッキのことだけど……』
「ああ、そういう話だったわね」
『錫杖の先を取り外して、刃を取り出す仕組みでいいのかな?』
「ええ……振り回すとなると錫杖が邪魔になっちゃうから……」
『なるほど、邪魔か……』
トミィが不満の声を漏らしているのが電話越しでもわかった。
「なにかいけないところでもあるの?」
『いや……取り外してしまったら、せっかくのステッキの先のデザインが台無しになってしまうからな』
「あ、そういうところ気にするのね」
『うん、君とてステッキを無造作にどんどん捨てられるのは嫌だろう?』
そう言われてかなみはステッキが地面に大量に打ち捨てられている光景を浮かべる。
「まあ、いい気分じゃないわね」
『そうだろう。まあ、それが聞けただけでもよかった。出張中、邪魔をしたな』
トミィは電話を切る。
「ったく、なんだったのよもう……」
「商品開発の方から連絡を入れるのは珍しいな」
「鯖戸の差し金みたいだったけど……」
「彼も君のことを心配しているのかもね」
「鯖戸が私を? ないない、そんなわけない!」
かなみは大手を振る。
「さ、気を取り直して探しましょうか!」
日が暮れるまで探し続けたが、結局手がかり一つ見つからなかった。
「気にしない、気にしない! そんな一日で見つかるぐらいならわざわざ出っ張ってこないし!」
あるみは大笑いして、合流する。
つまり、あるみの方も空振りであった。
「社長はいつもこんな地道なことやってるんですか?」
「いつもってわけじゃないし、こんなひたすら足を使うのはそうそうないから!」
「元気ですね……私、もうヘトヘトですよ」
「あはは、かなみちゃんはもうちょっと体力をつけた方がいいわね。大砲一発で息切れしてちゃ心もとないしね」
「そ、そうですね……」
「それじゃもう一週間歩きまわりましょうか!」
「え、ええ!?」
「冗談よ、そんなに旅費は出せないからね」
助かったとかなみは安堵する。
「とりあえず、今日はビジネスホテルでゆっくり休みましょうか?」
「あ、でも……!」
かなみが言いかけて腹の虫が鳴り出す。
「あはは、そうよね! 腹が減ってちゃどうしようもないわね」
あるみは再び大笑いして共感する。
「じゃあ、美味しいもの食べに行きましょう!」
「で、でも……お金は?」
「大丈夫! 安くて美味しいお店にするから!」
「……さすがにそれはおごりじゃないんですね」
「あれもこれもおごりにすると、かなみちゃんがお金用意した意味なくなるでしょ」
「は、はは……」
ありがたいようでまったくありがたくない気遣いにかなみは渇いた笑いで答える。
「でも、これは翠華さん達のお土産代にしようかと思いまして!」
「ちゃんとやりくりすればいいのよ!」
「それって、私の食欲を抑えるのと同じ意味ですよね?」
「そうとも言うわね!」
あるみはポンとかなみの肩を叩く。
「大丈夫よ、あなたが食事を抜いたら私も付き合って飯抜きにするわ」
「社長……!」
かなみはあるみの気遣いに、
「そんな付き合いしてくれるぐらいだったら、おごってくださいよ」
と文句を言ってやった。
「あはは、そうね!」
結局かなみは空腹には勝てず、安くて美味しいお店の食事をたっぷり堪能した。大満足した反面、財布の中身は寂しいものになった。
その後、あるみが予約を入れておいたビジネスホテルに着いた。
ホテルにはベッドが二つあって、あとは机とテレビが一セット、そしてシャワーとトイレがあるシンプルな部屋であった。
「さて、今夜はここで休むわよ」
「もうヘトヘトですよ」
かなみはすぐにベッドにつく。
「シャワーぐらい浴びなさいよ。魔法少女は清潔感も大事なんだから」
「彼女の場合、その逆もウリになるかもしれない」
「えーい、そんなウリいらないわよ!」
かなみはすぐにシャワーを浴びに行く。
「随分彼女の扱いが上手いのね」
「四六時中、一緒にいればそれなりに」
「うん、あなたにかなみをつけたのは正解だったわ」
「僕は正解だったとは未だに思えない」
「辛辣ね」
それから数分後、シャワーを浴びてさっぱりしたかなみが出てくる。
「はあ、すっきりしました~」
かなみはベッドに入ってもうすっかりお休みモードである。
「明日も頑張るためにゆっくり休みなさいね」
「は~い~」
かなみはそのまま布団をかぶってそのまま寝てしまいそうな雰囲気であった。
「あの……」
しかし、神妙な面持ちでかなみはあるみを見上げて訊いた。
「どうして今回の出張、私を連れてきたんですか?」
「あ~そうね……」
「翠華さんの方が頼りになるし、そういう法具の感知ならみあちゃんができそうですし、私が選ばれた理由がわからないんです」
「そういうこと気にしてたんだ……」
そういうことをかなみが考えているとは思わず、少し意外にあるみは感じた。
「確かにね、みあちゃんは感知能力に優れているから法具の探しものをするときには役立つし、翠華ちゃんは優等生で頼りになるわね」
「……だったら、どうして私が?」
「でも、あなたが役に立たないってわけじゃないわ」
「え?」
「今日、あなたがどれだけ探しまわったか、そのヘトヘトぶりを見れば大体わかるわ。その根気と根性があなたよ」
「そ、そうですか……?」
そんなことを言われてもかなみにはピンとこなかった。
「考えてもみなさい。みあちゃんの一日中探しまわる根気がある?」
「そ、それは……」
「翠華ちゃんに、一軒一軒探して、全部空振りであっても探し続ける根性がある?」
あるとは答えられなかった。
自分にしても今日どうしてそこまで頑張れたのかわからなかったからだ。
「言ったでしょう? 魔力の源は人それぞれだって、あなたの場合はその意志の強さ、どんな理不尽にも屈しない不屈の精神力。それこそがあなたのチカラなのよ」
「……………………」
「ま、人から言われてもピンとこないわね。ちゃんと自分で考えて、自覚しないとね。
――私もそうだったから」
「社長も……? っていうか、社長にもそういう時期はあったんですか?」
そこまで言って、かなみは口を滑らしてしまったと失敗に気づく。
「そうね……かなみちゃんの歳ぐらいにはそういうときもあったわね」
「え?」
思いの外、感慨深く答えてくれた。
「そのときは、自分の魔法に自信が持てなくてね……取り返しのつかないことになっちゃったから……」
「取り返しの……つかない……?」
「魔法はなんでもできる。それを信じることができればね。現在いまだって未来だって好きなようにできる」
「なんでも、できる……?」
「でもね、信じることは簡単じゃないのよ。人は弱いから、すぐに疑っちゃう。少しでも疑っただけで信じられなくなる。だから私達は魔法少女なのよ。魔法を信じ、信じ続けることをやめない強さを持った少女――それこそが魔法少女なんだから」
「……………………」
そこまで聞き終えると、糸が切れたかのようにかなみは眠りにつく。
「……少し、喋りすぎたかしら?」
「お前はお喋りだからな」
肩に乗って今まで黙っていたリリィが口を出す。
「あんたの寡黙さ、ちょっとは見習いたいわね」
「お前が寡黙になったら、それはそれで怖いぞ」
「……まあ、確かにね」
「だが、お前は区別がついている。喋っていいことといけないことのな」
「秘密主義って、性に合わないんだけどね。――ああ、歳はとりたくないものよ!」
あるみは倒れ伏す。
「あの娘もこんな感じなのかしらね?」
「さあ、どうだろう……? 少なくともお前はまだまっすぐなまま変わってはいない」
「ありがとう。あなたにそう言われると安心するわ」
「ただの自慰にしかならないがな」
「――そういうこと、言わないの」
あるみはリリィの口をつぐませた。
翌朝、あるみの希望通りモーニングセットが美味しいと評判の喫茶店で朝食をとった。
これはあるみの希望であることからかなみの分はあるみのおごりとなった。おかげでかなみはとても満足のいく食事をとることができた。
そして、朝食を食べ終えて、会計を済ませるなりすぐに二人は別れた。
今日も昨日と同じようにしらみつぶしに一軒一軒商店街の店を調査していくのは既に決まっていた。
――契約書の判を押すことで必ず従わせることのできる金印。
とてもじゃないけど、そんな代物があるなんてかなみにとっては半信半疑であった。
――魔法はなんでもできる。それを信じることができればね。
昨晩のあるみの言葉が脳裏をよぎる。
その言葉がすうっと簡単に耳から頭へ流れこんできて自然に受け入れられた。
――なんでもできる。
なんでも、という言葉にどれだけの意味が込められていたのか、改めて考えてみる。
魔法とは一体何なのか。自分の想いをそのまま形にしてくれる戦うためのチカラ。それぐらいしか自分の魔法の使い道が無かった。戦うこと以外に使おうなんて考えなかったからだ。
でも、もし戦う以外に使い道があるとしたら……? それは一体何に使えるんだろう?
――魔法はなんでもできる。
本当になんでもできるのだとしたら、何に使えばいいんだろうか。
借金返済のために使うか。いなくなった両親を探し当てるために使うか。それとも、もっと違う使う道が……
「今日は身が入ってないね」
「……………………」
昨日よりも確実に遅いペースになっているのをマニィは感じて警告のように言うが、かなみには上の空だった。
日が昇りきった頃、さすがにかなみも一休みしようと考えた。
「お参りぐらいしてもいいでしょ」
ちょうど観音寺に着いたので、そこで休もうともかなみは考えた。
境内の前で合掌してお参りをすませるとかなみはその前の石段の前で休憩する。
「何か悩み事かい?」
「私がいつも悩んでいるの、知ってるくせに」
「借金以外のことで頭を悩ませているのは珍しいと思ってね」
「……わかるの?」
「君がここまで来てそういう悩みを持ち出さないことは知っているからね」
かなみは意外に思った。そんなことをマニィに見抜かれるとは思っていなかったからだ。
「うーん、どうしちゃったのかな……」
「考えているのは、金印のこと? それとも、昨日のあるみ社長の言葉?」
「両方よ」
なんだかその二つは共通しているように感じた。そこに今回の出張の御共にかなみを選んだ理由があるとも思えた。
「うーん……うーん……!」
何度も何度も唸り声を上げながら考えて悩んだ。でも、わからない。
「おや、嬢ちゃんじゃねえか!」
「――ッ!?」
その声にかなみは思わず仰け反ってしまい、階段から転げ落っこちそうになった。
「こんなところでどうしたんだい? ちょっとした運命を感じたぜ」
「それはこっちの台詞よ!? っていうか、運命っていうより因縁でしょ!」
かなみは大いに文句を言い放つ。その姿は数秒前に悩んでうずくまっていた時とは大違いであった。
「うーむ、それもまた然り。縁ってやつだぜ嬢ちゃん」
現れた黒服の男は余裕の笑みで受け流す。
この男はかなみに一億円もの借金を突きつけてきた闇金融機関【カリカリローン】の手先であり、返済能力の無いかなみの身体をどこへ売り飛ばそうとしたのだ。
以来、かなみにとっては忘れたくても忘れられない男になっていた。
それがこんなところで再会するとは。確かに、運命とはいかないまでも何かしらの因縁を感じずにはいられない。
「さっさと断ち切りたいわよ、そんなもの!」
「まあ、そんなつれないことは言いなさんな。人と人の縁ってのは、金に代えがたい人生の宝とも言えるからな」
「闇金のあんたが言っても説得力ゼロよ」
「ハハハ、そりゃそうだ!」
黒服の男は豪快に笑う。
「ところで、嬢ちゃん。なんだってこんなところに?」
「出張よ。借金返すために色々やんなくちゃいけないからね。そういうあんたは?」
「うちは全国展開してるからな。当然全国飛び回って取り立てしてるってわけだ」
「偉そうに言ってるけど、ようは相変わらず金の亡者ってわけね」
「こりゃまた容赦無いね。案外嬢ちゃんもこういう仕事に向いてるんじゃねえか?」
「誰が! いくら積まれてもお断りよ!」
「月収が今の十倍になるって言われても、かい?」
「……くぅ……!」
そこまで言われたらきっぱり断れなかった。
「嬢ちゃん、正直だね。俺にも娘がいたらそれぐらいの気の強さが欲しかったんだがな」
「子供いないの?」
「独身だからな」
「ああ、結婚できなさそうな顔してるものね」
「こいつは手厳しい……」
「だって女の子に優しくないもん」
「嬢ちゃん……ひょっとして、売り飛ばそうとしたこと、まだ根に持ってる?」
「ひょっとしなくても、よ」
かなみははっきりと言い返す。出来る限り恨みの感情を込めて。
「こりゃまた正直だね。俺がもうちょっと若かったら放っておかねえぜ」
「放っておいてよ! っていうか、あんたそういう少女趣味あったの!?」
「いや、嬢ちゃんにはそういう魅力があるってことだよ」
「私に魅力……?」
「おたくんとこの社長もそういうところを見込んで入社させたと思うぜ」
「社長……」
「まあ、つーわけで嬢ちゃんも頑張りな」
黒服の男は笑顔で手を振って去っていった。
「なんだったのよ、あいつ……?」
あれだけ酷い目に遭わされて、恐怖も与えられたのに……。
あの黒服の男はまるで過去の出来事を何も無かったかのように明るく振舞って。
「腹が立つ……」
かなみはその態度にイライラさせられた。
酷い目に合わせたのだから、もっと気まずそうにして欲しいとか、罪悪感を持って接してくれないものだろうかとか、そういう風に考えてしまう自分がまたイライラを助長をさせる。
――別にそういうことを願ってるわけじゃないんだけど……
あの男と会う時、そういうのが必要というわけじゃない。
考え続けてそのことにかなみは気づく。
ようするに、会いたくないんだ。
その結論に達するとあの男に対する不快感の正体もわかってきた。
あの黒服の男が家にやってきてから、全ては始まったような気がする。そして、あの男から次々と現実離れした事実を突きつけられた。それは今でも鮮明に思い出せる。
ある日、両親が帰ってくると報されていた。その日を楽しみにしていた、と今なら思える。
だけど、両親は帰っていなくて代わりにやってきたのはあの黒服の男を代表とする怪しげな集団であった。そこから両親は行方知れずになっていて、一億円以上もの大金を借金していたことまで教えられた。しかも、それを娘であるかなみに返済させようとまでしていることまで御丁寧に。
当然、普通の女子中学生であったかなみに一億円の借金を返済するあてなどない。そこであの黒服の男はなんとか返済できるようにかなみを利用していた。具体的にどうするかまでは言っていないが、物凄く悪い予感がするものであった。ろくでもないことになりそうな、五体満足ではいられないようなそんなことになりそうな予感が。
あの黒服の男と相対すると必ずそういったことが思い出される。
もしも、あの時鯖戸が来てくれなかったら……もしも、今会社をほっぽり出されて借金を返すアテが無くなったら……そういうことをあの男が現れると嫌でも考えさせられる。
だから、会いたくなかった。
「どうして……?」
どうして、あの男は自分の前に現れたのだろうか?
偶然? それとも、何か得体のしれない力が引き寄せ合って会ってしまったのだろうか。
かなみにはどうしても偶然だったと切り捨てることができなかった。
「かなみ、そろそろ……」
「わかってるって!」
少し考えすぎた。
休憩にしては長いこと、休み過ぎた。そう思って気分を切り替えないとどんどん卑屈になっていきそうだった。
「さ、行くわよ!」
空元気を振り絞って、階段を駆け下りる。
その時だった。かなみはある男とすれ違って足を止めた。
「――ッ!」
向こうも、かなみに気づいて階段を上がる足を止めた。
「そんな……まさか……ッ!」
かなみは震えた。
その震えの正体が驚きなのか、喜びなのか、それとも恐怖なのか、わからなかった。
顔を上げて、その男を見ると、男と目が合った。
しかし、男はすぐに目をそらした。そして、階段を素早く降りていった。
――逃げた
かなみはそう直感した。
「待って!」
かなみは叫んで追いかけた。
商店街に入った。人混みの雑踏に飲み込まれそうになったが、それでも追いかけ続けた。
追いかけた。追いかけ続けた。
ここで逃がしてしまったら、一生見つからない。そんな確信にも似た予感があったから必死に追いかけた。
見失わない、絶対に見失うものか。
ただ、それでも男は巧みに雑踏をかきわけていき、一向に差は縮まらない。
どのくらい走ったのだろうか。どのくらい追いかけたのだろうか。
それでも走り続けていると自然と雑踏の出口が見えた。
長い長い暗闇の洞窟を抜け出たかのような眩しい光が差した気がする。
――見えた。
あの人の背中がはっきりと。
それならこの声も届くはず。
「待って!」
力の限り叫んだ。
しかし、その人は止まらなかった。
どうする、どうすれば、どう声をかければ止まってくる?
必死に考えた末に、口に出た言葉はひどく短く単純で、それでいて確実に伝わるものだった。
「父さん!」
――彼は止まった。
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