第501話 第3章 4-5 外れだす箍

 「ぐう……!!」


 あまりの痛さに意識が飛びかける。がっくりと地面へ膝をつき、頭を押さえるカンナの全身が、たちまち繭めいて稲妻の奔流におおわれる。その弾け散る光の渦は見る間に膨れ上がり、すさまじい輻射熱と振動を伴って雲の立ちこめる夜空を染めた。パオン=ミとスティッキィが、眼前の敵よりもそちらに眼と気を奪われる。それどころか、生き返ったギロアやブーランジュウすら、腰砕けにおののく勢いだ。


 「さ……下がれ、スティッキィ!」

 「でも……!」

 「いいから、下がるのだ!」


 二人が距離をとる。既にキリペはどこにもいない。自主避難したのだろうか。

 カンナは、もう痛みも感じぬほど感覚が麻痺していた。全身が、弛緩してゆく。むしろ電気の流れが心地よい。電流が空気を爆宿し、引き裂く音も聞こえない。その光るの洪水の中で、幻か、クーレ神官長が見える。痩身の老人で、漆黒と黄金の古代秘神官最高位のローブを身にしている。顔は、影になって見えない。


 「カンナカームィ」

 太くしわがれた、神官長の声がした。

 「神官……長……様……」

 「時は来たれり」

 「時……?」

 「其方そなたの本当の姿を見せよ」

 「本当……の……姿……」

 「黒き剣へ身を委ねよ」

 神官長が右手を差し出した。

 「ガリアへ……我へ身を委ねよ」


 その神官長が、気づけば黒剣となっていた。自らの半身と思っていた黒い剣。剣先を下へ向け、宙に浮いている。そして黒剣が……雷紋らいもん黒曜こくよう共鳴剣きょうめいけんが、にゅうっと姿を変え、人の姿に……いや、人のような姿に変化した。柄が頭のようになり、剣身が分かれ、ぬぅん、と手のようなものが突き出た。剣先も細く伸びて、針のついた尾のように反り返る。黄金の線模様が脈動し、それへ合わせて、聴いたこともない声がカンナの精神の海に響き渡った。


 「カンナカームィ……我を受け継ぐ者……その義務を果たさなくてはならない……いまこそ……己が役を知れ……」


 シュゥ! 黒剣より六対の足のようなものが現れてカンナを捕え、針の尾のようなっている剣先が、獲物へ麻酔をする似我ジガバチめいてカンナの背中へ突き刺さった。


 実際に、黒剣が電流の繭の中でカンナを突き刺したのかは分からない。カンナは痙攣してのけ反り、魂魄が完全に麻痺して、意識が飛んだ。



 バアッ!


 電流がすべて夜の闇へ散って消えた。代わりにカンナの瞳が蛍光翡翠に光っている。がっくりと項垂れているが、すぐに頭を上げた。ガラネルが瞠目する。バグルス達が自分を不安げに見ていたので、左手で下がるよう指示した。


 「ウウウウウあああああ!」

 突如、カンナが雄叫びを上げた。


 ずあっ、と黒髪が逆巻く。バリバリと音がし、背後より電流の背びれと翼が突き出た。ドゥうン! 地面が揺れる。地響きがして、共鳴が大地をとらえた。バギン、ガギッ、ボギャァ! ガラネルにも聞こえるほどカンナの肉体が音たてて変化を始める。全身が肥大化する。牙が突き出て、ガギガギと両手の爪が竜のそれに変わる。白い肌が、鱗となってざわざわと盛りあがってゆく。


 ガラネルも下がった。まさか、

 「半竜化……するなんて……!?」

 「止めよ、カンナを止めよ!!」

 カンナを挟んで向こう側より、パオン=ミがガラネルへ叫んだ。


 「黒き剣は、カンナのたが! カンナの恐るべき力を刺し封じている聖なる釘! いま、箍が外れ、釘が抜かれようとしておる! 其方は、封印を封じてしまったのだ!」


 「なんですって!?」


 ガラネル、思わず笑みが出る。さらに距離を取りながら、ダールの絶対命令で、ガリア封じのバグルス達を再びカンナへ近づけ、さらに強力にガリアを閉じこめさせた。ギロアやブーランジュウですら、いまやカンナへその力を放っている。


 「あやつ、何をやっておる!?」


 パオン=ミは焦った。カンナが完全にその力を暴走させてしまっては、ガラネルにとっても痛手ではないのだろうか?


 「……まさか……が狙いではあるまいな……!?」


 暴走させず、正しくその真の力に覚醒してもらわなくては、アーリーの……いや、カンチュルクの五十年以上にわたる宿願は水泡だ。

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