炎に包まれた街

ペルー


集会所まで戻ってきた3人の前に現れたのは大きく掲示板に貼られたクエスト依頼の紙とそこに群がるハンターだった。


緊急クエスト


ペルーの未曾有の危機

難易度 very hard

報酬 検討中

依頼主 市長


内容 ハンター諸君、突如ペルーを襲ってきた鬼たちを討伐せよ。

現在確認されている鬼は赤鬼、青鬼、緑鬼の3体。

報酬は敵の戦力が未知数なのでハンター本部で検討中ですが、赤が一番強くてその次に青、緑と強さが分かれていますので報酬もそれに見合うだけアップしようと考えている。

死力を尽くして戦ってほしい。健闘を祈る。



この情報を嗅ぎつけたハンターもいるのか、普段見かけない者も掲示板の前には集っていた。


「なぁ、緊急クエストだってよ。ここで活躍すりゃあ一攫千金だぜ!」


「早速狩りに行こう!」


「どうする?鬼って強いのか?」


「見たことねぇな‥‥でも難易度を見れば大体想像つくよ‥‥」


「ターゲットの情報が足りんな‥‥ここは退くべきだ」


「俺がこの街の英雄になってやる!」


掲示板の方からハンターたちのやる気に満ち満ちた声が聞こえてくる。

一体どこからそんな自信が湧いてくるんだ‥‥‥



言うまでもなく私たちがこんなクエストを受けて生き残れるはずがない。危険は承知の上だが、レオトの安全を確保することが先決だ。


集会所の出入り口の扉を開けるとそこには私たちの想像を絶する地獄のような風景が広がっていた。


街の建物を覆い尽くす炎、逃げ惑う住民たち、皮膚が焼け爛ただれ泣き叫ぶ者、既に焼死して焼け焦げている者、鬼に挑んだのか身体の肉片を撒き散らして戦死した者、瓦礫の下敷きになって動けない者、助けを求める子ども‥‥‥



それを見て私は初めてレオトの伝言の意味を理解する。

他人の心配をする余裕などこの街にはもうどこにも残されていなかったのだ。


集会所が無事だったのがまるで奇跡のようだ。


「そんな‥‥‥」


あまりにも突然の出来事で信じがたい光景を目にしたから息が詰まった。言葉も出ない。


日常が潰れるのはこんなに一瞬で、なんの前触れもなく。


この世で起こっている戦争や事故なんてペルーというこの地では無縁のように思っていた。

平和ボケしていたのか‥‥ハンターという職業に就いているのに?ありえない。


見慣れた景色が長閑のどかな暮らしが崩れていく。


なす術もなく立ち尽くしていると私たちの前方にあったスピーカーから放送が入った。


『緊急警報!緊急警報!ペルーのモコス区に鬼が襲来しています!まだ避難していない住民はいませんか?!直ちに住民はモコス区から避難して下さい』



モコス区とは言わずもがな私たちがこれまで過ごしてきたペルーの東に位置する地域でペルーの湯もレオトが居るはずの病院も含まれる。


避難しろって言われても‥‥‥まだレオトが‥‥‥


「マナ、ダンゾウ、こっから先はクエストとは違う。無理にユノについてこんでええからな。絶対レオト助けようとか大口抜かしたけどな、ユノが2人を守れる保障ないからさ。逃げてええで。ゴメンな」


私の一歩前に立つユノが今どんな顔をしているのかわからない。わからないけど私の答えは決まっている。


「何言ってんの、ユノ。レオトもユノも置いて逃げるわけないじゃない。パーティなんだからさ」


「そうだよ。いくらユノが強いからって1人で行ったらレオトの二の舞じゃないか」


ダンゾウも同じ心境だったようでユノは少し安心したような顔を見せた。


「そうと決まれば早速病院までダッシュやな!」


行動派のユノはそう言ったが私にはそこで一つの疑問が浮かび上がっていた。


これ私たちが迎えに行く必要が果たしてあるのかというものだ。

そもそも街がここまで悲惨なことになっていて逃げずにその場にとどまる人間とか多分いないし、むしろ助けに行く方がリスク高いような気がするのは私だけかな‥‥‥?


「レッツゴー!」


なんかダンゾウもテンション高めだし、ここで口出し はしないでおこう。てかこの燃え盛る炎を前に動揺しない彼は一体何者なのだろうか‥‥


2人が前に進み出してマナもそれに続いた。


「この炎を見る限りでは鬼って火でも使うのかな?」


早足で移動するダンゾウが燃える家を目にして呟いた。


「わからへんなぁ。もしかしたら油でも使ったんかもしれへんし‥‥火炎放射器とかやったら相当ヤバイけどなぁ‥‥」


何処のおとぎ話に火炎放射器を持って鬼ヶ島に棲む鬼がいるのだろうか。


桃太郎とか秒殺じゃないか‥‥。



進めば進むほどこの街の状況が酷くなってきている。

集会所周辺はまだマシな方だったのだろうけど、しばらく歩くとそこは正真正銘の地獄だった。


「助けて!熱い!熱いよぉ!」

「ああああああああ!!」

「嫌だ!死にたくない!」

「子どもがまだ中に!」


聞くに堪えない声が次から次へと耳に流れ込んでくる。


「2人とも耳貸したらアカンで。ユノらはレオトを助けなあかんのや。英雄気取りで人命救助して命落とす奴なんか山ほどおるんやから‥‥」



ユノの言う通りなのだろう。

私たちは今、人を助けるべきではない。助ける余裕がない。助けられない。

そう自分に言い聞かせた。だが、それはただの言い訳に過ぎない。

テレビの中のヒーローと現実は違うのだ。


「でもここで死んだ人たちはどうなるの?」


数時間前までなに不自由なく過ごしてきた人たちだ。報われないのか?本当に救いの手はないのか?

誰にも弔われることなく?


「屍人しびとになる。聞いたことあるやろ?会ったことはなくても。遺体を放置してたら腐食する前に屍人のマスターが持つ力によって死後も肉体を動かし続ける殺人モンスターに豹変する。そうなったらもう手遅れや。解体処分するしかない。そうなる前に聖職者とか祈祷師に頼まなアカンで」


この街が屍人の徘徊するゴーストタウンになるのか?

平和なペルーにおいてそんな存在に出くわしたことなんて一度たりともない。


「仕方のないことなんやで。マナ。可哀想やけどな、現実は厳しい」


そう。現実は厳しい。特にこのペルーという街に今いる人間には特に厳しい。私たちも例外ではない。


なぜなら燃える炎のその先に立っていたのは2メートル以上はある緑の鬼が立ちはだかっていたのだから。

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