悲しみの果て

俺が絶望的な光景に打ちひしがれて屈辱という感情を抱きながら強く太陽剣を握りしめたその時だった。


俺の目の前に突如響き渡った凄まじい轟き。


まるで隕石でも空から降ってきたのかと疑うほどの衝撃波が周囲に広がりコンクリートでつくられている大地にいくつも亀裂が入っていた。


それも2つ。いや、2人。


1人は見覚えのある対人用のハンティングアーマーを全身に装備し腰に剣を携えていて、もう1人は全身に空手道着を身に纏っており如何にも戦闘しに来ましたと言わんばかりの格好である。


さらにもう1人、降ってきたのかのかと思うと最後の1人は翼のない天使か悪魔が天界から舞い降りてきたのかと突っ込みたくなるほど静かに地面へと着地した。


まるで修道院から直接やって来たのかと言いたくなるような全身黒い礼服に包まれた長身の男だった。


「全くあんたたちにはがっかりだ‥‥‥どうしてもっとクールに着地ができないのか‥‥‥これだから脳筋は‥‥」


恐らく魔術で浮遊し、綺麗に地面に足をつけた彼は呆れた様子で隣の2人にため息混じりの皮肉を浴びせた。


「こまけぇことは気にすんな。敵の前なんだぞ」


そう言ってハンター装備の男は腰に下げていた剣を鞘から引き抜いた。もう1人の格闘家らしき男はまるで精神を落ち着かせているかの如く目の前の校長を一心に見続けて構えの体勢に入っていた。


「来るのが遅いっすよ‥‥」


俺は苦笑いしながら眼前の3人に言った。


「すまんな‥‥こちらも緊急事態で‥‥無事‥‥ではなさそうだな」


「まぁね‥‥」


サンダル大学の攻撃系統の3人のティーチャー。

言わずと知れたその名は剣術の講義担当バルダーノ。護身術の元世界チャンピオンの老人、ダレイオス。黒魔術専門ナイル。


学内の最高戦力を誇るこの3人がいればあの校長を打ち倒すこともできるのではないか。いや、きっとできるはずだ。


「ククククク、皆さんお揃いで」


「何てことを‥‥‥テメェ、どういうつもりだ!」


バルダーノの怒号が飛び交う。今まで教えてきた生徒たちを全員殺されて冷静でいられる方がどう考えてもおかしいことである。


「あなたたちにお話しすることは何もありません。どうぞ天界の方へ召されてください」


「ふざけやがって!」


話し合いで解決する問題ではないことを悟ったのか遂に全員が戦闘体勢に入ったのだった。


「キュアル」


俺も加勢しようと自ら魔術を発動させマジック・クローによって傷ついた腹部を回復させる。


「奴の正体はヴァンパイアです。弱点は太陽光なんすけど、この状況下で戦えるあたり今の校長には効いていないみたいです。再生能力に注意してください」


少しでも多くの情報を伝えようと俺は立ちあがって3人に忠告したが、頭脳派のナイルさん以外は聞く耳を持っていなかった。


「敵は1人だ。大丈夫‥‥3人でかかれば何とかなる」


ナイルが1メートルほどある叡智の杖と呼ばれる専用武器を校長に翳かざしながら呟く。


「愚かな者たちよ‥‥‥来るがいい」


校長は赤黒い眼を光らせながら不気味な笑みを浮かべている。


戦闘開始。


先陣を切ったのはバルダーノ。


彼の素早い攻撃スタイルを活かした一点突破で瞬く間に校長まで迫る。


それに続くダレイオスは低姿勢で接近し疾風迅雷の如く格闘家のファイタースキルを駆使し、連続攻撃を繰り出す。


ナイルは後方支援に回って魔術を次々と高速詠唱していき、2人の全ステータス・パラメータを底上げしてゆく。


ここまで何のコンタクトもせずにこの連携ができるティーチャーは他にいないだろう。


「リフレクトバリア」


校長が攻撃を受ける直前に防御魔術を唱え、強固な魔力壁を自らの身にまとわせる。


2人の攻撃が全くと言っていいほど通らないぐらい頑丈な防御壁である。


物理攻撃が通らないことを了解した2人は瞬時に地を蹴り校長から距離を取る。


直後、ナイルの黒魔術により校長の周囲に燃え盛る炎が出現した。炎は竜巻のように形態変化し、1人の男を焼き尽くした。


確信した。俺が出る幕はねぇ。


何だそのシンクロシステムは。以心伝心ってヤツなのか?


「凍れ」


ナイルがポツリと呟くと、目の前の火柱から校門に舞い散る火の粉までもを凍てつく氷の結晶に変化させた。


瞬時に2人の連続攻撃が再開され、校長が眠る氷塊に向かって特攻する。


「アモンズハンド」


だが、何処からともなく聞こえてきた校長のその声とともに地面から発生した無数の手によって左翼にいたバルダーノの攻撃は阻止された。


黒い手が、腕の一本一本が幾重にも重なってバルダーノを地獄の底へ誘いざなってゆく。


「ああああああああ!!」


彼の必死の抵抗も虚しく、2人が救援する間も無く、彼は身体中から赤い血を大量に流しながら四肢を引き裂かれ、大きく断末魔をあげた後絶命した。


「クソ!!バルダーノ!!」


「本気で殉職しちまうとは‥‥‥!ちくしょう‥‥!」


ダレイオスがその隙に氷に渾身のスマッシュを一撃入れて、ボロボロと割れる氷の欠片とともに校長の身体は校舎内へと吹き飛んだ。


「ナイル!!」


「アポカリプス・アビス!」


ダレイオスの合図と同時に発せられたナイルの魔術によって俺が4年間過ごしてきた第1校舎は爆破され、粉々に崩壊していった。その瓦礫が校長の肉体を下敷きにして。



「はぁ、はぁ‥‥‥やったか!?」


ダレイオスが息を切らしながら呟いた。


「恐らくは‥‥‥」


ナイルも魔力消費が相当激しかったのか、精力を失ったように一言答えた。


カンナを助けに行かなくては‥‥!!


あぁ俺、結局何もできなかった‥‥‥俺一人ではカンナを守ることも助けることもできない。


だが、俺には未来がある。転職し、彼女を守る力を絶対身につけてみせる。


そんな目標を持ってカンナの元へ一歩、歩み寄る。


「ナイル!!後ろだ!!」


唐突の出来事だった。


「シャドーキル」


ナイルの背後に伸びていた影から再出現した校長が振り返る間もない彼の心臓を己の手で殺あやめた。


心臓を貫かれたナイルは吐血し、自分の視界から捉えようもない敵に自分のなす術はなかった。


そのまま彼の息の根は止まった。


希望が絶望へと変わる瞬間であった。


「2人目だ。クククク‥‥」


嘘だろ‥‥‥傷一つ付いていない‥‥‥


「おい、小僧!!瞬間転移結晶だ!受け取れ!!」


ダレイオスは突然ポケットからアクアマリンのような藍玉らんぎょくの結晶を取り出し、俺に投げつけた。


手に取ったそれは効力結晶という類のアイテムで飲み込んだり、割ったりすることで瞬間移動であったり攻撃力増加であったり特殊能力を一時的に得られるというものだ。


だが基本的に値段がクソ高くてあまり店に行っても買えなかったり売り切れていたりで入手困難なのだ。この藍玉の輝きは瞬間移動の効力がある。


「で、でも!!」


「はやくいけ!!!!!!」


嫌だ‥‥‥だってそこにはカンナがまだ‥‥‥!!


「カンナあぁ!!」


俺の意思とは裏腹に既に手の中にある効力結晶はバラバラに砕け散っていて、パラパラと粉砕した綺麗な青い欠片が俺の体を包み込んで中から出てきた光と共に俺は消えた。


涙を流しながら。

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