ある無名インターネッツ物書きの愚痴
夏野陽炎
大学編
#1 ある無名インターネッツ物書きのPV
半人前以下の本人は、いつも意気揚々と作品を執筆している。重厚な設定と物語を描き、稀代の作家として名を残すべく日夜構想と執筆の連続に明け暮れているが、これが全くと言っていいほど人気がない。読む人どころか彼の作品を目に留める者さえいないくらいだ。
何時間、何日間もかけて書いた作品は、毎度広大なネットの海の藻屑になるわけでもなく、死ぬことすら許されず漂流し続けている。飼い殺しのような状態だ。実に不憫であるのだが、本人はこれを改善するつもりは毛頭なく、己を貫き通す所存である。
そんな彼をしつこく「Skypo」や「Tvitter」で煽っているのが、同じくインターネット上の物書きである
なぜ穐山が白滝を敵視しているのかというと、彼とは対照的な超人気インターネット物書きだからだ。ファンは千人単位、レビューでは常に高評価、出版社から声もかけられており、書籍化も間近となっている。あと数年もあればメディアミックスもあり得るだろうという噂も出ていた。
絵に描いたような成功者への道まっしぐらの白滝を尻目に、穐山は少しでも追いついてやろうと日々キーボードを叩いていたが、掠りもしていない。むしろやればやるほど突き放されているような気もした。
そんなわけで穐山は今日も画面と睨めっこして、云々と唸りつつ読んでさえもらえない小説を書いている。一点だけ彼を褒めるとすれば、それは不屈の精神だ。
執筆作業をしている穐山のパソコンのスピーカーからSkypoの通知音が鳴る。また白滝からだろうと思いながら開くと、案の定彼女からだった。
『今日もがんばってる~?^^』
鬱陶しい、なぜ人が作業している時に限って、この女は見計らったようにメッセージを飛ばしてくるのかと、穐山は渋々Skypoを開く。返事をしなければここぞとばかりに、延々とメッセージを送りつけてくるからだ。
「頑張っているから邪魔しないでくれ時津先生」と返信して作業へ戻る。時津先生とは白滝のペンネームだ。
作業に復帰して三十秒と立たぬ間に、白滝からメッセージが返ってきた。眉を顰めながらメッセージを開くと、『退屈だから相手してよー』とのこと。相手のことを気にする性格ではない。
付き合って三ヶ月目の恋人みたいなやり取りをする相手でもなかろうと返事をして、穐山はまた小説を書き始めると、今度は通話がかかってきた。Skypoを一々開いてメッセージを送り返すよりは手間が省けるので、傍らに置いてあったヘッドセットをパソコンに繋ぎ、応じてやる。
ヘッドセットが傍に置いてあるのは、こうして毎度かかってくる通話に応じるためだ。
訂正、もう一つ穐山の褒めるところを加えよう。面倒見の良さだ。
『やぁやぁ、何やってたのさ~。エッチな動画サイトでも開いてた?』
通話に出るなり、キンキンとした声が聞こえてくる。穐山はキーボードを叩きながらわざと聞こえるように溜息をした。
「開いとらんわい。頑張ってたのは執筆の方だ」
『相変わらず諦めが悪いね~。読んでもらえないものをシコシコ書き続けるなんて、いやぁ尊敬しちゃうなぁ。物書きの鑑だよ』
「自分で書いたものを世に曝している時点でお前も同類だ。結果の度合いが違うだけでな」
軽口を叩きながら、穐山は小説の続きを考える。こうして話していても書けないことはないが、頭の半分を会話に持って行かれるので集中出来ず、決まって筆が遅くなってしまう。
『で、あのファンタジー小説の続きでも書いてるの?』
「ファンタジーじゃない、現代ファンタジーだ。これで14度目だぞ、何回言わせる。あれの続きなら現在順調に執筆中だよ。お前が通話なんてかけてこなけりゃ、もっと順調に書けてた」
『最新話の伸びはどうなのさ。どうせ一桁だとは思うけど』
PV数を確認すべく、穐山はブラウザから小説投稿サイトを開き、投稿作品からアクセス数を確認した。PV数とはページが開かれた回数みたいなものである。
「2」
彼が連載している小説の最新話を公開したのが一週間前。一日五回はアクセス数を確認しているが、全く増えていない。ちなみにこの2PVの中の1PVは、穐山がミスなどを探すためにページを確認すべく開いたもので、実質一人しか開いていない。
『うっわーひっでー。どうしたらそんな数字叩き出せるのか不思議だよ。今回は結構面白かったんだけどねぇ』
白滝は高校時代からの
固定ファンが多数いる白滝は、公開するだけである程度のPV数やレビューを稼ぐことが出来る。しかし固定ファンなど一人もいない穐山はPV数も不安定であり、このように誰からも目を通してもらえないのはザラなのだ。
「お前がリップサービスしてくれたところで慰めにもならん。全部皮肉にしか聞こえんからな」
『そういう捻くれたところが作品に出ちゃってるから、伸びないんじゃないの? いい加減新しいの書いたらどうよ? ファンが増えて人気が出た頃に再開すればいいじゃん』
「俺はこれを完成させにゃならんという使命感に駆られて生きているんだ。周りがどれだけ説得しても、断じて中途半端に終わらせるつもりはない」
『頑固オヤジじゃあるまいし。あんたみたいな職人肌、いまどき流行んないんだって。もうさ、美少女ハーレム異世界転生モノとか書いて楽になっちゃいなって~。需要はあるわけだし、決して多くなくても今よりは読者も増えると思うけど』
美少女ハーレム異世界転生モノとは、現在白滝が書いている小説のジャンルだ。小説投稿サイトでは流行っているジャンルと言うのもあるが、白滝の発想力や文章力も相まって、数多くの同ジャンル作品の中でも突出した人気を博している。
「断じて書かねえ。そんなことした日には俺のプライドも犬の餌になっちまう」
『頭堅いな~。この前Tvitterで知り合った人の話だけどさ、異世界転生モノを書くまでは10PVも行かなかったんだって。それが試しに書いてみたら100PVも行ったらしいよ』
インチキ臭い話ではあるが、これには穐山の心も多少揺らぐ。
「……それで、俺にも書いてみろと」
『コナン・ドイルの話は知ってるでしょ? ガッチガチの歴史小説書いてた頃はあまり売れない作家だったけど、
偉そうに語る白滝だが、事実穐山よりは偉いので、彼はぐうの音も出ない。黙って話を聞きながら、プロットのデータを開いて話の流れを確認する。
『あんたが書いてるのって純文学でもないし、どちらかと言うとラノベ寄りじゃん? だったら読み手が娯楽として楽しめるものを書かないと。芸術は芸術家に任せて、わたしらはクリエイターらしく書く方が向いてると思うよ』
「……俺はクリエイターじゃない、ただの物書きだ」
『クリエイター思考になれってたとえ話だから。その変な強情ささえどうにかなれば、10人くらい読者が増えると思んだけどねぇ』
頑なに白滝の助言を拒絶する穐山だが、自身の異常な頑固さはいずれ治さねばならないことは理解していた。彼女の言うクリエイターとして執筆すべきと言う点も、単語がしっくりこないだけで要点は判る。クリエイターが売れるものを創るのと同じように、読んでもらうための作品を書けということだ。
しかし判っていながらも彼が実行出来ず踏みとどまっているのには、現在執筆している作品を中途半端に投げ出せないことや、突然作風を変えるのに抵抗があったからだ。
我を貫き通してこそ真に己の作品になるのであり、読み手に媚びるような真似をして書いたものは他人が執筆したものと変わりない。本当に自分が世に残したいものは、自分の意思にとって最後まで書きあげられた作品だ。
彼はこの信条を重んじており、同時にこれが枷となった。
だがこのままというわけにもいかないだろうという悩みが、彼をジレンマに追い込んでいる。
「お前はそれでいいのか」
『ん?』
「俺は自分が本当に書きたいものだからこそ、こうして筆を執ってる。だけどお前の話を聞いていると全く逆だ、自分の意思など無関係に、ただ人気が出るために書いているようにしか思えん。それは本当に自分が書きたいものを書いていると言えるのか?」
白滝はこの問いかけに考えあぐねて、答えるのにはしばらく時間を要した。
『わたしは読者に楽しんでもらえるために書いているから、あんたとは根底が違うんだと思う。楽しんでもらうためには、どうすれば楽しんでもらえるかを考えないといけないから、結果的に読者ウケするものを書くわけ。ま、それだけの違いだね~』
目的の違い。彼らの違いとはそれだけだった。
「殊勝だな。方向性が違うとはいえ、その志が人を惹きつけているのかもしれん」
白滝のヘッドセットからは、穐山の声に紛れてキーボードを叩く音が聞こえていた。
彼女はいつも穐山の小説を律儀に読んでいるが、別段彼の文章や発想が劣っているわけではないと考えている。もし誰かが、もう何人かが彼の小説を読んでくれさえすれば、少しは報われるかもしれない。ただ人に読んでもらえるきっかけがないだけだ。
たったそれだけのことが、彼の最大かつ致命的な弱点でもある。
『なーんか真剣な話したら疲れちゃった』
「自分勝手なやつだな、じゃあもう切っていいか」
『あー待って待って。ねえアッキー』
「アッキー言うな」
『この前公開した最新話のPV、どれくらいだと思う』
「聞きたくもないし知りたくもない」
穐山が通話終了ボタンにカーソルを合わせてクリックする寸前だった。
『公開三日で12000PV♪』
「この鬼畜!」
即座に通話を切断した彼は、そのままパソコンをスリープ状態にして立ち上がる。続きは一度風呂に入ってから書こうと決めて、そのまま風呂場へ向かった。
「あんなもん聞かなきゃよかった……」
ぶつくさと言いながら風呂に入ると、滞っていたアイディアがぽつぽつ浮かび上がる。同時に、白滝の甘い誘惑が彼を惑わした。異世界転生モノの一つでも書けば、多少は知名度も増すだろうか。
浴槽に顔を付けてブクブクと泡を吐きながらしばらく考え込んだ穐山は、風呂から上がるなり見様見真似と思い付きだけで、異世界転生モノの執筆に手を出してみた。
砂利程度に残っている彼の誇りのために補足しておくが、どれ程数字に違いが出るかという実験的なものとして書いたのであり、決して自身の信条の前に膝をついたわけでない。
一先ず一話を仕上げた彼は、その晩出来立ての異世界転生モノを公開して床に就いた。そして翌朝スマートフォンからPV数を確認してみると、数字を目の当りにして愕然とした。
「……3PV」
穐山こと檜枝マサムネが日の目を見る時は、まだ遠い。
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