第725話 第2章 7-1 地震、そして……
さすがにカンナ、心臓がこれまで感じたことのないほど高鳴って、目眩がし、がっくりと両手と両膝をついて喘いだ。
「カフッ……!」
視界が一瞬真っ暗になって、意識が遠のき、息が詰まった。胸が苦しい。背中が痛い。頭痛もすさまじい。
(これは、まずい……!)
自身の体調の異変を敏感に感じる。無理をすればどうというレベルではなさげだ。こんな心臓や頭、背中の痛みは、これまでどんなに疲労困憊しても感じたことはなかった。
チラッとガラネルを見ると、尾根道から少し外れた笹薮に立ったままガリアの銃を肩に担いで、にやにやしてこちらを見ている。
(チッキショッ)
カンナは膝に手を当て、無理に立ち上がった。目眩がし、また意識が遠のくが気合で保つ。
「負けるかあッ!」
一声発して、カンナは前へ進んだ。
だが、走ることはできなかった。走ろうとすると自動的に足へブレーキがかかった。身体が走ることを拒んでいた。仕方なく小走りに近い感じで歩いた。もう、岬の向こうの湖面に小さな島が見える。ライバが預かった密書には、デリナの情報としてあそこで神を降臨する儀式が行われる。その儀式を逆手にとって、一度開いた神代の蓋を逆に永遠に閉じてしまう。そのために自分は生まれ、そのために旅をし、そのためにここへ来た。
もうすぐ……もうすぐ小島だ。
そのカンナ、揺さぶられて豪快に地面へ倒れ伏した。
誰かに押されたのではない。
地震だった。
ピ=パ島全体が、天変地異でもおきたがごとく、揺れに揺れた。
7
もとよりホレイサン=スタルは火山地帯なため、地震が多い。直下型地震は聖地を湖ごと揺るがし、津波が発生して聖地や対岸の宿場を呑みこんだ。その前に、家屋という家屋は全て倒壊した。聖地の周囲の町や村々、城もしかりだった。地方の出城は石垣ごと崩壊し、櫓が倒壊した。膨大な波が島と対岸を反射して往復し、とんでもない高さの津波が周囲を襲った。
地震は一部ガラン=ク=スタルも襲い、またホレイサン皇都の城や宮殿の一部、市民の家屋が崩れたという。
地震はしかも、納まらなかった。
「な、な、なあ……!?」
生まれて初めて地震を体験したカンナ、訳が分からぬ。何者かの、新しいガリアの攻撃かと思った。自分だけ揺れている、と。
地震は納まるどころかさらに縦揺れが加わり、島の切り立った崖の一部が崩れて湖へ土砂や岩が落下した。地滑りが起き、特に扇状地のピ=パの町が膨大な土砂崩れに襲われ、ただでさえ地震で崩れて、津波に呑まれた上に土砂が襲いかかった。ディスケル皇太子のいた迎賓殿も、跡形も無く崩れて土砂の下に埋まる。
そして、ついに、地盤が沈下し始めた。揺れながら、島が沈みはじめる。
地割れが生じ、底の抜けた島の尾根が砕け、地面が裂け始めた。地下空洞が陥没したかのように島がバラバラに割れて湖面へ沈みだす。いや……島の周囲に断層のズレが生じ、湖水がそこへ滝のように吸いこまれ始める。津波で流出した瓦礫や人間が、容赦なく呑みこまれてゆく。
このまま、島が崩壊して湖の中へ消えてしまうかと思いきや……。
沈下がピタリと納まったと思いきや、逆に盛り上がり始めた。まるで、いまにも噴火が始まるかのようだ。とうぜん、一瞬だけ納まった地震がさらに大きくなった。
カンナはもう声も出ず、仲間の心配をする余裕すらなかったが、地響きに混じってガラネルの哄笑が絶え間なく響き渡っているのだけはなぜか気がついた。
「…………!?」
あまりの揺れと、にわかに吹きつけてきた強風によってそのガラネルを確認することもできなかった。
だが、忽然とそれらの全てが収まって、カンナはパニック状態のまま、気配に気がついた。
島は幾つにも分断され、沈み、あるいは浮かんでつい先ほどまでの姿を全くとどめていない。地割れと洪水が同時に起こって、山は崩れ、岩盤は盛り上がり、高温の蒸気や熱水が噴出し、まさに地獄が現世へ出現したようだった。上空は雲が低く垂れこみ渦巻き、神でも降りてきそうな雰囲気……いや……。
「…………!?」
チンダル現象の光柱が雲間より幾つも降り注ぐその中に、ぽつんと小さな、ゴミみたいな影がある。
それがゆっくりと降りてくる。
カンナは背筋がゾワゾワした。
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