第1話 誕生! 神にも仏にも見放された魔法少女!!(Aパート)

 結城かなみは普通の少女であった。一人娘で両親は海外出張で家を空けることは多いが、それでも一人で炊事洗濯はできるので問題なかった。明るく裏表のない性格のため、友達もそれなりにいて学校生活も楽しく過ごしている。

 そんな彼女に転機が訪れたのは本当に何気ない日であった。

「今日かなみちゃんのお父さんとお母さんが帰ってくるんでしょ?」

「うん、もううちについてるころだよ」

「今度はアメリカに行ってきたんでしょ? 土産話とか楽しみだよね~」

「うん、あんまり教えてくれないんだけどね」

 などともう帰ってきているはずの両親のことを友達に話しながら歩いていると、あっという間に友達との帰宅路の分かれ道についてしまう。

「じゃあね、また明日~」

 と挨拶をかわしてからかなみは一人、自宅であるマンションの部屋に向かう。

 両親と会うのは半年ぶりだ。いつもそんな感じだ。久しぶりに帰ってきたかと思えば次の日にはもう別の国へと飛び立っていく。数日いることはあっても一週間居続けることはない、そんな両親だ。

 だからといって、両親がいなくて寂しいかというとそんなことはない。いないのだから仕方ない、とあっさり割り切っている。

 しかし、それでも広い部屋に一人でいるのも味気ないのも事実。あんな両親でもいるならいるで賑やかで楽しいかもしれない、といつもより足取りが軽かった。おそらくさっきの会話でも気づかないうちにいつもより楽しげに話していたのかもしれない。

 階段を駆け上がりながら、そんなことを考えていた。何故なら普段ならエレベーターを使うところを、待つのももどかしくなって階段を使っているのだから、いつもとは様子が違うことを自覚してもおかしくなかった。

(さ、どんな話をしてくれるのかな?)

 弾む気持ちで扉を開けた。

「あ、れ……?」

 扉を開け、玄関に入った瞬間、違和感を覚えた。

 それはいつもと変わらない慣れ親しんだ帰ってきたばかりの部屋の雰囲気だった。

 だからこそ今日に限ってはおかしかった。もうすでに両親が帰ってきているはずだから、いつもと同じはずがない。彼らがいるのならここで「おかえり」の一言ぐらいあってもいいはずだ。いや、なかったとしても娘が帰ってきたのだから覗いてくる程度のことでもあるはずなのに、その気配すらない。

 そう、部屋はまったくの無人だったのだ。両親なんて帰ってきていないかのようにいつもと変わらない風景だ。

(まだ帰ってきてないのね)

 考えてみれば「今日帰ってくる」と手紙で書かれていただけなので、夕方や夜に来てもおかしくなかった。

 早とちりしてしちゃったな、と残念そうな顔をしながら居間へ行くとテーブルに置かれている紙が目に入った。字が書かれていることからこれは置き手紙だと判別できる。

 すぐに手にとった。朝こんなもの置いていかなかったはずだ。

 ということは、これは誰かが置いていったものだ。テーブルの上にポンと置くなんて両親ぐらいしか心当たりがない。

 また何か急な出張でも入ったのかな、と手紙の内容を予想しながら見てみる。

『我らが愛娘・かなみちゃんへ』

 背筋がゾクッときた。これを書いたのは間違いなく親だ。こういったことを恥ずかしげもなく書くのは彼しか思い浮かばない。

『これを読む頃には私達はこの部屋におりません』

 当たり前だ、と心の中で突っ込みを入れた。

『というのも、急な話なのだがこの度、私達は借金を背負ってしまいました』

「はあ!?」

『その金額はなんと一億二千万円です』

「い、い、いちおくッ!?」

『私達にはこんな金額は返せないため、しばらく姿をくらますことになりました。なので、もうかなみちゃんに会える日は来ないかもしれません。こんな置き手紙一枚で別れを告げなければならないことをどうか許してください』

 あまりにも唐突のことに、かなみは言葉を失った。

 会える日はこないかもしれない……。元々、あまり帰ってこない両親がもう帰ってこなくなっただけのこと。両親との別れというほど大げさものでもない。それに死んだわけではない。生きていればまた会える日だってくるかもしれない。

 だから、全然悲しくも寂しくもないというのに、なぜだか想いはその文字ばかりに行ってしまう。

 これって悲しいってことなのかな。ううん、そんなはずはない。

 とあれこれ考えて憂鬱な気分になりそうなところで、まだ手紙は続いていることに気づく。

『ちなみに借金は私達だけではなく、身内にも支払わせようとしています。あ、身内といってもかなみちゃんだけでしたね。うっかり忘れていました。もうすぐ取立て人が来るはずですからよろしくね☆』

 ここまで読み終わると、途端に部屋の鍵が強引に開けられる音がした。

 誰かが玄関から上がってくる。いや上がってくるなんて優しいものではない。あれは踏み込みだ。

「え、ちょっとッ!?」

 なんでいきなり入ってきているのよ!? と言おうとしたところで、両手を取り押さえられる。

 入ってきたのは三人の大人の男性。それも全員黒服、黒帽子、サングラスと黒づくしの格好で怪しさ全開である。

「なんなのあんた達!?」

「見ての通り、怪しい者ではない」

「何が見ての通りよ! どこからどう見ても怪しい者じゃない!」

「まあ落ち着きなさい。君は野球のユニフォームを着ている人を見てこれから野球の試合が行くのかと思うだろ? それと同じように、こういった服装をしていれば借金の取立てへ行くのだと思うだろ? つまり、こいつは俺のユニフォームってわけだ。どうだ? 何一つ怪しくないだろ?」

「どうだって言われても……っていうか、あんたら借金の取立て!?」

「そう、そういうわけだ。両親から聞いていなかったか?」

「聞いてるはずがないでしょ!? 借金ってどういうことなの!?」

「そいつを詳しく聞きたかったら、俺達についてきな」

「き、聞きたくないわよ! 大体あんた達についていくなんて、そんな危ないことできるわけないでしょ!」

「やれやれ、やっぱそうなるか。自慢じゃないが俺の誘いに乗ったヤツはこれまで一人としていなかった。君がその第一号になってくれることを期待したんだが、見事に裏切ってくれたものだ。こうなったら仕方がない」

 そこで男は指をパチンとならすとかなみを取り押さえていた後ろの二人組がそのまま部屋の外へと連れ出される。

「え、ちょっ、ちょっとッ!? 待ってよ! どこに連れて行くつもりよ!? いやよ、いや! 誰か! 誰かー!!」



 場面変わって、ここはどこかの倉庫の部屋。かなみはパイプ椅子にくくりつけられて例の黒服の男と相対することになった。

「あうぅ……」

 ようやく気だるさから解放されつつ、周囲を見回してみる。ここは学校の教室程度の広さで、周囲には同じく黒服の男達が張り付いている。

「ご気分はいかがかな?」

「……いいわけないでしょ、最悪よ」

「うむ、最悪な気分のところ申し訳ないが、君にはこれから払うモノを払ってもらわなければならないのでね」

「払うモノってなによ?」

「女の子が払うモノといったら、スカートかお金と昔から決まっている」

「んなわけないでしょ? で、借金ってなんなのよ?」

「君の両親が作ってしまったものだよ」

「だから、そんなの聞いていないわよ。第一うちの両親はいい加減だけど、借金を作るようなろくでなしじゃないわよ」

「ほう……これは『借金を作るようなろくでなしじゃない』君の両親の証文だけど」

「ん?」

 黒服の男は、かなみに紙を見せる。

『この度、私結城金太はカリカリローンから二千万円もの負債を肩代わりしてもらい、感謝の言葉もありません。一日も早くお返しできるように、結城家一族郎党、生命を賭ける所存で完済にあたります。』

 最後に、親の結城金太の筆跡でサインが書かれており、印鑑までちゃんと押してあった。

「これは何かの間違いよ!」

「何かの間違いだと思いたくなるのも無理はない。だが、周りを見たまえ」

 黒服の男に促されるまま、周囲を見る。

 周囲を囲っている男達がみんな男と同じような紙を持って告げる。

「これは一千万円!」

「俺達には八百万」

「こっちは一千五百万だ!」

 と口々に両親に貸したであろう金額を言っていく。

 その金額と具体的に証文を突きつけられたことにより、かなみは絶望する。

「一枚ぐらいなら、まあ『何かの間違い』でできてしまうこともあるだろうが、ここまで揃うと『何かの間違い』程度では済まなくなるんじゃないかね?」

「あうぅ……じゃあ、本当にさんと母さんはあなた達に借金を!?」

「ここに集まった証文が何よりの証拠だ。そして、この文をよく見たまえ」

 かなみは黒服の男が指差した部分を読んだ。

「『結城家一族郎党』……」

 嫌な予感がした。その予感が的中していることを告げるように黒服の男は続けて言った。

「『生命を賭ける所存で完済にあたります。』」

 そこまで言って、黒服の男はかなみを指差す。

「つまり、娘の君にも返済義務があるわけだ」

「な、なんですってッ!? どうして私が親の借金を返済しなければならないのよ!?」

「それはここに『一族郎党』と書いてあるからだ。それに我々としては金を返してもらえるのなら、返済してくれる人間なんて誰でもいい」

「ふざけないでよ、私は14歳のフツーの女の子なのよ! そんな、1億円もの大金払えるわけないでしょ!」

「ああ、そこは心配するな。俺達は返済してくれるならどんな人間でもいいって言っただろ? どんな人間でもいいんだから、どんな方法で返済してもらっても構わないってわけだ」

「どんな方法……?」

 それは口にするだけでも息が詰まるようなセリフだ。

 どんな、という言葉は思いつく限りの全てでも足りないほどの恐ろしさを内包していた。

「そう! 14歳のフツーの女の子には想像もつかない手段で、稼ぐ方法があるということだ」

 それをきいただけで、身震いする。

「まあ、君のような若さ溢れる前途ある少女ならばすぐに返せるさ。その前途は保証できなくなるがね」

 付け加えた後の一言とともに黒服の男のサングラスが妖しく黒光りした。

「な、なにを……!?」

 かなみは逃げようとした。この男が言っていることはハッタリでも脅しでもなく紛れもない事実だ。そうでなければこんなところに拉致して、親の印鑑つきの証文まで見せたりはしない。

「安心したまえ、またちょっと眠ってもらうだけさ。次に目覚めるのはいつになるかわからないが、借金の心配をする必要はないよ」

「ちょ、ま、待って!?」

「待てない、一刻も争うからな」

 そう言って、男は何やら薬品の入った注射器を取り出す。

「そ、それは……!?」

「ゆっくり眠れる睡眠薬さ」

「た、助け……! 誰か、さん、母さん! 助けてぇぇぇぇ!!」

 力の限り叫んだ。そんなことぐらいじゃ助けは来ないことはわかっている。叫んだくらいで助けが来るような場所にわざわざ連行するはずがない。

 理屈ではわかっているはずなのに、助けを求めずにはいられなかった。

 こんな理不尽なことが突然起きて、自分の身がどうなるかもわからないような目に遭わせられるなんてあっていいはずがない。

 叫び尽くして、息が切れ始めても何も起きなかった。それで両親はもうこないのだと確信してしまった。それでも、助かりたかった。

「ハァハァ、誰でもいいから……助けて……!」

 酸素不足に陥り、朦朧とした意識の中で黒服の男が腕を持つ感触だけが伝わってきた。

 黒服の男はかなみがそうなるまでゆっくり待っていたようだった。最後の瞬間ぐらい好きなように気が済むまであがかせたように感じられた。

(ああ、私、これで終わるんだ……)

 と観念した瞬間だった。

 ズドン! と大きな音が部屋に反響した。

「おや、君がこんなところに何か用か?」

 黒服の男は誰かと話していた。

 その誰かというのは、今まで部屋にいなかったビジネススーツを着込んだ青年だった。

「その子を助けに来たヒーロー、ってことじゃダメですか?」

「そいつは困る。それじゃ俺達は悪党みたいじゃないか」

「女の子を拉致して今またどこかに売り飛ばそうとしている輩がヒーローだったら世も末ですよ」

「こっちとしてはヒーローとともに借金を踏み倒される方が世紀末なんだけどな」

「安心してください。借金の踏み倒しは流儀に反するそうなので、そんなことはしません」

「では、どうするのだ?」

「これです」

 青年は何か書かれた紙束を黒服の男に渡す。

(何が、起きたの……?)

 意識が定まらない中で、かなみは青年を見上げた。

 青年もかなみも見て、ニコリと笑う。

「結城かなみ君、君の選ぶべき道は二つある。一つはこのまま彼らに眠らされ、貝のように目を閉じたままの人生を歩むか。それとも、これに抗い、借金を返済する希望を手にするか」

「あなたは……?」

「おっと、これは申し遅れました。私はこういう者です」

 青年から差し出した名刺をかなみは読み上げた。

「株式会社魔法少女取締役部長・鯖戸仔魔(さばとこうま)……?」



 それから拘束を解いてもらい、鯖戸から一枚の用紙を提示された。

「これは……?」

「見ての通り、契約書さ」

「契約って何を?」

「雇用さ。君を雇いたいと言っているのだよ」

「雇うって、私を?」

「そうさ。君が我が社で働き、その給料で借金を返済していく、それが君が選び取った道さ」

「でも、私14歳だから働けないんじゃ? 学校もあるんだし」

「大丈夫だよ。昼間は学校に行って、主に夜に働いてもらえれば問題ない」

「そういうことじゃなくて、中学生が働いてもいいの?」

「それも問題ない。新聞配達なら中学生もできるだろ、それと同じように考えればいい」

「じゃあ、仕事も新聞配達?」

「いや、もっと割りのいい仕事だよ」

「……内容は教えてくれないのね」

「それは書いてからのお楽しみというわけだ」

 かなみは不審な視線を向けた。こんな胡散臭い契約書にサインしたらどんなことになるか想像がつかない。普通だったら無視してやり過ごすだろう。

「サインしないというのもいいけど、そうなると君はただちに借金返済のために彼らに売り渡されるよ」

「それなら、私に選択肢なんてないじゃない」

「いや、自らの手でサインをするという行為が重要なのだよ。さっき君は自らの意志とは関係なく身柄を拘束され、選択の余地もなかった。しかし、今は違う。自分で運命を選択し、選ぶことができる」

「売り渡されて返すか、働いて返すか……選べるというわけね」

「そういうことだよ」

「どうしてこんなことに……」

 そう言わずにはいられなかった。さっきまで本当に普通の女子中学生として生活していた。両親は海外出張ばかりで留守にしているけどそれでも不満に思ったことなんてなかった。

 これが何かの罰なのかと思っても、悪いことなんてした覚えはない。あまりにも理不尽だ。

「起きたことを嘆いても仕方ないさ。君は事実を受け入れて、それに立ち向かわなければならない」

「立ち向かうって、借金に?」

「いや、運命にね」

「……運命。そう、これが運命だって言うのね……」

 いきなり両親から借金を背負わされてそれを返済しなければならない運命か。

 おかしすぎて笑いまでこみあげてきた。こんな理不尽なことが「運命」というたった一言で集約されたのだ。それだったら、私は「運命」に翻弄された可哀想な少女というわけか。

「……冗談じゃないわ」

 かなみはペンを手に持ち、契約書を見つめる。

「こんな運命、私は認めない。借金に押しつぶされるなんて最低よ! やってやるわ、これが借金を返済できる道なら!」

 結城かなみと力強くその契約書にサインを押した。

「運命に抗う君の意志、確かに見届けさせてもらった。どんな状況であろうとどんな運命であろうと選び取った道ならばどこまでも強くいられるものだ」

 鯖戸はその契約書を手に取り、満足げにそう言った。

「それで、私はこれからどうすればいいの?」

「まずは本社に案内しよう」



 白い車に乗せられて、やってきたのは見知らぬ街のオフィスビルが立ち並ぶ場所に連れてこられた。

「ここに本社が?」

「いや、もうちょっと先さ」

 かなみはさっきから何度もどんな会社なのかと訊いたが、鯖戸は「着いてからのお楽しみだよ」の一点張りだ。何か企業秘密にされているようでいい感じはしない。それもこれからそこで働くとなればなおさらだ。

 借金を返すためとは言え、本当にこれでよかったのだろうかと早くも疑問に思い始めていた。

 そうこうしているうちに、車庫に入れられる。

「あの向かい側のビルだよ」

「あ、あれなの……?」

 そこにあったのは、40メートル以上の高層ビルが立ち並ぶ間に挟まれた、ビルとも言い難い4階建ての建物だった。

「何も高さだけが立派なものではないよ。隣のビルだと使用料が倍以上かかるからね」

 本当にそれだけなのだろうか? どうにもさっきから決意をくじきそうなことばかり、突きつけられているような気がする。

 いや、これ以上の理不尽が続くはずがない。

 人生苦あれば楽もあるという言葉もある。そろそろいいことが起きたっていいはずだ。よし、前向きになれた。

 ビルに入ると、すぐに階段を上がった。

「2階と三階が我が社が使っている」

「じゃあ、1階と4階は?」

「4階はIT、1階は配達サービス業をやっている。まあ顔を合わせることはほとんどないけどね」

 2階に上がったところで、鯖戸はかなみに振り向く。

「さて、ここが今日から君の職場となるオフィスだ」

「こ、ここが……?」

 扉を開けた瞬間に広がったのは、想像していたのよりは少し狭いが、ドラマや漫画なんかで見たことのあるデスクが立ち並べられている光景だった。

 学校の職員室がそれに近いものの、それよりは資料やファイルの数が少なく、代わりにぬいぐるみや小物が多いような気がする。

「鯖戸、仕事か?」

 しかし、そこにいたのはこの場に似つかわしくない10歳程度の小学生の少女が鯖戸に寄り添ってきた。

「いや、仕事ではない。新入社員だ」

「新入社員……そいつか?」

「ええ、期待の新人といったところかな」

「期待、ねえ……」

 少女は品定めをするかのようにかなみを見上げる。

「まあ、いいんじゃない。ちょっと汚いけど」

「き、汚い……?」

 初対面の相手にこの態度はないだろう、と子供の正直さに呆れた。というか、この子は何者なのか。

「彼女はちょっと遠慮がないものでね、気を悪くしないでくれ」

「は、はあ……」

 そう言われても気分がよくなるわけでもなかった。そもそもここがどういった会社で何を仕事しているのかまったく教えてもらっていない。

 そんな状況で、気分がよくなる人間と言ったらよほど神経図太い以外ありえない。

「じゃあ、かなみ君はこっちに」

「はい……」

 鯖戸は窓際の、おそらく一番偉い人がつくであろうデスクに座った。

「さて、さっそく最初の仕事についてもらいたい」

「仕事って何するの? さっきからそれを聞いているんだけど……」

「それについては僕がお答えしよう」

「え……?」

 かなみは我が目を疑った。今喋ったのは鯖戸ではなかった。

 鯖戸のデスクにあるネズミのぬいぐるみから声が聞こえた。

「気のせいか?」

「何が気のせいなものか」

「わ、ぬいぐるみが喋った!?」

「ぬいぐるみとは失敬な娘だ」

「実際ぬいぐるみだろ、君は」

 そう言った鯖戸にネズミは仏頂面で睨む。

「あなたにまでそんなことを言われるなんて心外だ。我々十二支は社長自らが布地と綿に魔力を練り上げて作り上げてくださった使い魔(マスコット)だというのに」

「ま、マスコット……?」

「そう、魔法少女に使い魔(マスコット)はつきものだからね」

「魔法少女? 会社のマスコットのこと?」

「ああ、そういうわけじゃなくて君のだよ」

「私の?」

「たった今から君は魔法少女になったんだよ」

「はあ!?」

 彼が何を言っているのか。ここに来るまでわけのわからない理不尽なことが続いたので、大抵のことは驚かないつもりでいたのだが、ここまで連れてこられてそんなことを言われては戸惑うしかなかった。

「ま、魔法少女ってどういうことなの?」

「やはり、そういうリアクションになるか……。そうなると思って、もう最初の仕事を言い渡そうと思ったよ」

「最初の仕事? いきなり!?」

 まだ会社の仕事内容を全然聞いていないというのに、いきなりすぎる。

「我が社の業務は、口頭で説明しても中々理解してもらえないからね。習うより慣れろというわけだよ」

「それでも、いきなりすぎない!? いきなりでできるはずが……!」

「大丈夫だ、そのために僕がついていくんだ」

 ネズミのぬいぐるみはそう言って、かなみの肩に飛び乗る。

「え、ちょ、ちょっと!?」

「彼の名前はマニィ。詳しいことは彼が説明してくれるから頼るといい」

「た、頼るといいって言われても……」

 かなみは肩に乗ったマニィを見る。動物園の小動物との触れ合いコーナーでさえ、ここまで間近で見たことはない。

 印象としては、元がネズミでクリッとした目つきにデフォルメされたシルエットが愛らしいのだが、堅苦しい仏頂面のせいで相殺されて、むしろ生意気な面持ちさえ感じられる。

「な、なんなの、あんた?」

「鯖戸部長も言っていただろ、使い魔(マスコット)だよ」

「あ、うん……そうなの……」

 これが一体何なのかわからないが、「使い魔(マスコット)」と本人も言っていることだし、そういうものだと割り切るしかないと思った。

「それじゃあ、マニィ。これを」

 鯖戸はそう言って、仕事の内容が書かれた紙を差し出した。

「うむ」

 マニィは二つ返事で、その紙を受け取り、それをかじりついて口に入れたのだ。

「ええ!? 紙を食べるのはヤギの方じゃないの!? あんた、どう見たってネズミでしょ!?」

「社長がそういう風に設定したのだから、仕方ないだろ。とにかく僕は紙を食べれるのだ」

「社長が設定……?」

 まったくもってさっきから理解が追いつかない。

「うむ、今回の仕事内容は把握した。さ、行こうか」

「行くってどこへ?」

「良行寺(りょうこうじ)だよ」

「なんで寺に行くの?」

「それはおって説明する」

「なんだかいい加減じゃない?」

 早くも多難な前途になりそうだった。

「まあ、そういうものさ。後は彼の指示に従えばいい。あと今回の仕事で成功すれば報酬を出すよ」

「報酬!?」

 その言葉にかなみはすぐに食いついた。

「初めての仕事ということで15万ほどね」

「じゅ、15万!?」

 その金額は中学生であるかなみが持ったことのないものだ。それが初めてでいきなり入ってくるなんて。

「やるやる! 15万円ももらえるんだから、頑張る!」

「やる気を出してくれて嬉しいよ。それじゃあ、さっそく行ってきてくれたまえ」

「はい!」

 かなみは意気揚々とオフィスを出て行く。

「今回は無駄に元気な娘を連れてきたのね」

 さっきから後ろでずっと様子を見ていた10歳の少女は部長席に顔を出す。

「うん、見込みはあるよ。ああいう娘は色々と使いでがあるからね」

「そうかな……? 色々と不幸を呼び込みそうな顔をしているし、こっちの運まで下がったらたまったものじゃないわ」

「はは、手厳しいな……。翠華君はどうかな?」

 そう言って、鯖戸はさっきからこちらを観察するように見ていた女子高生に話を振った。

「そうね……私は好みよ、ああいう空回りしそうなところが」

「そうか」

「んで、あの娘は何の仕事に向かった」

「これさ」

「何々……『ここ一週間相次いで現れる仏像の窃盗団から仏像を守り抜くこと。なお、諜報部の調査と予測では次に犯人が狙いを定めているのは良行寺と推測した』」

 内容を読み上げて、彼女は眉をひそめた。

「ちょっとやばいんじゃない、これ?」

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