第468話 第1章 5-2 パウゲンを越えて~バソにて

 だが、そのおかげで、パオン=ミでも背負うことができる。


 カンナを助け、岩肌をよじ登った。ガリアの呪符を次々にまき散らし、熱を吸いとってゆく。そのおかげで、村人たちも下りてきて、パオン=ミを補佐した。


 なんとか地面へ戻って、カンナも担架へ乗せられた。


 カンナのメガネが無いのに気がついていたパオン=ミ、彼女の衣服がなんの損傷も無いことを観察した。つまり、カンナ自身は、自分の力で護られたのだろう。つまり、この場所へ来る前に戦いか何かで失われたと判断し、呪符を鳥の形へ折るや、何匹も空へ飛ばした。壊れていなければ、すぐに捜し当てられるだろう。


 「とんだ道草であったわ」


 パオン=ミはパウゲン連山の高い山間よりようやく顔を見せた太陽を見上げ、嘆息まじりにつぶやいた。



 眠り続けたカンナとスティッキィであったが、三日目にスティッキィがまず眼を覚まし、五日後にようやくカンナが眼を覚ました。


 主人を失った宿も多かったが、残る村人たちで、なんとか再建できるだろう。


 ようやく環境に慣れたものか、スティッキィの体調はすっかり回復した。カンナはその反面、まだ激しい頭痛に襲われている。だが、復調は時間の問題だろう。


 教団幹部だった村長も行方不明(おそらくカンナの攻撃で死亡)なため、反教団派のリーダーだった、二番宿の若旦那であるマルピエスという青年が新しい村長となり、スーナー村開放の英雄として三人を手厚く歓待し、看護した。スティッキィとカンナは、数日後には歩けるようになった。


 パオン=ミはその間も、村人へ詳細に聞き取りをし、教団派の宿を調べて物証を確認して死竜教団についてを簡潔に報告書へまとめ、呪符へ転記すると、逐一スターラのアーリーへ飛ばした。


 (ふん……妙な霊の気配は、すっかり消えたようだの……)


 呪符のガリアを飛ばした高台より村を眺め見て、パオン=ミが清浄な風に吹きつけられる通りに安心したように微笑んだ。


 (しかし、ガラネルのやつめが……何の魂胆あって、やおらかくのごとき教義を復活させ、こちらへ布教など始めているものか……)


 アーリーでなくとも、パオン=ミも不審に思った。カンチュルクの間諜を一手に引き受ける家系だ。とうぜん、紫竜の本義であるアトギリス=ハーンウルムにも多数の間者を放っている。が、かつて隆盛を誇った紫竜の信仰が復活したという報告はない。まして、古代の生贄の儀式まで復活させるという復古信仰が、サティラウトウの地で広がりつつあるとは……。


 しかし、ここで長々と詮索している間もない。ともかく、急ぎラッツィンベルク……ラズィンバーグへ向かわなくては。かなり予定が遅れているので、既にサラティスのモールニヤから連絡が来ているかもしれない。


 二日後、旅装を整え直した三人は、村人の見送りを受け、スーナー村を後にした。

 パウゲン越えの山間街道は、あとは下るのみだった。


 途中、二度ほど降雪に見舞われたが、気温自体は次第に上がって行き、五日を歩きとおして山間の下方にバソ村が見えてきたころには、カンナにとって懐かしいサラティス平原の空気が吹きこんできた。


 街道を下りきって、途中で向かって左側にラズィンバーグへ行く山麓街道をいったん通り過ぎ、およそ半年ぶりに、カンナは湯煙あがるバソ村へ入った。


 温泉の匂いが、した。



 第二章


 序


 バソ村では、特筆することは何もない。カンナは懐かしい温泉へ浸り、心身を癒やした。半年前に泊まった宿へまた泊まった。マレッティと入った湯に、忽然とマラカが現れたのを思い出した。今回ももしやと思ったが、マラカは現れなかった。アーリーの命で、きっとどこかで諜報活動を行っているのだろう。その、完全に姿を隠してしまい、竜にも気配を悟らせぬガリア「葆光彩ほこうさい五色ごしき竜隠りゅういん帷子かたびら」で。


 滴と湯の注がれるの音だけのする静寂の中、パオン=ミと出会ったトローメラ山の溶岩洞穴めいた岩風呂で、カンナは何も考えず瞑想状態で、胸元までその雪みたいに白い漆喰色の肌をただ湯に浸していた。暗いが、ここの湯は白濁しており、まるで地下水脈に鍾乳石が立っているかのようだ。


 相変わらず湯は熱かったが、マレッティに教わった湯冷め方法を思い出し、水の栓を抜いて湯を薄め、板きれでかき回すと、ちょうどよくなった。たった半年前なのに、様々なことがありすぎて、もう何年も前のことのように記憶がよみがえる。


 「……カンナちゃあん、どお?」


 マレッティとほぼ同じ容姿のスティッキィがおそるおそる湯殿に入ってくる。風呂に入る習慣など全くなかったスターラ人だが、ガイアゲン商会の屋敷で大昔のサラティス風呂の跡を発見し改修して使っていたものに彼女も入り、ようやくその良さが身に染みてきていた。しかし、温泉は生まれて初めてだ。

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