第530話 第2章 1-2 ンゴボーラの空の音
「そいつは猛毒だ、刺されると死ぬ。しかし、おとなしい奴だ。たとえ膝に上ってきても、気味が悪いからと手で払うのは得策ではない」
「じゃあ、どうするのよお」
「
「マジで云ってるのお!?」
「少なくとも、竜よりはるかにうまい」
スティッキィが黙る。ストゥーリアの底辺の娼婦上がりとはいえ、中産階級出身のため、いかに竜肉がまずいかを嫌というほど分かっている。あれに比べたら、きっとこの
「カンナちゃあん、よく平気よねえ。北を歩いてた頃より、生き生きして見えるわあ」
マフラーのような長く薄い布で顔をぐるぐる巻きにし、隙間より眼鏡だけのぞかせているカンナ、確かに、猛吹雪の中を半分凍ってトロンバーへ向けて進んでいた真冬に比べると、まったく余裕だ。汗もかかぬ。見た目は雪の精霊のようでも、彼女も砂漠の生まれなのである。
「スティッキィもライバも、あと二日、水なしで我慢できる?」
「あたしはなんとか……」
スティッキィがライバを見下ろす。
「ライバ、この水を飲んで……」
カンナが水筒を出し、自分の分の水をライバへ与える。ライバは乾いた唇で、それを一気に飲み干してしまった。ようやく声が出る。
「カンナさ……すみま……」
「わたしはいいから。大丈夫。……ねえ、ライバの力で、距離を詰められない? わたしも頑張って我慢するから……一日ぶんでも、詰められたら、明日には川に着くし」
「いいんですか?」
ライバとしては願ったりだ。が、カンナはライバの瞬間移動の連続で、かなり酔ってしまう。川へ早く到着したとして、カンナはまる一日寝こんでしまうだろう。
それでも、水があるとないとでは大違いだ。ライバは立ち上がり、三人を抱き寄せるようにして密着させ、
「それでは、遠慮なく!」
と、一気にガリアの力のみを発揮して瞬間移動を開始した。
この時代、この世界の人間はかなり健脚で、平坦な道だと一日で十~十三ルット、すなわち最大で四十キロメートル近くも歩いてしまう。ライバの瞬間移動は、もともと戦闘用能力なので、一回で五百キュルト、つまり最大で五十メートル近くがせいぜいだ。長距離移動のための力ではないからだ。
それを連続して行うことで、移動にも応用しているにすぎない。
しかし、その回数は、一度に何千という数を、ライバは余裕でできた。
メートル法で割り返すと、百回も移動すると五キロを踏破できる。
途中で休みを入れながら、四半刻もすると、遥かな荒野の地平線の向こうに、キラキラと光る川面が見えてきた。
「ぅおええぇ……」
その代わり、カンナは完全にグロッキーだ。めまいを通りこして、天地がぐるぐる回って、意識が飛ぶ。吐くものは既に胃の中には無い。数えてはいないが、移動は千回を超えているだろう。
「ここまでだ。もう、じゅうぶんだ。ここからなら、夕方には、川に着くだろう。カンナは、私が背負ってゆく」
ウォラがいともたやすくカンナをかかえあげ、荷物をおろすと代わりにカンナを背負った。その荷物を、スティッキィが持つ。四人は、日差しが西にさしかかっている午後の大地を、歩き始めた。
ウオオオ……!
やけに、空が、鳴っている。
晴れているのに……スティッキィが真っ青な空を見上げた。雲ひとつなく、熱射が容赦なく降り注ぐ。猛烈に陽炎が立ち上り、大地は渇ききっていた。が、ンゴボ川を南下してゆけば、次第に木々が生え、やがて密林となる。街道はその密林も大きく迂回し、川沿いに海までゆくと、砂漠の中を流れる大河ウガンと合流し、巨大な
地平線の遥か向こうに、巨大な独立峰がぴょこんと飛び出ていた。山頂は常に雲がかかっており、その高さはパウゲンをも超える。ンゴボ川の水源であり、永遠に雪解け水が流れ出る聖なる山、ンゴボーラ山である。
ゴオオオ……!
あまりに天空から音がするので、ウォラも
「何の音だ!?」
「ウォラさんも分からないんですか?」
ウォラが分からないのなら、南部大陸へ初めて足を踏み入れるスティッキィとライバが分かるはずも無い。驚いた顔で、ライバはスティッキィと目を合わせる。
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