<ハーレム・ステップⅠ>~ミスリア・オルアーンを探して~



 

 人類最大の発明と言えば何を思い浮かべるだろう?


 太古の昔、猿と大差なかった人類がその種族特性として得た思考能力を発達させるのに必要だったのは何だろう?


 炎を使えるようになったことだろうか?

 いや、火を扱える動物など他にもいる。


 道具を作れる様になったことだろうか?

 いや、道具を使う生き物は数多いる。


 では何か?


 人類だけが使い、社会を形成する為に不可欠なもの。


 たんなる意志を伝える音声ではなく、物質や運動のみならず概念を伝えるもの。


 そう、それは言葉であり、つまりは言語とその発展系である文字を含めた相互コミュニケーションツール。


 それこそが共通の認識を得るために発明された人類最大の発明だ。


 脳というハードのなかで人格という名のソフトを構築する為に使われる言葉を失うという事は、人としての思考を失うということ、自分を失うということだ。


 では、言語を自分の意志とは無関係に覚えさせられるということはどういうことだろう?


 自分という人格自体を好き勝手に作りかえられるに等しい行為だ。


 もし同意しかねるというのなら聞こう。


 自ら憶えたと言う記憶なしに植えつけられた知識と洗脳とどこが違う?


 米国で圧縮学習システムとよばれる技術の開発が、表向きは中止されたのはそれが問題になったからだ。


 知識は価値観を改変させ人格を変貌させる。


 その事実は、ユダヤ教の経典にある禁断の木の実の記載でも判るように、宗教が人を服従させる手段として知識を悪用してきた二千年以上もの昔から、知られてきたことだ。


 冷戦時代のスパイやテロリストによる洗脳教育に世界中の人権後進国で作られる少年兵士達、これらはなにも自称先進諸国のプロパガンダの産物のみではない。


 ゆとり教育が現実を見ない故の罪ならば、それは理想を見ない故の罪だ。


 他人を道具としか見ず、いつしか自分自身も手段になり果てる。


 オレは、そんな連中になるのも、そんな奴らの駒になるのも御免だった。


 それに、本当にそれだけで済んでいるとは限らない。


 勝手に知識を増やされたのなら、知らぬうちに知識が消されていないと誰が言える?


(オレがもうオレではないとしたら……)


 自分が自分でなくなる恐怖。


これは確固たる自我を持たない子供や知らない間に洗脳されてしまった人間には解らない恐怖だろう。


 オレは、そこで無理やり思考を切り一つ息をついた。


 存在意義と自己認識に対する自傷行為など正しく全てにおいて意味がない。


(今は尋問が先決だ)


 恐怖の反動でふつふつと巻き起こってくる憤怒を押さえ込みながら、オレは思考を切り替える。


 恐怖も怒りも飼いならすもので溺れるものではない。


 まず情報収集ついで状況判断そして行動指針、それがセオリーだ。


 そして今は情報収集中だ。

 では、やるべきことは?


 やるべきことは決まっている。


 オレはまだ荒い息を吐きながらとろんとした瞳を宙にさまよわせている女を見た。


「じゃあ、まずは名前だ。 名前を教えて」


 そしてゆったりとした発音でやさしく、いつのまにか覚えていた言語でそう問いかけた。


 ティーレル語と呼ばれるリアルティメィトオンラインの人工言語で。


 極限までリアルさを追求したリアルティメィトオンラインでは共通語として言語と文字が設定されている。


 それがティーレル語だ。

 数十人の言語学者が共同して作った言語で、当時このMMOが配信されていた九ヶ国語を基に数年前作られたらしい。


 それに対してプレイヤーの使う各国言語は古代言語で冒険者達の間だけで使われる言語とされていて、ティーレル語をスキルとして持っていないと‘思念伝達の腕輪’を持っていないNPCからはクエストが受けられないという凝りようだった。


「ミス……リア」


 幼少時に覚えるはずの第一言語を、あるはずのない人工言語としている女は蕩けきった声で答えた。


「ミスリアか ミスリア、苗字は何?」


「オル……アーン」


「ミスリア・オルアーンだね?」


「はい」


 今度の仕事の為に調べたとはいえ、リアルティメィトオンラインの公式設定は多量で、しかも日々それは有志によって増え続けている。


 それを全て覚えるのは不可能に近い。


 それでも数千以上いるNPCの中で人気の高い名前だったので覚えていたそれは、予想通りというか‘水晶のアルケミスト’の名前だった。


 だがAIに催眠がかかるわけはない。


 とすればどういうことだろう?


 ミスリア・オルアーンという‘水晶のアルケミスト’と同姓同名の女なのか。


 ミスリア・オルアーンと名乗ったのは、催眠にかかっているふりをしているからか。

     

 ミスリア・オルアーンだと催眠暗示による刷り込みをされているからか。


 同姓同名の女は、まずないだろう。


 ミスリア・オルアーンは実在する名前とは言いがたい。


 催眠にかかっていない可能性はある。


 催眠誘導に使った日本語にこの女が答えたことから、可能性は低いが第一言語が日本語でなければ0ではない。


 刷り込みは一番可能性が高い。


 すでに暗示にかかっているかどうかは調べていないからだ。


 オレはそれを確かめる為、再度‘気’を彼女に練りこんでいく。


 さっき以上に濃密にそして細心にミスリア・オルアーンを蹂躙しなければならない。


「んんっ!!」


 途端にとろけていた肢体にびくびくと震えが走る。


「あっあ゛ああっ!!!」


 力なく振られる首を固定しその色づいた耳元で囁く。


「いいこだ その感じを受け入れて 今度はさっき以上に気持ちよくなるよ」


「いや……ああっ♥……ぃやああんっ!!!」

 未知の快楽に脅えていた声がすぐに甘い声に変わっていった。

「や♥……ぁあ♥……。ダメ! だあめ~!!!」


 身体中に走っていた細かい震えが痙攣にかわり、彼女は細いのどをのけぞらせた。


「ダメじゃない。 気持ちよくなっていいんだ」


 快楽に塗りつぶされ何も聞こえなくなっているだろう耳元で声に‘気’をこめて響かせる。


「っ!! っ゛っ!!!」


 長い長い絶頂の中で涙と汗と唾液まみれになった彼女の貌はそれでも綺麗だった。


 そうしてオレは数十分かけて‘気’による快楽と催眠を使って心理障壁をすべて剥ぎ取りながら、失神と覚醒を繰り返す彼女に尋問していった。


 彼女が誰を大切に思っているかを知り、その誰かになりすまし。


 彼女自身が誰にも知られたくないと思っている恥ずかしいことを思い出させ。


 彼女自身の依る辺となっているものを揺さぶりその隙間につけこみ。


 そこまでして判った事は、彼女がミスリア・オルアーンとしての人生を歩んできた事と、彼女がこの世界をティーレル語でいう世界を表す‘ルアレ’と認識している事。


 つまりは、リアルティメィトオンラインの世界で生きる‘水晶のアルケミスト’ことミスリア・オルアーンこそが自分だと思っていること。


 そして彼女が人間であり、催眠などによる暗示にもかかっていないということだった。


 考え得ることは三つ。


 彼女は完全に基の人格を消され、ミスリア・オルアーンとしての人格を与えられた人間か。


 ミスリア・オルアーンの人格と人間としての生理的反応まで持ったAIか。


 オレ自身が狂っているのかだ。


 ミスリア・オルアーンは架空の人物のはずだ。


 それは、ミスリア・オルアーンは存在しないということだ。


 では、自分のことをミスリア・オルアーンと信じ、ミスリア・オルアーンの記憶を持った存在はなんと呼ぶべきなのだろう。


 彼女の記憶が真実かどうかを調べるために、オレはミスリア・オルアーンが久しぶりに旧知の人々に会うために旅に出るので雇われた護衛という認識を彼女に植え付けて作業を終えた。


 オレが妄想の中でこの行為を実在の人間に行っているのならひどい話だ。


 一人暮らしの女の家に押し入り、殴って気絶させたあげく意識のない女に催眠支配と快楽による拷問をくわえる。


 まさに気狂いざただ。


 彼女がオレを拉致した人間の共犯者ではなく、オレと同じ被害者でもそれは同じだ。


 たとえ彼女がオレを拉致した人間だとしても立派な犯罪だろう。


 オレがやっているのは、そういうことだった。


 オレは後味の悪い想いと疲れを感じながらソファーのそばを離れ、椅子に座った。


 肉体的な疲れではない精神的な疲れをふりはらうために目を閉じて天井を仰ぐ。


 彼女がミスリア・オルアーン以外の誰かだったならば。


 あるいはこれが彼女が望んだことだったなら。


 オレはそれらの思いをふり払い、目を開いた。


 後悔はしない主義だ。


 未練や感傷なんてものは女子供にまかせておけばいい。


 今、オレがやるべきことはミスリア・オルアーンを探すことだ。


 それがオレが今おかれている状況を探る手掛りになるはずだ。


 ここが仮想世界なら確実にどこかに綻びがある。

 異世界一つを矛盾なく創れるわけがないのだ。

 

 ここがASVRの創りだした世界でも、感覚的矛盾はごまかせても論理的矛盾はごまかせない。


 具体例をあげるなら、水の流れる手触りや水しぶきの一つ一つを実感として与えられても、流通システムや生産と消費システムなど社会的インフラの欠如などを矛盾と感じさせないことはできないということだ。


 これが現実にあるものを再現するのなら、都市データなどを取り込めばできるだろうが、魔法と怪物の異世界などはまず無理だ。


 ミスリア・オルアーンの実在を証明していく過程でそれらの矛盾を見つけられるだろう。


 オレは、ぐったりとソファーに沈み寝息をたてている女を見ながらそう考えていた。


 

 する手段として知識を悪用してきた二千年以上もの昔から、知られてきたことだ。


 冷戦時代のスパイやテロリストによる洗脳教育に世界中の人権後進国で作られる少年兵士達、これらはなにも自称先進諸国のプロパガンダの産物のみではない。


 ゆとり教育が現実を見ない故の罪ならば、それは理想を見ない故の罪だ。


 他人を道具としか見ず、いつしか自分自身も手段になり果てる。


 オレは、そんな連中になるのも、そんな奴らの駒になるのも御免だった。


 それに、本当にそれだけで済んでいるとは限らない。


 勝手に知識を増やされたのなら、知らぬうちに知識が消されていないと誰が言える?


(オレがもうオレではないとしたら……)


 自分が自分でなくなる恐怖。


これは確固たる自我を持たない子供や知らない間に洗脳されてしまった人間には解らない恐怖だろう。


 オレは、そこで無理やり思考を切り一つ息をついた。


 存在意義と自己認識に対する自傷行為など正しく全てにおいて意味がない。


(今は尋問が先決だ)


 恐怖の反動でふつふつと巻き起こってくる憤怒を押さえ込みながら、オレは思考を切り替える。


 恐怖も怒りも飼いならすもので溺れるものではない。


 まず情報収集ついで状況判断そして行動指針、それがセオリーだ。


 そして今は情報収集中だ。

 では、やるべきことは?


 やるべきことは決まっている。


 オレはまだ荒い息を吐きながらとろんとした瞳を宙にさまよわせている女を見た。


「じゃあ、まずは名前だ。 名前を教えて」


 そしてゆったりとした発音でやさしく、いつのまにか覚えていた言語でそう問いかけた。


 ティーレル語と呼ばれるリアルティメィトオンラインの人工言語で。


 極限までリアルさを追求したリアルティメィトオンラインでは共通語として言語と文字が設定されている。


 それがティーレル語だ。

 数十人の言語学者が共同して作った言語で、当時このMMOが配信されていた九ヶ国語を基に数年前作られたらしい。


 それに対してプレイヤーの使う各国言語は古代言語で冒険者達の間だけで使われる言語とされていて、ティーレル語をスキルとして持っていないと‘思念伝達の腕輪’を持っていないNPCからはクエストが受けられないという凝りようだった。


「ミス……リア」


 幼少時に覚えるはずの第一言語を、あるはずのない人工言語としている女は蕩けきった声で答えた。


「ミスリアか ミスリア、苗字は何?」


「オル……アーン」


「ミスリア・オルアーンだね?」


「はい」


 今度の仕事の為に調べたとはいえ、リアルティメィトオンラインの公式設定は多量で、しかも日々それは有志によって増え続けている。


 それを全て覚えるのは不可能に近い。


 それでも数千以上いるNPCの中で人気の高い名前だったので覚えていたそれは、予想通りというか‘水晶のアルケミスト’の名前だった。


 だがAIに催眠がかかるわけはない。


 とすればどういうことだろう?


 ミスリア・オルアーンという‘水晶のアルケミスト’と同姓同名の女なのか。


 ミスリア・オルアーンと名乗ったのは、催眠にかかっているふりをしているからか。

     

 ミスリア・オルアーンだと催眠暗示による刷り込みをされているからか。


 同姓同名の女は、まずないだろう。


 ミスリア・オルアーンは実在する名前とは言いがたい。


 催眠にかかっていない可能性はある。


 催眠誘導に使った日本語にこの女が答えたことから、可能性は低いが第一言語が日本語でなければ0ではない。


 刷り込みは一番可能性が高い。


 すでに暗示にかかっているかどうかは調べていないからだ。


 オレはそれを確かめる為、再度‘気’を彼女に練りこんでいく。


 さっき以上に濃密にそして細心にミスリア・オルアーンを蹂躙しなければならない。


「んんっ!!」


 途端にとろけていた肢体にびくびくと震えが走る。


「あっあ゛ああっ!!!」


 力なく振られる首を固定しその色づいた耳元で囁く。


「いいこだ その感じを受け入れて 今度はさっき以上に気持ちよくなるよ」


「いや……ああっ♥……ぃやああんっ!!!」

 未知の快楽に脅えていた声がすぐに甘い声に変わっていった。

「や♥……ぁあ♥……。ダメ! だあめ~!!!」


 身体中に走っていた細かい震えが痙攣にかわり、彼女は細いのどをのけぞらせた。


「ダメじゃない。 気持ちよくなっていいんだ」


 快楽に塗りつぶされ何も聞こえなくなっているだろう耳元で声に‘気’をこめて響かせる。


「っ!! っ゛っ!!!」


 長い長い絶頂の中で涙と汗と唾液まみれになった彼女の貌はそれでも綺麗だった。


 そうしてオレは数十分かけて‘気’による快楽と催眠を使って心理障壁をすべて剥ぎ取りながら、失神と覚醒を繰り返す彼女に尋問していった。


 彼女が誰を大切に思っているかを知り、その誰かになりすまし。


 彼女自身が誰にも知られたくないと思っている恥ずかしいことを思い出させ。


 彼女自身の依る辺となっているものを揺さぶりその隙間につけこみ。


 そこまでして判った事は、彼女がミスリア・オルアーンとしての人生を歩んできた事と、彼女がこの世界をティーレル語でいう世界を表す‘ルアレ’と認識している事。


 つまりは、リアルティメィトオンラインの世界で生きる‘水晶のアルケミスト’ことミスリア・オルアーンこそが自分だと思っていること。


 そして彼女が人間であり、催眠などによる暗示にもかかっていないということだった。


 考え得ることは三つ。


 彼女は完全に基の人格を消され、ミスリア・オルアーンとしての人格を与えられた人間か。


 ミスリア・オルアーンの人格と人間としての生理的反応まで持ったAIか。


 オレ自身が狂っているのかだ。


 ミスリア・オルアーンは架空の人物のはずだ。


 それは、ミスリア・オルアーンは存在しないということだ。


 では、自分のことをミスリア・オルアーンと信じ、ミスリア・オルアーンの記憶を持った存在はなんと呼ぶべきなのだろう。


 彼女の記憶が真実かどうかを調べるために、オレはミスリア・オルアーンが久しぶりに旧知の人々に会うために旅に出るので雇われた護衛という認識を彼女に植え付けて作業を終えた。


 オレが妄想の中でこの行為を実在の人間に行っているのならひどい話だ。


 一人暮らしの女の家に押し入り、殴って気絶させたあげく意識のない女に催眠支配と快楽による拷問をくわえる。


 まさに気狂いざただ。


 彼女がオレを拉致した人間の共犯者ではなく、オレと同じ被害者でもそれは同じだ。


 たとえ彼女がオレを拉致した人間だとしても立派な犯罪だろう。


 オレがやっているのは、そういうことだった。


 オレは後味の悪い想いと疲れを感じながらソファーのそばを離れ、椅子に座った。


 肉体的な疲れではない精神的な疲れをふりはらうために目を閉じて天井を仰ぐ。


 彼女がミスリア・オルアーン以外の誰かだったならば。


 あるいはこれが彼女が望んだことだったなら。


 オレはそれらの思いをふり払い、目を開いた。


 後悔はしない主義だ。


 未練や感傷なんてものは女子供にまかせておけばいい。


 今、オレがやるべきことはミスリア・オルアーンを探すことだ。


 それがオレが今おかれている状況を探る手掛りになるはずだ。


 ここが仮想世界なら確実にどこかに綻びがある。

 異世界一つを矛盾なく創れるわけがないのだ。

 

 ここがASVRの創りだした世界でも、感覚的矛盾はごまかせても論理的矛盾はごまかせない。


 具体例をあげるなら、水の流れる手触りや水しぶきの一つ一つを実感として与えられても、流通システムや生産と消費システムなど社会的インフラの欠如などを矛盾と感じさせないことはできないということだ。


 これが現実にあるものを再現するのなら、都市データなどを取り込めばできるだろうが、魔法と怪物の異世界などはまず無理だ。


 ミスリア・オルアーンの実在を証明していく過程でそれらの矛盾を見つけられるだろう。


 オレは、ぐったりとソファーに沈み寝息をたてている女を見ながらそう考えていた。


 

 

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