第551話 第2章 8-2 火草竜
ウォラならば心配は必要ないだろうが、油断はできない。ウォラのガリアは間接的に戦う特殊なものだったから、数や超主戦竜級で押されたら苦戦するだろう。早く合流するにこしたことはない。
「分かった。引き続き、ここを頼むぞ。モールニヤの指示に従え」
アーリーはもう出て行こうとしたので、管理人は驚いて、
「アーリー様、少しお休みになられては!?」
「いや、いい。そんな暇はない!」
振り返りもせずに通りを行ってしまった。管理人がそれを見送り、いったい何が起こっているのか不安で胸を押さえた。アーリーとはもう会うことは無いと感じ、急に涙が出てきて止まらなかった。
ラズィンバーグを出てその足で台地の街道を南へ行くが、台地をおりてしまわない。道を外れ、スネア族の集落へ向かう。スネア族の村は開けた草原地帯にあり、アーリーの姿は丸見えだった。
見張りが台の上より伸びる草中の一本道を大股で走るアーリーを発見するや、転がるようにして村へ戻り、族長のカノウスへ報告する。カノウスもいきなりアーリー本人が来るとは寝耳に水だったのでお茶を吹き出して立ち上がると、あわてて集落の入り口まで出迎えに走った。そのときにはもうアーリーが到着し、村人たちに囲まれている。
「アーリー様!!」
「おお、カノウス!」
アーリーはとびきりの笑顔を見せた。
「久しいな。何年ぶりか。大きくなったじゃないか」
カノウスは子供のころからアーリーを知っており、おもわず抱きつきたくなるのをこらえ、深々と一礼をするとかたく握手する。
「四年ぶりです、アーリー様」
「さっそくだが、旧交を温めている間はない。
「もちろんです」
裏手の杜へ隠してある竜を、さっそくアーリーに鍛えられた
カンチュルクには、グルジュワンと同じく主戦竜が三種類と超主戦竜が一種類いる。それぞれ細かくは亜種が別れていると考えられているが、まとめて呼ばれているのも同じである。
火草竜はすらりと足の長い猟犬めいた竜で、体高は四十キュルト以上、すなわち四メートル以上もある。真紅の短い毛におおわれ、鼻面も精悍で後頭部より伸びる角は短い。頭がよく、人に慣れるため古くからカンチュルクでは調教してきた。背びれが少なく乗りやすいというのもある。尾は馬のように美しくたなびく。その名の通り、猛烈な炎を吐くので高名だ。反面、格闘能力は低い。背の高さや角の大きさなどで、四種類ほど亜種がいるとされている。
二種類目が紅葉めいた大きな翼が特徴の、緋色の飛竜である赤雲竜だ。アーリーは、元はこれを駆る竜騎兵だった。なにより長距離飛行に長け、かつ戦闘では高速を出す。カンチュルク軍の斥候と先鋒を担っている。細かい旋回などは苦手だが、一撃必殺、一撃離脱となるとこの竜の独壇場だ。火の塊を吐き、猛烈な燃焼爆発を起こす。もっとも、バスマ=リウバの空戦竜は同系統の飛竜類の中でも別次元にある。
またカンチュルクでは、もともと主戦竜の一種であった草食の
さて、真紅の怪物である大王火竜こそがカンチュルクの超主戦竜かと思われがちだが、あれは黒竜の国グルジュワンの竜だった。それは、どうしてそうなのかは自然のすることなのでよく分からない。
カンチュルクの超主戦竜種は、立派な翼のある火草竜といった姿の、
さて、よく躾けられた火草竜へ鞍も無くまたがり、アーリーは目立たぬように街道を外れ、疾走した。その速度はまさに火が風に乗って草原を走るがごとく。一般的に馬もいなくなったこの時代の人々にとって、眼にもとまらぬ。サラティスへ近づくにつれ目撃される可能性は高くなるが、されたところでこの速さでは、並のガリア遣いたちにはどうすることもできないだろう。竜たちは大平原に点在する森や給料を伝ってサラティスへ現れるが、アーリーは一直線に街道の南部をつっきった。いちおう、サティス内海と街道との間を走る。海と街道の距離は平均して数ルットあるので、街道を行く人々に発見されたとて、遠くて何が走っているのか分からないと思われる。まして、ここらでは火草竜はたいへん珍しく、見たことがない者がほとんどだ。謎の生き物? が、ただ突っ走っているだけにしか思われないとアーリーは観ていた。つまり、退治のためにガリア遣いが出動することは無いと判断した。
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