第424話 仇討 4-1 未知の相手

 銅盤がオーレアの位置をつかむのを待っていた三人が、その緊張感ある声に振り向いた。


 「……あいつ、逃げてない、ここにいるよ!」


 やられた! と、思った瞬間、建物の屋根の上に隠れていたオーレアが超加速で襲いかかる。


 「みぃつけたあ!」


 オーレアの美しく愛らしい顔が、狂気と狂喜にゆがむ。ヴゥア! と空気が乱れ、残像が幾重にも現れ、攪乱かくらんした。ねらうは、銅盤だ!


 「にげ……」


 バッ、と風が吹き、砂塵が舞い上がる。その衝突の衝撃に銅盤と砂壺が弾き飛ばされる。既に砂を撒いていたので、建物の壁や地面がやわらかく二人を支え、怪我は無い。しかし、もう、オーレアが二人の胴体を切り裂いていた。


 血と臓物と肉片が飛び散って、竜爪りゅうそうが何かを叫んだ。

 加速を終えたオーレアめがけ、地面の下より槍が何度も突き出る。

 竜爪もレントー術を駆使し、掌打で襲いかかる。


 オーレアが連続で加速に入った。空気が振動して、超高速行動で生じた衝撃波が竜爪を襲った。竜爪がたまらず、とにかく身をかわしたが、その右手の肘より先が、何かへ「持ってゆかれた」ようにして消えてなくなる。その勢いで、竜爪が一回転して地面へ転がった。


 (ダメだ、勝てない……!!)

 絶望が竜爪の脳裏を支配した。

 とたん、籠手こてのガリアが消えてしまった。

 心が折れたのである。

 苦悶の表情で右腕を押さえ、脱兎のごとく、その場より逃げた。


 やや離れた場所で通常状態へ戻ったオーレアは、追わなかった。あの傷では、メストはもう務まらないだろう。手槍も、どこかへ潜んだまま出てこない。うかつにこちらを伺っては逆襲される恐れがあるからだろう。もしくは、同じく逃げたか。とにかくその隙に、オーレアは急いでその場を離れた。



 4


 「やれやれ……」


 思わぬタッグにちょっと苦戦したが、終わってみればオーレアの敵ではない。ふだんからの、地道な情報収集の賜物といえよう。


 だが、まったくの未知の力を相手にするのでは、やはり勝手が異なる。


 夕刻にアパートを引き払ったので、既に日暮れが近い。まだ完全な日没には間があったが、太陽がかなり傾いてきた。夜になるのは避けたい。オーレアの知らない、闇に紛れるガリア遣いに襲われたら、厄介だ。


 念のため街をグルグル回って、それから再び街道正面へ向かおうと思ったが、やめて、回り道をして街道へ合流することにした。スターラはサラティスと異なり城壁を撤去しているので、街のどこからでも荒野へぬけることができる。そこから、どこを通っても街道へ合流できるのだ。が、だいたいは獣道のようになっているいくつかの脇街道を通る。背の低い灌木の生い茂る林や、高い草の合間を抜ける隠し道になっている場所もあって、オーレアのような生業の者に重宝されている。オーレアは何度か通ったことのある灌木を抜ける道を選んで、急いで街の外れのスラム街より荒野へ抜ける。スラム街は老若男女わけの分からない死にかけや怪しい職業の巣窟だが、なにせスターラの裏を支配するメストだ。そのフード付ローブ姿と、立ち振る舞いだけで、誰も近寄らない。


 用心して街を回りすぎたためか、林へ入ると薄暗くなってきた。もうそんな時刻か。まずい。この時期は、ここから一気に暗くなる。


 「!!」

 ガリアの気!!

 速い!!


 オーレアが刹那でガリアを出し、交差した。衝撃波と衝撃波がぶつかって、耳障りな甲高い音を発した。周囲の灌木が全て根こそぎ切断され、まき散らされた。


 連続して空気を裂く音がする。豪快に周囲がなぎ倒され、超高速行動状態のオーレアがまず相手を探す。するとなんと! そのオーレアの動きに合わせて、ほとんど同じような速さで刃が迫ってくるではないか!


 「こいつも!」


 オーレアの方がやや速い。やや速いが、その黒い長髪を馬尾に結んだ、見たことも無い人種の女がこれも見たことの無い白銀に輝く長刀を振るって、オーレアへ迫る!


 「ううああ!!」


 オーレアが珍しく、気合の発声をした。相手も超高速行動においての戦闘は、もちろん初めての経験だ。オーレアが急制動をかけ、僅かな速度差を活かしてその白銀の左手剣で相手の長刀を受け流す。衝撃が波うって空気を伝わる。オーレアは受け流しの威力をそのまま右手へ伝え、身を捻りながら二剣流ならではの攻撃を繰り出す。すなわち、受け流しつつ、開いたたいを利用して右短剣で敵の脇腹を突いた。

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