希望の朝

全身、黒い服に覆われた男が目の前に立っている。


「ようこそ。悪夢へ」


俺はその声に聞き覚えがあった。確か毎日聞いていたような気がする。そんな親しい存在だったのだろうか?

なら何で忘れる?わからない。


黒服の男はにやりと笑いながら近くにいた女の子の手を握る。


カンナではないか!!


「おい、なにしてんだ!離してくれ!友だちなんだ!」


必死に叫ぶ。聞こえるまで。何度でも。


カンナは明らかに何かを訴えている。


君が俯向くなら、涙を流すなら、立ち尽くすなら、俺が守る。すべてに代えて。


奥にも何かが見える。誰だ。あれは。いや、なんだ。これは。


死体の山、その一人一人が身体中から血を流しながら悲しみの、痛みの、絶望の形相を訴えながら。


「うわあぁあああぁぁぁあああ!!!!!」


俺は叫ぶ。思いのままに叫ぶ。今更のように。そんな大声をあげて腰を抜かす。逃げることもできずに。


「■■■■■■■■■■■■」


カンナが何か言っている。聞き取ることすらできない。一番やばいのは彼女の方のはずなのに。


次の瞬間、黒服の男の手から鋭い一撃がカンナの腹に入った。臓器の潰れる嫌な音が聞こえる。


それから黒服の男は笑いながら次々とーーーーー



















地下一階、図書室の奥深く、眠りに落ちている2人の姿があった。時刻は朝の8時。


「うわああぁ!!‥‥‥はぁはぁ。朝か‥‥」


ここはどこだ?硬いところで寝てたのか?身体中が痛い。なんか疲れが残っていて熟睡できていないみたいだ。嫌な夢を見た気がする。


ん?目の前にあるのは!?柔らかい少し膨らんだ何か。


「うわぁぁ!!」


美少女が眠っている!誰だ!!カンナだ!何で?!


そして少年は初めて今の感触が下着姿の彼女の胸部であったことを認識する。


これがラッキースケベというものなのだろうか?

信じない。俺は信じないぞそんなもの!


幸い彼女は眠っていたので怒りの鉄槌を受けるという事態には陥らなかった。


俺は周りを見回し、時計を確認する。


「8時!!やべぇ!学校遅刻する!」


ってここどこだよ。図書室じゃねーか。そうか、全部思い出した。


あれから眠ってしまったのか。何も起きてなさそうだから良かったけどさ。


「おーい、カンナ。起きろ。8時だぞ〜」


そーだ。こいつ下着のままじゃん。風邪ひくぞ。


「んん〜もうどこ触ってんのネオくん〜」


完全に寝ぼけている。一瞬さっきのハプニングに感づかれたと焦ったがやはり寝ぼけているだけだった。


俺はトントンとカンナの肩を叩いて起こそうとする。


「あ、ネオくんおはよー。もう朝か‥‥」


「カンナ、朝だ。ヴァンパイアのいる夜は終わった!とりあえず服取りに行って、外の様子を見に行こう」


ようやく2人とも目覚めて図書館から出て行く。もちろん出口には血だらけになったシェリーの遺体が残っていた。


2人は死体から目を逸らしながら階段で8階にある学生寮へと進んでいった。


階段にはところどころ血痕が付着していた。相変わらず誰とも遭遇しない。

下着姿を見られたくないので都合がいいと言えばいいのだが。





そして8階。メインプラザ。ヤマダタケシとか言う奴が話しかけてきたところ。


「きゃああ!!」


カンナが悲鳴をあげ、俺に抱きついてきた。

俺の顔も完全に引きつっていた。


やっぱり‥‥‥安全な場所なんてどこにもないんだ。


「全員‥‥‥‥死んでる‥‥‥‥‥」


目の前に広がる血、肉、骨、臓器。原型をとどめていないものもいくつかある。


わかっていた。地下一階から酷い悪臭が漂っていたから。


「さっさと服を取って外に出よう。どっか遠いところに2人で行こう」


「う、うん。ネオくん‥‥」


カンナの握った手を離さず、2人は血の海とも言って良い廊下を進み適当な部屋で服を取った。


中には4人の男女の死体と抵抗したのか辺りに散乱した荷物、壁には傷が付いていた。


カンナが壁に掛けられた制服を手にとって呟く。


「お借りします。ごめんなさい」


一応、サイズが合っているかわからないが制服に着替えることができた。


「生きていることが奇跡みたいだ」


ヴァンパイアがいなくなっていることも含めて。


「うん。ショックが大きすぎて‥‥涙も出ない。最低だ。私‥‥」


「こんな状況だし、仕方ないだろ‥‥俺たちも一歩間違えればこうなってた」


俺はあまり友人を大事にしないタイプだったから、涙を流す理由など無かった。伝わってきたのは今まで目にしたことのない数の遺体による悪臭と驚愕だけだった。


「さっさとこんなとこ離れて温泉にでも浸かりに行こう」


大学など今日限りで卒業だ。いや、廃校か‥‥



2人は校長のいるはずの、生徒が登校して来るはずの校門を目指し再び歩き始めた。

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