第492話 第3章 2-1 追いこみ

 ラズィンバーグ政府派の三部族が上座で踏ん反りかえっているのはよいとして、ここ十数年ほど仲の悪いカンチュルク派のスネア族とグルジュワン派のバンロート族もいるものだから、おのずと竜国がらみでないことは分かった。前回の招集から百年たち、かつて戦争で滅ぼしたサラティス派が、現在に再び現れたかっこうになっているゲルツォ族もいるので、都市政府がらみでもなさそうだし、独立中立派もいる。そもそも、現代は百年前と異なり、都市政府間の関係はすこぶる改善されているので、現代のサラティス派は、それほど問題視されていない。


 「誰がいない?」

 族長たちがざわつき始めた。

 「わかったぞ……ユホと、さいきんユホとつるんでる連中だ」

 誰かがささやいた。

 「と、いうことは……」


 みな、おし黙る。妙な紫の竜の信仰が流行っているのは、うすうす感じていた。ついに、都市政府が動いたか……。そう、確信する。


 そこへ、どこからともなくナランダが現れて、卓についていた十一人の族長が席より立って立礼して迎えた。ナランダは卓の議長席へ座り、その後ろに役人が二人と、カンナたち三人が密かに立った。


 みな、静まってナランダの言葉を待つ。

 「皆さん、ご察しのとおり、約百年ぶりに『追いこみ』の依頼です」


 必要最低限しか云わない。些少、動揺して卓がざわついたが、すぐに静まって、順に質問する。連合王国時代より、時として都市政府が敵対する部族を排除あるいは調略するために、他部族へ協力を願い出ることを伝統的に「追いこみ」といい、これは命令ではなく依頼なのも伝統だった。もっとも、事実上の命令だが。断って、一緒に追いこまれるのは自由というだけで。


 「追いこむのは……ユホですか」

 誰かが質問した。

 「そうです」

 「理由は、最近流行ってる、妙な竜神の信仰でしょうか?」

 「そうです」

 「じゃあ、バーリンとモルトンはどうするんですか」


 それは、ユホ族と常より厚い親交があった二部族で、布教を受けていまは紫竜教団派に属しているが、信者の数は少なく、そもそも族長が竜国の怪しい信仰として嫌っている。ここへ呼ばれていてもおかしくないのだ。


 「両方とも、ともに追いこんでもらう」

 「待ってくれ!」

 何人かが、卓を叩いて抗議する。抗議するときは叩くのが習わしだった。


 「バーリンもモルトンも、族長を含めて主だったものは妙な竜神を拝むのに批判的だ。ユホとはちがうぞ!」


 「そうだ、ともに追いこむのは、やめてほしい!」

 「局長さん!」

 ナランダが両手を上げ、抗議を制した。


 「分かりました。では、追いこみの過程で、皆で説得してください。責任をもって! そうして、信仰を捨て、こちら側へ寝返ったら、よしとしましょう」


 「バーリンは、おれに任せておけ!」

 壮年の一人が、胸を叩く。

 「モルトンは、私と、イパニーの大将で説得しますから」


 族長たちがうなずき合う。この秘密会合による「追いこみ」は、派閥に分かれてバラバラになりかけてきた諸部族を統合する効果もある。追いこまれるどこかの部族を犠牲にして……。そうして、部族の数と影響力を削いできた、連合王国時代からのラズィンバーグの知恵だった。


 「分かりました。では、最後に……最長老の承諾を」


 その時の族長たちの最長老が「追いこみ」を引き受けるかどうかを最終的に判断する。先に述べたように、事実上の命令なので、これも儀式のようなものだ。


 本来ならユホ族の族長が最長老だが、今回は追いこまれる側だし、既に死んで……いや、


 となると、独立派のゾンナター族のプラーノが、七十二歳で最長老だった。七十二といってもこの世界だ。深い皺と白髪、白鬚で、見た目は九十にも百にも見える。じっさい、眼も弱いし、ここへ来るのも介助付きで一苦労だった。石垣の下部を貫く長い階段は、集落の若いのに背負われて上った。


 プラーノは目をつむり、押し黙っていた。


 みな、その返答を待ったが、あまりに長いのでれてきた。ここまで話を聞いて、承諾以外に無いのに。


 「ゾ、ゾンナターの爺さん、どうした……」

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