第727話 第3章 1-1 竜の世紀をゆるがす大罪

 第三章


 1


 旧聖地にして神聖都市国家ウガマールの奥院宮おくいんのみや、バスクス研究所の二階、カンナとレラの生まれた場所……。


 うす暗い花崗岩造りの殺風景で広い部屋に、石棺のようなものが一列に六つ並んでいる。


 ほとんどの石棺は空で、底に土ぼこりが積もってた。これは、南国ウガマールは木窓なうえ暑いときは開け放つため、砂漠の砂や土埃が容赦なく室内へ舞うためである……。


 赤竜のダール、アーリーは何度この研究室に足を運んだことだろうかと、にわかに考えた。が、もう思い出せない。この五十年間で数百回はここを訪れている。先のカンナとレラの神技合かみわざあわせによる激しい戦いの後、クーレ神官長は死んだ。従ってバスクス製造から始まるウガマールによる竜世界解放計画を当初から知る人物は、アーリーだけになってしまった。


 一人の狂人の戯言に端を発する無謀で壮大な計画に、アーリーは乗った。そして、それは達成されようとしている。犠牲は大きかった。実際にバスクス製造が始まった約三十年前より、カンナとレラが誕生……いや、完成するまでに死んだ才能ある少女は、九十人に近い。その少女たちの魂の重みを、アーリーは背負っているつもりだった。


 (いや……)


 アーリーは端の石棺の薄いブルーの液体に横たわる全裸のレラを見つめ、その赤い眼を細めた。


 (私は……何もわかっていない……この子たちの思いも……自らの罪も……何をなすべきかも……)


 自分が何のためにこんなことをしているのか、時折分からなくなる。なぜ自分は普通のダールとして生きなかったのか。なぜ世界を変えるような大それたことに手を染めているのか。わかっているつもりで、何もわかっていない。


 「そうだ、アーリー。おまえが背負っているのは希望じゃない。連綿と続いてきた竜の世紀をゆるがす大罪だ」


 カツン、カツンと杖を突く音がして、盟友の……いや盟友だったアートが現れる。

 「これは、枢密司教兼大密神官様」


 それはかつてクーレ神官長とウガマールの覇を争っていたムルンベの役職だったが、いまはアートがその任についている。ムルンベは、クーレ神官長亡き後、正式に神官長となっていた。


 「なんとでもいいやがれ」

 アートも、調整槽の中で深くねむるレラを見下ろす。

 「もう、二十日近い」


 新鮮な水を補給し続け、アーリーの指示により博士たちによってレラの再調整は順調に進んではいたが、レラの目覚める気配はなかった。


 「大変な遅れだ。アーリー、間に合うのか」

 「わからん」


 「カンナが先に……何竜かは知らないが……竜神と戦ってしまえば、どうなる?」

 「死ぬだろうな」

 アートが目をつむる。聴かなくともわかりきっていることだ。


 「だが、レラの存在価値と戦力は大きい。レラと私がカンナを補佐すれば、あるいは……」


 「勝てる見こみはある……と」

 「いや……」

 アートがアーリーの横顔を見つめる。


 「あと数人、ダールが欲しい」

 「数人……当ては?」


 「無ければ、最初からレラの再調整などしない」

 「フン……」


 どうせ、マイカと、ホルポスあたりだろう……アートはそう思ったが黙っていた。ホルポスは助太刀に現れても子供だ。また、カンナとの戦いでガリアの力をかなり疲弊していると聴いている。戦力になるのかどうか。


 そしてマイカだ。あの岩牢は内側からマイカの超重力の力で固定されており、何人たりとも破壊することはできない。マイカが都合よく自ら目覚める確証があるのか?


 「マイカが目覚めなければどうする?」

 「いやでも目覚めてもらう」


 アートがまたアーリーの端整な横顔を見やる。そして、その視線を追って再びレラを見た。


 「なるほど……レラの超重力の力をぶつけ、強制的にあの岩牢を破壊するか……」

 そんなことができるのか。そして、できたとして、だ。


 「マイカが従う確証は無い」

 「そうだ」

 アートの顔がゆがむ。


 「お前の計画は全てそうだ。行き当たりばったりで、無責任だ。確証の無いことばかりやってきている」


 「だが、そうでしか、この計画は前に進まない。前例も無ければ、確実な手立てもない」


 アートが左手で顔をおおった。

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