第596話 第1章 2-5 フローテル

 「村はまだ先だ。合流地点がそろそろだ」

 マジか。マレッティは目をむいた。


 仕方なくそれから一刻ほど歩き、到着したのは、大きな岩の神像めいた石柱がやや傾いて苔むし、こんな森の奥の奥に突如として現れた丘の上だった。


 「ほう……」


 パオン=ミが興味ぶかげにその神像をみつめた。この世界、竜以外の神は無いに等しい。その竜神ですらサティラウトウ文化圏では飾りに等しく、ウガマールのみ本来の神の姿の命脈を保っている。ディスケル=スタル文化圏では、まだ信仰が厚い。


 従って、このどう見ても人間の姿を象っているであろう神の像と思わしき石柱は、かなり異端かつ古代神の名残と思われた。


 「こんなところに、こんなものがのう……」


 「これは、いまやフローテルの神だ。森の神らしい。百年ほど前に、こちら側へ移動してきたフローテルが発見した。いつからここにこうして立っているのか……誰にも分からない。だが、竜神が本当にこの世を飛び回っていた神代のころ、竜と戦った一部の人間が英雄として崇められたと考えられる……竜に支配されるのを良しとしなかった人間の一部が、その英雄を神として崇めていたのだ」


 「それは、もしや……」

 「そうだ」

 シードリィの顔が、ひきしまっている。

 「ガリアムス・バグルスクスだよ」


 パオン=ミは震えてきた。この大きな石の柱に、腕を胸の前で組んだような男性が素朴に掘られている。神話の時代に世界に何人かいて、世界各地において竜神と戦い、時には竜神を救い、結果として竜神の支配を大きく後退させたという英雄神ガリアムス・バグルスクス。それは職名や総合名のようなもので、実際の個人名は既に失われ、伝わっていない。そのため、地方によっては複数人の逸話が一人の神話として残っている場合もある。


 それを現代に再現しようとしているのが、カンナやレラなのだ!


 考えてみれば、大それたことである……パオン=ミですら、そう思う時があるのは否めない。そもそも、カンナやレラは頼んでそのような存在になったわけでもないし、頼まれてなっているわけでもない。気がついたら不本意ながら人体改造され、不本意とすら思わせぬよう精神を調整されているに等しい。しかも、いま、かろうじて残っている数少ない竜神を完全に神代へ封印し……つまり、信仰を滅ぼしてしまうために造られた。その後、当時はこのように異端だったガリアムス・バグルスクスの信仰を世界へ定着させるために。彼女たちは、任務遂行の後、竜に代わって神とならなくてはならない。


 そのようなことが、神の摂理として、許されるのだろうか?

 (だが、我は、部品だ……部品は何も考えてはならぬ)

 パオン=ミは、あえて心を閉ざす。

 「で、いつフローテルは来るのだ?」

 「もう、来ている」


 シードリィが云うや、毛皮の衣服を着た中背の男女が数人、気配も足音も無く出現した。みな亜麻色や金髪の髪をし、泉のように澄んだ蒼い眼で、すっきりしているが堀の深い、マレッティそっくりの顔だちをしている。


 マレッティが驚いて目を丸くした。


 と、いうのも、みな自分にどことなく似ているのもそうだが、その中の一人の女性が、カルマ第四のメンバー、モールニヤにそっくりだったから。


 だが、本人ではないのもわかる。もしや……。

 「私の仕事はここまでだ。あとは、よろしく頼む」


 シードリィは、ずっとストゥーリア語を話している。そのまま挨拶も無しに、まさに動物めいた素早さで藪の奥へ跳んで行ってしまった。


 「なによ、あいつ」

 マレッティが呆れる。

 「ここからは、私が案内と、通訳をしよう」


 そう、ストゥーリア語で手を上げたのは、誰あろう、そのモールニヤにそっくりの女性だった。特に太陽が照っているわけでもないのに、やけにその眼が光を反射してキラキラ光っているように見える。そして、その光を見ているとなにやら催眠をかけられているような……その言葉へ従ってしまうような、不思議な安堵感があった。


 「あんたは、誰なのよお」

 「私は、モールニヤの姉のドゥイカだ。妹が世話になっている」

 やっぱり! マレッティは心中でうなずいた。ドゥイカは微笑みをうかべ、


 「……貴女はマレッティだな。私たちとほぼ同族だ。歓迎する。もちろん、そちらのお二方も客人として遇する用意がある。ただ、聖地までの案内の報酬は金ではない。ま、そこは、村で話そう」

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