第682話 第1章 4-3 皇太子と皇子の密会

 今回の旅の皇太子近習の一人である近衛長がつぶやく。三十代後半の凛々しい人物で、東宮警護の責任者だ。スティッキィとライバは即座に理解した。


 「裏があるってえことね」

 「異邦人は表でも無理だ。いや、ホレイサン=スタルに入ることすら、な」

 「そうでしょうね」


 ここまでの厳重に厳重を極めた警備は、旧帝国~連合王国内であったら街道はフリーパス、出入りもほぼ自由のサティラウトウ都市国家群では想像もつかないほどの規模と数だった。三日間で関所だけでも五つあった。それも皇太子はフリーパスかと思いきや、形式上でも取り調べがありいちいち行列が止まった。特に荷物と人数確認は厳しく、一回に最低三度は数えられた。そのわりに、完全な異人種であるカンナたちは、顔もチラ見だけで数の内に入っていれば問題ないのも不思議だった。


 「何を確認してるのかしら!?」

 「この行列に入ってしまえば、あとは人数だけみたいだよ」

 「変な習慣ねえ」

 ライバに云われ、スティッキィは呆れた。それでいいのだろうか。


 「ま、いいんでしょおね。そのおかげでこうしてあたしたちも、ね」

 「皇太子さんの身分保証が、それだけすごいんだろ?」


 三人とも三階建ての御座船ござぶねへ乗る。ゆっくりとオールが漕がれ、船は静かに進んだ。キールの無い平底船で、大型のわりにけっこう揺れる。すぐさま島へ着き、板が渡されて大きなみなとへ上陸した。皇太子は既に輿へ乗り、輿のまま仮設の休憩所へ入っている。仮設といっても御殿だが。


 全員の上陸が終わると初めてのぼりがはためき、皇太子の輿も休憩所から出て行列が前へ進んだ。


 「わあ……」


 初めて見る独特の街並みにカンナは興奮した。背の高い島の山々があって、そこから広がる扇状地に聖地が建設されている。それほど広くないため、建物が密集している。高い塔はホレイサン様式だが古代文明の名残を残しており、円錐形のものや楼閣、五重塔などが入り混じった不思議な景観をしていた。スティッキィとライバも珍しげに周囲を見渡し、三人はしばし観光気分を味わった。湖の中の島だが温泉もあるという。


 そのまま一刻ほど大通りを歩いて、一行は山のふもとの巨大な迎賓殿へ入った。


 そこで、表向き皇太子は十日ほど滞在し聖地の審神者さにわへ皇帝よりの親書を渡して神と神の声について講義を受ける。


 「だが、もしかしたら竜神降誕の儀に付き合わされるかも知れん」


 奥の奥の部屋……皇太子の私室で、カンナたち三人と皇太子が寛いで打ち合わせをする。調度品などがディスケル風の設えだが、室内で靴を脱ぐホレイサンのスタイルもあって少し不思議な部屋だった。一行は既にカツコ宿での滞在でその習慣に慣れている。


 「そんな場所に殿下がいらっしゃったら、危険では? その……」


 スティッキィがカンナをちらりと見た。おそらくカンナはこれまでで最も「本気」を出して戦うだろう。最終決戦なのであたりまえだ。自分たちとて、無事でいられるかどうか。


 「向こうも分かって、余を人質とするのであろう」

 三人が息をのむ。


 「それもあって、内通者と落ち合うことになっている」

 皇太子がニヤリと笑い、ホレイサンの緑茶を飲んだ。これはこれでうまい。


 「内通者!?」

 「と、云うても、聖地の人間ではない。だが聖地内にも賛同者がいるようだ」


 「それは……どういう理由で……聖地を裏切るのでしょうか?」

 ライバの疑問はもっともだった。


 「いろいろと想うところがあるのが人間だ……余とて、聖地と帝国にしてみれば裏切者。帝国と共に竜の世を終わらせる幇助をしているのだからな」


 「それはそうでしょうけど……」

 「聖地にも、このままでは竜と共に人は滅びると考えるものがいるのだ」

 皇太子はそれから何も云わなくなったので、三人とも何も聞かなかった。


 翌日。


 迎賓殿をお忍びで訪ねて来る者がいた。豪奢な建物だが人里離れており、山間にあって警護が厳重だった。皇太子を護る反面、監視も兼ねている。その警護網をかいくぐり、二人はと庭に現れた。


 くるの皇子みこことアチメ=ナムヤ皇子とアラス=ミレ博士である……。


 ホレイサンと聖地の警護官をどのようにしてすり抜けたものか。二人はまたも灯明のみを二つ、鬼火のように光らせて漆黒の庭を歩いてきた。


 その二人を出迎えるものがいた。闇にたたずむのは誰あろう、ディスケル=ドゥ=ハウラン皇太子その人だ。供も連れず、ただ一人で立っている。


 「お初にお目にかかります。アチメ=ナムヤと申します」

 ミナモがきれいな宮廷ディシナウ語で云い、深く礼をした。

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