第627話 第3章 1-1 ディスケル=ドゥン=ハウラン皇太子

 「聖地とやらについたのお!?」

 目を回したスティッキィ、しりもちのまま周囲を見渡す。


 「残念ながらここは聖地ではない。碧竜へきりゅうの鍵を持ち、黄竜こうりゅうの力でそれを遣う者よ」


 えっ!? と、三人が若者を見た。

 「え、ええと、その……オホン……あなた、誰?」

 「余はディスケル=ドゥン=ハウランという」

 「本当に言葉がわかるわあ。すごいわね、あいつ……」

 「それより、ここはどこでしょうか?」


 ライバが立ち上がって若者へ向かった。が、着ているものが見るからに、かなり地位が高そうなものなのであまり近づかなかった。


 「其方たち、聖地へ向かうのであろう? 来月、余は聖地へ新書を届ける任がある。それへまぎれて向かうと良い」


 「なんですって?」


 「ふむ……君はかなり見目麗しいから、余の後宮こうきゅうへ入って身を隠すと良い。残りの二人は、お付きのものということにしておこう。特に……竜眞人りゅうのまひと殿は、そのほうが良い」


 ディスケル=ドゥン=ハウランが顎へ手を当て、にやっと笑ってまだぺたんと床へ尻もちのままでいるカンナを見た。


 「すみません、云っている意味が……ここはどこで、貴方はどなたなのですか?」

 カンナがきょとんとしたまま放心しているので、またライバが質問する。

 「そうか、そこからか」


 まだ幼さの残る笑顔から目を丸くし、ディスケル=ドゥン=ハウラン皇太孫が手短に説明をはじめた。


 「余は第九代ディスケル=スタル皇帝ディスケル=ケウランが孫のディスケル=ドゥン=ハウランぞ。父は……余が幼いうちに亡くなられたので、陛下の養子となり、皇太孫であり皇太子でもある。歳は二十一だ。妻は三人。残念ながら子はまだ無い」


 三人が、見合う。皇帝?

 「あの、ここは……」

 「帝都ヅェイリンである。そしてここは宮城きゅうじょう神山最上部の、竜泰斗殿よ」


 「聖地からは、遠いのですか?」

 「飛竜で六日、陸竜では半月少々といったところだな」

 「そんなに……なんで、こんなところに出てきたんだろう?」

 皇太子がまた目を丸くする。


 「何も聞いておらぬのか。彼の者に」

 「え、ええ……とにかく、急げって……時間がどうとか、なんとかとか……」

 皇太子はうなずいた。


 「いちおう、本物に会ってきたようだな。だが、ちと急ぎすぎた。目的の時はひと月後よ」


 「だからあ」

 スティッキィが口をはさむ。


 「どうしてここでひと月も待ってなきゃいけないのよお。そんなに、私たちだけで聖地へ向かうのが難しいのお?」


 「そうだな……」

 皇太子が口をとがらせ、どのように説明しようか思案した。


 「そもそも、異国人は足を立ち入るのも許されぬ国もある。騒動は避けられぬ。案内と通行の保証が無くば、まず無理であろう。悪いことは云わぬ。余と共に参れ」


 三人がまた顔を合わせる。少し離れ、手早く密儀した。

 「わけわかんない」


 これはカンナだ。皇太子の話ではなく、状況そのものが分かってない。二人は無視した。


 「皇太子ってえらいのお?」

 「それはそうだろ」

 「むかしの連合王国の王子くらい?」

 「ちがうね、サティラウトウ帝国の跡継ぎくらいでしょうよ」

 「それって、とんでもないんじゃないのお!?」

 「おなかすかない?」

 「私見だけど、ここは云うことをきいておいたほうが……」


 「でも、後宮って、あいつの側室がいっぱいいるとこでしょお!? 知ってるわよ、あたし。歴史を習ったんだから……あたしにあいつの妾になれってえのお!?」


 「子供を産んだら、すごい権りょ……冗談だってば」

 「きょうはもう眠い」

 「あいつの狙いがわかんないなあ」

 「それを聴いて、判断しよう」

 代表して、ライバが前に出る。


 「ええと……呼びかけは……殿下……でしたっけ。ええ、殿下は、どうして我々が来るのを分かってたんですか? そして、どうして我々を捕らえずに、そのような申し出を? 何が狙いですか?」


 皇太子の顔が、笑顔ではあるが厳しい眼つきとなる。

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