第582話 第3章 6-2 再調整
近くの瓦礫の下から、血を流したムルンベがなんとか石をどかして現れる。血でふさがった片目を閉じ、笑いが止まらない神官長を見据えた。
「カンナが、カンナが、カンナが! この世界の新たな神となるのだ!! 崇めよ、カンナカームィを! 竜の神は滅びる!! 竜の時代は完全に終わり、人の時代となるのだ!!」
「く……狂っている!!」
ムルンベの顔が引き
「ハーッハハ、ハッハハア! そうだ、カンナよ、世界を救世せよ!! ガリウスの救世者よ!! ウワハハハハァ!!」
のけ反って笑う神官長はしかし、純粋に、世界の神を自らが入れ替える宗教的喜びに徹していた。そこに、自分が新たな宗教世界を支配するなどと云う俗な望みは一切ない。ムルンベにしてみれば、それが狂っている。狂信者だ。
「ウワッハハハハハ、ハ……!」
ムルンベは、自分がいま何を見ているのか、にわかに理解できなかった。
大きな背の神官長が、両腕を開いて笑った姿勢のまま、固まった。
その胸から、鋭利で長い漆黒の刃物が突き出ている。
刀が背中より引き抜かれると、神官長は前のめりに崩れ、そのまま瓦礫の隙間に沈んで動かなくなった。
「ハアーッ、ハアーッ!!」
荒い息で黒刀の柄を握りしめているのは、レラだった……!!
がっくりと瓦礫の上で膝をつき、眼も片方が血のりで固まって、その力の全てを遣いつくしたような疲労困憊の様子だが、黒刀を杖にガクガクと立ち上がって叫んだ。
「チックショオオオオアア!! ムルンベえええええ、どおおこだああああ!!」
凝視していたムルンベは、あわてて瓦礫の陰へ身を隠した。
「おおおお前も殺してやるううううううう!! 出ええてこおおいいいいいい!! みいぃんな殺してやるうううあああアア!!」
だが、ガリアの力は微塵も出現しなかった。重力も、風も、青い稲妻も……。
「殺して……ころおお……!!」
声も出ない。息だけが、過呼吸となってレラを戒める。
アートが何とかレラの元へ近づこうとしたが、足元が悪すぎる。神官戦士たちが止めようとするも、それを振り切る。だが、全く進まないし、無理をして転びかける。その腕をガッシととったのは、
「……アーリー」
さすがのアートも驚いて目を見張った。アーリーも疲労の色を隠さない。ずっと密林を踏破してきたのだ。
「あれが、レラか……」
話には聞いていたが、初めてレラを見たアーリーが眼を細める。そして、ゆっくりと閉じだした
「アーリー、行け、レラはオレにまかせろ」
「いや……」
アーリーは、声も出ずに岩の上で膝をついて苦しげにカヒュウ、カヒュウと喘ぐレラへ向かって歩き出した。跳びながら、大割の岩石と土砂の上を進む。
「おい、何をする気だ! いいから、カンナの後を追え!」
「もう間に合わん」
アートが、神代の蓋を見やる。確かに、急速にその裂け目が閉じだす。この距離であれば、走っても無駄だろう。
だからって、どうするというのか!?
「アーリー! おい、このやろう!」
アートも続こうとして、杖が滑って転んでしまった。お付きがいっせいに寄ってきて助ける。
「アーリー!」
アーリーはたちまち、レラの元へ到達した。
レラが、その気配に気づき、アーリーを見上げた。蒼天の眼と、深紅の眼が交差する。
「……お……まえ……も……りゅ……う……か……」
かすれ声で、レラが云った。その黒刀をブルブルと持ち上げ、アーリーへ突きつける。
「そうだ」
アーリーは優しく、そして強く、火の気をこめた掌打でレラの首筋を打った。レラは一撃で深く気を失い、ガリアも消えた。アーリーは倒れ伏したレラを抱き上げると、アートの元へ戻った。
アートの表情は、怒りを越えて憎しみに歪んでいる。
「……おい、レラをどうする気だ」
アーリーが、決然として答える。
「再調整する」
「再調整はオレがする。レラを返せ」
「いまさら
「アーリー!!」
アートが、お付きの神官戦士の肩へ手をやり、右手の杖をアーリーへつきつけた。
「お前の考えなどお見通しだぞ、このカンチュルクの策士め! レラならば、また神代の蓋を開けることができるかもしれない! いや、レラしか再び開けることはかなわないだろう! 手なずけたレラといっしょに、聖地へ向かうか!?」
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