第1話 誕生! 神にも仏にも見放された魔法少女!!(Bパート)

 かなみは電車を乗り継いで、目的地である良行寺の門をくぐる。

「窃盗団って一体何者なの? 仏像を狙うなんてかなりの物好きね」

「おそらく彼らなりの目的があるのだろう」

「あんた、何かそいつらのこと知ってるの?」

「うむ、ネガサイドに間違いないだろう」

「ネガサイド……?」

「魔法少女と敵対する悪の組織といったところだよ。奴らの目的は世界征服だ」

「わ、わかりやすい目的ね……でも、仏の加護とかあったら世界征服とかやりやすいのかもね」

「君は思ったより察しがいいみたいだね」

「そ、それほどでも……」

 素直な言葉にかなみは照れ隠しにマニィから目をそらす。

「本堂は結構広いわね、雑巾掛けとか大変そう」

「まるで貧乏人の発想だね。人は借金をすると心が狭くなるのかい?」

「そんなわけないでしょ! 私、ついさっきまで借金なんてしていなかったんだからね!」

 しかし、もうあんな借金を背負わされていると思うと、普通の生活はおくれないなとため息をつく。

「それで……これが連中の目当ての仏像なの?」

 本堂の最奥に佇んでいる雄々しい仏像を見た。

「なんだか、強そうな仏様ね……」

「不動明王というらしい」

「名前まで強そう……これは盗もうと思ったらバチが当たりそうね」

「まさか、これを盗んで借金返済の足しにしようだなんて考えてないだろうね?」

「そ、そんなわけないでしょ! 第一こんな物、どうやって盗み出そうってのよ!」

「盗み出す?」

 その声は入り口からやってきた年老いた住職だった。

「いえいえ、私はこの仏像を盗もうだなんて思ってもいませんよ! 本当です!」

 やましいことは何もしていないが、彼から発せられた言葉が不穏だったため、かなみは必死に弁解する。

「おやおや、わしもこんな可愛い娘が仏像を窃盗するような悪い人には見えないよ」

「か、可愛い娘?」

 意外な言葉に、かなみは反応してしまった。

「しかし、お嬢ちゃんは今からお参りに来たわけではなさそうじゃの……」

「え、あの、その……ちょっとこっちには仕事で……? あ、いえ、違います!」

 かなみは慌てふためいて、本当のことを言おうとしたが、それはここに来る直前で言ってはならないとマニィから釘を刺されていた。

 何故言ってはいけなかったのか、問いただしたものの「言えば成功報酬はゼロになる」と答えられては腑に落ちないが了承せざるを得なかった。

「あ、あの、こちらに置かれている仏像がすごいとの噂を聞いて是非見てみたいと思いまして!」

 慌てるあまり、手をあたふたさせながら適当に取り繕った理由を言う。

「(ボソボソ)ふむふむ、結城かなみは嘘とごまかしが苦手と……」

「なに人のことをかんさつしてるのよ!」と突っ込みたかったが、彼は今住職の前でただのぬいぐるみを演じているので、ここでぬいぐるみに話しかけたらおかしな娘と思われてしまうので、できなかった。

「仏像か……確かに、この不動明王様はそこらの仏様とは格が違うでの……」

――どう格が違うのか教えてもらいたいものね

 その時、射抜かれるような視線とともに声が聞こえた。

 まるで最初からそこにいたかのように彼女はかなみの目の前に立っていた。

 彼女は膝まで伸びた銀色の髪と、幾重にもあまれた赤色のリボンが背中から尾を引くようにヒラヒラとしていて、羽織っている赤い振袖も合わさって、まるでおとぎ話に出てくるような天女を連想させる姿だ。

 しかし、般若の面が耳元につけられているのを見えた。それがこの上なく邪悪なものに感じてみえてしまって、そのイメージは払拭される

「できれば、私が盗み出す前にね」

「お、お主が!?」

 住職が驚きでよろめくと同時に、女性は視線を仏像に視線を向ける。

 こいつが仏像の窃盗犯だ。直感がそう告げた瞬間、彼女の手から髪の色と同じ銀色の鎖が飛び出す。飛び出した鎖は、瞬く間に仏像にまで伸びて巻き付いた。

「なッ!?」

 女性がその鎖を引くと、仏像が吸い寄せられて女性の手にまで飛んでくる。

 女性ごと吹き飛ばしかねない勢いで飛んできた仏像を女性は右手で抱きしめるかのように受け止める。

「では、私のこの手でじっくりとその格の違いとやらを堪能してみましょうか!」

 その笑みは恍惚に満ちており、理想の男性に出会えたかのような喜びに見えた。

「私は悪運の愛人・テンホー、相手が仏というのもまた悪魔的よね?」

「ま、待ちなさい!」

「待たない」

 住職が止めに入ろうとしたところで、テンホーと名乗った女性は仏像を片手で持ち上げて本堂を出て行く。

 一瞬の出来事だった。まるで白昼夢でも見ていたかのようにあまりにも突拍子で、非現実的。

「な、なんだったの、あれ!?」

「あれが連続仏像窃盗犯だということだよ。ほら、あいつから仏像を守りぬくのが今回の仕事だぞ」

「ま、マジ!? マジで言ってんの、それ!?」

 あんなとてつもなく現実離れした女性から仏像を取り戻す。改めて、仕事内容を突きつけられて何かの冗談と思えたが、この仕事の報酬が15万円だと思い出して、その金額を考えると妙に現実味を帯びてくる。

「マジでなければ、こんなことは言わない」

「あんなの追いかけられるわけ無いでしょ! ああいうのの相手するのって警察の仕事でしょ!」

「いや、君の仕事だ。君にはそのための力がある」

「ふざけたこと言わないでよ、私にそんな力があるわけないでしょ」

「ならば、これを使いたまえ」

 マニィから差し出されたそれを受け取る。

「コイン……?」

 それはお金ではなく、『魔法少女』と社名のロゴが入った金色のコインであった。

「こんなのどうするの……?」

「コイントスして唱えるのだよ。『マジカルワークス』と」

「と、唱える……なんで?」

「これは社長が決めたしきたりみたいなものだ。早くしないと報酬を逃がしてしまうぞ」

「ああ、もうわかったわよ! せっかくの15万を逃がしてたまるかってのよ!」

 親指の上に手を当て、コイントスする。

 コインは、かなみの頭上を舞う。

「マジカルワークス!」

 途端にコインは金色の光を放ち、かなみを包み込む。

 暖かい光だ。それにシャワーを浴びているかのように気持ちいい。肌で感じるというのはこういうことをいうのだろう。着ていた制服も消えて、裸の自分になっていくのを感じた。

 そこから包み込んだ光が自分の周りへと集束していく。

「こ、これは……!?」

「やはり、社長が見込んだとおり、素質はあったようだ」

 マニィがそう答えた瞬間、現れたのはフリフリの黄色を基調とした愛らしいドレスのような衣装を着たかなみだった。

「な、何が起きたのよ、この服は一体!?」

「これが我が社が『魔法少女』という社名を掲げている理由だ。悪と戦う正義の秘密結社、それが株式会社魔法少女だ」

「ま、魔法少女ってこういうことだったの? じゃあ、これも魔法……?」

「そういうことさ。君は今から『正義とお金と借金の天使、魔法少女カナミ』だ」

「ま、魔法少女……カナミ……?」

「あとは何か武器があれば、いいんだけど。それは君に任せる」

「え、武器って何……? 任せるって?」

「何か戦えそうなものをイメージすればいいだけだよ。そうすれば今の君なら具現化させることができる」

「戦えそうなものをイメージ……?」

「なるべく早くした方がいい、彼女に逃げられてしまうからな」

「急にそんなことを言われても……」

 カナミは自分が戦う武器のイメージができずに、辺りを見回す。

「あ……!」

 そこへもう本堂にあったもう一つの仏像が持っていた錫杖に目がいった。

「あれならどう?

「うむ、悪くない」

「じゃあ、イメージすればいいのね」

 カナミは仏像の持つ錫杖を元に、それを手に取って戦う姿をイメージした。すると、右手から光が出て棒状のものが形成される。

「おお!」

 現れたのはカナミがイメージしたとおり、仏像の錫杖をベースにして、先端に星型の装飾を施したステッキであった。

「すごい! これじゃ、本当に魔法少女みたいじゃないの!」

「本当に魔法少女なんだ。さ、早く追うんだ」

「ええ!」

 カナミは本堂を飛び出した。

 その一部始終を見ていた住職は、相次いで起こった非現実的な出来事に完全に腰を抜かしてしまい、どうすればいいのかわからないまま、残った仏像を見て祈る。

「あの娘、まるで仏様が遣わした天女のようであったな……」



「それで、どうやって追えばいいわけよ」

 勇んで飛び出したものの、どこにもあの目立つ格好をした女が見当たらなかった。

「あのテンホーという女性は、仏像をトラックに乗せて輸送させたそうだ」

「ええ! トラックなんて追えるわけないでしょ、どうするのよ!?」

「安心したまえ、ちゃんと追跡ルートは仲間が確保してくれる」

「仲間……?」

 肩に乗ったままのマニィはどこからか持ち出した(サイズもマニィの手に収まる程度の)携帯電話から語りかける。

「こちらマニィ。ドギィ、君の調査と予測通り、良行寺に連続窃盗犯が現れた。しかし、仏像は盗まれてしまった」

『おお、そのぐらいは想定内だとさ!』

「それなら、もう追跡は開始しているのだな?」

『当然よお! 追跡ルートならトリィの目を使いな!』

「なるほど、彼女もこの仕事の内わけに組み込まれていたな」

『新米のデビュー戦だからな、気合入ってるに決まってるだろ!』

「……そういうのは苦手だな」

『何言ってるの、ちゃんとエスコートするのがあなたの仕事でしょ』

 会話に割って入ってきたのは女性の声だった。

「トリィ、会話にいきなり入ってくるのは困るのだが」

『時は金なり。一刻も争う事態なんだから、気にしていられないのよ』

「そういうことだったら、手短に頼む」

『切り替えの早いことで。それで敵の追跡だけどね……敵は一般道を避けて、山道をひた走っているわね』

『山道ならばトラックは走りづらいぞ! 頑張れば追い詰められるぞ!』

『というわけで、ショートカットの最短ルートをナビするわ』

「ああ、それで頼む」

「耳元で言われていると、やりづらいわね」

 マニィが立つとちょうどカナミの耳元にくるので、ちょうど耳打ちされているかのような形になっているのだ。

「……というわけで、ショートカットを使ってトラックに追いつくんだ」

 マニィは携帯電話を持っていない方の手で指差す。

「しょ、ショートカットって林じゃないの!?」

「今の君ならこのぐらいなんでもない、早く追いつきたいのだろう?」

「そ、そうだけど……」

 林を見ると、木々が密集していて先が全く見えない。本当に追いつけるのだろうかと不安を隠せない。

「成功報酬は15万だよ」

「わかってるわよ! ええい、報酬のためにやってやるわ!」

 カナミは踏み込んで林へと入り込んでいく。

「う、うそ!?」

 思わず叫んでしまうほど、自分の足が速くなっていた。まるで自動車に乗っているかのような速さだが、体感ではもっと出ているように感じられる。

「今の君は魔法少女だからな。魔力が続く限り常人よりも遥かに高い身体能力を発揮できるんだ」

「す、すごいわ、これ!」

 これなら追いつけると確信できる。誰かは知らないが、こっちのルートを薦めるのもうなずける。

「それで、いつになったら追いつけるのよ!?」

「この調子なら5分もあれば追いつけるらしい」

「5分ね、よおし俄然やる気が出てきた!」

 追いついた先に待っているのは成功報酬。やる気が出ると走る速さも上がっていく気がした。

 そのおかげか、三分程度で道沿いにガタガタ音を立てて走るトラックの姿が見えた。

「もう追いついたのか、意外に速かったな」

 速く追いつけた。それ自体はいいのだが、追いつくことだけを考えていたせいか、いざ追いつくとその後はどうすればいいのか、わからなかった。

 何しろ相手は重量級のトラックで、ちょっと速く走れる程度の人間では止めようがない。

「ど、どうやって止めるの?」

 しかし、報酬がかかっているのなら止めなくてはならない。

「簡単だ。撃てば止まるだろう」

「撃つってこれで?」

 撃つといえば拳銃なのだが、今持っているのはステッキだった。

 しかし、このステッキは武器として魔法で具現化したもの。魔法でそんなことができたのだから、そのステッキで撃つなんてことができないことはない。

「もう、なんでもいいわよ! こう……すりゃぁッ!」

 ステッキを振ると、光の弾が発射される。

 光の弾はそのままトラックに当たり、凄まじいクラッシュ音を立てて横転する。

「ビンゴだ。中々いいセンスしているな。ところでそのステッキの名前はあるのかい?」

「名前? そんなのあるわけないでしょ」

「ないだと? それは問題だ。名前というのは曖昧な思想イメージを固定化させて、より強固な現実リアルへとシフトさせる重要な要素ファクターなのだぞ」

「そんなこと言われても、今はそれどころじゃないでしょ」

「では、僕が考えておくとするか」

「正直面倒だし、よろしく頼むね」

 そう言ってカナミは横転したトラックへと駆け出す。

 目的はあくまで仏像の奪還であるため早く取り戻してこの場から逃げたい、というのがカナミの本音だ。なので、あの女性と出くわさずに仏像を取り戻すため、真っ先に荷台に回り込んだ。

「なにこれ、開いてるじゃん」

 クラッシュしたせいなのか、荷台は開かれていた。

 これはラッキーだと思い、カナミは迷うことなく中へと入る。荷台の中は暗闇でよく見えないが、さっきみた仏像らしきシルエットが見えた。

「あれね。あれさえ奪い返せばボーナス! ボーナス!」

 緊迫した状況であるにも関わらず仕事の後の成果を思うと、自然と笑みがこぼれる。

 駆け出して、そのシルエットにまで手を伸ばしたところで状況が一変した。

 突然、ゴツンと冷たくて硬いものを頭にぶつけられた。

「あ、え……?」

 その衝撃でかなみは外にまで飛ばされる。

「きゃうぅッ!?」

 地面を転がりまわり、背中を思いっきり打ち、全身に痛みが駆け回る。

「あいたた……なに? なにが起きたの?」

「君は殴られたんだ」

「殴られたって誰によ?」

「仏像だ」

「仏像って……仏像が殴るわけないでしょ、シャレにならないわよ」

「シャレ? シャレとはどういうわけだ?」

「仏像がぶつぞう! なんてね」

「(ボソボソ)結城かなみはお笑いのセンスが致命的に欠落している、と」

「だから、いちいちメモをとるな!」

「ふん、シャレたことを言う小娘じゃないの!」

 トラックの上から先程仏像を盗んでいったテンホーという女性が現れた。

「よくここまで追ってきたね。さては魔法少女だね、あんた」

「そうよ! 今なったばかりだけど」

「さて、ここは魔法少女らしい名乗り口上でも入れるべきだ」

「な、名乗り口上? そんなの出来るわけないでしょ」

「うまく決められたら、口上手当がでるのだが」

「よおし、気合入れてやってみましょうか!」

 百八十度変わって、力を入れて精一杯の笑顔でカナミは言い放つ。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上! 世界の平和とボーナスのために悪を撃つわ!」

 カナミはステッキをテンホーに向けて高らかに宣言する。

「うむ、のせればそれなりにノリノリになるようだ」

 また言ってる、とカナミはマニィを諌めようとするが、今はそんなことよりテンホーのリアクションの方が気になった。何しろこれで敵に自分の名前を名乗ってしまったわけだし、これから「撃つ」と言っているのに「はい、撃たれます」となるはずがない。

 悪党ならば当然それらしい抵抗を見せるだろう。

「なるほど私を撃つ、と。大きく出たわね」

 豊満な胸を揺らして余裕綽々でカナミの口上を受け流す。

「でも、それは叶わない夢よ」

 ゴン、とそのとき荷台から落石したかのような轟音が響いた。

「ぶ、仏像が、うう、動いている!?」

 それもさっきまで良行寺の本堂に安置されていた不動明王の仏像が凄まじい足音を立てて、こちらにやってきているのだ。

「驚くことはない、魔法少女が実在していたのだから仏像は歩くぐらい当然のことだ」

「そ、そうなの? なんだかおかしな理屈だけど……」

「奴らネガサイドも魔法を使える。これは物体に魂を宿させ、意のままに操る奴らの得意魔法だ」

「そ、そんなのアリ~!?」

 しかし、現実にこうして自分は魔法少女になって、目の前で仏像が歩いているのだからその理屈を受け入れるしかなかった。

「あ、でも、自分で動いてくれるんだったら返す時、楽よね」

「君の神経は図太いのか、それともよっぽどの能天気なのか……」

「ポジティブと言ってくれない?」

「では、ポジティブなカナミ。君はあの仏像に敵意を感じないのか?」

「敵意って……?」

 そう思ったところで感じた仏像からの視線。それは「お前を殺す」といった今まで向けられたことのない殺意。しかも、その威容な仏の姿をもってやってきているので、思わず身震いしてしまう。

「あ、あんなのと戦うの……?」

「戦わなければ取り戻せない」

 マニィが答えた途端、仏像はカナミに接近し、襲いかかってくる。

「――ッ!」

 拳を振りかぶった瞬間、「やられる」と直感し、後ろへ飛ぶ。

 振り下ろされると道路に激突し、けたたましい爆音とともに炸裂する。

「う、うそッ!?」

 目の前で起きたというのに信じられなかった。

 相手は動く仏像でこれだけでも常軌を逸した怪物だというのに、そいつの拳から放つ攻撃は爆撃といってもいいぐらいの威力だ。あんなもの食らったらひとたまりもない。

「ど、どうやって戦えばいいのよ」

「落ち着け、君には魔法がある」

 マニィに言われてパニックに陥りかけた頭が若干だが本当に落ち着く。

「魔法……」

 そう、確かに自分は一度ステッキから光の弾を出してトラックをクラッシュさせた。あれは紛れもなく現実に自分が起こしたことで、もう一度起こせないはずがない。

「よおし、やってやるわよ!」

 ステッキを振りかざし、力一杯振り下ろす。

 すると、先程よりも大きな光の弾が放出され、仏像に衝突する。

「やった!」

 とガッツポーズをとったのも一瞬で、仏像はなんともなかったかのように仁王立ちしていた。

「え、き、きいていない……?」

 精一杯の気力を振り絞った魔法弾が不発だったことで、カナミは呆然としてしまう。

「なるほど、あの坊主さんが格が違うと豪語するわけね。これは私達ネガサイドで使える駒の一体になりそうね。不動明王……力強き仏よ、そなたの歓迎はその少女の血による祝杯がおあつらえ向きかしら」

 満足顔で語るテンホーの声がカナミの耳に入ってきているが、頭に入ってこない。

「カナミ、ほうけている場じゃないぞ」

「は!?」

 我に返ったときにはもう遅かった。

 力一杯振り絞った仏像の正拳突きがカナミの腹に深々と突き刺さった。

「ガァッ!?」

 心臓が止まるかと思うほどの呼吸が困難に陥り、アスファルトが焦げそうな勢いで道路を転がる。

「ゴホ……ッ! ゲホッ!」

 息をするのが苦しく、一呼吸するたびに腹から身体に激痛が走る。

「な、な、なんで……?」

 何が起こったのか、理解が追いつかなかった。

 ひとまず、立ち上がらなければと身体を立たせようとしたところで、仏像を見上げた瞬間にようやく事態を把握する。

「ハッ!」

 しかし、遅かった。仏像はもうすでに次の攻撃に入っていた。

 腰を蹴り上げられて、カナミの身体はサッカーボールのように宙を舞う。

「ゴッ!」

 地に足がついていない感覚が追いつく前に、すぐ次の衝撃がやってきた。

 顔に、肩に、胸に、腹に、次々と仏像の拳と蹴りが容赦なく入れられる。

「ア、アァ、アァァァァ……!!」

 はじめのうちこそ、痛みと苦しみが襲いかかり、口から溢れた血が飛沫となって飛び散っていたが、そのうち目に映るもの、仏像や自分の身体と血、その全てが色褪せて見えて、聞こえてくる自分が殴られている打撃音もどこか遠くで楽器が打ち鳴らされているように感じてきた。

(私、何やっていたんだっけ……?)

 朦朧とする意識の中で自分がどういう状況に置かれているのか、思い出そうとした。

(ああ、そうそう今日はおさんとお母さんが帰ってくる日だった……それで帰っていたら二人がいなくて……黒服の男にさらわれて……それで借金があるからって……二人は勝手に借金を作っていて……私に支払わせようとして……)

 そこまで思い出したところで横腹に一撃入れられ、放り投げられる。

「ゴホ、ゴホ……!」

「大丈夫かい?」

「だ、だ、だい、ゲホ、じょ……ゴホ……」

 息を整えるだけで声がまともに出ない。視界もおぼろげで黒い霧がかかっているかのように、薄暗く見える。耳もマニィの声が聞こえた程度で、物音一つ聞こえない静かなものだ。

「うぅ……ぐぅ……」

 それでも歯を食いしばって立ち上がった。

(どうして、私こんなことをしているんだっけ……? ああ、借金を返すためだったわね……借金を返さないと私はどこかに売り飛ばされるだっけ……身売りなんて、いつの時代の話よ……冗談じゃないわ、だからこうして仕事しているのに……)

 そこまで思い出したところで、声が漏れた。

「こんなのが仕事っていうのかしら……?」

 理不尽な借金を押し付けられたかと思えば、今度は理不尽な仕事をやらされている。

 本当に理不尽だ。一体どういう行いをすればここまで立て続けに理不尽なことが起きるのだろうか。

「神も仏もないわね、ホント」

 しかも、何の因果か襲いかかってくるのは仏だ。

 そう思うと、なんだか無性に仏像に対して怒りがこみ上げてきた。

「あんた、仏なら……仏なら、私の境遇を救って見せるのが仕事じゃないの?」

 拳に力が入る。どんなに身体を痛めつけられても手放さなかったステッキを握り締める。

「私を苦しめるのが仏ならくそっくらえよぉ!」

 ステッキが眩い光を放ち、変形する。

「むぅッ!」

 これにはマニィもテンホーも驚愕する。溢れんばかりの魔力の放出により、ステッキから大筒に変化したのだ。

 カナミにはこれが何なのかすぐにわかった。

――敵を倒す力なのだ、と。

「ちょっと待ちなさい! そんなもの撃ち込んだら、いくら不動明王だって!」

 テンホーは形相を変えて、カナミを制止を求めるが、その程度では止まれなかった。

 そういえば名前をつけるといい、とマニィの言葉を思い出して、ふとその場でカナミは名づけてみた。

「ボーナスキャノン発射ぁぁぁぁぁッ!!」

 わずかばかりに残っていた力を叫びに変えて、大砲を発射させた。

 砲台から巨大なビームを放たれ、仏像やテンホーを飲み込んでいく。

 仏像の拳が爆撃なら、こちらは核弾頭といってもいいほどの威力だ。

 その場に残ったのはカナミとマニィ、それに隕石が落ちたかのようにぽっかりと空いたクレーターだけだった。

「うむ、恐れ入ったよ。これはまさに神をも殺せるほどの威力だ」

「それは、どうも……」

 もう立ち上がる力も残ってはおらず、その場に倒れふしているカナミはかろうじて意識を保っている状態だ。

「うむ、閃いたよ。君のステッキの名前がね」

「へえ……」

「神を殺す大砲……神殺砲かんさいほうというのはどうだ?」

「ああ、それでいいんじゃないの……」

 反対する気力も起きなかった。だがしかし、一言言いたいことがあった。

「でも、殺したのは神様じゃなくて仏じゃない?」

「あ……」



「えぇ!? 報酬なしってどういうことよ!?」

 部長席をドンと叩いてかなみは鯖戸に抗議する。

「いや、君は仕事を達成できなかったからだよ。『良行寺の不動明王像を守り抜くこと』が今回の仕事だったんだからね」

「でも、奪われなかったわ!」

「しかし、守れなかった。確かに奪われはしなかったが破壊してしまったのは事実だ」

「う……! でも、あんなの壊さなかったら、殺されているところだったのよ!」

 かなみは食ってかかる。こうでもしないと自分が殺されかけてまで成し遂げたことが全て無駄だったと突きつけられ、それを受け入れてしまうからだ。

「それは言い訳にすぎない。仕事で求められるのは何より結果だよ。今回の仕事で君は仏像を破壊してしまい、達成できなかった。それが結果さ」

「あうぅ……でも、でも……!」

「まあ、確かにそれだけ大変な想いをして、割に合わないと思う気持ちはわかる。だがこれが現実だ、破壊してしまった仏像の損害賠償の請求が来ないだけでも、よしとするべきだよ」

「うぅ……こんな酷い会社、やってられないわ!」

「やっていられない? ではやめるというのか?」

 そこで鯖戸の目が光ったような気がした。かなみはそれでまずい事を言ってしまったかとたじろぐ。

「やめるならば、君の身柄はすぐにでもカリカリローンが引き受けてくれるのだが、それでいいのかい?」

 カリカリローン……確かその名前は、自宅に踏み込んできたあの黒服の男が出した証文に書かれていたはずのもの。それでかなみは今「やめる」と宣言すればすぐさま黒服の男がここにやってきて自分を連れ去っていく様を想像してしまった。

「じょ、冗談じゃないわ! また拘束されるなんて二度とごめんよ!」

「だったら、ここで魔法少女として働いて借金を返すしかないよ」

 鯖戸は大人として冷静で余裕を持った笑みでそう言い放ち、かなみは言い返すことができなかった。

「……わかったわ、一刻も早く借金を返して、こんな会社やめてやるんだから」

「それで結構だよ、早く綺麗な身体になるといいな」

「言われなくても!」

 これがかなみはせめてもの反抗の意志だった。

「さて、それでは君のデスクに案内するよ」

 そう言って、肩に乗っていたマニィがかなみのであろう何もないデスクの上に立つ。

「ふむ……」

 かなみがそのデスクに座るのを見て、鯖戸は一息ついて傍らにあるパソコンの画面を見る。そこで届いていたメールのチェックをする。

『初仕事なのだからせめて賠償額分だけは私が木材とノミで稼ごう』

 その文を読むと鯖戸はニコリと微笑んだ。

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